第50話 オーグおじさんは意地悪

 我が国の国王様と、世界最強の魔法使いの二人が、それぞれの奥さんから頬を抓られて涙目になるという、なんとも締まらない空気になっていたのだが、オーグおじさんが改めて咳払いをして元の空気に戻す。


「さて、今回の襲撃犯の動機であるヨーデンの救世主と魔人との関連性については、間違いであり、今後ヨーデン政府が良からぬことを考えぬように伝えてもらいたいのだが……」

「は、はい」

「ここで一つ、私にはどうしても拭いきれない懸念がある」

「懸念、ですか?」


 オーグおじさんの言葉に、ラティナさんのお兄さんは首を傾げる。


「そうだ。救世主と魔人はおそらく同一の存在で、魔人は怒りと憎悪によって破壊衝動に捉われているので、そなたらの崇拝する救世主とは似ても似つかぬ存在であることは理解したな?」

「……は、い。正直納得しきれていませんが、理解はしました」

「ひとまずはそれでいい。で、だ」


 オーグおじさんはそこで一息つくと、ラティナさんのお兄さんの目をジッと見つめながら言った。


「この話を、ヨーデン政府に話したとして、信じてくれるか?」

「!!」

「今のこの場は、問題を起こし立場の弱いそなたらと、立場の強い我々。しかも私はこの国の王だ。聞き入れずにはいられまい」

「それは……確かに」

「しかし、そなたが国にこの話をしたとして、どれだけの人間がこの話を信じてくれる?」

「……」

「なにせそなたらの尊敬する救世主の話だ。信じたくない、という者がほとんどではないか?」

「それは……」


 ラティナさんのお兄さんは、苦しそうな顔をして俯いた。


 オーグおじさんの指摘が当たってるからだろうな。


 自分たちが信じていた英雄が危険人物でした、なんて話、事実だとしても受け入れ難い話だと思う。


「ヨーデン政府の穏健派だろうと過激派だろうと、最終的な目的は同じ。シルバーの自国への招致だ」

「はい」

「となれば、我々の話を信じて貰えなかった場合、今後もヨーデンはシルバーを自国に招こうと画策し続ける」

「それは……」


 ラティナさんのお兄さんは、オーグおじさんの言葉を否定できず、俯いた。


「否定できないか。しかし、残念ながらシルバーは我が国の次代を担う優秀な魔法使いでな。おいそれと他国にやる訳にはいかない。それに加えて我が娘の恋人になったのだ。我が娘を他国にやれない以上、シルバーも国外に出すわけにはいかん」

「お父様……」


 キッパリと、ヴィアちゃんのためにお兄ちゃんを他国にやれないと断言したオーグおじさんに感激したのか、ヴィアちゃんはうるうるした目でオーグおじさんを見ていた。


 最近のヴィアちゃん、オーグおじさんにちょっと冷たかったから、こんな目でおじさんを見るのは久しぶりに見たよ。


 どうしてもお兄ちゃんをヨーデンにはやれない旨を告げられたラティナさんのお兄さんは眉間に皺を寄せ、すごく苦しそうに俯いていた。


 お兄ちゃんのヨーデン行きを諦めさせるにはヨーデン政府を納得させなくちゃいけない。


 けど、ラティナさんのお兄さんの言葉で政府が納得してくれるとは思えない。


 まあ、ラティナさんのお兄さんからしたら『どうすりゃいいんだ!』って感じだよねえ。


 どうすんのかな? とパパとオーグおじさんを見ると、オーグおじさんはしばらくラティナさんのお兄さんを見つめたあと、解決策を口にした。


 そして、それは驚くべき内容だった。


「まあ、こうなれば直接我々が行って説明するほかあるまい。シン、シルバー、悪いがヨーデンに行ってくれるか?」


 ええ!? パパはともかく、当事者のお兄ちゃんをヨーデンに行かせるの!?


 そんな敵地に直接乗り込むようなことして大丈夫なの!?


 誘拐されちゃったりしない!?


「お、お父様!! シルバー様を向かわせるなんて、なにを考えているのですか!」


 ヴィアちゃんが反対するのは当然だよね。


 折角恋人同士になれたのに、ヨーデンなんて行ったらしばらく離れ離れになっちゃうもん。


 それなのに、当の二人の返事は実にあっけらかんとしたものだった。


「ん? いいぞ」

「僕も構いません」

「「なんで!?」」


 思わず、私とヴィアちゃんの二人でハモッちゃったよ。


 そんな私たちを見て、オーグおじさんは不可解な顔をして首を傾げた。


「なぜって、私が国を離れる訳にはいかないし、そうなると次点の最有力はシンだろう? それとシルバー本人が現地に行って救世主とはなんの関わりもないことを証明しなくてはならない。それに、シンだぞ? 危険があると思うか?」

