第38話 実は、心境は変化していた?
マジコンカーとは。
マジカルコントロールカーの略で、遊戯用魔道具の一つ。
遊戯用魔道具とは、その名の通り遊び用に作られた魔道具。
それまで魔道具とは戦闘用か生活用のものと思われていたのだが、パパがお兄ちゃんのために遊び用の魔道具を作ったのがきっかけで遊戯用魔道具というものが生まれ、今やウォルフォード商会は遊戯用魔道具部門において世界ナンバーワンのシェアを誇る。
……いや、だから、パパあっちこっちに顔出し過ぎだって。
ちなみにマジコンカーは、前後進と左右旋回の二つのレバーがあるコントローラーに魔力を流すと、連動して小さいサイズの車が動くという玩具。
私が幼いころに発売されたこのマジコンカーは、子供だけでなく大人まで巻き込んだ大ブームを起こした。
しかも、このマジコンカーにはある思惑があり、幼い子供なら格安で購入することができるので、私たちの世代でマジコンカーで遊んだことがない子供はいないくらい普及している。
今ではマジコンカーのレースも行われており、地方大会から全国大会、果ては世界大会まで行われている。
大会が開催されると、入場チケットは即完売し、今ではプロリーグがあるマジカルバレーと人気を二分している。
ちなみに、昨年の世界大会の優勝者はカーナン王国の人で、アールスハイド王国民は、マジコンカー発祥の国として王座奪還に燃えているという。
「そんな熱い魔道具をマックスの家で作ってるの!」
「へ、へえ、そうなんですか」
今日の授業が終わり、マジコンカーで遊ぼうと誘ってくれたマックスの家に全員で歩いて向かっている最中に、私はマジコンカーの魅力をラティナさんに熱弁していた。
おっと、熱くなりすぎてラティナさんがちょっと引いてしまった。
「ちょっと落ち着きなさいなシャル。まあでも、シャルが言っていることは間違いではありませんわ。私も、国民にマジコンカーが普及して熱中してくれているのが誇らしく思いますから」
「え? あの、遊び、ですよね? 王女様がそんな遊びを誇らしく思われるのですか?」
ラティナさんの疑問も尤もだと思うけど、それには理由があるのだ。
「ええ。なにせお母様がマジカルコントロールカーレース協会の名誉会長をしておりますから」
「……え? 殿下のお母様って……王妃様……ですよね?」
「ええ。シンおじさまがマジコンカーの試作品を持ってきたとき以来すっかり気に入ってしまって、王城内に専用のコースを作りましたの。そうしたらお母様が「マジコンカーを使ってレースをしましょうよ」と提案して、それが切っ掛けでマジコンカーレースが始まりましたので」
「本当にガッツリ関係者だったんですね……」
むしろ創始者だね。
まあ、マジコンカーにはそれ以外の思惑もあるけど、留学生であるラティナさんにどこまで喋っていいのか分からないのでその話題は出さない。
けど、それを抜いてもマジコンカーは楽しいのだ!
「ねえマックス。最近男子たちがマックスの家に入り浸ってるのって、もしかして新作が出るとか?」
最近、一年Sクラスは男女で放課後の行動が分かれるようになってきていた。
時々ウチでの特訓にくることもあるけど、結構な頻度で男子たちは私の家よりマックスの家に集まることが多くなっていたのだ。
もしかして、と思って聞いてみるとマックスは苦笑して首を横に振った。
「そりゃ毎年アップグレードはするけどさ、マジコンカーって割とウチの主力事業だよ? 俺らみたいな小僧が関われるわけないだろ」
「なーんだ」
「ハリーやデビットがよく来てるのは、ウチにマジコンカーの専用コースがあるからだよ」
「ああ、公共のコースは予約が取れないらしいもんね」
「その点、ウチならいくらでも遊び放題だからな。ただ、試作品のテストのときは使わせてもらえないから、そういうときはシャルの家で特訓してる」
マックスの言葉にウンウン頷いている男子たちに、私は思わず呆れた目を向けてしまった。
「遊びの隙間で特訓するとか……普通逆じゃない? 言っとくけど、私ら暇さえあれば特訓してるからね? アンタたちとは差が開く一方だよ?」
私がそう言うと、マックスたちは気まずそうな顔をするものの悪びれてはいない様子だった。
なんで?
