第55話 実は恋愛強者

 オーグおじさんに無線通信をするために席を外していたパパが帰ってくると、お兄ちゃんとヴィアちゃんに向けておじさんとの会話の内容を話し出した。


「今オーグに確認を取った。シルバーとヴィアちゃんは婚約者同士とヨーデン側に伝えていいそうだ」


 パパの言葉を聞いた瞬間、ヴィアちゃんの笑顔がみたことないくらいに輝いた。


「本当なら、アールスハイドで正式に発表してからと思ってたんだけどなあ……国の重鎮の娘にそう名乗ったのなら、もうそれで通せと言われたわ」


 まあ、王女様であるヴィアちゃんが婚約しないで男女交際ができるはずもないので、お兄ちゃんと交際を始めてオーグおじさんが認めた以上、婚約者同士でなんの問題もないんだけどね。


 ただ、こういう発表には色々と準備がいるそうなので、まだ国内でも正式にヴィアちゃんの婚約は発表されていない。


 それなのに、ヴィアちゃんが先走ってお兄ちゃんの婚約者と名乗ったから、パパは慌ててオーグおじさんに確認をしに行ったんだと思う。


 パパの言葉を受けたヴィアちゃんは、嬉しそうにお兄ちゃんの腕にしがみついた。


「まあ! 良かったですわ! これで堂々とシルバー様の婚約者を名乗れますのね!」


 そんな嬉しそうなヴィアちゃんに、パパが無慈悲な一言を零した。


「オーグから伝言。帰ったらお説教だってさ」

「……」


 その一言で、さっきまでの幸せそうな雰囲気は消滅し、まるで葬儀に参列しているかのようなどんよりとした雰囲気に変わった。


「お、お父様のお説教……でんげきびりびり……うぁぁ……」


 この世の終わりみたいな顔して落ち込むヴィアちゃんだけど、そりゃオーグおじさんの意向を無視したらそうなるでしょうよ。


「ヴィアちゃん……」

「シャル……」

「……どんまい!」

「むきーっ!」


 そんな取り留めもないやり取りをしていると、いよいよ時間になった。


「それじゃあパパたちは行ってくるけど、くれぐれもこれ以上問題を起こさないようにな」

「今回の騒動は私のせいじゃないよ!」

「分かってるよ。気を付けろって言ってんの!」


 パパはそう言ったあと、馬車に向かって歩いて行った。


 その背中を憮然とした表情で見送っていると、今度はママが私に近付き、私の顔をそっと両手で挟んだ。


「……もしなにかしたら……分かってますね?」


 ママの手には一切力は入っていない。


 それなのに、私の身体は身動きが取れなくなった。


「……お返事」

「はい!! 分かりました!! 大人しくしておきます!!」


 私に許された答えは『はい』か『分かりました』しかない。


「ふふ、そう。シャルが良い子で良かったわ」


 両方を組み合わせて返事をした結果、ママの御機嫌を取ることができた。


「う、うん! 私! 良い子!!」

「それじゃあラティナさん。シャルや皆のこと、よろしくお願いしますね」

「は、はい! お任せ下さい!」


 ママから私たちのお世話を頼まれたラティナさんは、ママから声をかけられたことが嬉しいのか、ほんのり顔を赤くさせて返事をしていた。


 ラティナさんの返事を聞いたママは、ニッコリと微笑んでからパパを追いかけて馬車に向かって行った。


 パパやお兄ちゃんたちが馬車に乗りこんで出発したのを見送った私は、ようやく安堵の息を吐いた。


「はあ……ママ、ちょーこえー」

「そうですか? シシリー様、シャルさんのこと心配しているだけな気がしますけど」

「それ、私がなにかやらかさないか心配してるだけだからね」


 なにも私だって好き好んでトラブルを起こしているわけではない。


 勝手にトラブルが起きるのだ。


 その点、今回お兄ちゃんもトラブルに巻き込まれてたし、ウォルフォード家のトラブル体質は遺伝するのかも……。


 いや、お兄ちゃんは血が繋がってないから……。


「呪いか? コレ……」

「え? なにか言いました?」

「ううん! なんでもないよ」


 うっかり声に出ちゃってたか。


 でも、メッチャ気になるから、帰ったらひいお爺ちゃんにも聞いてみよう。


 まあ、これで本当にトラブルを起こしたりしたらママにマジ切れされそうだから、大人しくしておこう。


「さてラティナさん、私たちはデビーたちの部屋にでも行く?」

「あ、はい。一緒に行きましょう!」


 こうして私たちは二人連れ立ってデビーの部屋に向かった。


「あーあ、折角時間ができたのに観光に行けないとはなあ」

「しょうがないですよ。殿下だけ置いていく訳には行かないですから」


 本来なら、この余った時間を利用して観光にでも行きたいところなんだけど、今はヴィアちゃんが不在。


 ヴィアちゃんを置いて観光をするわけにはいかないと皆が反対したので、今日の私たちはホテル待機なのだ。


「それはそうだけどさあ……うう、チョコ……」


 折角カカオの本場ヨーデンに来たのにチョコ巡りができないとは……。


 私が未練がましくそう呟くと、ラティナさんが「それなら」と声をかけてきた。


「このホテルにもオリジナルのチョコがあったはずですよ。注文して皆でお部屋で食べましょうか」

「え!? マジ!? 食べる食べる!!」


 やった! まさかホテルにいてチョコが食べられるとは!


