第57話 今後の予定と、気になるラティナ

「ただいま」


 ヨーデンとの会談に出向いていたパパたちが帰ってきた。


 今日のパパたちの会談相手はヨーデン大統領。


 国のトップとの会談を終えてきたにも関わらずパパの態度は、ちょっと近所に買い物に行ってきたよ、みたいな態度だった。


「おかえりパパ。どうだった?」

「ん? まあ、こちらの要望は聞いてもらえたよ。今後、シルバーをヨーデンに招致するような動きはなくなると思う」


 パパのその言葉に、笑みを浮かべてヴィアちゃんを見た。


 お兄ちゃんにまつわる面倒な話がなくなって、さぞ喜んでいるのかと思いきや、ヴィアちゃんはなんか微妙そうな顔をしていた。


「どしたの? ヴィアちゃん」

「いえ、シルバー様の身の安全を確保できたのはよろしいのですが……」


 ヴィアちゃんはそう言うと、小さく溜め息を漏らした。


「会談の場では、ほぼシンおじさまの独壇場でして。王女である私の出る幕が全くなかったのですわ」


 そう言ってちょっと拗ねるヴィアちゃん。


 そんなヴィアちゃんの頭を慰めるように撫でるお兄ちゃん。


「まあまあ、父さんだからしょうがないよ」

「……それは、まあ、そうなのですけど」


 ……それでいいのか? パパだからしょうがないで済ませていいのか?


 でも、私もそう言われたら納得しちゃうかも。


「それで、父さんの説明で僕のヨーデン行きは正式に却下。ただ、ヨーデン側にも事情があって、父さんがヨーデンに攻撃魔法を教えることが決まったんだ」

「そっか。予定通りだね」

「あと、おばさまが治癒魔法を教えることと、病院巡りをすることも承認されましたわ」


 ヴィアちゃんの言葉に、一番に反応したのはラティナさんだ。


「そ、それって! 私やレティさんも同行することができるのでしょうか!?」


 ママが病院巡りをするということは、ママの治癒魔法を直接その目で見られるということ。


 アールスハイドにいるときは、ママが治療院で治療をしているところを見ることはできない。


 なぜなら、ママの治療院での治療はアルティメット・マジシャンズのお仕事。


 なので、レティやラティナさんは治療院には入れないのだ。


 折角のママの治療が見られるこの機会、ラティナさんからすれば、是非とも同行して見学したいところだろう。


 今まで見たことがないくらいにテンションの上がっているラティナさんがヴィアちゃんに詰め寄っていた。


「さ、さあ?」


 戸惑うヴィアちゃんを助けるように、いつの間にかママが私たちの側に立っていた。


「それは構わないのだけど、もしそうするならあなたたちはこちらでの授業が受けられなくなりますよ?」


 ママのその言葉を聞いて、レティは「あっ」と声をあげた。


「そうだった……留学のレポートがいるんでした……」


 目に見えて落ち込むレティの横で、ラティナさんも落ち込んでいた。


「私も……皆さんの案内係なので、放っておくわけにはいきません……」


 折角ママの治癒魔法が見られると思っていたのに、留学に来たという立場と案内係という立場がそれを阻んだ。


 でも、ママの治癒魔法も見てみたい。


 その間で葛藤する二人を見ているママの側に、いつの間にか側に寄ってきていたパパが話しかけた。


「じゃあ、シシリーには午前中俺の魔法指導のアシスタントをしてもらおうかな。それで午後からは皆で揃って病院巡りをする、ってことでどう?」


 パパのその提案に、ママは少し考えた後頷いた。


 一連の流れを見ていたレティとラティナさんは、手を取り合って喜んでいた。


「やった! やったよラティナさん!」

「やりましたね! マーガレットさん!」


 嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている二人を微笑ましいものを見る目で見ていたママが、そっとパパに寄り添った。


「その申し出はありがたいのですけど、シン君は大変じゃありませんか?」


 ママがそう訊ねると。パパは頬をかきながら苦笑した。


「いや……これは、あの二人のため、というより俺のためなんだ」

「シン君の?」

「ああ、この国の人間は俺やシシリーのことを知らない。どこに不埒な考えを持った輩が潜んでいるかわからない。もし万が一のことがあったらと思うと……俺が我慢できないんだ」


 ああ、自分のためってそういうこと。


 パパは、ママが心配でしょうがないんだね。


 二人ともアールスハイドの重要人物だから、当然のように護衛はいるんだけど、それでも心配なんだ。


 ママは、そんなパパの言葉に一瞬目を見開いたけど、すぐに嬉しそうな顔になってパパの腕にしがみついた。


「……ありがとうございます。いつでも私を守ってくれる、あなたのことが大好きです」

「俺もだよ、シシリー」

「シン君……」

「シシリー……」


 そして、二人の顔が近付いていって……って!!


