第42話 異文化は面白い

「いやあ、いよいよ夏季休暇だねえ!」


 高等魔法学院に入学して早三か月、学院はもうすぐ夏季休暇に入る。


 学院で魔法の訓練をすることも有意義だけど、夏季休暇を満喫して遊ぶことも有意義なのだ!


 というわけで、私は早速夏季休暇の予定を組むことにした。


「ねえ、デビー、レティ、ラティナさん。夏季休暇ってなんか予定ある?」


 私がそう訊ねると、三人は首を横に振った。


「別に、なにも予定はないよ。入学した当初は夏季休暇は魔物狩りのバイトでもしようかと思ってたんだけど、マックス君のお陰でお母さんの給料があがったからその必要もなくなったしね」


 ほうほう、デビーは予定なしと。


「私は、治療院にボランティアに行こうかと思っていました。治療院の治癒魔法士はシシリー様のお弟子さんみたいなものですし、私も勉強しようかと」

「私も、レティさんに誘われて治療院に行こうかと思っていました」


 ふむふむ、レティとラティナさんは治療院に治癒魔法の訓練も兼ねたボランティアと。


「ハリー君とデビット君は?」


 私がそう声をかけると、なぜかマックスが答えた。


「そっちは俺が誘った」

「あ、そうなんだ」


 なら、この三人だけに話せばいいか。


「誘ったって、なに?」


 デビーが訝し気な顔をしているけど、別に悪い話じゃないよ。


「えっとね。私たち、毎年夏季休暇はリッテンハイムリゾートに遊びに行ってるんだけど、今年はデビーたちも一緒に来ないかなっ「「行く!! 行きます!!」」て思ったんだけど、おっけー、二人は参加ね」


 デビーとレティは、私の話の途中に被せてくるように了解の返事をした。


 まあ、リッテンハイムリゾートといえば、風光明媚な土地故に結構な宿泊費用が掛かるにも関わらず、毎年予約を取ることすら困難という、アールスハイド国民憧れのリゾート地。


 そこに招待されたのだから、アールスハイド国民なら即答間違いなしだろう。


「ラティナさんも、参加でいいよね?」

「え? えっと……」

「ママも行くよ?」

「行きます!」


 ラティナさんはリッテンハイムリゾートのことを知らないと思うから、ママで釣ってみたら、見事に釣れた。


 ここしばらく明るくなっていたラティナさんが、またちょっと悩んでいる様子を見せていたので心配していたのだ。


 そういうときは、リゾート地で遊んでとりあえず悩みを忘れてしまうに限るよね!


 根本的な解決にはなってないけども!


 それはともかく、リッテンハイムリゾートに行くなら、まずはしなくちゃいけないことがあるよね。


「ってことで今日さ、皆で水着買いに行かない?」

「あら、いいですわね」


 私の提案に、ヴィアちゃんが真っ先に同意してくれた。


「あー、水着かあ……」

「ちょっと、今のお小遣いだと……」


 デビーとレティがお金の面で二の足を踏んでいるので、私は救いの手を差し伸べた。


「今回誘ったのは私だからさ、水着の代金はウチで持つよ」

「「いいの!?」」

「いいよ。パパもママもそうしなさいって言ってたから」


 最初はどうしようかと戸惑っていた二人だけど、パパとママのお墨付きがあると知ると、すぐに私に頭を下げた。


「「ありがとう!」」

「どういたしまして」


 いやあ、良いことをしたら気持ちがいいね。


 ……これこそ親の財力によるものだけども。


「はあ、水着なんて初めて買うわ」

「私もです」


 デビーとレティは水着買うの始めてか。


 そういえば、夏に王都周辺の水辺で遊ぶとなると川遊びくらいしかしないから、わざわざ水着を買って遊ぶなんてことは海に行かないとしないよね。


 二人は初めてか、なら私がちゃんと見立ててやらないとね!


