第48話 お兄ちゃんの真実
| パパが、魔人王戦役が終結した日、旧帝都でなにがあったのかを話し始めた。
旧帝城で生まれたばかりのお兄ちゃんと、その母親である女魔人を見つけたこと。
父親は、魔人王シュトロームであること。
魔人同士の男女から産まれた子供にも関わらず、お兄ちゃんは魔人としてではなく人間として産まれたこと。
それが魔人たちに未来がないことの証明となってしまい、シュトロームが絶望し世界が滅ぶか自分が滅ぶかの二択を迫ったこと。
お兄ちゃんの本当の母親は、自分は殺されてもいいからお兄ちゃんを見逃してくれと懇願してきたが、魔人とはいえ戦う意思のない、子を産んだばかりの母親を殺すことを
しかし、シュトロームとの最終決戦時、シュトロームに本気で恋慕していたその母親は、身を挺してシュトロームを護ろうとした。
しかし、シュトロームはその母親によってパパの視線が遮られたのをいいことに、母親ごとパパを撃ち抜いた。
パパはその後シュトロームを討伐したが、母親もそのとき致命傷を受けた。
魔人には治癒魔法が効かず、ママでもパパでも助けられなかったと、パパはその顔に後悔を滲ませた。
そして、死の間際、ママにお兄ちゃんを託し、亡くなった。
パパの話が終わったとき、私は涙が止まらなかった。
お兄ちゃんの本当の母親は、お兄ちゃんを守るために自分の命を差し出そうとしたんだ。
だから、パパとママは、お兄ちゃんの母親は魔人だけど、毎年お墓参りにお兄ちゃんを連れて行っていたんだ。
お兄ちゃんの本当の母親の命懸けの献身を思うと、私は魔人だからと嫌うことなんてできなかった。
「……そういう経緯があってな。シルバーの本当の母親……ミリアっていうんだけど、ミリアはシシリーにシルバーのことを託した。だからシシリーは……ママはミリアの遺志を受け継ぎ、シルバーのことを全力で愛し、育てたんだよ。なあ、シルバー」
「……なに?」
パパに返事をするお兄ちゃんの声も涙声だ。
「お前が俺たちの養子だと告げたときに言ったろ? お前の本当の母親は、お前のことを愛していたって。俺たちはそのバトンを受け取ったんだって」
「うん……覚えてる……」
「その愛は、本当に命懸けだったんだ。命を懸けて、ミリアはお前を愛した。守ろうとした。それだけは、決して勘違いしないでくれ」
パパの言葉に、お兄ちゃんは暫くなにも言えず、静かに涙を流し続けた。
「……正直、僕の本当の両親が魔人かもしれないって考えたときは、その言葉を疑ったこともあったよ……」
「……そうか」
「けど、父さんの話を聞いた今、そんな疑いは微塵も持たないよ。僕は、本当の母と、父さん母さんに愛されて育った、幸せな子供だったと、胸を張って言える。だから、父さん、母さん」
「うん」
「はい」
「……本当のことを教えてくれて、ありがとう。僕を育てて……愛してくれて、ありがとう」
「シルバー……」
「……」
お兄ちゃんの言葉に、パパは泣きそうな顔になって顔を歪め、ママはもう涙腺が崩壊している。
「僕は間違いなく、幸せな子供だった。それは、胸を張って言えるよ」
「っ! シルバー!!」
「うわっ!!」
「良かった……シルバーが幸せだと言ってくれて……本当に良かった……」
お兄ちゃんの言葉に堪らなくなったママがお兄ちゃんに抱きつき、ポロポロと大粒の涙を流している。
こんなママ、見たことないよ。
それくらい、お兄ちゃんを引き取ったことは大きなことだったんだろうな……。
顔がまたママの胸に埋もれることになったお兄ちゃんだけど、流石に今回ばかりはヴィアちゃんも文句を言わなかった。
っていうか、ヴィアちゃんもお兄ちゃんの隣で大号泣してて、それどころじゃなさそうだ。
パパは、目尻に浮かんだ涙をそっと拭いながらその光景を見ていたけど、その視線をラティナさんたちに移した。
お兄ちゃんと面識のないラティナさんのお兄さんは呆然とした顔をしているけど、ラティナさんの方は大号泣している。
まあ、面識もあるし仲良くしてたしね。
パパは、そんな号泣しているラティナさんではなく、お兄さんの方へ視線を向けていた。
「さて、こちらの事情はこういうことだ。それと今回の襲撃と、どう結びつくのか教えてくれないかな?」
そう問われたラティナさんのお兄さんは、オーグおじさんによるショックからも復帰していたらしく、さっきの話の続きを話し始めた。
