第44話 お兄ちゃんのお祝い

 そんなこんなで全力で遊びまくっていると、いつの間にか日が落ちかけていた。


「もう日も暮れるし、コテージに帰って夕食の準備しようか。今日は初日だから、全員揃ってのバーベキューだぞ!」

『おおーっ!!』


 チビッ子たちも毎年来ているから、初日は全員揃ってバーベキューをするのか定番

になっていることを知っている。


 なのでシャワーを浴びにコテージに帰ってきた私たちは、部屋の中に人がいることに気付いた。


「ん? ああ、お帰り。今からシャワーか?」


 部屋にいたのはパパとお兄ちゃんだった。


 仕事終わりのせいか、二人ともアルティメット・マジシャンズの制服を着ている。


「うん。ビーチで遊んでたから砂だらけになっちゃった」

「じゃあ、早くシャワー浴びといで」

「あれ? ママは?」

「とっくにシャワー浴びて夕食の準備に行ったよ。ママたちは忙しいんだから」


 ママの姿が見えないと思ったら、いつの間にか戻ってシャワーを浴びてバーベキューの準備に向かったらしい。


「大人は大変だなあ、遊べないし」


 私がそう言うと、パパが笑い声をあげた。


「大人は、ここにのんびりしに来てるんだよ。だから、全力で遊ばなくてものんびりできればいいんだよ」

「そんなもん?」

「そんなもんさ」

「僕も、その気持ち分かるなあ」


 私とパパが話していると、お兄ちゃんが会話に参加してきた。


「なによう、大人ぶって」

「実際、もう仕事してるからね」

「はは、シャルも仕事をするようになれば分かるさ。ほら、シャワー行っといで」

「はぁい」


 私はパパに促されてシャワーを浴びた。


 私と入れ替わりに、ショーンとパパとお兄ちゃんもシャワーを浴び、リゾート地に相応しい恰好に着替えてからバーベキュー会場であるビーチに向かった。


 そこには、すでに大勢の人で溢れていた。


「おー、やってるね」


 パパがバーベキュー会場を見渡してそう言うと、パパに気付いた人たちが次々に声をかけてきた。


 一緒にやってきたパパが人に飲み込まれてしまったので、私たちは子供組だけでバーベキューを楽しむことにする。


 すると、当然のようにお兄ちゃんを見つけて駆け寄ってきた人物がいる。


「シルバー様! このお肉、丁度焼きあがっておりますわ!」


 目ざとくお兄ちゃんを見つけたヴィアちゃんが、串に刺さった肉を片手に持って走ってきた。


 ……バーベキュー串を持って走ってくる王女様……。


 絵面、メッチャ笑える。


 私が必死に笑いを堪えているうちに、ヴィアちゃんはお兄ちゃんに串を渡していた。


「わざわざありがとうヴィアちゃん」

「いえいえ」


 お兄ちゃんにお礼を言われてニコニコしているヴィアちゃんだけど、あの、ここには私もショーンもいるんですけど?