「まあ、俺はビーン工房を継ぐのが目的だからな。魔道具を開発するのに魔法の知識は絶対必要だから高等魔法学院にいるんであって、別に最強の魔法使いは目指してないんだよ」
「えー」
「俺は、前も言った通り就職するのに有利だから」
「僕も」
ハリー君とデビット君もマックスに続いてあまりやる気のない返事をしてきた。
「ちょっと男子たち、それはあまりにも志が低すぎない?」
あまりにも情けないことを言う男子たちに私が苦言を呈すると、マックスが苦笑しながら言った。
「それは個人の自由だろ? 俺たちは、シャルにみたいにシンおじさんの後継なんて狙っていないし、デボラさんみたいに周りを見返したいと思って頑張ってないし、マーガレットさんみたいに治癒魔法を覚えたいとは思っていないし、ラティナさんみたいな使命があるわけじゃないんだよ」
「うー……」
それはそうかもしれないけどさあ。
「それに、その考えだと、俺らと一緒の学園生活が送りたいだけのヴィアちゃんとか、それに付いてきてるだけのアリーシャちゃんを許容してるのが矛盾することになるぞ?」
いや、それは確かにそうなんだけど、ヴィアちゃんは王女様だし、動機がなんであれ高等魔法学院Sクラス次席だったらもうこれ以上努力しなくてもよくない?
と、私はそう思っていたんだけど、ヴィアちゃんはマックスに向かって異を唱えた。
「確かにシャルたちと一緒にいたいというのも理由ですが、本音は将来シルバーお兄様のサポートをして差し上げたいからですわよ!」
そう堂々と言ってのけるヴィアちゃん。
……本音の方が非道かったよ……。
「シルバー兄のサポートって……別に魔法使いでなくてもいいんじゃないの?」
ヴィアちゃん王女様だしねえ、もしお兄ちゃんと恋人になって、その後夫婦になったとして、王女様ならそれだけでなんでもサポートできるんじゃないの?
私はそう思ったのだけど、ヴィアちゃんはフルフルと頭を振った。
「いえ、私は、シンおじさまとシシリーおばさまのような夫婦に憧れているのです」
……。
「あの、ヴィアちゃん? オーグおじさんとエリーおばさんは? 国王陛下と王妃殿下だよ? 国民憧れの御夫婦だよ?」
パパと同じく英雄であるオーグおじさんと、それをずっと陰から支えてきたエリーおばさんは、国王と王妃という立場から『理想の夫婦像』と国民から言われ慕われているんだけど……その娘であるヴィアちゃんが他の夫婦に憧れを持ってるってどういうことなの?
「確かに、お父様とお母様も仲睦まじいですし、お母様は常にお父様の助けになるように行動してますわね」
「でしょ? だったら、普通あの二人を理想にしない? 実の親なんだし」
私がそう言うと、ヴィアちゃんは「ふぅ」と息を吐いた。
「シルバーお兄様は国王ではないではありませんか」
「当たり前だよ」
一体、なにを言っているんだろうか? この人は。
「お母様は、国王であるお父様を支えているのです。そのために必要なことは社交や外交、それに国民の声を聞くこと。ですが、私が支えて差し上げたいのはシルバーお兄様。シルバーお兄様は現場で働く魔法使いです。それはシンおじさまと同じような立場ですわ」
あー、なるほど。
なんとなく言いたいことが分かった。
「つまり、パパみたいに現場で働くお兄ちゃんを支えるなら、ママみたいに魔法も使えて直接仕事をサポートできるようになりたいって、そういうこと?」
「その通りですわ!」
ヴィアちゃんの考えを言い当てたからか、凄く嬉しそうな顔をこちらに向けてきた。
いやあ、本当にお兄ちゃん大好きなんだなあ。
「というわけで、私が魔法を頑張っているのはそういうことですの。シルバーお兄様はシンおじさまの後継者。なら私は、シシリーおばさまに匹敵するくらいの魔法使いにならないといけませんの」
「ちょっ! パパの後継者は私だってば!」
「あら、そうでしたわね。まあ、頑張ってくださいまし」
「むきーっ!
なに? このすでにお兄ちゃんの妻気取りの発言!
そもそも恋愛対象として見られてないくせに!
……と思ったけど口にするのは止めた。
言ったらマジで凹むから。
そんな感じでワイワイ言いながらビーン工房に辿り着いた私たちは、マジコンカーのテストコースがある建物に入って行った。
「す、凄いですね……こんなに大きな建物が全部工房の持ち物なんですか……」
「いや、ここだけじゃなくてここら一体そうだよ」
「そ、そうなんですか!?」
マックスが何気なく言った一言に目を見開いて驚くラティナさん。
「凄いです……マックス君の家は大金持ちなんですね……」
「はは、いや、シャルの言った通り、金持ってるのは親……ウチの場合は爺ちゃんか。俺じゃないから自慢なんてできないよ」
「そうなんですか。ご立派ですね」
「そ、そんなことないよ」
ラティナさんから向けられる尊敬の眼差しに、マックスは照れながら視線を逸らした。
あれ? もしかして、マックスってマジでラティナさんに惚れてんの?