 と使命感に燃えていると、ラティナさんがおずおずと手をあげた。


「はい、なんでしょうかラティナさん」


 私が指名すると、ラティナさんは困った顔をしながら言った。


「あの、みずぎ? ってなんでしょう?」

『え?』


 ラティナさんの言葉に、教室中が同じ気持ちになった。


「え? ラティナさんって、暖かい国の出身よね?」

「海で泳いだりしないの?」


 私とデビーがそう訊ねると、ラティナさんは小首を傾げながら言った。


「海ですか? 私たちは普段から薄着なので、そのまま入りますね」

「普段から薄着!」


 その言葉に、男子たちの耳が大きくなったのを見逃さないよ!


「あ、もしかして、みずぎとは水に入るときに着る服なのですか?」

「うん、そうなんだけど。はあ、こういうところにも文化の違いって出るんだね」

「そうですねえ。私も、まさか海に入るのに態々着替えるとは思いもしませんでした」


 そんな異文化交流をしながら今日の予定を決めていく。


 今日の買い物は女子だけ。


 さすがに、女子の水着を買いに行くのに付いて行きたいっていう剛の者はいなかったよ。


 というわけで、やってきました『ハーグ商会』


 ここもウォルフォード家と関りの深い商会だ。


 元々はひいお婆ちゃんの作る魔道具の販売で大きな利益をあげ、それを元に色々な事業を手掛けて大きくなったんだそうだ。


 そうして、今や世界各国に支店が存在する、アールスハイド一の大商会になったんだけど、そもそも商会が大きくなる要因がひいお婆ちゃんの魔道具だったので、今でもウォルフォード家に対する恩を忘れておらず私たちが来店すると、物凄く歓待してくれるのだ。


 今日も私たちが来ることは事前に知らせていたので、店を貸し切りにして商会長自らが出迎えてくれた。


「いらっしゃいませオクタヴィア王女殿下。ご来店をお待ちしておりました」

「今日はお世話になりますわコリン商会長。でも、今日はプライベートですので、いつものように接して頂けるとありがたいですわ」


 まあ、王族が来店したら真っ先に挨拶するよね。


 けど、実はコリン商会長と私たちは、ある事柄において共通点がある。


「そうですか? ならいつも通りで。シャルちゃんもいらっしゃい。ゆっくりしていってね」

「はーい! ありがとうコリンさん!」


 私たちを出迎えてくれたのは、ハーグ商会の現商会長、コリン=ハーグさん。


 まだ二十代後半なんだけど、このアールスハイド一大きい商会の商会長を前会長であるトムさんからすでに引き継いでいる超やり手だ。


 そんなコリンさんと気安くやり取りしている私に、デビーが目を丸くしていた。


「……さすがウォルフォードの娘ね。ハーグ商会とも親しいのか……」


 デビーがそう呟くと、それを聞いたコリンさんが「ふふ」と微笑んだ。


「まあ、確かにハーグ商会とウォルフォード家は繋がりが深いんだけどね、僕とシャルちゃんたちは、また別の繋がりがあるんだよ」

「別の繋がり、ですか?」


 なんのことか分からないレティが首を傾げると、コリンさんは茶目っ気たっぷりにウィンクしながら言った。


「そう。シン様の直弟子っていうね」

「え!? 世界に名だたるハーグ商会の商会長がシン様の直弟子だったんですか!?」


 デビーが驚いて大きな声をあげると、コリンさんは悪戯が成功したように「はは」と笑った。


 こういうところが魅力的なんだよなあ、この人。


「そう、僕と妻がね、メイ姫……もう臣籍降下したからメイ様だね。その方と親しくさせて頂いていて、その縁でシン様から魔法を教えてもらっていたんだ」

「「メイ様?」」


 デビーとレティは知らないみたいなので、ヴィアちゃんが説明した。


「私のお父様の妹。叔母様ですわ」

「「殿下の叔母様!? お姫様だ!!」」

「あはは。そうか、君たちの世代だともう知らないのか。陛下の妹君であらせられるメイ様は、それはそれはお転婆なお姫様でね。今もアルティメット・マジシャンズでエースをやってるんだよ」

「「「ええっ!?」」」


 これにはラティナさんも含めて驚いたようだ。


 メイお姉ちゃんが隣国スイードの王子様と結婚して、王族を抜けてアールスハイドの公爵になったのが十年くらい前だったかな?


