第56話 ヨーデンとの会談とシンの目的

 シャルロットたちがホテルでオリジナルチョコに舌鼓を打っているころ、シンたちはヨーデン大統領府にある会議室で、大統領たちからの謝罪を受けていた。


 シンたちが会議室に入るなり『申し訳ございませんでした!』と、大きな声と共に大の大人たちが揃って頭を下げてきたのである。


 ヨーデン大統領は五十前後の男性で、シンたちよりも随分年長なのだが、そんな彼は身体を九十度以上曲げ、最早立位体前屈と変わらないくらい頭を下げていた。


 大統領の後ろに並んでいる各省庁の大臣も、同じような姿勢で頭を下げている。


 そして、その身体は小刻みに震えている。


 大臣にまで上り詰め、皆から傅かれる立場にいる者が、頭を下げさせられていることに対する屈辱から震えている……訳ではない。


 そもそも、ヨーデンとアールスハイドの交流が始まったのは、アールスハイドがヨーデンを見つけたから。


 そんな技術はヨーデンにはない。


 その時点で技術格差が大きいことが知れるのに、実際に交流をしてみると、使節団から舞い込んでくる報告は、夢物語かと錯覚してしまうようなものばかり。


 特に軍事面においては、どう足掻いても埋められない差があるので、敵対は絶対にしないでほしいという懇願までされていた。


 そんな、絶対に敵対してはならない国の、よりにもよって王族を害そうとした輩が出た。


 その報告を受けた際、ヨーデン大統領は少しの間気絶してしまったという。


 襲撃犯はアールスハイドによって捕らえられため、襲撃犯の実態やその目的や黒幕などは分からずじまいになると思われていたが、アールスハイド側は襲撃犯から襲撃の動機、襲撃犯の素性、黒幕まで全て聞き出した。


 襲撃の黒幕は、ヨーデン国内でも過激派で知られる政治家。


 使節団からの報告で、ヨーデンの救世主と同じ特徴を持つ両親から生まれたシルベスタを国内に取り込めば権威と発言力が増すだろうという、身勝手で私欲に塗れた動機。


 その政治家から依頼を受けたのは、ヨーデン国内でも動向がマークされている反社会勢力。


 裏社会の住民が、逮捕され尋問の結果、情報を全て吐き出すなど、アールスハイドはどれほど苛烈な拷問をしたのかと、報告を受けた政府上層部は背筋が寒くなった。


 そんなアールスハイドでも、絶対に敵対してはならないと報告を受けていた人物。


 それが、今回の襲撃の目標であるシルベスタの義父、シン=ウォルフォード。


 使節団からの報告曰く、国一つくらいなら、簡単に制圧できてしまうほどの実力者とのこと。


 そんな人物の息子を狙い、知らなかったとはいえ王族にまで手を出した。


 もしかしたら、今日でヨーデンの歴史が終わるかもしれない。


 そんな悲壮な想いが、大統領たちの頭を深く深く下げさせたのだった。


 初手でそのような対応をされたシンたちだが、お人好しな物語の主人公のように「頭を上げてください」などとは言わない。


 襲撃から既に日数が経過していたこともあり、当初感じていた怒りなどは既に薄れてしまっているのだが、これは国と国の問題。


 しかも、今回は完全にヨーデン側に非がある。


 簡単に許してしまうことはできなかった。


 しばらく、頭を下げるヨーデン首脳部と、それを冷ややかに見つめるシンたちという構造が出来上がっていたが、かなり長い時間が経ってからシンはヨーデン大統領たちに向かって口を開いた。


