第37話 貴族の心構え

 今日はヴィアちゃんが家に来る。


 って言うか、しょっちゅう来てるから今更改めて言うことでもない。


 で、今日はママがいないからラティナさんとレティの治癒魔法の訓練もない。


 ヴィアちゃんの目的はお兄ちゃんとの交流なので、まっすぐ家に帰ってもお兄ちゃんが帰ってくるまで時間を潰さないといけない。


「ん、じゃあ良い時間になるまで遊んどこっか」


 ママとの治癒魔法の訓練がないからってラティナさんを放課後に放置しておくのはありえない。


 なのでラティナさんとも遊びたいんだけど、どこがいいかな?


「ですわね。どこに行きましょうか?」

「クレープ屋はこないだ行ったし、続けて行くには手持ちが……」


 ここ最近はラティナさんのお世話とかあって魔物狩りにも行けていないので、私の軍資金はお小遣いのみ。


 それもこの前セールしていたとはいえ、クレープにチョコをトッピングしてしまったので大分減ってしまっている。


 くぅ……お口には美味しかったけど、お財布には痛かった……。


「相変わらず、世界を股に掛ける大商会の令嬢とは思えない発言ですわね」

「お金を持ってるのはパパやひいお婆ちゃんであって、私じゃないからね」


 私がそう言うと、デビーが「ほぉ」と感心したように言った。


「それを言えるのが凄いよね。この前皆も見ただろうけど、ずっと私を陥れていた奴って、父親がちょっと大きい工房の社長だってだけで威張り散らしてたのに」

「それに関してはママが元貴族令嬢だったのが大きいかな」

「? どう言うことですか?」


 私の発言がレティには理解できなかったらしい。デビーとラティナさんも同じように首を傾げている。


 ああ、そっか、レティとデビーは平民だし、ラティナさんは他国の人間。


 この国の貴族の常識とか知らなくて当然か。


 私が説明しようとすると、ヴィアちゃんが先に話し出した。


「我が国の貴族には『権力や財力を持っているのは当主である親であって、まだ何もなし得ていない子息令嬢がその威を借ることは恥ずべき行為である』という考えが浸透しているのです」


 ヴィアちゃんの言葉を聞き、レティとデビーは二人揃って感心した顔をした。


 私は、ママが元貴族令嬢だったのでその心構えを小さい頃から教え込まれてきたんだよね。


「へぇ、そうなんですか。てっきり貴族の人たちって贅沢三昧してるばっかりだと思ってました」


 レティが感心してそう言うけど、まあ、三大高等学院みたいな貴族も平民も混合の実力主義学院みたいなところに入らないと、普通平民と貴族の交流なんてないからなあ。


 そんなイメージを持っていてもおかしくないか。


「ん? あれ? それじゃあ、あの人は? ええっと……なんて言いましたっけ? ほら、入学早々に転校した……」


 ……ああ、いたね! 自分が貴族であることを鼻にかけていて、なぜかヴィアちゃんと付き合えると思ってた奴!


