第47話 やっぱり、お兄ちゃんは優秀

 お兄ちゃんとヴィアちゃんが恋人同士になった翌日、私たちウォルフォード家と王家の人間は揃ってリッテンハイムリゾートを所有するリッテンハイム侯爵の屋敷に来ていた。


 なんでウチと王家が集まっているのかというと、どうしても処理しておかなければいけない事態があったから。


 それは、お兄ちゃんとヴィアちゃんが何者かに襲撃されたこと。


 襲撃自体は、パパたちがお兄ちゃんたちの告白場面を覗いていたことですぐ鎮圧し、襲撃犯を取り押さえることもできた。


 問題は、その襲撃犯がヨーデンの人間らしいということ。


 なんでそれが分かったかというと、襲撃犯が使った魔法が変成魔法だったから。


 現在アールスハイドにおいて変成魔法を実践で使えるのはパパのみ。


 そのパパは皆と覗きをしていたのだから、犯人はヨーデンの人間に限られる。


 という経緯があったんだけど、他国の人間が王族を襲うなんて前代未聞の国際問題だ。


 なので、ヨーデンの使者をここに招き、その事情を聞くために私たちも集められた。


 リッテンハイム侯爵邸に用意された部屋には、オーグおじさんとエリーおばさん、パパとママ、お兄ちゃんとヴィアちゃんがそれぞれ並んでソファーに座り、私とショーンとノヴァ君はそれぞれの両親の後ろに立ち、訪れたヨーデンの使者を見下ろしている。


 そう『見下ろしている』。


 今、私の目の前ではヨーデンからの使者さんが両膝と両手を床に点き、頭を床に擦り付けるように下げている。


 そんな恰好でいるので、どうしても私たちの視線は下に向いて『見下ろして』しまうのだ。


 正直、なんとも言えない気分になるので止めて欲しいのだけど、オーグおじさんもパパも何も言わないので、私が口を挟むことはできない。


 本当は口を挟みたい。


 だって、使者さんの隣ではラティナさんも同じ格好で膝をつき頭を下げているから。


 ラティナさんは、ヴィアちゃんから襲撃犯がヨーデンの人間だと聞かされたとき、とても驚き、真っ青な顔になった。


 明らかに何も知らない人の反応だ。


 そんな彼女にこんな格好をさせるべきじゃないと思う。


 思うけど、ラティナさんの意思で同じ格好をしている。


 使者さんがラティナさんのお兄さんだっていうのも関係しているんだろうか?


 そんなラティナさんに同情の視線を向けていると、隣に立っているショーンが顔を近付けてきて小声で話しかけてきた。


(ねえ、お姉ちゃん)

(なによ?)

(僕とノヴァ君、部屋出ていい?)

(いいわけないでしょ! 家族なんだから、黙って話聞いときなさいよ!)

(えぇ……)


 この重苦しい雰囲気に負けたのか、ショーンはどうにかしてこの部屋から抜け出したいらしい。


 ふと視線をノヴァ君に向けると、彼もこっちを見ながら同じような顔をしていた。


 まあ、ラティナさんの友達である私でも逃げ出したい雰囲気だもの、二人とあまり接点のないショーンたちがそう思っても仕方がないか。


 でも、自分の兄、姉が襲われたのだ。


 無事だったとはいえ、どういう理由で襲われたのかくらいは知っておくべきでしょ。


 ということで、私はショーンの懇願を却下して大人しくしているように言い渡した。


 小声で話していたんだけど、部屋は沈黙に包まれていたのでオーグおじさんに聞こえたらしい。


 チラッとこちらを見ると「んんっ!」と咳払いをしてラティナさんのお兄さんに話しかけた。


「さて、いつまでもそうしていても始まらない。まずは顔をあげてくれないか」


 オーグおじさんがそう言うと、ラティナさんとお兄さんはゆっくりと顔を上げた。


 その顔は、二人とも真っ青になっていた。


 そんな二人を見て、オーグおじさんは現在の状況を話し出した。


「昨日の襲撃犯は全員捉えて尋問しているのだが、中々口が固くてな。黙秘したままでなにも喋ろうとせん」


 オーグおじさんはそう言うとラティナさんのお兄さんを見た。


 お兄さんは、申し訳なさそうな顔をするだけで言葉は発しなかった。


 その様子を見て、オーグおじさんは溜め息を一つ溢すと、また話し始めた。


「我が国には、自白強要用の魔道具もあるのだが……」


 オーグおじさんがそう言うと、ラティナさんとお兄さんは大きく目を見開いた。


 まあ、驚くよね。


 ちなみに、パパ作です。


「我が国においても、重大犯罪を犯した者にしか使用を許されていない魔道具なのだ。なにせ、使用された者の意思を無視して全て正直に話させてしまうものだからな。他国の人間に使ってしまうと国家機密まで暴いてしまうことになる。それは問題だろう?」


