第49話 パパの話は大体機密

「まず、分かっていると思うが、魔人とは人が魔物化した存在だ。それは分かっているな?」


 オーグおじさんからの質問に、私たちアールスハイド組はコクリと頷く。


 ラティナさんとお兄さんは、今一納得しきれない顔をしている。


「あの……確かに、救世主様と魔人と呼ばれる存在は魔物の特徴と類似していますが……それは本当のことなのですか? 私たちは、人は魔物化しないと思っていたのですが……」


 ラティナさんのお兄さんの言葉を聞いて、オーグおじさんは小さく頷いて続きを話す。


「そうだな。私たちの祖先……というほど昔でもないか。私たちの祖父母の代までは、そなたらと同じ認識だった。魔物化とは、魔力制御ができない動物が過剰に魔力を取り込み暴走させた結果起こる現象であり、魔力制御に長けている人間には起こり得ない……とな」


 オーグおじさんの言葉に、ラティナさんたちは頷く。


 ちなみに、私たちもその辺りの魔法界の常識の変化については魔法の授業で習っているので知っている。


「だが、実際に人が魔力を暴走させての魔物化……魔人化は起こった。その魔人は意思や理性を持たず、自らの破壊衝動のままに暴れまわり、我がアールスハイド王国は壊滅の一歩手前まで追い詰められた」


 その話を聞いたラティナさんたちの顔が驚愕に包まれた。


「か、壊滅一歩手前……」

「そのときは、ここにいるシンの祖父母であるマーリン殿とメリダ殿の活躍もあり、魔人は討伐された。ウォルフォード家がアールスハイドで特別視されているのはそのためだ」


 ラティナさんのお兄さんは感心したようにパパを見ているけど、ラティナさんは意外そうな顔をしていた。


 まあ、ラティナさんが見ているひいお爺ちゃんたちは、日向ぼっこをしながらお茶を飲んでいるおじいちゃんとおばあちゃんだもんなあ。


 私も、話としては知っているけど、正直あんまり実感はない。


「そのときは討伐するのに精いっぱいで、なぜ魔人化したのか検証すらできなかったのだが、その数十年後、今度は隣国ブルースフィア帝国に魔人が現れた。それが、魔人王戦役の首魁、オリバー=シュトロームだ」


 そういえば、私たちも話としては知っているけど、当事者であるパパやオーグおじさんから魔人王戦役の話を聞くのは初めてだ。


 私たちも姿勢を正し、オーグおじさんの話を真剣に聞く。


「コイツは、以前の魔人と違い、意思を保っていた……まあ、理性が残っていたとはとても言い切れんがな。なにせ、帝国を皆殺しにして滅ぼすために次々と魔人の仲間を増やし、最終的には目的を果たしてしまったのだからな」


 どこからか、ゴクリと唾を飲み込む音がする。


 国の人間を皆殺しにして滅亡させる……それを実行してしまったシュトロームの恐ろしさに、誰もが背筋を震わせた。


「過去にアールスハイドに現れた魔人。シュトローム、シュトロームに魔人化させられた者。そしてその後にも何人か魔人化した者に遭遇したのだが、そのいずれにも共通することがあった。それは……すべてなにかしらの恨みや憎悪に塗れていたということだ」


 オーグおじさんはそう言うと、ラティナさんたちをジッと見つめた。


「ヨーデンにおいて過去に現れたという救世主……恐らく魔人だと思われるが、竜が魔物化し暴れまわっていたときに現れたのだったな」

「は、はい」

「恐らく、その竜の魔物に誰か大切な者を殺された魔法使いだったのではないか? だから竜の魔物に憎悪を抱き、魔人化してしまった。そして、その憎悪を竜の魔物に向けた。結局、竜の魔物と相討ちになってしまったので竜の魔物を討伐したという功績だけが残り、その実態は知られなかったのではないだろうか?」

「……」

「もし相討ちにならず、その魔人が生き残っていた場合、救世主伝説としてではなく、破壊神伝説として語り継がれていたかもしれんな。いや、そもそも国が残っていない可能性もあるか」


 オーグおじさんの推測は正しいように思う。


 ラティナさんのお兄さんもそう思ったのか、青い顔をして震えている。


「まあ、自国の英雄のことだ。簡単に納得できるものではないのは分かるが……なんにせよ、人は恨みや憎悪を持って魔力を暴走させると魔人化すると思われる。そんな経緯で魔人化した者を崇拝するのは止めたほうがいい」

