第54話 よくある騒動と突然の発表
ヨーデンに着いた翌日、私たちはヨーデンの魔法学校の制服に身を包み、ホテルの同部屋であるヴィアちゃんと見せ合いっこをしていた。
この制服を貸してくれた学校が、これから一週間留学する学校である。
ヨーデン国立魔法学校。
これが、私たちがお世話になる学校。
ヨーデン中にある魔法学校の中でも、国名を冠した最高峰の国立学校なのだそう。
アールスハイドでいう高等魔法学院みたいなもんだね。
私たちの学院の制服では、この気候は暑すぎるということで貸し出してくれたのだけど……。
いやあ、これ本当に制服?
デザインは、制服というよりワンピースみたいだし、生地がとにかくサラサラだ。
肌ざわりがよく、通気性もいいので汗を掻いてもすぐに吸収して乾くという、まるで魔法みたいな生地で作られているのだそうだ。
動くとヒラヒラと可愛らしく翻り、まるで制服という感じがしない。
お洒落なドレスでも着ている気分だ。
「この手触り、癖になりそうですわね」
ヴィアちゃんも、真新しい制服を身に纏い、さっきから何度も制服のあちこちを触っている。
確かに、この手触りはね癖になる。
「そういえば、先程この国の代表の方と会うための服も頂いたのですけど、それも同じ生地が使われていましたわね」
「そうなんだ。やっぱ、これくらい通気性がよくないとこの国では服なんて着れないのかな?」
「かもしれませんわね」
ヴィアちゃんと二人でそんな話をしていると、部屋の扉がノックされた。
「はーい」
「シャルさん、ラティナです。入ってもいいですか?」
「あ、うん。いいよ」
訪問者がラティナさんだったことから、私は部屋の鍵を開けラティナさんを部屋に招き入れた。
「あ、お二人ともとてもお似合いですよ。サイズは問題なかったみたいですね。良かったです」
制服姿の私たち二人を見た途端に、ラティナさんは、制服姿ではなく私服姿だった。
そりゃ、ラティナさんは元々この学校の生徒なんだから、自分の制服持ってるよね。
「すみません殿下。折角来ていただいた制服なのですけれど、このままヨーデン大統領の元へ参りますので、もう一つの服に着替えて頂けますか?」
「あら、もうですのね。分かりましたわ」
ヴィアちゃんはそう言うと、すぐに制服を脱いだ。
「……」
私は、制服を脱ぎ、下着姿になったヴィアちゃんをジッと見た。
「な、なんですの?」
ヴィアちゃんが不審な目で私を見てくるけど、私はどうしても確認しなければいけないことがあった。
「……なに食べたらそんなプロポーションになるの?」
「知りませんわよ!」
「知らない訳ないでしょ!! ちょっとは私に寄越しなさいよ!」
「んにゃ!? こ、こらシャル! 胸を揉むんじゃありませんわよ!」
「揉んだらちょっとこっちに移るかと……」
「そんなこと、あるわけないでしょ!!」
ちっ!
ラティナさんといいヴィアちゃんといい、目の前で見せつけてくれるぜ。
「あ、あはは……」
「まったく……心配なさらくても、シャルのお母さまはシシリーおばさまでしょう? もう少ししたら大きくなってきますわよ」
「……そう、なのかな?」
「さあ?」
「おのれ!!」
「きゃっ! ちょっと!」
非道いことを言うヴィアちゃんに制裁を加えていたらラティナさんが大きく咳払いをした。
「あの、シルバーさんも一緒に案内するように言われていますので、お早めにおねがいします」
「あ、ええ。分かりましたわ」
そう言っていそいそと着替えるヴィアちゃんだけど、その着替えを見ていた私はあるものを見つけた。
「あれ? ヴィアちゃん、そんなペンダント付けてたっけ?」
「え?」
ヴィアちゃんの胸元に、今まで見たことがないペンダントが付けられていたのだ。
私に指摘されたヴィアちゃんは……今まで見たことがないくらい顔が真っ赤になった。
「あ、もしかしてお兄ちゃんからの贈り物?」
「え、いえ、違います。これは、お父様から頂いたものですわ」
「あ、そうなんだ」
ん? だとしたら、どうしてこんなに真っ赤になっているんだろう?