 その言葉に、お兄さんの顔色が更に悪くなった。


「ということで、その魔道具が使えんから未だに証言が聞けていない。なのでカサール氏、知っていることがあれば話してはくれんか? もし何も知らないというのであれば、たとえ国際問題になろうとも襲撃犯に自白の魔道具を使うしかなくなるのだが……」


 そう言いながらお兄さんを見るオーグおじさん。


 お兄さんはギュッと目を瞑り、しばらく考えたあと、覚悟を決めたように目を開いた。


「分かりました。私の知っている限りのことをお伝え致します」

「そうか。ではカサール氏の知っていることを、順を追って説明してくれるか?」

「……分かりました。そのためには、まず我が国……ヨーデンに伝わる伝説を知っておいていただく必要があります」


 お兄さんはそう言うと、ヨーデンに伝わる伝説を話し始めた。


 昔、竜が魔物化したことがあった。


 強力な攻撃魔法が使えないヨーデンの人間たちは、身体強化と変成魔法を駆使して竜の魔物に立ち向かった。


 しかし、悉く返り討ちにあい、もう人類はダメかもしれないという絶望感に打ちひしがれていたとき、目を真っ赤に光らせた人が現れ竜の魔物と戦い始めた。


 その戦いは熾烈を極め、その人は瀕死になりながらも竜の魔物を討伐した。


 歓喜に打ち震えるヨーデン国民だったが、瀕死の重傷を負ったその人は、竜の魔物を倒したあと、息を引き取った。


 自らの身を挺して人類を守ってくれた、この『赤い目の人』をヨーデンでは『救世主』と呼び崇めている、と教えてくれた。


 この話を聞いた途端、パパとオーグおじさんの顔がとても険しくなった。


「……続けてくれ」

「はい。それで、今回の本題になるのですが……失礼ですがシルバー様」


 お兄さんは、急にお兄ちゃんに声をかけた。


「なんですか?」

「御自身の出自について、どれくらい知っておられますか?」


 お兄さんの言葉に、パパとママが「ギョッ」っとした顔をした。


 お兄ちゃんの方は、腕組みをしながら「うーん」と首を捻る。そして、驚くべき言葉を発した。


「それって、僕の本当の両親が……魔人だったかもしれない、ということが関係しているってことかな?」


 え!? なにそれ!?


 私は驚いてお兄ちゃんの顔を見る。


 パパとママも、驚愕した表情でお兄ちゃんを見ている。


 私も驚いた。


 え? 魔人の子ってなに?


 お兄ちゃんって、生き残った帝国人夫婦の子供じゃなかったの?


 なんで急にそんなことを言い出したのか意味が分からなくてお兄ちゃんの顔を見たのだけど、お兄ちゃんは平然とした顔をしていた。


 なんでそんな平然としているの? と不思議に思っていると、パパが震える声でお兄ちゃんに話しかけた。


「シルバー、お前……なんで……」

「なんでこんなこと言うのかって? そりゃあ、カーチェ婆ちゃんの発表に矛盾が一杯あるからだよ」


 お兄ちゃんはなんでもないことのようにサラッと言った。


 カーチェ婆ちゃんの発表とは、創神教教皇であるエカテリーナお婆ちゃんが魔人王戦役終結後に発表したお兄ちゃんの出自のこと。


 パパたちが最終決戦の地である旧帝都に乗り込んだとき、魔人たちの手を逃れた夫婦がおり、その夫婦に子供がいた。


 しかし、その夫婦は亡くなる寸前で、その場に居合わせたママにお兄ちゃんのことを託して亡くなったという話。


 旧帝都が滅ぼされたあと、妊娠しながらも一年間生き延びた親から産まれ、聖女であるママに託された奇跡の子であると発表したんだけど。


 世界中で良く知られているその話の矛盾点を探そうと必死に頭を回転させていると、私が答えに辿り着く前にお兄ちゃんが話し始めてしまった。


 ああ! まだ考えてる途中なのに!!


