第52話 留学の目的
一週間で諸々の準備を終えた私たちは、王都郊外にある飛行艇発着所に集まっていた。
この飛行艇は、普段は各国の王都との直接の行き来と、遥か東国のクワンロンとの貿易に使われている。
一般庶民の移動にはまだまだ長距離魔動車が多く使われているけど、王族や貴族、商人など、一刻も早く外国に行きたい場合は空路を使うことも増えている。
空路は高いからね。
なんでそんな高く設定してるのか、飛行艇の制作者であるパパに聞いたことがあるけど、なんでも長距離魔動車の運営は、元々魔動車が普及する前の長距離馬車を運営している会社が引き継いでいる。
空路を安価に設定してしまうと、その人たちの仕事を奪ってしまうから、と言われた。
空路の方が早いし便利なのに、大人の社会は面倒臭いよ。
さて、そんな発着場には沢山の荷物を持ったラティナさんのお兄さんと、身軽な恰好の私たちが集まっている。
荷物を持たずにいる私たちに、ラティナさんのお兄さんが苦笑していた。
なんで?
「皆さん、当たり前のようにあの幻と言われている異空間収納が使えるのですね……」
ああ、ヨーデンの人たちは、魔力の制御を洗練させることはできても魔力制御量自体は少ないから異空間収納が使えないのか。
異空間収納が使えないラティナさんのお兄さんは、どうしても大荷物になってしまうと。
いや、ちょっと待って。
「あれ? そういえばラティナさん、異空間収納使えるようになってなかった?」
私がそう言うと、ラティナさんのお兄さんは、ラティナさんにジト目を向けた。
「そうなんですが、自慢するばかりで荷物を預かってくれないんですよ」
ええ? ラティナさん、お兄さんにはそんな意地悪するの?
「だって、折角兄さんにマウントを取れるチャンスなんですよ? 悔しがらせてやりたいじゃないですか」
「ああ、お兄ちゃんの方が大抵なんでも先にできるようになるもんね。その気持ちは分かる」
ウチなんてあのお兄ちゃんだよ?
今だって先にゲートの魔法まで覚えて悔しい思いをしているのだ。
ラティナさんがお兄さんにマウントを取ってもしょうがない。
「はは、まあ、ラティナさんが預かってくれないのならしょうがありませんね。カサールさんはヨーデンの使者ですし、機密書類なんかも持っているでしょうから他国の人間である我々も預かれません。申し訳ありませんが、そのままお荷物を持って行っていただけますか?」
パパが苦笑しながらそう言うと、ラティナさんのお兄さんはガックリと肩を落として項垂れた。
「うう……私も、今更ですけど修行し直そうかな……」
「いいんじゃないですか? 修行を始めるのに早いも遅いもないですよ」
そんなやり取りをしていると、見送りに来ていたオーグおじさんが私たちに声をかけてきた。
「いいかお前たち。お前たちがヨーデン国民の初めて見るアールスハイド王国人だ。お前たちの行動が彼らの抱くアールスハイド王国人の印象だと思って行動するように。特にシン、シャル」
「いやいや! 俺、今はもう問題起こしてないだろ!」
「そうだよオーグおじさん! 私はともかくパパはちゃんとしてるよ!」
パパと私がオーグおじさんに抗議すると、おじさんは額に手を当てて深い深い溜め息を吐いた。
「ウォルフォード夫人、本当に、シャルの手綱を握っておいてくれ」
「あ、はは。なるべく善処しますわ」
「善処では困るのだ……」
自分で留学してみないか? と提案しておきながら項垂れるオーグおじさんをよそに、私たちは飛行艇に乗り込んだ。
「さて、オーグの奴は揶揄い半分でああ言ったけど、君たちの言動がそのままアールスハイドの印象に繋がるのは本当だから。軽率な行動は慎むようにね」
『はい!!』
パパの言葉に揃って返事をする皆。
こういうのを見ると、やっぱりパパって皆から尊敬されているんだなって感じる。
「マックス」
「なに? おじさん」
「シャルのこと頼むな。シャルに一番強く言えるのはマックスだろうから」
「ヴィアちゃんとシルバー兄は?」
「二人はヨーデン政府に状況説明に行かないといけないから、シャルの側を離れる時間があるんだ。その間、シャルが野放しになる」
「なるほど。分かった」
「ちょっと!! 野放しってなにそれ!? パパもマックスも非道い!!」
二人してなに分かり合ってんの!?
いくらなんでも他国で変なことしないわよ!