「ヴィアお姉ちゃん、僕には?」


 私と同じように串を貰えなかったショーンが、ヴィアちゃんに訊ねているけど、ヴィアちゃんは首を傾げてどっかを指差した。


「ショーンの好きな串ならあっちにありましたわよ?」

「……はぁ、ヴィアお姉ちゃんはそうだよね……」

「姉様になにを期待しているんだショーン。姉様が優しくするのはシルバーお兄様だけに決まってるじゃないか」

「だよね。知ってた」


 ヴィアちゃんの後ろから現れたノヴァ君と共に、ヴィアちゃんが指差したコンロに向かうショーン。


 まあ、ヴィアちゃんもショーンの好きな串を把握している辺り、別に蔑ろにしているわけじゃないんだけど、如何せん世話を焼くのはお兄ちゃん限定なのだ。


 目当てのコンロに向かう途中でノヴァ君は何かに気付き、バッとヴィアちゃんを見た。


「?」


 急に弟に見られたヴィアちゃんは、首を傾げてノヴァ君を見ている。


 そのノヴァ君は、ショーンに向かって口をハクハクさせた。


 ショーンが徐に頷いたことで、ノヴァ君は改めてヴィアちゃんを見て、納得したように何回か頷き、ショーンと連れ立って歩いて行った。


 そんな二人を、ヴィアちゃんは不思議そうな顔で見ていた。


「ノヴァとショーンはどうしたのでしょうか?」

「肉を取りに行っただけだよ」


 一々説明するのも面倒臭かったので、適当なことを言っておいた。


「そうですか。それよりシルバー様、他に食べたいものはありませんか? あ、お飲み物取ってきますね!」


「いや、それは僕が取ってくるから、ヴィアちゃんもちゃんと食べないとダメだよ?」

「はふ……シルバー様、優しい……」


 そう言ってイチャイチャするヴィアちゃんとお兄ちゃん。


 そんな二人を、周りも興味深そうに見守っている。


 そりゃあねえ。


 ついこの間までお兄ちゃんのことを「シルバーお兄様」って言っていたのに、今日は「シルバー様」だもんな。


 二人の仲が進展したのかと、興味深く見られるに決まってるよ。


 そうやってイチャイチャする二人を見ながら私も食事をとっていると、パパとママが近付いてきた。


 途中でショーンにも声をかけたらしく、ウォルフォード家が集合した。


「あれ? どうしたの? パパ、ママ」

「うん、実は、シルバー」

「え? なに、父さん」

「ほら」


 パパはお兄ちゃんに声をかけたあと、コップを手渡した。


「えっと、これって、お酒?」

「ああ、今日はシルバーと乾杯しようと思ってな」

「……そんな大袈裟な」

「大袈裟じゃないさ。なにせ……」


 パパはそう言うと、ニヤッと笑った。


「シルバーが初めて一人で依頼を受けて完遂した記念なんだからな」


 パパがそう言うと、ママもニコニコした顔で頷いていた。


 っていうか、ちょっと待って!


「お兄ちゃん! とうとう一人で依頼を受けさせてもらったの!?」

「わあ、すごい!」


 アルティメット・マジシャンズにおいて一番重要な仕事は、民衆からの依頼をこなすこと。


 それがこなせないとアルティメット・マジシャンズの一員とは認められないし、入団した意味がない。


 魔法師団に出向することで満足しているなら、魔法師団に入ればいいのだ。


 なので、お兄ちゃんはまずアルティメット・マジシャンズで依頼を受けられるようになることを目標としていた。


 それが、今日達成されたらしい。


「ぐぬぬ!」

「あれ? なんでシャルはそんな悔しそうな顔をしてるの?」

「だって! お兄ちゃんがどんどん先に行っちゃうから!!」


 私がそう言うと、お兄ちゃんだけじゃなく、パパやママ、ショーンまで笑った。


「な、なによう!」

「まあまあ、焦るなって。シャルはまだ学生なんだから、今はゆっくり実力をつけていけばいいのさ」

「そうですよシャル。今はお兄ちゃんのことをお祝いしてあげなさい」

「ほらお姉ちゃん、乾杯用のジュース」

「もう、分かったわよ」


 ショーンからジュースを貰った私は乾杯の準備をしようとしてふと気付いた。


 さっきから、お兄ちゃんのことに関しては異常にうるさいヴィアちゃんが一言も発言してなくない?


 そう思ってヴィアちゃんを見ると……ヴィアちゃんはなぜか顔を赤くし、モジモジしていた。


「え? あれ? ショーン、ヴィアちゃんに渡したのってジュースか? お酒じゃないよな?」

「うそ!? ジュースを渡したはずだよ!」


 ショーンは慌ててヴィアちゃんが持っているグラスを手に取り匂いを嗅いでいる。


「やっぱりジュースだった」


 その報告を受けて、パパはホッとした顔をした。


「えっと、じゃあ、なんでヴィアちゃんはこんな真っ赤なんだ?」

「さあ?」


 どういうことか分からずにパパとショーンと顔を見合わせて首を傾げる。


 なんだ?


「あ、あの! ともかく、シルバー様のお祝いをしませんか?」

「ああ、そうだった! じゃあシルバー、初依頼達成、おめでとう!」

『おめでとう!』

「ありがとう!」


 私たちからお祝いをされたお兄ちゃんは、手に持ったお酒を口にした。


 お酒を一口飲んで微笑んだお兄ちゃんは、なんだか急に大人になった気がした。


「いやあ、あの小さかったシルバーがこんな立派になってなあ」

「ええ、本当に……」


 パパとママはお兄ちゃんが初依頼を達成したことが相当嬉しかったのか、乾杯をしたあともずっとお酒を飲んでいる。


 そして昔のことを思い出しながら、時折遠い目をしている。


 そんな二人にいたたまれなくなったのか、お兄ちゃんが「席移動しようか」と私たちに声をかけ、移動することにした。


「ふぅ、子供の頃のことを肴にお酒を飲むのは勘弁してほしいなあ」


 そう言って苦笑するお兄ちゃんの顔は、照れているせいか、さっきお酒を飲んだせいか大分赤かった。


「お兄ちゃん、顔赤いけど大丈夫?」

「ん? そうだなあ、さっきちょっと一気に飲み過ぎたかもしれない」

「え!?」


 お兄ちゃんの言葉に一番驚いたのはヴィアちゃんだ。


「だ、大丈夫なのですか!? 苦しくないですか!? どこかでお休みになりますか!?」


 ヴィアちゃんが珍しくアタフタしながらお兄ちゃんを気遣っていた。


「んー、あー、そうだなあ、ちょっと静かで風通しのいいところに行きたいかな?」


 お兄ちゃんがそう言うってことは、結構酔ってるんじゃないの?