「魔人の手を逃れた人間がいた……これ自体はおかしな話じゃないと思う。国には膨大な人間がいるんだ、一人二人見逃していても不思議な話じゃない」


 まあ、それはそうだね。


「でも、魔人や魔物が徘徊する旧帝都で一年も生き延びる? 食料もないのに、妊婦がどうやって?」

「む……」


 そこを指摘されて、パパとオーグおじさんが眉をしかめた。


 今指摘されて気付いた、という感じじゃなくて、気付かれたという感じ。


 じゃあ、やっぱり……。


「そう考えて、僕の両親は生き残った帝国人じゃないのかもしれないって思った。でも僕を旧帝都で引き取ったことに間違いはないらしい。じゃあ、僕の本当の両親は誰なのか?」


 お兄ちゃんは一息ついてから自分の意見をパパにぶつけた。


「魔人と魔物が跋扈する旧帝都にいて無事に過ごし、子供を産んでも問題のなかった人物……それって、そこを支配していた魔人以外にいないんじゃないか……って。父さん、合ってる?」


 お兄ちゃんは、非常に重い話題を、まるで世間話のようにパパに投げかけた。


 言われたパパは一瞬目を見開いたあと、フッと軽く息を吐き、答えた。


「……ああ。シルバーの言う通りだ。シルバーの両親は魔人だ」


 その言葉に驚いたのは、私たち子供だけで、大人たちは辛そうに眉を顰めるだけで驚きはしなかった。


 ただ、ヨーデンの使者さんは別の事に驚いている様子だった。


「……シルバー様は辛くはないのですか? その……シン様たちは、あの、あなたの両親の仇ということになるのでは……」


 使者さんがそう言った瞬間、オーグおじさんから今まで感じたこともないほどの怒りの波動が感じられた。


 ま、魔力が荒ぶってるーっ!!


「なにも事情を知らない貴様になにが分かるっ!! あのときの我々がっ! シンがどれほど苦渋の決断をしたのか! なにも知らないくせに軽々しくそのようなことを口にするな!!」


