第53話 プロと学生の違い
「あ、暑い……暑いよラティナさん!」
空調の効いた飛行艇から降りた瞬間、真っ先に感じたのは強い日差しと高い気温。
夏服を着ているというのに、それでも暑くて仕方がない。
思わず抗議するようにラティナさんを見ると、ラティナさんも暑そうにしていた。
「そう、ですね……久々に帰ってくると暑いですね……」
「いや! ラティナさんも暑いんかい!」
ヨーデン出身のラティナさんが暑がっていることに、私たちは驚いた。
「あ、えっと、三か月ほどここより涼しいアールスハイドで生活していましたから……身体がそちらに慣れてしまったのかもしれません」
「あ、そうなの?」
「ええ。これは、慣れるまで時間が掛かりそうですね……」
ラティナさんはそう言うと、自分のお兄さんの方を見た。
「そう、だな。慣れているはずの私たちでも、久々のこの暑さは身体に堪える。なんとかしないと、皆倒れてしまうな……」
ラティナさんのお兄さんもアールスハイドの気候に慣れてしまったようで、暑そうにしながら思案顔を浮かべていた。
そんな中、パパが飛行艇から降りてきた。
「うわ、ヨーデンってかなり蒸し暑いな」
飛行艇から降りるなりパパはそう言った。
「蒸し暑い?」
「ああ、ここの暑さって、ムワッとする暑さだろ? アールスハイドより気温が高くて湿度も高いからかなり暑く感じるな」
「ええ? 湿度が高いだけでこんな暑いの?」
「いや、湿度の違いで同じ気温でも感じ方が違うんだぞ? アールスハイドは湿度が低くてカラッとしているから……この気候の変化は身体にクるなあ」
パパはそう言うと、自分の異空間収納からなにやら道具を取り出すと、それを首にかけた。
「シシリー、はいこれ。こういう風に首にかけて起動させてね」
パパは、隣で暑そうにしているママに謎の魔道具を渡す。
パパの最優先はいつだってママ。
そしてママは、パパのことを心から信頼しているので、パパから渡された魔道具がどんなものか知らなくても躊躇なく起動させる。
「こうですか? あ、涼しい」
すると、暑そうな顔をしていたママの表情が、途端に緩む。
「え? なにそれ!?」
「はいはい。皆にも配るから、同じように首から掛けてね」
パパはそう言うと、皆にもママに渡したのと同じ魔道具を手渡した。
私も受け取ったのでママと同じように首にかけて起動させると……。
「ふわぁ……涼しいぃ」
こ、これは、ママの顔が緩むのも分かる。
首に掛けた魔道具から身体全体を包むように冷気が発せられ、火照った身体が冷やされていく。
これ、最高。
ってちょっと待って。
私、今までどんなに暑くても、こんな魔道具を使わせてもらったことはない。
「パパ、ズルいよ! こんないいもの持ってたんなら、今までも使わせてくれたらよかったのに!」
これさえあれば、夏の暑い日だって快適に過ごせていたのに。
そう思ってパパに文句を言うと、パパは苦笑を浮かべていた。
「いや、アールスハイドでは徐々に気温が高くなるから身体が慣れていくだろ? 身体が慣れてしまえば、アールスハイド程度の夏の暑さならコレは必要ない。ただ、今回は急にこの気候の土地に来たから、この暑さに身体を慣らす暇もなかっただろ? 今回はこれを使わない方が体調不良になると判断したんだ」
パパは照りつける太陽を見ながらそう言った。
確かに、空調の効いていた飛行艇からちょっと出ただけで随分グッタリしたな……。
そういえば、この国の人たちはこんな魔道具なんて使ってないし、暑さに慣れてるんだろうか?
「今日はこの魔道具を使うけど、明日以降、この魔道具は使わずに徐々に暑さに慣らしていくよ。その際、必ず水分補給をすること。いいかい?」
え? ということは、この魔道具を使うのは今日だけってこと?
「非道いよパパ! こんな快適な魔道具を使わせておいて今日だけなんて!」
「しょうがないだろ。明日以降、こっちの生徒さんと合流するんだ。シャルたちだけ魔道具を使って、他の人には使わせないつもりか?」
「うぐっ……」
そ、それは……。
「それに、どうしても耐えられなければ使っていい。なるべく使わないで身体を暑さに慣らしていけばいいんだよ」
パパはそう言うと、異空間収納から水筒を取り出して一口飲んだ。
ん?
「あれ? パパの魔道具は?」
そういえば、最初ママに使い方を説明するのに首に掛けたのに、今はパパの首に魔道具がない。
「ああ、辛くなったら使うよ。今はまだ大丈夫だな」
そう言って、また一口水分を取る。
「……」
この暑さの中でも余裕そうなパパを見たあと、私はお兄ちゃんを見た。
お兄ちゃんも、首に空調の魔道具は着けていなかった。
二人を見たとき、正直、負けたと思った。
そういえば、パパは今までアルティメット・マジシャンズの依頼で世界中のあちこちに行っている。
その中には、ここ以上に過酷な環境なんかもあったんだろう。
お兄ちゃんは、先日ようやく一人で依頼をこなせるようになった。
これからそういう過酷な環境に行くことを見越して行動しているんだ。
私たちみたいに、すぐに楽な方に流されるんじゃなくて、しんどくても身体を慣らす選択をしていた。
これが、学生と現場で活動しているプロとの違いなのかな?
こんな私が、お兄ちゃんのライバルなんて名乗っていいのだろうか?
そう思った私は悔しさと、お兄ちゃんに負けたくない一心で、魔道具を切った。
「……」
暑っつ!!
これはたまらん!
私は、すぐに魔道具を起動させた。
あ、明日! 明日から頑張るよ!
魔道具を使わなくても余裕そうなパパとお兄ちゃんに妙な敗北感を覚えながらも、慣れない暑さには敵わないと自分に言い訳をし、明日から頑張る決意をするのだった。
いや、マジで暑いから!
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