「今回の件、襲撃犯から全て聴取し報告しましたが、襲撃犯の所属していた組織、及び黒幕の処理はどうなっていますか?」


 シンの口から出たのは謝罪を受け入れる言葉ではなく、今回の事件の後始末についての確認。


 アールスハイドにとって、今回の件は決して曖昧に処理するつもりはないという意思表示でもある。


 その言葉を受けた大統領は、流れる汗もそのままに、頭を下げたまま答えた。


「は、はい! アールハイドからかなり詳細な情報を頂きましたので、襲撃犯の所属していた組織は一斉検挙、それら全てを指示していた者も既に捕らえてあります!」


 大統領の報告を受けたシンは、少しの間沈黙した後、小さく息を吐いた。


「……分かりました。信じましょう。アールハイドはヨーデンからの謝罪を受け入れます。頭を上げてください」


 シンのその言葉に、ヨーデン政府首脳陣はホッと息を吐きながら頭を上げた。


 だが、そのホッとした顔は、次のシンの言葉で凍りついた。


「ただ、謝罪を受け入れるのと国家間の関係はイコールではありません。現状、ヨーデンはアールスハイドにとても大きな負債がある状態であると認識しておいてください」


 謝罪は受け入れたが許した訳じゃない。


 そうハッキリと言われてしまい、これまで順調だった外交を台無しにしてくれた過激派議員に対して、心底恨みの思いを抱いた。


「さて、アールスハイドとの交易に関しては専門の者と協議してください。今日、我々が来たのはその交渉のためじゃない」


 シンはそう言うと、大統領を初めとしたヨーデン首脳陣たちを見回した。


「とりあえず座りませんか? 立ったままするような話ではないので」


 その言葉で、ようやく会議室にいる面々が席についた。


 そして、全員が揃った時点で、今回の事件の元になった救世主と魔人の共通点。


 その結果、救世主は魔人であろうということ。


 まず、そこまで話した。


 すると、ヨーデン首脳陣は御伽噺は現実の話だったのだと色めきだった。


 しかし、その後に続くシンの話で、その顔はどんどん曇っていく。


 曰く、魔人は簡単に言えば人間の魔物化ということ。


 魔人化の条件として、非常に強い恨みや憎しみを持っていることが分かっているため破壊衝動が強く、とても危険な存在であること。


 魔人の特徴は、遺伝しないこと。


 よって、シルベスタをヨーデンに招いたところで、ヨーデン側にメリットなどなにもないこと。


 なにより、シルベスタは隣にいるアールスハイド王国王女、オクタヴィアと婚約したので国外には出せないことを説明した。


 その説明を受けたヨーデン首脳陣は、にわかには信じられなかった。


「それは、本当のことでしょうか……ああ、いや! 使者殿の言葉を疑っている訳ではなく! 人間は、その、魔物化しない生物だと言われていますので……」


 大統領が疑念を漏らすとシンの目が少し細められたので、シンの機嫌を損ねてしまったと思い、慌てて修正をした。


 シンとしては、特に不機嫌になっていた訳ではなく、やっぱり信じられないよな、とか思っていただけなのだが。


 だが、実際に魔人を自分の目で見たことがない者からすれば、シンの話はすぐには受け入れられない。


 なのでシンは、十八年前にアールスハイドのある大陸……今後、北大陸と呼ぶが、北大陸で起こった魔人王戦役について詳しく話した。


 魔人たちによって引き起こされた、人としてはあまりにも無慈悲な行動の数々に、ヨーデン首脳陣の顔色がどんどん悪くなる。


「人間は……というより、その他にも魔物化はしないと思われている生物がいるでしょう?」

「はい。特に、大型の生物は魔物化しないと言われていますね」

「ええ、アールハイドでもそのように言われておりました。しかし、実際は……まあ、外法の類いですが大型の生物まで魔物化しました。私は、実際にそれを目にしております」


 シンがそう言うと、首脳陣たちがざわめいた。


「そ、それは……ということは、全ての生物は魔物化する恐れがあると……!?」

「そういうことです。というか、あなた方も既に知っているのでは?」


 シンの問いかけに首脳陣たちは一瞬首を傾げるが、すぐに思い出した。


「竜……」

「そうです。竜の魔物化はここヨーデンでも起きた事実です。御伽話ではありません。北大陸の東方では竜の大生息地があり、そこでは竜の魔物化は頻繁に起こっています」

「なんと……」


 過去に一度起きた竜の魔物化。


 それだけでヨーデンが一度滅びかけたというのに、それが頻繁に起こる地域。


 そんな大陸の人間と敵対しようとしたなど、首脳陣は今回の過激派たちの軽挙に怒りを再燃させた。


「さて、ここで話を戻しますが、今回シルバーをヨーデンに招致しようとした目的は、救世主と同じ人種ならヨーデン国民が抱える攻撃魔法への忌避感を排除できるのではないか? という考えでしたね」