 私たちは部屋に戻る前にフロントに寄りチョコのルームサービスを頼んでからデビーとレティの部屋に向かった。


「おおーいデビー! 一緒にチョコ食べようよー!!」


 デビーの部屋に着いた私はテンションが高いままその扉をドンドンと叩いた。


 すると中から『うわっ!』『きゃあっ!』という悲鳴が聞こえてきた。


「ちょっ! デビー、レティ! どうしたの!!」

『な、なんでもない! なんでもないからちょっと待ってなさい!』


 これはただごとではないと慌てて声をかけるけど、デビーからなんでもないから少し待てという言葉が返ってきた。


 そして少し待っていると、こちらの普段着を来たデビーが部屋の鍵を開けて中に迎え入れてくれた。


 その顔は、ちょっと怒っている。


「ど、どうしたの? デビー」

「どうしたもこうしたもないわよ!! 急に扉をドンドン叩くから! 私もレティも驚きすぎて心臓が止まるかと思ったわよ!!」

「え、あ、ゴメン」


 うーん、ホテルのオリジナルチョコのことで頭が一杯で、デビーたちを驚かしてしまうという気遣いが抜けてしまっていた。


 なので素直にデビーに謝ると、デビーは「ったく」と言いつつも、それ以上責めてくることはなかった。


「それで? アンタはなんでそんなテンションが高いのよ?」

「あ! そうそう聞いてデビー! さっきラティナさんに聞いたんだけど、このホテルにオリジナルのチョコがあるんだって! さっきフロントで注文してきたから皆で食べようよ!」

「あ、そうなの? 皆って、男子も?」

「うん。ハリー君とデビット君は知らないけど、マックスは甘いもの好きだからきっと喜ぶよ」

「へえ、流石幼馴染み。良く知ってるわね」

「そりゃあね。伊達に産まれたときからの知り合いじゃないよ」

 デビーの言葉に私が何気なく答えると、アリーシャちゃんが会話に加わってきた。

「マックス君だけでなく、レインも甘いものが好きですわよ? ちゃんとレインも呼んであげてくださいな」


 そんなことを言ってくるアリーシャちゃんに、つい顔がニンマリしちゃう。


「心配しなくてもちゃんと呼ぶって。私がレインを仲間外れにするはずないじゃん」

「それならいいのですけど。レインもヨーデンのチョコレート菓子には興味があると言っていたので喜ぶと思いますわ」


 ますますニンマリしちゃう。


 そんな私の顔を見て、アリーシャちゃんは『しまった』という顔をするが、こんな面白いことを見逃すはずがないじゃあないか。


「へえ、レイン、アリーシャちゃんと二人きりだとそんなことも話すんだ」


 私がニヤニヤしながらそう言うと、アリーシャちゃんは一瞬俯いて顔を赤くしたが、すぐに顔をあげた。


 その顔は、覚悟を決めた顔だった。


「ええ。普段はボンヤリしているレインですけれど、私と二人きりのときは色々とお話をしてくれますのよ。先程も言いましたが、ヨーデンのチョコレート菓子に興味があるとか、ニンジャ研究会を作るにはどうしたらいいのか、とか」