「も、もうよろしいじゃありませんの。ラティナさん、シルバー様はどちらに?」
「あ、ロビーでお待ちいただくようにお願いしております」
「分かりました」
ヴィアちゃんはそう言うと、いそいそと部屋を出て行く。
「……なんでシャルも付いてきますの?」
「え? 私も、お兄ちゃんの正装姿を見ようと思って」
私が制服、ヴィアちゃんがこちらのドレスに着替えているように、アールスハイド組は皆こちらの服に着替えている。
ホテルの中も、アールスハイドみたいに空調が聞いてなくて暑かったからね。
昨日は皆着やすそうな普段着だったので、お兄ちゃんの正装姿はまだ見ていないのだ。
「どれどれ、お兄ちゃんはどこに……あ! いた……え?」
ロビーにお兄ちゃんはいた。
ただし、何故か女性と一緒だった。
その女性は、ラティナさんと同じような褐色の肌をしているので現地の人だろう。
これは、もしかして逆ナン!?
これは、もしかして修羅場になるのでは!?
そう思ってヴィアちゃんを見てみると、ヴィアちゃんは顔は笑っているのに目が笑っていないという、世にも恐ろしい顔をしていた。
ラティナさんもヴィアちゃんの表情を見たのか、ピシリと固まっている。
そんな私たちをよそに、ヴィアちゃんはお兄ちゃんの側に近付いて行った。
「シルバー様」
ヴィアちゃんの声かけに、お兄ちゃんはあからさまにホッとした顔をして振り向いた。
「ああ、ヴィアちゃん。その服、凄く似合っているね。綺麗だよ」
「あら、ありがとうございます。シルバー様もお似合いですよ」
「はは、そうかな。ありがとう」
ヴィアちゃんとお兄ちゃんが、早速二人だけの世界を繰り広げていると、さっきの女性が割り込んできた。
「ちょっと! なんなのよアンタ! 私が先にこの人と話してたのよ!」
そう叫ぶ女性は、この国特有なのか大分露出の多い服を着ているお兄ちゃんよりも年上っぽい人だった。
目くじらを立てて叫ぶ女性に一瞥をくれたヴィアちゃんは、お兄ちゃんの腕にそっと自分の腕を絡ませた。
「あら、そうでしたの。私の婚約者の暇つぶしにお付き合いくださって感謝いたしますわ」
「ひ、暇つぶしぃ!?」
わお、ヴィアちゃん、相変わらず辛辣だあ。
それにしても、さっきのお兄ちゃんに声をかけたヴィアちゃんと、それに応えたお兄ちゃん、明らかに他人じゃない空気感なのに、よく割り込めるな。
まあ、お兄ちゃん、この国では見ない雰囲気の超イケメンだからなあ。
あのお姉さん、お兄ちゃんに夢見ちゃったのかもしれない。
「はっ! 婚約者ぁ?」
お姉さんは、ヴィアちゃんを見ると、見下したようにそう言い放った。
……え? ヴィアちゃんのどこに見下す要素があったんだろ?
そう思っていると、お姉さんはヴィアちゃんをこき下ろし始めた。
「ふん! なにが婚約者よ! 青臭いガキじゃない! ねえぇ、私の方がそこのガキより楽しませてあげられるわよ? 私に乗り換えなさいよ」
ヴィアちゃんをガキ呼ばわりしたあと、そのままお兄ちゃんに擦り寄っていくお姉さん。
うわあ、なんてガッツのあるお姉さんなんだ。
私にはあんなこと到底できない。
ヴィアちゃんはどう出るのかな? とワクワクしていると、ヴィアちゃんがなにか言う前に、お兄ちゃんがヴィアちゃんの肩を掴んで抱き寄せた。
「申し訳ないけど、ヴィアは僕が世界で一番愛している女性なんだ。そんな彼女に暴言を吐く貴女に乗り換えるなんて……冗談でも言ってほしくありませんね」
「なっ! な、な……」
「それに、さっきから迷惑だと言っているでしょう。いい加減しつこいですよ」
「し、しつこ……」
「これ以上付きまとわれるなら、ホテル側に言って厳重注意してもらいますが?」
うおぉ、お兄ちゃん、ハッキリ言ったな!
お兄ちゃんに抱き締められているヴィアちゃんを見ると……。
あ! いけない! 王女様が外でしちゃいけない顔してるぅっ!!