「……はい」


 そこでシンは腕を組んで首を傾げた。


「そこが分からないのです。あなた方も魔力制御はできますよね? 使節団の方の魔力制御を見せていただきましたが、精密でとても素晴らしいものでした。足りないのは魔力量だけで、それだけなら多少の反対はあってもいずれ復活させることができるのではないですか?」


 自分たちでできることを、シルベスタを利用して手っ取り早く行おうとしているのではないか?


 そう思ったシンだが、ヨーデン側の反応は、意外にも暗く重いものだった。


「はい……今考えると、私どもの短慮でしかなかったと思うのですが……しかし、攻撃魔法の復活は急務なのです」

「どういうことですか?」


 シンは、今初めてヨーデンが攻撃魔法の復活を急いでいることを知った。


 大統領は少し逡巡し首脳陣たちと目配せをし、互いに頷き合った後その口を開いた。


「実は……近年、竜の大量繁殖が確認されまして……このままでは国民への被害が出そうなのです。当然、我が国の兵士たちとて黙っている訳ではありません。増えすぎた竜は少しずつ討伐しているのですが……」

「増える数に、討伐が追いついていない……と?」

「……仰る通りです」


 大統領はそう言うと、ガックリと肩を落とした。


 竜は、かつてシンも戦ったことがある生物だが、一般人からしたら相当恐ろしい生物である。


 ヨーデンは身体強化と変成魔法を駆使することで竜の討伐を行っているのだろうが、その方法だと討伐はできても時間がかかる。


 そして、一体討伐しているうちに、二体三体と数が増えていく。


 このままでは討伐が間に合わず、竜が溢れ返るのも時間の問題。


 どうしても、大規模殲滅ができる攻撃魔法の習得が急務だった。


「しかし、私たちも含めてなのですが……どうしても攻撃魔法に関する忌避感が拭えません。我らヨーデンの民は、幼い頃から攻撃魔法の危険性……と言うよりは、攻撃魔法を使うために魔力量を増やした結果、暴走させることがどれだけ悪かということを言い聞かせられて育ちます。我らとて、何度も攻撃魔法を習得しようと試みたのです。しかし……」

「……魔法は心に反応する。根底に拒絶心があると、どうしても魔力制御が上手くいかない」

「仰る通りです」


 大統領は、シンの推測が正しいことをすぐさま肯定した。


「シルベスタ様が救世主に連なる者としてヨーデンにて攻撃魔法を披露していただければ、我々の攻撃魔法に関する忌避感も薄れるかと思ったのです」

「なるほどなあ」


 ここに来て、ようやくシンはヨーデン側の真意を知ることができた。


「それにしても……なぜ我らの先祖はこんなことを流布し始めたのか……伝承では、我らの祖先は大規模な戦争から逃げてきた民だと言われています。全てを破壊する様に恐怖を抱いたのかもしれませんが、それで自分たちの身を危険に晒していれば世話がありませんよ」