だというのに、二人は私にジト目を向けてきた。
「「今までの行い」」
「うっ……」
い、いや、それを言われると……。
「今まで、何回シャルの起こした騒動で学院に呼ばれたと思ってるんだ……」
「俺も、今までどんだけフォローしてきたと……」
「……はい。すみません。大人しくしておきます」
私はこれ以上強く言うことができなくて、大人しく座席についた。
はぁ……出発前からテンション駄々下がりだよ……。
「うわあっ!! ヴィアちゃん見てみて! 海! 広ーい!! 雲! おもしろーい!!」
「ああ、もう、シャル! 分かりましたから大人しく座っていなさい!!」
飛行艇の窓から見える景色が素晴らしくて、思わず隣に座っているヴィアちゃんに大声で同意を求めてしまった。
ちなみに、なぜヴィアちゃんが私の隣かというと、お兄ちゃんがラティナさんのお兄さんと隣同士に座ったから。
なんでも、ヨーデンに着いてからの予定の最終的な打ち合わせをするんだとか。
それで渋々ヴィアちゃんは私の隣に座っているのだ。
「まったく! 大人しくしているんじゃなかったんですの!?」
「そんなこと言ったってさ! これは興奮するなってほうが無理でしょ!」
今まで旅行っていうとパパのゲートで一瞬だったから、こうしてのんびり乗り物に乗って移動するなんてなかったのだ。
テンション上がるって!
「凄いですよね。私もアールスハイドに来るときに乗りましたが、今まで見たことがない景色に興奮しました」
「あ、そういえばラティナさんは一回乗ってきてるんだっけ」
「ええ、こんな凄いものを作ってしまうシン様って、本当に凄いですね」
「んふふ」
パパが褒められたことが嬉しくて思わずニヤニヤしちゃう。
「おじさまが褒められたのに、なんでシャルが得意気なんですの?」
「え? パパとかママが褒められると嬉しくない? オーグおじさんなんて名君だってしょっちゅう褒められてるじゃん」
「そ、それはまあ、誇らしくはありますけど……」
まったく、ヴィアちゃんだってオーグおじさんが褒められたら嬉しいくせに素直じゃないんだから。
ヴィアちゃんとそんな話をしていると、後ろの座席に座っているマックスとレインが会話に加わってきた。
「ウチも、爺ちゃんが凄いのは知ってるしよく褒められるけど、あんま素直に喜べないわ。いい加減照れくさい」
まあ、マックスは男子だしね。
あんまり家族と仲良くしてるとか思われたくないのかも?
「ウチは……親父がしょっちゅう若い魔法師団員ナンパして、オカンに絞められてる。尊敬できる余地がない」
「「「……」」」
レインの自虐ネタに、私たちは言葉が出ない。
とはいえ、レインのお父さんであるジークおじさんは現魔法師団長で先代の軍務局長という、国でもトップの要職に就いてる人だ。
高等魔法学院生からすると、尊敬してやまない人物のはずなんだけど……。
なんせチャラいからなあ、あのおじさん。
なんであの堅物のクリスおばさんと結婚したのか不思議でならないと、あの一家を見る度にパパも首を傾げている。
あの夫婦、元はパパの兄姉替わりだったらしいから、それ繋がりなのかな?
そんな他愛もない話をしながら飛行艇は進む。
そして、もう間もなくヨーデンに到着するという時間になって、お兄ちゃんが自分の席を立って私たちの側に来た。
「皆、ちょっといいかい?」
「どうしたの? お兄ちゃん」
「うん。ヨーデンに到着してからの君たちの予定について話しておこうと思ってね」
「予定? 今?」
「詳しいタイムスケジュールを話すわけじゃないよ。ヨーデンで君たちが何をするのかってこと」
「ああ、そういえば、具体的な話は聞いてなかった」
正直、留学という名目の旅行だと思ってた……。
「ラティナさんは、アールスハイドに来てこっちの魔法について学んだでしょ?」
「あ、はい」
お兄ちゃんに話を振られて、ラティナさんが答える。
「それと逆のことをしようと思ってね。つまり、ヨーデンでは、ヨーデン固有の魔法、変成魔法を教えて貰うことになった」
「え!? 本当に!?」
お兄ちゃんの発表に、一番食い付いたのはマックスだ。
「まあ、一週間ほどの短期留学だから、マスターするまどとはいかないと思うけど、基礎的なことは教えて貰えることになったから」
「マジか! やった!」
マックスは、将来ビーン工房を継ぐことを望まれていて、本人もそれを受け入れている。
制作に携わる職人見習いとして、素材を自由に変化させられる変成魔法は凄く魅力的なものなんだろう。
私はまあ……基礎が覚えられたらいいかな? くらいにしか思ってない。
だって、パパみたいに自分で魔道具を作る訳じゃないし、覚えても使い道がない。
そんな私の心情を読み解いたのか、お兄ちゃんは私を見て目を細めた。
「言っておくけど、今回の留学は文化交流の側面もあるからね。興味が無いからって授業をおざなりにしていると、向こうの心象が悪くなる。なので、ちゃんと真面目に授業を受けるように。いいね?」
「う、はぁい……」
うへぇ、お兄ちゃんに釘を刺されちゃったよ。
今の話は、当然パパやママも聞いているので、私が不真面目な授業態度だったら全部報告されてしまう。
そうなると、ママのお説教が……。
はぁ、留学なんてただの名目だと思ってたのに、予想以上に真面目な行事になりそう。
夏季休暇中に授業を受けないといけないという事実に、私の気分はまた下がった。
そんな私の気持ちも知らず、飛行艇はいよいよヨーデンへと到着し、私たちは初めてヨーデンの地に降り立った。
……暑っつ……。
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