「えーっと……マジで、名前、なんだっけ?」

「さあ……」


 私とデビーが名前を思い出せないでいると、ヴィアちゃんとアリーシャちゃんが呆れたようにため息を吐いた。


「ミゲーレ伯爵家のセルジュさんですわよ」

「セルジュ君! そうだそうだ」


 ようやく思い出した。


 デビーも思い出してスッキリしたのか、とても晴れやかな顔をしていた。


「そのセルジュさんは、デビーが想像する貴族のおぼっちゃまそのものって感じでしたよね?」


 レティがそう言うと、ヴィアちゃんとアリーシャちゃんは気まずそうに顔を見合わせた。


「事あるごとに周知徹底させてはいるんですけどねえ……」

「貴族の子息令嬢というのは、周りからチヤホヤされて育つ人も多いので、勘違いしてしまう人も出てくるのですわ」


 あくまで心構えであって、法律で定められてることじゃないからねえ。


「昔からいくら頑張っても中々減らないらしいですわ。私のお母様も昔、我儘に育てられた御令嬢に絡まれて大変だったと仰ってましたわ」

「私も、ママから事あるごとにそのことを引き合いに出されるから、親が裕福でも調子に乗らないように刷り込まれたんだよねえ」


 なんでも、当時中等学院生だったママはエリーおばさんとその令嬢の修羅場を目撃したらしく、調子に乗ってはいけないと心に誓ったそうだ。


「え、え、どんな内容だったのですか?」


 現王妃の恋愛話にデビーは興味津々だ。


 目を輝かせているデビーに、ヴィアちゃんは折れて詳しい話をし始めた。


「なんでも、伯爵家のご令嬢が、すでにお父様の婚約者となっていた公爵令嬢のお母様に「貴女は殿下に相応しくない、私と婚約者を代われ!」とか言われたらしいですわ」

「おお!」


 歓声を上げたデビーだけでなく、レティとラティナさんもワクワクした顔でヴィアちゃんの話に聞き入っているけど……。


 これ、そんなワクワクした話じゃないんだよなあ。


「そ、それで? どうなったんですか?」


 恋愛話に興味津々なレティが続きを促すけど……聞く? 聞いちゃう?


「……なんでも、お父様がその話を聞きつけてお母様を守り、伯爵令嬢の常軌を逸した行動を非難し、その令嬢は退学し領地に封じ込められたらしいですわ」


 予想以上に厳しい結果に、目を輝かせていたデビーたちの表情は反転、顔を引き攣らせた。


「その令嬢は両親や周囲から全肯定されて育っていたようで、自分の思い通りにならないことなんてないと思っていたそうです。さっき言った心構えを親が一切教えていなかったケースですわね。結局、その後も改心しなかったその令嬢とその父親はさらなる大問題を起こして、令嬢と父親は処刑され、お家も爵位を剥奪されて没落したそうですわ」


 ヴィアちゃんの追い討ちで、三人はガタガタと震え始めた。


「こ、怖っ!」

「王族に逆らうと処刑されちゃう……」

「ヒ、ヒィイ」


 あからさまにヴィアちゃんを恐れ始めた三人に、ヴィアちゃんは慌てて釈明をし始めた。


「こ、これは! あくまでその令嬢の非常識な行動が原因ですのよ! そもそも伯爵令嬢が公爵令嬢を陥れようとしたのに領地送りになっているだけなのは、信じられないくらい軽い処罰です!」

「え? じゃあ、その人はなにをやって処刑されたんですか?」


 デビーの質問に、私たちは顔を見合わせた。


「それが、その件については詳しく教えて頂けませんの」

「私もそう。何回聞いても「王家に弓引く重大な叛逆」としか教えてもらえなくて、詳細は知らないんだよ」

「そうですか。二人ともがそう言うなら本当なんでしょうけど……なんで教えてくれないんですか?」

「なんでだろうねえ?」

「なんでですかね?」


 レティの疑問は尤もだけど、私たちも知らないので顔を見合わせて首を傾げるしかない。


 本当になんでなんだろ?


「あ、じゃあ殿下とは今まで通り接していいってことですか?」

「もちろんですわデボラさん。むしろ今更余所余所しい態度をとられたら、私泣きますわよ?」

「あはは、じゃあ、今まで通りでお願いします」

「ええ」


 そう言って笑い合うヴィアちゃんとデビーの陰で、ラティナさんもホッと息を吐いていた。


「ラティナさんも、あんまり気にしないでね?」

「あ、はい。分かりました」

「ちょっとシャル。なんであなたが言うんですの? それは私が言うべき台詞ですわよ?」

「あ、ゴメン、つい」


 ヴィアちゃんって、王族とかそういうのを抜いて身内だと思ってるから、つい余計なお世話を焼いちゃった。


「ところでさ」


 話が一段落ついたところで、デビーが声をかけてきた。


「私たち、なんの話をしてたっけ?」

「ん?」


 あれ? なんだっけ?


「ええっと……ああ、あれですわ。遊びに行きたいのにシャルにお金がないっていう」

「ああ、そうだった。で、どうしよう?」


 話が振り出しに戻った。


 マジでどうしよう?


 そう思っていると、話を聞いていたらしいマックスから声がかかった。


「それなら、ウチに来ないか?」

「マックスの家に?」

「そう。最近俺ら、よくマジコンカーで遊んでるんだけど、同じメンツばっかでも飽きるし、ラティナさんにも是非体験してもらいたいんだよ」

「あ、そうか。ラティナさん、マジコンカー、触ったことないでしょ?」

「まじこんかー? ですか? 初めて聞きました」


 首を傾げるラティナさんを見て、今日の放課後の予定は決まった。


「よし! じゃあ今日はマックスの家で遊ぶってことで決定!」


 こうして、私たちはマックスの家で遊ぶことに決めたのだった。


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