 オーグおじさんはとても厳しい国王様だけど、今までこんなに怒ったところを見たことはない。


 まるで魔力そのものが物質化したような、そんな錯覚を覚えるほど部屋中に魔力が渦巻いている。


 高等魔法学院で専門的に魔法を習いはじめたから分かる。


 こ、これが、世界二位の魔法使い……。


 その圧倒的な魔力に、私とショーンだけでなく、実子であるヴィアちゃんやノヴァ君まで真っ青になっている。


 まして、その怒りの矛先である使者さんと、隣にいるラティナさんは……真っ青を通り越して土色の顔色になりながらガクガクと震えている。


 他国の国王様で、世界二位の魔法使いであるオーグおじさんから真っすぐ怒りをぶつけられる……。


 それだけで、使者さんとラティナさんはショック死するかもしれない。


 危ないと思いつつも、私も怖くて一歩が踏み出せない。


 そんな中、全く動じていない人たちがいた。


「オーグ、落ち着け」

「そうですよ陛下。ラティナさんたちが可哀想です」

「まったく、相変わらずシンさんのことになるとすぐ感情的になるのですから……」


 パパとママは苦笑しながら、エリーおばさんは溜め息を吐きながらオーグおじさんを宥めた。


「む……しかしな」

「まあ、正直無神経だなとは思うよ?」


 パパはそう言うと、使者さんを一瞥した。


 視線を向けられた使者さんは、土色の顔をしながら項垂れる。


「でもまあ、確かに使者さんの言っていることも間違いじゃない。そこは俺も聞きたい。シルバー、その考えに至ってから、俺たちが両親の仇だとは思わなかったのか?」


 パパがお兄ちゃんに訊ねると、お兄ちゃんはキョトンとした顔をしていた。


「本当の両親と言われても全く覚えていないし、それに、僕が養子だと気付いたとき、父さんが言ってくれたじゃないか」


 お兄ちゃんはそう言うと、フッと笑った。


「『俺たちは、シルバーのパパとママじゃなかったか?』って。父さんと母さんが僕の両親だよ。それ以外にはいない」


 お兄ちゃんがそう言ったあと、パパはちょっと泣きそうな顔をしながら微笑んだ。


 ママは、ソファーから立ち上がり、向かいのソファーに座っていたお兄ちゃんの頭を思い切り抱きしめた。


「ええ。ええ! 誰がなんと言おうとシルバーは私たちの子です! 赤ちゃんのときから大事に大事に育ててきた、私たちの大事な息子です!!」


 お兄ちゃんの頭を自分の大きな胸に抱きかかえながら大粒の涙を流すママ。


 うう、エエ光景や……。


 ママとお兄ちゃんの親子愛に感動していると、お兄ちゃんがジタバタと暴れ始めた。


「ムグウッ」

「お、おばさま! シルバー様が窒息してしまいますわ!!」

「あら?」


 ヴィアちゃんの指摘でママはお兄ちゃんの頭を離した。


「ぷはっ! し、死ぬかと思った……」


 どうやら、お兄ちゃんはママの胸で窒息しかけていたらしい。


 まあ、確かに、あの胸は殺傷力高めだからなあ……。


 そう思いながら、私は自分の胸を見た。


 私は、ママの実子のはずなんだけどなあ……。


「あら? ゴメンねシルバー」

「もう、おばさま! 嬉しいのは分かりますが、シルバー様は私の恋人になったのです。そういうのはこれから私の役目ですわ」


 ヴィアちゃんはそう言うと、お兄ちゃんの頭を抱きしめた。


 お兄ちゃんは、ママに抱きしめられていた時とは違い、珍しく赤い顔をしている。


 そりゃあ、ヴィアちゃんも、ママほどじゃないにしろ豊満だからねえ……。


「あらあら。ふふ、そうね。ごめんなさいヴィアちゃん。でも嬉しくって」


 そう言って笑うママ。


 さっきまでこの世の終わりかと思われた部屋の雰囲気が、まるで一変してしまっている。


 はぁ……なんだコレ?


 さっきまでのシリアス展開、どこ行った?


 あまりに早い展開に頭がついてこない。


 そう思っていると、ヴィアちゃんの胸から逃れたお兄ちゃんが「コホン」と咳払いをした。


「えっと……カサールさんはちょっとすぐには話せない状態みたいだし、落ち着いて話ができるようになるまで時間があるでしょ? だから、この機会に父さんたちに聞いておきたいことがあるんだ」

「俺たちに?」

「うん」

「なんだ?」


 パパがそう訊ねると、お兄ちゃんは真面目な顔をして言った。


「本当のこと。僕を引き取る際、本当はなにがあったのか、それが知りたい」

「……」


 それは確かに、私も知りたい。


「さっきカサールさんは、父さんたちが僕の両親の仇になるんじゃないかって言っていた。けど、父さんたちは、毎年本当の母親の墓参りに連れて行ってくれていた。それも父さんたちが両親の仇だとは思えなかった理由なんだ」

「そう、か……」


 お兄ちゃんの言葉に、パパは苦しそうな顔で答える。


 見ると、ママもオーグおじさんも辛そうな顔をしている。


「だから、あのとき……魔人王戦役のときに、本当はなにがあったのか、それが知りたいんだ」


 お兄ちゃんは、真剣な顔でパパにそうお願いした。


 その隣では、ヴィアちゃんも姿勢を正してパパを見つめている。


「私からもお願いしますわ。私の恋人のことですもの、全てを知っておきたいのです」


 二人から真剣な顔で見つめられたパパは、少し考えたあと、ママを見た。


 ママは、少し悲しそうな顔で頷いた。


 次いでオーグおじさんに視線を向けると、オーグおじさんも真剣な顔をしていた。


「そうだな。シルバーが自力でそこまで辿り着いてしまったのなら仕方がない。なら、変な噂や間違った情報を信じてしまうより、真実を話してしまった方がいいかもしれないな」


 オーグおじさんがそう言うと、パパはしばらく真剣な顔で考えたあと、顔をあげた。


「……分かった。シルバー、真実を話すよ。あのとき、なにがあったのかを」


 パパはそう言うと、私たちが生まれる前に起きた歴史的大事件『魔人王戦役』と『奇跡の子』に関する真実を話し始めた。


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