「は、はい……」


 今まで知らなかった救世主の真実を知り、ラティナさんのお兄さんはもう倒れそうだ。


 でも、ここでふと疑問が湧いた。


「はいはい、パパ、しつもーん」

「うん? どうしたシャル?」

「恨みで魔人化するならさ、もっと魔人がいないとおかしいんじゃない?」


 私は実際に出会ったことはないけど、世の中には自ら命を絶つほどの絶望を感じてしまう人が大勢いることも事実。


 恨みや憎悪で魔人化するなら、魔人はもっと大勢いないとおかしいと思うんだけど……。


「ああ、それな。まず、初めて魔人化した人なんだけど……なんでも爺ちゃんの親友で、爺ちゃんに匹敵するくらいの魔法使いだったらしい」

「ひいお爺ちゃんに!?」

「ああ、おそらく、シュトロームも帝国にいたころは帝国を代表するほどの魔法使いだったんじゃないかな? 奴は、恐ろしいほど魔法に長けていたよ」

「へえ……」

「つまり、自分の力で魔人化する人間は、爺ちゃんクラスの魔法使いでないと無理ってことだよ。そんな人間がホイホイいるか?」

「いない……かな?」

「それが理由だよ。ヨーデンで魔人化した人も……実際に記録がある訳じゃないだろうし憶測でしかないんだけど、恐らく相当優秀な魔法使いだったんじゃないかな?」

「攻撃魔法を使わないし、魔力制御の総量も増やしてないのに?」


 私がそう言うと、パパは少し考え込んだ後、ハッとした顔をした。


「……そうか。もしかしたら、魔力暴走を過剰なくらい恐れているのは、当時の人たちが魔人化の条件に気が付いたからなのかも……」


 パパのその言葉に、ラティナさんたちもハッとした顔をした。


 思い当たる節があるらしい。


「まあ、俺たちが知っている限り、自ら魔人化したのは爺ちゃんの親友とシュトロームだけ。他はそれ以外の要因で魔人化したんだ」

「それ以外の要因?」

「それは、まだシャルには話せないかな。ちょっと機密も絡むから」

「むぅ」

「はは。シャルが大人になったら話してあげるよ」


 パパはそう言うと、この質問に対する返答は終わりとばかりにテーブルに置かれているお茶を飲んだ。


 オーグおじさんを見ると、肩を竦めて首を横に振っている。


 教えてくれるつもりはないらしい。


 ママは……止めとこ、笑顔が怖い。


 むぅ、気になる……。


「あ!」

「ん? どうした?」


 私は、あることに気が付いて思わず声をあげてしまった。


「……あのさ、ひいお爺ちゃんくらいの実力があったら魔物化しちゃうかもしれないんだよね?」

「多分な」

「じゃ、じゃあ……パパたちは? パパたちも魔人化しちゃう可能性があるってこと!?」


 パパやオーグおじさん、リンせんせーたちの魔人化……。


 ちょっと、やめてよ……そんなの絶対世界の終わりじゃんか!


 ヴィアちゃんたちもその未来を思い描いたのか、青い顔をしている。


 と、私たちが恐れおののいているのに、当のパパたちは苦笑を浮かべるだけで悲壮な雰囲気はなかった。


 なんでそんな平然としてられるの?


 そんなに自分に自信があるの?


 私知ってるんだから! そういうの『フラグ』って言うんでしょ!?


 自分に自信がある奴、自分は負けないと思ってる奴からやられていくんだから!


 慢心しているパパたちに内心で憤慨していると、パパはなんてことないように話し始めた。


「その可能性をパパたちが気付かなかったとでも? そんなのもう、とっくに対応済みだよ」

「え? そうなの?」

「ああ、もう忘れたのか? その腕輪」

「うで……あ」


 そ、そうだった!


 この腕輪、魔法使いが必須でつけていないといけない代物で、今では魔法使いの証とも言えるもの。


 その効果は……暴走しそうな魔力を平静に保つこと……。


「……メッチャ対策されてんじゃん……ずっと使ってんじゃん……」


 てっきり、魔力暴走による事故防止のための腕輪だと思ってた。


 まさか、これ自体が魔人化防止の魔道具だったとは……。


「現状、その腕輪がある限り今後新しい魔人は現れないはずだ。魔人化の要因も公開していないしな。だからお前たち、間違ってもこのこと、口外するんじゃないぞ?」

「ちょっ!? そんな国家機密っぽいこと、さらっと教えないでよパパ!!」

「ん? ああ、ゴメンゴメン」


 そう言ってあっはっはと笑うパパ。


 そういえば、そもそもこの国家機密を喋ったのはオーグおじさんだった。


 なのでオーグおじさんを見てみると素知らぬ顔をして誰とも視線を合わせないようにしていた。


 ……この二人、普段から国家機密に纏わる話ばっかりしてるから、感覚が麻痺しちゃってるんだ。


 図らずも魔人の秘密を聞いてしまった私たちは、子供同士で顔を見合わせ、揃って溜め息を吐いた。


 私たちはそれくらいで済んだけど、衝撃的な話を聞かされたヨーデン組の二人は、揃って暗い顔をして俯いている。


 そして、それを伝えたパパとオーグおじさんは……。


 子供に国家機密を聞かせるなんて、と、ママとエリーおばさんから涙目になるくらい頬を抓られていた。


 ぷっ、ざまぁ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る