でも、ラティナさんって留学生だから、いつかは国に戻っちゃうけどいいんだろうか?
そんなことを考えたからか、なんだか胸の辺りがモヤっとした。
……? なに?
そんな変な感覚に首を傾げていると、テストコースに誰かが入ってくるのが見えた。
「ん? あれ? どうしたマックス。今日これからテストコース使うんだけど」
入ってきたのは、 お兄ちゃんの友達で、先日結婚式にも出席したアレンさんだった。
「こんにちはアレンさん。え? 今日ってテストコース使わないって聞いたのにな」
マックスがそう言うと、アレンさんは申し訳なさそうな顔をした。
「ああ、実は新しいサスペンションの試作品ができたんだよ。急だったからマックスには連絡できてなかったんだな……」
アレンさんはウェルシュタイン侯爵家の次期当主に確定している本物の貴族。
なのに、なんでここでサスペンションの試作品のテストなんかしてるかというと……。
「アレンさん、ビーン工房に就職したって本当だったんですね……」
私がそう言うと、アレンさんは本当に嬉しそうな顔をした。
「ああ! マジコンカーには開発当初から関わっていたとはいえ、あれは本当に意見を求められただけだったからな。これでようやく自分で開発に携われるようになったよ!」
そう、アレンさんは、侯爵家というアールスハイドでも数少ない高位貴族の次期当主なのに、なぜかビーン工房に就職したのだ。
いや、そりゃ確かに貴族家の当主は、領地経営以外に仕事を持ってることも多いよ?
でも、ママのお兄ちゃんでクロード子爵家当主であるロイス叔父さんはウォルフォード商会の役員だし、前当主であるお爺ちゃんはお役所勤めの官僚をしている。
つまり、貴族家の人が仕事をするときって、大抵役所に勤めるとか商会の役員とかになることが多いんだけど……。
アレンさんが選んだのは、ビーン工房のマジコンカー開発部門の技術者だった。
いや、昔からマジコンカー大好きだったのは知ってるけど、まさか開発から関わりたいと思ってたとは知らなかったわ。
新しいサスペンションを組み込んだと思われるマジコンカーを嬉しそうに掲げながら、アレンさんは溢れんばかりの笑顔を見せた。
「コレ、俺が前から改良したいと思ってたパーツでね、ようやく試作品が出来上がったからテストしに来たんだ」
「そうだったんですね……あー、じゃあ、今日はコース使うのは無理かあ」
ラティナさんにマジコンカーを初体験させるのに、コースを使った方が楽しいかと思ったんだけど、まあ、走らせるだけならどこでもできるから別にいいかな。
そう思ってテストコースがある建物から出ようと思っていると、アレンさんは少し考えた後に驚くべきことを言った。
「んー別に、サスペンションの動きを見るだけだから、お前たちもコースを使っていいぞ?」
その言葉に、私たちは目を丸くしてしまった。
「え、でも、それって企業秘密なんじゃ……」
私がそう言うと、アレンさんは一瞬キョトンとした顔をしたあと爆笑した。
「な、なんで笑うんですか!」
「ふはっ! あはは! わ、悪い、あー、今からテストすんのはサスペンションなんだけど、それの違いってシャルちゃん、分かるか?」
「サスペンションの違い?」
サスペンションってアレでしょ? なんか、タイヤが付いてるところで上下に動くやつ。
「え? 違いなんてあるんですか?」
私がそう言うと、アレンさんはまた笑った。
「素人には分かんないだろ? だから、見られても困りはしないさ」
アレンさんはそう言うと、その新しいサスペンションが組み込まれたマジコンカーをコースに下ろした。
「いやあ、それにしてもシャルちゃんから敬語で話されると、なんかムズムズするな」
「え、だって、アレンさんもう学生じゃないし、結婚もしたじゃないですか。なんか、馴れ馴れしいのは駄目かなって思ったんですけど」
「いやいや、親友の妹からそういう風に態度を変えられるのは寂しいよ。できたら今まで通りに接してくれるとお兄さん嬉しいんだけど?」
アレンさんがそう言いながらウィンクしてきた。
「はぁ、分かったわよアレンさん。あ、そういえばお兄ちゃんから聞いたんだけど、クレスタさん赤ちゃんできたんだって? おめでと」
「お、もう聞いたのか。ありがとうな」
高等魔法学院を卒業してすぐに結婚式をあげたのにもう子供ができたらしい。
「お兄ちゃんが「アレンはクレスタさんのこと早くお嫁さんにしたくて仕方なかったんだな」って言ってた」
私がお兄ちゃんから報告を受けたときのことを思い出して報告すると、アレンさんはちょっと顔を赤くした。
「シルバーめ……あのときは「アレンが羨ましいよ」とか言ってたくせに」
……ん?