ヴィアちゃんがお兄ちゃんを見つめて、明らかに発情している表情をしているのだが、お兄ちゃんもお姉さんもお互いを睨んでいるので気付いていない。
緊張感溢れる睨み合いが続いていたのだが、ようやく異常事態に気付いたホテルの従業員が慌ててやってきた。
「あ、あの! どうされましたかお客様!」
ホテルの責任者と思われる人がやってきて事情を訊ねると、お兄ちゃんはようやくお姉さんから視線を切ってホテルの人を見た。
「いえ、さっきからこの女性がしつこく絡んできまして。あまつさえ私の恋人を侮辱したのもですから、つい口論になってしまって」
「なっ!」
「えっと、そうなのですか?」
ホテルの人に訊ねられたお姉さんは、顔を真っ赤にしてプルプル震えたあと、大声で叫んだ。
「ふざけるんじゃないわよ! 私にこんな恥を掻かせてただで済むと思ってるの!? この報いは必ず受けさせてやりますからね!!」
そう叫んだお姉さんは、お兄ちゃんやヴィアちゃんに一言も謝罪しないまま踵を返し肩を怒らせてホテルから出て行ってしまった。
うわあ、凄いお姉さんだったな……。
それにしても、最後の捨て台詞が気になるなあ。
あの人、この国のお偉い人なんだろうか?
このヨーデン側が用意してくれたホテル、高級ホテルだし、偉い人かその家族とか使ってるのかも。
お姉さんが出て行ったあと、入れ違いでラティナさんのお兄さんがホテルに入ってきた。
「えっと、どうしたんですか? 今、財務大臣のお嬢さんが怒って出て行きましたけど、なにかありました?」
へえ、あの人、この国の財務大臣の娘なんだ。
っていうか、今このホテルに外国の要人が泊ってるって聞いてなかったんだろうか?
普通、そういう通達ってするよね?
そういうのを忘れさせるくらい、お兄ちゃんにやられちゃったのかなあ?
今後の展開に、さらにワクテカしていると、ヴィアちゃんがお澄まし顔で言った。
あ、もう顔が元に戻ってる。
王女様の威厳が損なわれなくて良かった。
「いえ、先程の女性がシルバー様にしつこく言い寄ってきましたので、ご退場願っただけですわ」
ヴィアちゃんがそう言うと、ラティナさんのお兄さんは、顔面蒼白になった。
「なっ、なあっ!? あれほど、あれほど大事なお客様だと通達していたのに!! 支配人! これはどういうことですか!!」
支配人と呼ばれた人は、さっき駆け付けてきたホテルの責任者の人だった。
この人、支配人だったんだ。
「も、申し訳ございませんカサール様!! 私どもも、まさか大臣のお嬢様がこの方に絡んでいくとは夢にも思わず……少し目を離した隙にこんなことに……」
「こんなことではありません!! 一体、どう責任を取るおつもりですか!!」
いや、責任って、今の一方的に悪いのはあのお姉さんじゃん。
それに、こんなのよくある騒動じゃない?
お兄ちゃんもそう思ったのか、ラティナさんのお兄さんを宥め始めた。
「まあまあ、カサールさん。この人に責任はありませんよ。むしろ、僕たちに割って入って諍いを収めようとしてくれたのですから」
「そ、そうですか……シルバー様がそうおっしゃるのでしたらこれ以上責任を追及するのは止めておきます」
「そうして下さい。それより問題は……」
「え?」
「その財務大臣の娘さん? が、ヴィアのことを『青臭いガキ』と罵ったことですね」
お兄ちゃんのその言葉を聞いたラティナさんのお兄さんは、顔面が蒼白になった。
「な、な、オクタヴィア王女殿下に、そのような暴言を……」
「愛するヴィアに対するこの暴言だけはどうしても看過できませんでした。なので少々言い返してしまったのですが……問題になりますかね?」
ああ、ヴィアちゃん! また王女様がしちゃいけない顔してるよ!
お澄まし! お澄まし!