「オッホン!」


 私の渾身の咳払いが間に合い、二人の顔がくっつく直前で止まった。


「二人とも……皆、見てるよ」

「ん? ありゃ」

「あら」


 パパとママは、食い入るように見つめていた皆を見て苦笑しつつ密着させていた身体を離した。


「こりゃ、恥ずかしいところを見られちゃったな」

「ふふ、ごめんなさいね」


 パパもママも、皆に見られていたというのに恥ずかしがる素振りも見せない。


 むしろ皆の方が赤くなったり恥ずかしそうだ。


 私も、別の意味で恥ずかしいよ。


 そんな中、私はラティナさんの様子が気になった。


 私とお兄ちゃんを除く皆が恥ずかしそうにしながら見ていたのに対し、ラティナさんだけは羨ましそうで、切なそうな顔で見ていたからだ。


「ラティナさん?」

「はい? どうかしましたか?」


 私に声をかけられたラティナさんは普通の顔を取り繕って返事をした。


「……ラティナさんは、ああいうの羨ましい?」


 私がそう訊ねると、ラティナさんはまた切なそうな顔をした。


「そう、ですね。正直あんなに旦那様に愛されているシシリー様が羨ましいと思います。私にも、いつかあんな風に愛してくれる恋人や旦那さんが現れるのかと考えることもありますので」

「ええ? ラティナさんなら選り取り見取りじゃないの? っていうか、ヨーデンに恋人とかいなかったの?」

「いえ、残念ながら、今まで恋人がいたことはありませんね」

『え? そうなの?』


 ラティナさんの言葉に、皆が同じ反応をした。


 え? 嘘でしょ?


 ラティナさんって、女の私から見ても魅力溢れる女性だよ?


 それなのに恋人ができたことがないなんてあり得る?


「ヨーデンの男どもは見る目がないんじゃないの?」


 私がヨーデンの男たちの見る目のなさを嘆いていると、ヴィアちゃんが顎に手を当て真剣な顔で考察を始めた。


「ラティナさんは、美人ですし、留学生に選ばれるくらい優秀です。お兄様も使節団に選ばれるほどですし、もしかして高嶺の花だったのでは?」

「「「ああ」」」


 なるほど、それは説得力がある。


 恐れ多くて近付けなかったパターンね。


「じゃあ、ラティナさんには、今まで好きになった人とかいないの?」


 男性からのアプローチがなかったとして、逆にラティナさんが気になった男性はいなかったのかと、何気なくデビーが聞いたときだった。


「えっと……『今は』いませんね」


 そう言う前のラティナさんの顔が、一瞬泣きそうな顔に見えた。


「え……」


 どうしたんだろうと声をかけようとするが、それはパパによって遮られた。


「ああ、そうだ。この後、俺たちの歓迎パーティを開いてくれるそうだから、皆準備しておいてな」


 パパがそう言った瞬間、ママとヴィアちゃんを除く女性陣から悲鳴が上がった。


「ちょっとパパ!! そういうことはもっと早く言ってよ!!」

「そうですわシン様! 女性には色々と準備がありますのよ!」


 もうすでに準備万端なママやヴィアちゃんはともかく、私たちはなんの準備もしていないのだ!


 私とアリーシャちゃんは、パパに文句を言いつつもこちらの正装に着替えるためラティナさんの意見を求めた。


「ラティナさん! 悪いけど、アドバイスお願い!」

「あ、はい! わかりました!」


 結局、ラティナさんもドタバタに巻き込まれてしまい、さっきの表情について聞くことはできなかった。


 私も、急に降って湧いた混乱で、そのことをすっかり忘れてしまっていた。

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