第39話 私には理解できない

 マジコンカー暴走事件のあとも、色々と面白い遊戯用魔道具が豊富なビーン工房で遊び、そろそろいい時間になったので、ヴィアちゃんを連れて私の家に行くことにした。


「ヴィアちゃん、そろそろ行こっか」

「そうですわね。それではマックス、そろそろお暇します。楽しかったですわ」

「そりゃ良かった。ところでシャルの家までの足は? まさかこの時間から歩いては行かないよな?」

「もちろんです。少し前から工房前に迎えの車が来ていますわ」


 マックスの言葉に、当然とばかりにヴィアちゃんは答える。


 なんせ王女様だから、周りが薄暗くなる時間に外を徒歩で移動するなんて危険なことは絶対しない。


 という私たちには当たり前のことなんだけど、ラティナさんにとっては違ったようで「え?」という声を出して驚いていた。


「車移動、ですか……」

「うん。あ、もちろんラティナさんたちもウチの車で送るよ。薄暗い中出歩くなんて、王女様じゃなくても女の子なら危ないからね」

「あ、そ、そう、ですね……」


 ん? なんかラティナさんの様子がおかしいな。


 元気がないというか………


「あ、別に気にしないでね。徒歩で帰らせて何かあるより全然いいんだから」

「そう、ですね。ありがとうございます」


 最近ラティナさんを車で送る機会が多いから気にしているのかもしれないと声をかけるが、ラティナさんの態度はちょっとおかしいままだった。


「どうしたの? 何か気になることでもあった?」

「あ……い、いえ、大丈夫ですよ」


 ラティナさんはそう言って儚げな笑みを浮かべた。


「そ、そう? ならいいけど……」


 多分何か言いたいことか気になることがあると思うんだけど、ラティナさんが言わないのならそれ以上詮索するの変だ。


 なので、私は引いたんだけど……なんなんだろうな?


「さて、行きますわよシャル。決戦の地へ!」


 少し様子のおかしいラティナさんを気にしていると、そんなことには全く気付いていないのか、ヴィアちゃんが私の腕を掴んで車に向かって歩き出した。


「ああ、うん。じゃあ皆、また明日ね」


 ヴィアちゃんに引き摺られながら皆に挨拶をすると、皆苦笑を浮かべながらも手を振って挨拶をしてくれた。


 こうして私たちを乗せた車は、ウォルフォード家に向かって走り出した。


 道中の車内は……ずっとヴィアちゃんが「真意を……」「いえ……」「でも……」と、ずっと独り言をブツブツ言っていた。


 ……めっちゃ怖かった。


 そんな地獄のような時間を過ごし、ようやく家に帰ってきた。


 リビングに入ると、予想外の光景が目に入った。


「おかえり、シャル、ヴィアちゃん」


 なんと、お兄ちゃんがすでに帰宅してリビングで寛いでいたのだ。


「え? お兄ちゃん、なんで?」


 普段より大分早い時間に帰ってきていたお兄ちゃんに、私は困惑を隠せず、ただいまも言えずにいた。


 私でさえそうなんだから、なんの心の準備もできずに対面してしまったヴィアちゃんは相当驚いたに違いない。


 そっとヴィアちゃんの横顔を見ると、驚きのあまり口を半開きにして固まっている。


 あの、お兄ちゃんを見ると一目散に飛びついていくヴィアちゃんが、お兄ちゃんを前にしても固まったままなんて、どれだけ驚いたのかが窺い知れるよ。


 そんな困惑する私と固まるヴィアちゃんを不思議そうに見ながらも、お兄ちゃんはなんでここにいるのか教えてくれた。


「今日巡回中に、逃走している強盗犯と出くわしてね。人を捕縛するのに慣れてないから手間取ってるうちに犯人と揉み合いになってちょっと怪我しちゃってね。それで早退させられたんだ」