「……まだ諦めてなかったのか」

「……ええ」


 なんてこった、このままだとレインのしょうもない企みに巻き込まれるかも。


「え? ちょ、ちょっと待って? え?」


 私とアリーシャちゃんが話していると、デビーがなにかに気付き、混乱したように話しかけてきた。


「も、もしかして。もしかしてだけど……アリー」

「はい?」

「……レイン君と付き合ってる?」


 デビーの質問に、アリーシャちゃんはキョトンとした顔をしたあと「あ」と小さく声を漏らした。


「そういえば、言っていませんでしたわ」

「私たちの間じゃ当たり前のことだったもんねえ」


 アリーシャちゃんと私がそう言うと、三人は目を見開いて「「「ええっー!?」」」と叫んだ。


「う、うそ!? マジで!?」

「いつから!? いつからなんですか!?」

「あ、でも、そう言われてみれば、確かに。教室でもアリーさん、レイン君のお世話をよくしていましたね」


 デビーは心底驚いたという顔で驚き、レティは二人の馴れ初めに興味深々で詰め寄ってきて、ラティナさんは記憶を掘り起こして納得するような表情を浮かべていた。


「アリーさん! いつから!? いつからなんですか!?」

「ちょ、ちょっとレティ! 近い! 近いから!!」


 興奮気味に詰め寄ってくるレティに、アリーシャちゃんはいつものお嬢様言葉も忘れて叫んだ。


 するとそのとき、開けっ放しになっていた扉を『コンコン』とノックする音が聞こえた。


「おーい、なに暴れてんの?」


 そう声をかけてきたのはマックスで、その後ろには眠そうな顔をしたレインと、ちょっと遠慮がちな表情をしたハリー君とデビット君がいた。


「ああ、いや。ちょっとレティが興奮しちゃって」

「マーガレットさんが? 珍しいな」


 マックスがそう言ってレティを見ると、レティは恥ずかしそうに身を縮こませた。


「いえ、その……ちょっと驚いたもので……」

「驚いた? なにに?」

「えっと、その……」


 レティは赤い顔をしてチラチラと私を見てくる。


 自分の口で言うのは恥ずかしいのかな。


「レインとアリーシャちゃんが付き合ってるってこと。今初めて知ったみたい」


 私がそう言うと、マックスは「え?」という顔をした。


「あれ? 知らなかった?」

「聞いてません! 今初めて聞いたんです! それで驚いてしまって……」


 レティの言葉にデビーも「うんうん」と頷いている。


 ハリー君とデビット君も驚いた顔をしていた。


 そんなに分かりにくかったかな?


 マックスも、ハリー君とデビット君が気付いていなかったのが不思議みたいで首を傾げていた。


「え、気付かなかった? アリーシャちゃん、結構教室とかでもレインの世話を焼いていたと思うけど」


 マックスの問いかけに、ハリー君とデビット君はブンブンと首を横に振った。


「だって、レインだぞ?」

「そうそう、いつも眠そうで、不思議発言を繰り返すレインに彼女がいるなんて、想像もしたことなかった」


 その言葉で私とマックスは「ああ」と納得してしまった。


 皆は、まさかレインに彼女がいるなんて思いもしなかったから、アリーシャちゃんの態度をスルーしてしまったのだろう。


「まあ、レインとアリーシャちゃんは付き合って長いからな。態度も自然体だし気付かないのも無理ないか?」

「ああ、確かにそうかも」


 マックスの発言に私が同意したところで、レティの目が再び輝いた。


「え、え、いつから? お二人はいつからお付き合いされてるんですか!?」

「だから近い! ええっと、正式にお付き合いを始めたのは中等学院に入ってからですわ。それまでも仲の良いお友達ではありましたけど」


 そう、二人が付き合い出したのは中等学院生になってから。


 なので、今の時点で付き合って三年ほど経っている。


 でも、二人がお互いを好きになったのは、初等学院一年生の初対面の時だったそうで、お互い一目惚れだったとか。


 それから考えるともう十年近く経ってる。


 そりゃ自然体にもなろうというものだ。


 アリーシャちゃんの発言に、レティとデビーは「そうなんだ」とキャッキャしていたが、ハリー君とデビット君は驚きが隠せない様子だった。


「まさか……レインがそんな恋愛強者だったとは……」

「レインに先を越されてるとは思いもしなかった……」


 と、二人ともなんだか落ち込んでいる様子。


 なんで?


「レインはパッと見、恋愛事に興味があるようには見えないからな。そんな奴が自分より先に彼女を作っててショック受けてんだよ」


 私が不思議に思っていると、マックスが説明してくれた。


 男子って……。


 アホな理由で落ち込んでいる二人に呆れた視線を向けていると、ラティナさんが「あっ」と声をあげた。


「どうしたの?」

「アリーシャさんとレイン君ってお付き合いされてるんですよね?」

「え? ええ、そうですわ」

「えっと、それで、アリーシャさんは貴族の御令嬢ですよね?」

「ですわよ」

「じゃ、じゃあ……」


 ラティナさんはそこで息を呑み、恐る恐るといった感じで訊ねた。


「アリーシャさんとレイン君って、こ、婚約されてる……んでしょうか?」

「「!!」」


 ラティナさんの質問に、ハリー君とデビット君はハッとした顔をしてアリーシャちゃんを見た。


「ええ。もちろんしてますわよ」

「わあっ! やっぱり!」


 ラティナさん、さっき貴族の子息令嬢が婚約なしで付き合うことはないって話を聞いたばっかりだもんね。


 予想が当たって嬉しいのか、クラスメイトに婚約している人がいて興味があるのか満面の笑みを浮かべていた。


 そのことを知っていた私とマックスは特になにも思わなかったけど、ハリー君とデビット君はよほどショックだったのか、真っ白になってなにも言葉を発さなくなってしまった。


 その状態はその後も続き、折角ルームサービスでチョコが届いても、放心状態のまま無言で食べていた。


 メッチャ美味しかったのに、勿体ないなあ。


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