しかし、お兄ちゃんの発言を聞いたラティナさんのお兄さんは、そんなヴィアちゃんの様子より発言の内容に憤りを覚えていたようで、ヴィアちゃんの蕩け顔は見えてなかったようだ。
「シルバー様になんの問題もございません! むしろあの女……はっ! いえ、あの財務大臣の娘の方が問題です! 彼女には厳罰を与えますので、どうかお許しくださいませ!」
「ああ、いえ。厳重注意でもして頂いて、今後僕たちに関わらなければそれでいいですよ」
「そ、そういう訳には……」
お兄ちゃんとラティナさんのお兄さんの間で押し問答をしていると、ロビーにパパとママが現れた。
「ん? シルバー、カサールさん、なにをそんなに騒いでるんだ?」
押し問答をしているお兄ちゃんとラティナさんのお兄さんを見つけてパパがそう訊ねてきた。
なのでラティナさんのお兄さんが事情を説明すると、パパは小さく溜め息を吐いた。
「まさか、お前がシャルより先に騒動を起こすとはなあ」
「まあ、おじさま! シルバー様が騒動を起こしたのではありませんわ! 巻き込まれただけです!」
お兄ちゃんを擁護しようとしたヴィアちゃんがパパに食って掛かる。
さすがに赤ちゃんのときから関わりがあるため、私がオーグおじさんに遠慮していないようにヴィアちゃんもパパやママには遠慮しない。
パパとママもそれが分かっているので、必死にお兄ちゃんを擁護するヴィアちゃんを宥めるようにパパがヴィアちゃんの頭をポンポンと撫でた。
「心配しなくても分かってるよ」
「むぅ、子供扱いして」
「はは。シルバーもヴィアちゃんも、俺らからしたら子供だよ。ずっとね」
ちょっとむくれながら抗議するヴィアちゃんをサラリと躱すパパ。
その光景は、私から見ても父と娘のように見えた。
「えっと……殿下とシン様は、随分と仲が良いのですね」
私から見てもそう見えたのだから、あまり関わりの無かったラティナさんのお兄さんからは、普通に父娘に見えたのだろう。
ラティナさんのお兄さんの言葉に、ママが答えた。
「ええ、なにしろ赤ちゃんのときから、シャルと一緒に面倒を見てきましたからね。私と主人にとって、ヴィアちゃんはもう一人の娘みたいなものです」
ニコニコしながらそう言うママに、ヴィアちゃんも嬉しそうだ。
「おばさま、私はシルバー様と婚約することになるのですから、もうすぐ本当の娘になりますわ」
「ああ、そういえばそうね」
ヴィアちゃんとママの会話についていけないのか、ラティナさんとラティナさんのお兄さんはキョトンとした顔をしていた。
「え? 婚約、ですか? まだお付き合いをされ始めたばかりなんですよね?」
困惑したようにそう言うラティナさんを見て、私はようやく理解した。
ああ、そうか。
ラティナさんとお兄さんは貴族階級がないヨーデンの人間。
アールスハイドの恋愛事情なんて知らないよね。
「あのね。アールスハイドじゃ貴族や王族も自由恋愛していいんだけど、婚約しないで交際するのは流石にナシなんだ」
「こ、交際と婚約がセットなんですか!?」
「うん、そう。貴族や王族は家を継続させないとダメでしょ? だから、交際は結婚前提じゃないとダメなんだ。それくらいの覚悟を見せろってことね」
「へえ、そうなんですね。国が違えばその辺の常識も違うんですねえ」
ラティナさんは、ヨーデンと違うアールスハイドの恋愛事情に感銘を受けたようだが、ラティナさんのお兄さんは少しホッとした顔をしていた。
「王女殿下に婚約者がいるとなれば、よけいなちょっかいをかけてくる輩もいなくなるでしょう。はぁ、正直、これ以上トラブルが起き無さそうで安心しました」
そういうラティナさんのお兄さんに、パパが首を横に振った。
「いや、二人が婚約するのは確定だけど、まだ発表してないから公にはできないですよ?」
「そ、そうなんですか!?」
パパの無常な宣告に、ラティナさんのお兄さんは肩を落として項垂れた。
なんか、最近ラティナさんのお兄さんのこの姿をよく見るなあ。
可哀想なラティナさんのお兄さんを眺めていると、ヴィアちゃんが「あ」となにかを思い出したように声をあげた。
「私、さきほどの女性に、シルバー様は私の婚約者だと言ってしまいましたわ」
その台詞を聞いたパパは一瞬で真顔になった。
「えっと、それって、さっき言ってたこの国の財務大臣の娘さん?」
「はい」
「に言っちゃったの?」
「はい」
ヴィアちゃんの言葉を受けたパパは、懐から無線通信機を取り出した。
「ちょと、オーグと話してくる。少し待ってて」
パパはそう言うと、この場を離れて物陰に行った。
その背中を見送っていたママは、ヴィアちゃんの方へ視線を向けると、軽くその頭を小突いた。
「こら。ダメでしょヴィアちゃん。王女様がそんな軽率な発言をしちゃ」
「はぁい。ごめんなさいおばさま。でも、あの女を諦めさせるのはああ言うしかなかったんですの」
いや、絶対嘘だ。
その証拠に、ヴィアちゃんが婚約者という言葉を出しても、あの人は引き下がらなかった。
なんであんなこと言ったんだろう? と首を傾げていると、ママに怒られているにも関わらず、ヴィアちゃんがちょっと嬉しそうな顔をしていた。
その顔を見て、私は確信した。
ヴィアちゃんはドМ……じゃなくて、これは、万が一にもお兄ちゃんと婚約できなくなるとか、そいう事態を避けるための外堀固めだな。
王族こわい、と真剣に思ったよ。
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