「……こちらで魔人王戦役のことを耳にしまして……その魔人と呼ばれている者たちがヨーデンで語られている救世主の特徴と酷似していると思いました。なぜ魔人と人間が敵対していたのかは分かりませんが、その魔人同士の子であるシルバー様は、ヨーデンにとって英雄となられる可能性があると、そう思いました」
「……続けて」
ラティナさんのお兄さんの言い分にピクリと眉を動かしたパパとオーグおじさんだったけど、途中で口は挟まず、最後まで聞くことにした。
「それで、どうにかシルバー様にヨーデンに来てもらえないか。できるなら永住して頂けないかと思い、貸与して頂いた通信機で本国に連絡をしました。私は……私たち主流派は穏便にシルバー様に我が国を訪問して頂けないかと考えていたのですが、一部の過激派が、そんな悠長なことをせずとも攫ってしまえばいいと、その……暴走しまして……」
「……シルバーがヨーデンに行くための足枷になる我が娘、ヴィアが邪魔になったと」
オーグおじさんが冷たい声でそう言うと、ラティナさんのお兄さんはまた真っ青な顔になって首をブンブンと横に振った。
「彼らは知らなかったのです!! 私は、シルバー様には懇意にしている女性がいるので永住は難しいと、そう伝えたのですが……その、素性は……」
「伝えなかったと?」
「……はい」
「その結果がこれか」
「も! 申し訳ございません!!」
ラティナさんのお兄さんはまた額を床に擦り付けた。
そんなお兄さんの隣で、ラティナさんも同じ姿勢をしている。
まあ、お兄ちゃんが懇意にしている女性がいる、なんてことをラティナさんのお兄さんが知っていたってことは、それを教えたのはラティナさんってことだからね。
なんでラティナさんまで謝ってるのかと思っていたけど、自分の報告が発端でこんなことになれば、謝罪もしたくなるか。
気にしないでいいよとは言えないし、どうやって慰めようかな? と思っていると、パパがまた別の質問をした。
「まあ、動機は分かったけど。あの人数の刺客、どうやってアールスハイドに入国したんです? 使節団にはいませんでしたよね?」
「えっと、それが……」
ラティナさんのお兄さんはチラリとオーグおじさんを見たあと、非常に気まずそうに伝えた。
「先日輸送しました、カカオを積んだ貨物船の乗組員に紛れ込んでいたようで……」
おぅ、マジか。
発端、私らだったわ。
見るとヴィアちゃんも、気まずそうに視線を逸らしている。
「私どもも、水際で対処しようとしたのですが……本当にうまく乗組員に紛れていたようで、過激派の人間だと特定できず……結果、このようなご迷惑をおかけしてしまいました……」
ラティナさんのお兄さんの落胆ぶりが半端じゃない。
まあ、折角いい関係が築けそうだったのに身内に邪魔されたようなもんだからなあ。
正直、この一見でヨーデンとの交易を見直す話になってもおかしくない。
ここまでの努力が全て水の泡になりそうなんだから、そりゃ肩も落とすわ。
全て話終わったラティナさんのお兄さんは、肩を落とし俯いたまま、オーグおじさんの裁定を待っている。
あのオーグおじさんの怒りを真正面から受けたからなあ、今回の件は許されないと思っているかもしれない。
そのオーグおじさんだけど、なにやらパパと小声で打ち合わせをしているらしい。
少し話し合ったあと、オーグおじさんはラティナさんのお兄さんに裁定結果を伝えた。
「カサール氏、まずは話してくれてありがとう。その言葉が真実であると証明するために、一つ了承して欲しいことがあるのだが」
「了承? なんでしょう?」
すでに諦めムードが漂うラティナさんのお兄さんは、半ばヤケクソ気味に答えた。
そんなラティナさんのお兄さんを見たオーグおじさんは、ニヤッと悪そうに笑った。
……マジで悪そう。
「なに、そんなに難しいことではない。捕らえた襲撃犯に、自白の魔道具を使うことに了承してもらいたいのだ」
「え? あ、はい。構いません」
「よし。シン聞いたな?」
「ああ、カサールさんが自白の魔道具の仕様に許可を出した。俺たちが証人だ」
「では、さっそく襲撃犯の尋問を再開するとするか。ああ、カサール氏」
「は、はい!」
「非常に残念な事件は起きてしまったが、貴国との交易は我々にとっても利が非常に大きい。今後も交易交渉を進めていきたいと思っているのだが、よろしいか?」
オーグおじさんの発言が驚きだったのかラティナさんのお兄さんは目を大きく見開いて驚いていた。