 お兄ちゃんが「怪我しちゃってね」って言った辺りで、ヴィアちゃんはすでに動き出していた。


「だ、大丈夫なんですかシルバーお兄様!! どこを!? どこを怪我されたのですか!?」


 お兄ちゃんが怪我をしたという言葉で我を失ったヴィアちゃんがお兄ちゃんに詰め寄る。


 っていうか、ここに誰がいるのか理解していない時点で、ヴィアちゃんが相当混乱していることが分かる。


「ちょ、ヴィアちゃん、落ち着いて。怪我は母さんに治してもらったから。もう跡形もないから」


 涙目で縋り付くヴィアちゃんの頭をポンポンと撫でながら、優しい言葉で宥めるお兄ちゃん。


 こういうことをするから、ヴィアちゃんに気があるんじゃないかって期待してしまうんだよねえ。


 実際は、妹対応だったりするんだけど……。


 そんな風にお兄ちゃんに宥められたヴィアちゃんはすぐに落ち着きを取り戻し、ハッとした顔でソファーに座っていたママを見た。


「あ……そう、ですよね。おばさまがいるのなら怪我なんてすぐに治りますよね。私ったら、そんなことにも気付かないで……」


 治癒魔法の権威とも言えるママがいる家で怪我の心配をするほど、ヴィアちゃんは混乱していた。


 自分の存在を忘れられていたママはというと、優しい顔でヴィアちゃんを見ていた。


「ふふ、そんなに慌てるくらい心配だったのね?」

「……はい。シルバーお兄様が怪我をされたと聞いては落ち着いていられませんでした」


 ヴィアちゃんはそう言うと、ソファーに座っているお兄ちゃんの膝の上に横座りになり。頭を胸に擦り付けた。


 お兄ちゃんも、ヴィアちゃんの頭を撫で続けている。


 ……これって、恋人でも溺愛ラブラブカップルでないとやらない所業よね?


 なんでこの二人はこれを自然にやっているんだろう?


 そして、なんで二人はこれで付き合ってないとか言うんだろう?


 え? もしかして、これでも妹対応なの?


 私には無理だぞ!


 二人の間にハートが飛び交う様子が幻視できるほどの光景を遠い目で見ていると、それまで大人しく頭を撫でられていたヴィアちゃんが意を決した表情をして顔をあげた。


「あ、あの! シルバーお兄様!」

「ん? なに?」

「えっと、その……今日、アレンさんに会いまして……」

「アレンに? ああ、もしかしてビーン工房で?」

「はい。それで、その……クレスタ様のご懐妊の報告を受けたときに、その……」

「ヴィアちゃん」


 お兄ちゃんは、一生懸命に話しているヴィアちゃんの言葉を遮って自分が話し始めた。


 私は、この行動に出たお兄ちゃんを、信じられないものを見る目で見てしまった。


 なぜなら、お兄ちゃんはいつも私たち年下の言うことを最後まで聞いてくれる。


 話している途中で言葉を遮ったり絶対しない。


 そのお兄ちゃんが、ヴィアちゃんの言葉を遮った。


 ヴィアちゃんも、驚いて固まっている。


 お兄ちゃんは、そんなヴィアちゃんの目を真っ直ぐに見て話し始めた。


「ヴィアちゃん、僕はね、アルティメット・マジシャンズの新人団員なんだ」

「え? えっと、はい」

「まだ一人で依頼に出れないから、こうして色々研修なんかをしてる」

「……?」

「僕は、まだ半人前なんだ」

「そ、そんなことは!」

「そんなことあるんだ。それは、誰よりも僕がよく知ってる」

「シルバーお兄様……」

「だから僕は、今のヴィアちゃんの言葉の先を聞いても、答えることができない」

「……」


 お兄ちゃんの言葉を聞いて、ヴィアちゃんの目に涙が滲んでいく。


 ……ああ、こうして決定的な瞬間を見るのは辛いなぁ……。


 と、思っていたんだけど……。


「……わ、私はまだ、なにも、なにも言っておりませんわ。ですから……」


 そう言ったまま俯いたヴィアちゃんの言葉を待つお兄ちゃん。


 私とママも固唾を飲んでこの光景を見守っている。


 た、確かにヴィアちゃんは決定的なことは言っていない!


 ってことは、まだヴィアちゃんが振られたわけじゃないのか!?


 どうなの!?


 どうなるの!?


 ハラハラして見ていると、ヴィちゃんはまだちょっと涙の滲んだ目でお兄ちゃんを見つめた。


「シルバーお兄様が……いえ、シルバー様が一人前になったら教えてくださいませ。その時は、この続きを伝えさせていただきますわ」

「……分かった」


 ヴィアちゃんの言葉を聞いたお兄ちゃんは、フッと微笑むと、ヴィアちゃんの頭を優しく撫でた。


 だから! それは彼氏がやる行動でしょうが!


 半人前だから受け入れられないとかなんとか言いながら、やってることは恋人と同じなんだよ!!


 え? これって、二人の間ではまだ恋人の距離じゃないの?


 散々妹にしか見られていないとかなんとか悩んできたけど、こんなのヴィアちゃんの勝ち確定じゃないの?


「ねえお兄ちゃん」

「なに?」

「一人前って、具体的にどうしたら一人前なの?」

「どうしたらって、一人でアルティメット・マジシャンズの依頼を受けられるようになったらかな」

「……そう」


 それって、結構すぐなんじゃないの!?


 それなのに、なんでこんな焦らしてるの!?


 ちょっとした恋のスパイスなの!?


 もうわけ分かんないよ!!


 そんな理解できない状況に頭を抱えている私を他所に、明らかに恋人の距離で見つめ合うお兄ちゃんとヴィアちゃん。


 それを微笑ましいものを見る目で見ているママ。


 ショーンはさっきからソファーの隅で真っ赤になりながらチラチラ二人を見てる。


 あんたは部屋に戻ってなさい!


 

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