「そ、それは分かるけど! パパはともかく、お兄ちゃんはヴィアちゃんと離れ離れになってもいいの!? 折角恋人同士になれたのに!」


 私の言葉に、ヴィアちゃんも「うんうん」と激しく首を縦に振っている。


 そんな私たちを見て、オーグおじさんはフッと笑った。


「なら、お前たちも一緒に行けばいいではないか」


 その一言は、私たちにとっての福音だった。


「え? いいの?」

「ああ。ちょうど夏季休暇中だしな。ヨーデンへの短期留学ということで、ヨーデンの文化や歴史を学んでくるといい」


 オーグおじさんから、ヨーデン行きへの大義名分を貰った私とヴィアちゃんは、思わず二人で抱きしめ合った。


「やった! 私、ヨーデンに行ってみたかったんだよね!」

「シルバー様との南国への旅行! お父様、ありがとうございます」


 ついさっきまでは予想もしていなかった、南国ヨーデンへの短期留学。


 それがこんなあっさりと決まるなんて!


 ヴィアちゃんもお兄ちゃんとの恋人になってからの初旅行に胸を躍らせている。


「ラティナさん、ヨーデンの案内、お願いね!」

「楽しみですわ!」


 私とヴィアちゃんがラティナさんにそうお願いすると、ラティナさんは満面の笑みを浮かべていた。


「はい! 任せて下さい!!」


 こうして三人でキャッキャしていると、オーグおじさんが「んんっ!」と咳払いをした。


 何だろうとおじさんを見ると、おじさんは呆れた者を見る目で私たちを見ていた。


「短期『留学』だと言っただろう? 当然これは授業の一環だし、帰ってきたあとはレポートの提出をしてもらうからそのつもりでな」

「「ええーっ!?」」


 そ、そんな!


 そんなんじゃ純粋に楽しめないじゃん!


「嫌なら別にいいんだぞ? 行かなくても」


 そう言うオーグおじさんの顔はニヤついてて、メッチャムカつく顔をしていた。


 私でもムカついたのに、当然この人が黙っているはずもない。


「お父様のばか! 意地悪!」


 普通、娘からそんなことを言われたらショックを受けそうなもんだけど、オーグおじさんは慣れているのかニヤニヤ顔を止めようとしない。


「おいおい、本来ならお前たちがヨーデンに行かなくても、私は一向に構わないのだぞ? それを、付き合って早々離れ離れにするのは可哀想だと、留学という大義名分を与えてやったのではないか。その大義名分を真実にするためのレポート提出のなにが不満なのだ?」

「「ぐぐぐっ……」」


 そ、それは確かに……。


 おじさんは、わざわざ大義名分を与えてくれた。その大義名分を本当にするためと言われてしまえば、私たちはこれ以上反論することができなかった。


 二人揃っていい負かされた悔しさに歯噛みしていると、パパが呆れたように言った。


「お前らが口でオーグに勝てる訳ないだろ。こいつは、ありとあらゆる悪だくみを瞬時に思い付く奴だぞ?」

「おいおいシン、そんなに褒めるな」

「褒めてねえよ……」


 そういえば、パパとオーグおじさんも、いっつも軽口の遣り合いをしているけど、パパが勝ったとこって見たことないかも。


 はぁ……レポート決定かあ。


 折角の夏季休暇に自分から課題を増やしてしまって、私とヴィアちゃんは揃って溜め息を吐いた。


 そんな中、ラティナさんのお兄さんに、新たに声をかけた人がいた。


「あ、すみませんカサールさん。私も御一緒しますので、後で打ち合わせをさせて頂いてもよろしいですか?」

「シシリー?」

「ママ?」


 そう、声をかけた人とはママだった。


 え?


 ママも行くの? なんで?


 ラティナさんのお兄さんも疑問に思ったのか、怪訝な顔をしてママを見る。


 そんなラティナさんのお兄さんに、ママはヨーデンに行きたい理由を説明し始めた。


「ラティナさんも一緒に行くのでしょう? そうすると治癒魔法の訓練が滞りますから、留学先でも訓練ができるようにご一緒しようかと。あと、ヨーデンは治癒魔法が失伝しているとのことなので、もし良ければ治療院などを訪問し、治癒魔法に対する認知度を上げていきたいと思いまして」


 ママがそう説明すると、ママを良く知るラティナさんも、ラティナさんのお兄さんも、感激した面持ちでママを見つめる。


 さっきまで責められるばっかりで顔色の悪かったカサール兄妹が、ようやく揃って笑顔になった瞬間であった。


「よし、それでは早速だが宿泊先などの手配を頼む。もちろん、経費はそちらで賄ってもらえると思っているのだが?」

「……はい」


 オーグおじさん、そんな言い方したら断われないよ。


 ようやく笑顔を取り戻したラティナさんのお兄さんだったが、オーグおじさんの一言で、また肩を落として俯くのだった。


 やっぱり、オーグおじさんって凄いな。


 父親にはしたくないけど。


 実の娘であるヴィアちゃんは、抜け目のない提案をするオーグおじさんに、今までも変わりないジト目を向けていた。


 うん、ようやく平常運転に戻った気がする!


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