「よ、よろしいのですか!?」
その言葉を聞いたオーグおじさんは、またニヤッと笑った。
……うわ、また悪そうな顔してる。
「もちろんだ。ただ、今回の事件、一部の人間の暴走だという話だが……それを知っていながら抑えられなかったそちらの責任を問わない訳にはいかん。そこで、今後の交易交渉は、我らの主導で行いたいのだが、よろしいな?」
一応問いかける形を取っているけど、これは『はい』以外の答えを許さない問いだ。
実際、ラティナさんのお兄さんは、メッチャ顔が引き攣ってる。
「は、はい……」
「うむ。ああ、それと、襲撃犯についてだが、その身柄をどうするかについてはまだ取り決めていなかったな。こちらの大陸の国際法であれば、外国人が事件を起こした場合、事件を起こした国の法で裁いてよいということになっているのだが」
「あ、はい、それで構いません。ただ、私どもも事件の真相を知りたいので、事情聴取の結果はお教え願いたいのですが……」
「ああ、それは構わない。そちらの都合も色々あるだろうからな。まあ、当然、その顛末についても教えて貰えると思うがな?」
「は、はは! それはもう、必ず……」
ラティナさんのお兄さんの言葉を聞いたオーグおじさんは、満足そうに頷いた。
「うむ。私からは以上だが、ヴィア、シルバー、襲われた当事者のお前たちから、なにか言いたいことはあるか?」
オーグおじさんに話を向けられたお兄ちゃんとヴィアちゃんは、お互いの顔を見合わせたあと、揃って顔を横に振った。
「ラティナさんやカサールさんに罪がある訳じゃないし、僕からは特にないです」
「それに、この後のことはお父様とシンおじ様が対処なさるのでしょう? なら、これ以上私から言うことはなにもありませんわ」
「そうか。なら終わりにしよう。カサール氏、ご苦労だった」
「はは!」
「それと、カサール嬢」
「あ、はい!」
自分にまで話が振られるとは思っていなかったのか、ラティナさんが驚いた顔で返事した。
「カサール嬢はヴィアの友人と聞いた。これからも娘の友人でいてくれるか?」
「え、あの……私は全く問題ないのですけど……殿下がそう思って頂けるかどうか分かりませんので……」
「ふむ。どうだ? ヴィア。これからもカサール嬢と友人関係を続けていきたいと思っているか?」
オーグおじさんにそう訊ねられたヴィアちゃんは、ちょっと首を傾げた。
「何を仰っていますの? お父様。今回の件、ラティナさんにはなんの咎もないではありませんか。当然、これからもお友達ですわ」
心底不思議そうにそう答えるヴィアちゃん。
「で、殿下……」
ラティナさんからしたら予想外の答えだったようで、ヴィアちゃんを見る目が潤んでいる。
そんなラティナさんの視線を受けて微笑むヴィアちゃん。
ふふ、美しい友情だ。
「さて、ヴィアちゃんたちの仲もこれまで通りということで良かったけど、問題はヨーデンでの魔人の認識だな」
微笑み合うヴィアちゃんとラティナさんを見ながら、パパがそんなことを言った。
「ふむ。どうやら、ヨーデンでは魔人のことを救世主として崇めているようだからな。その認識を改めない限り、今後もシルバーを無理矢理にでも引き入れようとする輩が現れるかもしれん」
オーグおじさんがそう言うと、ヴィアちゃんは不安そうにお兄ちゃんの手をギュッと握った。
せっかく気持ちが通じ合ったのに、無理矢理離れ離れになるとか悲劇でしかないもんな。
どうにかできないかな? と思っていると、ラティナさんのお兄さんが言葉を挟んできた。
「あの……私どもの認識が間違っているとは……どういうことなのですか?」
その言葉を聞いたパパとオーグおじさんは、顔を見合わせると二人揃って小さく頷いた。
この二人、付き合いが長くて深いから、時々視線だけで会話するんだよね。
ああ、オーグおじさんの隣でエリーおばさんがモヤモヤした顔してるよ。
そんなエリーおばさんを放置して、オーグおじさんが口を開いた。
「カサール氏には先に話しておこうか。魔人とは、一体どのような存在なのか」
そういえば、私たちも教科書やパパたちの伝記でしか魔人の存在を知らない。
ラティナさんたちだけでなく、私たちも身を乗り出してオーグおじさんの話を聞く体制になった。
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