 大統領の自虐とも取れる発言に、シンは苦笑を浮かべたが、先ほどの大統領の発言から、シンの中にあった推測が確信に変わった


「もしかしたら、攻撃魔法……というより魔力を暴走させることを恐れるようになったのは、その救世主のことがあったからなのかもしれませんね」


 シンのその発言に、ヨーデンの首脳陣たちは首を傾げた。


「どういうことですか?」


 シンは、リッテンハイムリゾートにてラティナの兄たちとの間で交わした推測を話した。


 攻撃魔法が危ないから禁止したのではなく、魔力量を増やした結果、暴走して魔人化するのを防ぐために禁止したのではないか? と。


 それを聞いた大統領は、ガックリと肩を落とした。


「は、はは……結局……我々は、竜によって攻撃魔法を封じられ、また竜によって滅びるというのか……」


 その悲壮な様子に、シンはここに来たもう一つの目的を大統領に告げた。


「そのことなのですが、よければ私が皆さんに攻撃魔法をお教えしましょうか?」


 使節団からの報告で、歴史上最高の魔法使いと言われるシン=ウォルフォード。


 その人物が自分たちに魔法を教えてくれるという。


 その言葉に、首脳陣たちは少しの期待と、大きな不安を抱きながらシンを見つめるのであった。


 そんな視線を受けながら、シンは異空間収納から魔力制御の腕輪を取り出した。


 シンが何気なく使った異空間収納魔法にざわめく首脳陣だが、それを無視してシンは話を続ける。


「これは、私たちが人の魔人化対策のために作った魔道具です。表向きは、魔力量の増加訓練の際にどうしてもついてまわる魔力暴走のリスクを回避するための道具となっています」

「魔力暴走のリスク回避?」

「ええ。魔力暴走とは、自分の魔力制御量の限界を超えてしまった場合に、集めた魔力が暴走してしまう事故のこと。この魔道具は、そうなる寸前に魔力を夢散させ、暴走させないようにすることができます」

「!! そ、そんなことが!?」

「ええ、できます。そして、その結果得られるのが、魔力暴走によって起こる魔人化の抑止です。まあ、表向きは魔力暴走の事故を無くすためになっていますがね」


 シンはそう言うと、今持っている魔力制御の腕輪を大統領に手渡した。


 大統領はそれを恐る恐る両手で持ち、色んな角度から眺めている。


 まあ、それで何がわかる訳ではないのだが。


 そんな大統領たちを前に、これまで空気だったシルベスタとオクタヴィアが自分たちの腕にも装着されているその魔道具を見せながら口を開いた。


「その魔道具のお陰で、私たちは幼少の頃より魔法の訓練を受けることができるようになりました」

「この腕輪が発明されてから、子供による魔力暴走の事故はゼロになったと聞いています。私にとっては、生まれた頃からある魔道具ですので、過去に子供により魔力暴走事故があったことの方が驚きですわ」


 二人の発言を聞いて、首脳陣はますます腕輪に興味津々になっていく。


 そんな首脳陣に向けて、オクタヴィアがそういえばとヨーデン人であるラティナのことを話題に出した。


「ヨーデンからの留学生は、この腕輪を装着し私たちと同じ訓練をすることで、先ほど皆様が驚かれていた異空間収納の魔法も会得しましたのよ?」


 既に自分たちの同胞がこの腕輪の恩恵を受けている。


 使節団の中でも留学生には別段毎日の報告義務はなく、帰国してからまとめて報告を受ける予定だったので、その事実を知らなかった。


 しかし、首脳陣たちは知ってしまった。


 この魔道具に危険性はない。むしろ、危険を回避して自分たちの望みを叶えてくれる夢の魔道具のように見えた。


 最早首脳陣たちの中では、この魔道具を使用したシンによる魔法訓練を受ける方向で固まってきていたのだが、その決定を後押しするようにシシリーが情報を追加した。


「私はシン=ウォルフォードの妻、シシリー=ウォルフォードです。その留学生の子なのですが、今は私の元で治癒魔法を学んでおります。皆様におかれましては、攻撃魔法だけでなく治癒魔法の流布にもご協力して頂きたいと思っております」


 ヨーデンではとっくの昔に失伝してしまった伝説の魔法、治癒魔法。


 それが復活するかもしれない。


 攻撃魔法と治癒魔法。


 それらをヨーデンに流布させてくれると言うシンとシシリーの夫婦に、ヨーデンの首脳陣が取れる態度は一つだけだった。


『よろしくお願いいたします』


 示し合わせた訳ではないのに、全員が立ち上がり、同じタイミングで頭を下げ、同じ言葉を口にした。


 その光景を見て、シンはこの階段の成功を確信した。


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