ちょっと待って。
アレンさんが羨ましい?
「ちょ、ちょっと待って下さいまし! アレン様! シルバーお兄様は本当にそんなことを言っていたのですか!?」
「え? ええ。本当ですが……」
突然アレンさんを問い詰めたヴィアちゃんに、アレンさんは困惑しながらも肯定した。
それって、もしかして……。
「まさか……シルバーお兄様はクレスタ様のことが……」
「なんでそうなる!?」
「え?」
盛大な勘違いをしているヴィアちゃんにツッコミを入れると、ヴィアちゃんはキョトンとした顔をしていた。
アレンさんも苦笑いだ。
「はは、違いますよ殿下、アレンが羨ましいって言ったのは私が『妻を娶って子供ができた』ということについてです。つまり、自分も妻や子供が欲しいと思っているという……」
「そ、それは本当ですのおっ!!??」
アレンさんの言葉を遮るようにヴィアちゃんがアレンさんの胸倉を掴んだ。
「本当に!? シルバーお兄様はそのように仰りましたの!? 嘘だったら承知しませんわよ!?」
「ほ、本当ですよ!! 嘘じゃないですって!!」
胸倉を掴まれてガクガクされながらも、アレンさんは必死にヴィアちゃんに言葉を返した。
っていうかヴィアちゃん、いい加減手を離してあげて。
そんなにガクガクすると、アレンさん酔っちゃうから。
あ、手を離されたアレンさん、蹲って「おぇ」って言ってる。
ここで吐かないでね。
「シャルッ!!」
「うん?」
「すぐに帰りますわよ!!」
「なんで?」
「なんでって……帰ってシルバーお兄様に真意を確かめませんと!!」
「今帰っても、お兄ちゃんいないよ?」
「そうでしたわ!!」
頭を抱えて天を仰ぐヴィアちゃん。
「はぁ……相変わらず、シルバーが関わると……ああなるんだな……」
まだちょっと具合悪そうなアレンさんが、ヴィアちゃんをちょっと遠い目になりながら見つめていた。
メッチャ言葉濁してる。
「ハッキリ『ポンコツになる』って言っていいよ?」
「言えるわけないだろ! 王女殿下だぞ!?」
「思ってはいるってことね」
「……言うなよ?」
「言わないよ。何年の付き合いだと思ってるのさ?」
「はは。まあ、分かってるけどな。さて、そろそろ仕事するかな」
アレンさんはそう言うと、コントローラーを手にして私たちから離れていった。
もちろん、頭を抱えているヴィアちゃんは放置して。
「さて、ちょっと横道に逸れまくったけど、許可も貰ったし私たちも始めよっか。ラティナさんのマジコンカー初体験……ラティナさん?」
テストコースにある適当なマジコンカーとコントローラーを手にラティナさんの方を見ると、ラティナさんは俯いて爪を噛んでいた。
「ラティナさん?」
「え?」
「爪、噛まない方がいいよ? っていうか、どうしたの?」
「あ、い、いえ! なんでもないんですよ! あはは!」
その態度は不自然そのもので、なんでもないとはとても思えなかったけど……追及するのもどうかと思ったので、そのことには触れずマジコンカーで遊ぶことにした。
のだけど……。
「あら? あらあら?」
「ちょっ! だ、誰かラティナさんからコントローラーを取り上げて!」
「きゃあ! こっちに来ましたわ!!」
「で、殿下……うおわっ!! 試作品一号が!?」
「なんで真っ直ぐぶつけるんですかあっ!!」
「え?」
「うわあ! こっち飛んできた!」
初めてマジコンカーを触ったラティナさんだったが、このテストコースにあるのはハイスペックなマジコンカーばかりだということを完全に忘れていた。
本来、子供向けの低スペックなものから始めるのが普通だというのに、いきなりハイスペックマジコンカーを操作することになったラティナさん。
そりゃあ、暴走するよね。
結局、試作品にぶつけるわヴィアちゃんを追いかけ回すわ、大騒ぎの末にラティナさんのマジコンカー初体験は終わった。
大騒ぎだったけれど、ラティナさん本人は楽しかったようで……。
「ご、ごめんなさい。でも、楽しいですねこれ! 一台買ってもらおうかな?」
そんなことを言っていた。
その際は、ぜひ初心者用でお願いします!!
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