 っていうか、お兄ちゃんがどれだけお酒飲めるのか知らないけどさ。


「じゃ、じゃあ、少し離れたビーチに行きましょう! そこなら風通しもいいですし、この喧噪も届きませんから」


 ヴィアちゃんはそう言うと、お兄ちゃんの腕を取ってビーチに向かって歩き出した。


 私は、ショーンと顔を見合したあとヴィアちゃんに声をかける。


「あー、私たちはここにいるからさ、ヴィアちゃん、お兄ちゃんのことよろしくね」


 折角二人きりになれるチャンス。


 ここは、幼馴染みとして協力してあげようじゃありませんか。


「ええ、分かりました。さ、シルバー様、行きましょう」


 そう言って、二人並んで歩き出した。


 遠ざかっていく二人を見送ったあと、私はショーンに声をかけた。


「よし。二人を尾行するわよ!」

「はあっ!? なに言ってんのお姉ちゃん! 趣味悪いよ!」

「ち、違うわよ! 私は、ヴィアちゃんのことが心配だから見守ってあげようと」

「この場合、心配するのはお兄ちゃんだよね?」

「おふ……」


 二人の様子をコッソリ覗こうとしたのがショーンにはバレバレだったようだ。


 ショーンは、私をしばらく見つめたあと、フッと息を吐いた。


「実は、僕も気になってたから、様子を見に行こうか?」

「だよね! よし! それじゃあ……」

「あれ、シャルさん、どこに行くんですか?」


 ショーンと一緒にヴィアちゃんのあとを追いかけようとしたところで、ラティナさんから声をかけられた。


 周りには、ラティナさんだけでなく同級生たちの姿も見える。


「え、ああ、今ヴィアちゃんとお兄ちゃんが二人でビーチにいるから様子を見に行こうかと」


 私がそう言うと、マックスたち幼馴染みズは滅茶苦茶興味を示した。


「マジで? 俺も行きたい」

「俺も」

「ええ? 覗きなんて趣味が悪いですわよ?」


 唯一アリーシャちゃんだけが眉を顰めたけど、その態度も次に現れた人物の言葉によって簡単に覆された。


「ほう。ヴィアめ、ようやく覚悟を決めたか」

「覚悟を決めたのはシルバーちゃんじゃなくて?」


 王様と王妃様だった。


「へ、陛下!? 妃殿下まで!? その、ヴィア様の一大事を覗いてよろしいのですか?」


 アリーシャちゃんの疑問に、オーグおじさんは首を傾げた。


「ヴィアは私の娘だ。その行く末を見守る義務がある」

「同じく」

「え、あ、はぁ」


 オーグおじさんとエリーおばさんの説明が意味不明すぎて、アリーシャちゃんが混乱している。


「まったく、お前ら、俺らのこと覗いてたときも同じようなこと言ってたよな?」

「あれは恥ずかしかったですわ……」


 混乱しているアリーシャちゃんの後ろから、呆れた顔をしたパパと恥ずかしそうな顔をしたママが現れた。


 え、え、なんかどんどん人数が増えて行ってるんですけど!?


「なんだ、シンは行かないのか?」

「行くよ! 息子の一大事だよ!」

「なら早く行くぞ。シャル、二人はどこに行った?」

「え? えっと、あっちのビーチ」

「ふむ、なら近くに身を潜められる木が植えられているな。それでは、総員、気付かれないように動くぞ」

『はっ!』


 国王陛下の号令のもと、臣下たちが声を揃えて返事をし、組織立って行動し始めた。


「な、なんか、滅茶苦茶大事になってきたきがする!」

「ど、どうしようお姉ちゃん!」


 ショーンと二人でオロオロしていると、オーグおじさんが私に近付いてきた。


「ん? どうしたシャル。シャルはヴィアの親友でシルバーの妹なのだろう? 一番見守る義務があると思うのだが?」

「だよね! よし、行くショーン!」

「はぁ、はいはい」


 こうして、私たちはヴィアちゃんとお兄ちゃんのあとを追い、ビーチに向かった。

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