 私たちは初等学院に入学するかしないかくらいのときだから、デビーたちが知らなくても不思議じゃない。


 ハーグ商会長とは、そういう色んな意味で繋がりがあるのだ。


「さて、今日は女の子たちの水着選びってことだったから、僕はここまでにするね。あとは……お願いしていいかい?」


 コリンさんは、ずっと後ろで待機していた女性に声をかけた。


「ええ。分かりましたわ、あなた。あとは任せて」

「まかせて!」


 その女性……コリンさんの奥さんであるアグネスさんと、その足元に控えていたコリンさんとアグネスさんの娘であるウェンディちゃんが元気よく答えてくれた。


「わあ、ウェンディちゃん、大きくなったねえ!」

「本当に、しばらく見ない間にレディになりましたね」


 私とヴィアちゃんがウェンディちゃんを褒めると、ウェンディちゃんは「えへへ」と嬉しそうに身体をクネクネさせた。


「それじゃあ、あとは女性陣に任せるから、なにかあったら呼んでね」

「ええ。分かったわ」


 そうしてコリンさんはアグネスさんの頬にキスをして颯爽と立ち去ってしまった。


「相変わらず、格好いいですわね、コリンさん」

「ふふ、そうでしょう?」


 ヴィアちゃんの賛辞に、嬉しそうにするアグネスさん。


 相手は王女殿下なんだけど、なんせアグネスさんは初等学院のときからメイお姉ちゃんという型破りな王女様の面倒を、高等学校卒業まで面倒を見ていたという女傑。


 今更ただの王女であるヴィアちゃんに気後れしたりしない。


 っていうか、なんならメイお姉ちゃんと一緒にヴィアちゃんの面倒も見ていたくらいなので、ヴィアちゃんはアグネスさんに頭が上がらなかったりする。


 血は繋がってないけど、ヴィアちゃんのお姉さん的存在なのだ。


 そんなお姉さんに自慢されて、ちょっとイラっとしたのかヴィアちゃんも反撃に出た。


「ま、まあ? 私ももうじきアグネス姉さまと同じ立場になりますので? 別に羨ましくなんてありませんけれど?」


 ヴィアちゃんがそう言うと、アグネスさんはヴィアちゃんに詰め寄ってその両手を握りしめた。


「まあ! まあまあまあっ! いよいよ!? いよいよシルバーちゃんとお付き合いすることになったのね!? そうなのね!?」

「ちょっ! 落ち着いて! 姉さま落ち着いてえっ!!」

「あら、ごめんなさい。私としたことが」


 アグネスさんは「おほほ」とか言いながらヴィアちゃんから離れるが、その目には『詳細希望!』と大きく書かれていた。


 しょうがないので、私が説明してあげた。


「もうすぐ、そうなる、予定、です」


 私がそう言うと、アグネスさんの顔から「スン」って表情が抜け落ちた。


「殿下」

「は、はい!」

「王女ともあろう御方が、嘘を吐くとは何事ですか!!」

「ひいっ! ご、ごめんなさい!」

「まったく、貴女が言うと嘘でも本当になってしまうことがあるのですからね! お気を付けなさいませ!」

「はいぃっ!」


 わお、さすがに幼いころからヴィアちゃんの面倒を見ていただけのことはある。


 ヴィアちゃんに物怖じしないどころかお説教できるなんて、アールスハイドにはそうそういないよ。


「はぁ……アグネス様、相変わらず素敵ですわ」


 アグネスさんは元伯爵令嬢ということで、アリーシャちゃんと同じ立場だった人。


 それなのに王族にお説教ができるということで、アリーシャちゃんから絶大な尊敬を受けている。


 崇拝していると言ってもいいかも。


 そんなやり取りをしていると私のスカートが引っ張られた。


「ねえ、水着見るんじゃなかったの?」


 ウェンディちゃんの呆れた眼差しを受けてしまった私たちは、慌てて水着選びを始めることになった。


 十歳の幼女が、この中で一番まともだったよ……。


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