第36話 お兄ちゃんは特別

 ラティナさんが治癒魔法の練習をしに家に来た翌日、朝から艶々していたママを見て、昨晩ナニがあったのかとゲンナリしながら登校すると、ヴィアちゃんが嬉しそうな顔で話しかけてきた。


「シャル、あの話、お父様にお話ししましたわ!」

「あの話?」


 なんのことだろう?


 おじさんに話すことなんてあったっけ?


「もう忘れてしましましたの? カカオの件ですわ!」

「ああ!! カカオ!!」


 そうだ! そうだった!


「話してくれたんだ! で? で? どうなったの!?」


 ようやく思い出した私が問い返すと、ヴィアちゃんはドヤ顔をしながら答えてくれた。


「早速ヨーデンの方にお話をしてくれましたわ。ヨーデンの方でも私たちが喜ぶ特産品があったことを喜ばれまして、早速大量の輸入ができるように取り計らって頂きましたわ!」

「おおー!! 凄い!! さすがヴィアちゃん! 仕事が早い!」

「ふふん」


 私が褒めると、ヴィアちゃんは胸を張って、ますますドヤ顔を見せた。


 それにしても、王女様って立場は凄いね。


 国のトップである王様まで話が直通だもん。


 あっという間にカカオ輸入の話がまとまってしまった。


「はあ、これでチョコが手軽に手に入るのかぁ」


 高価で、お小遣いをもらってすぐか魔物を狩ってきたときくらいしか口にすることができなかったチョコ。


 それが、いつでも好きな時に……!


「うへへ」

「おはようござ……シャルさん、どうしたんですか?」


 私が幸せな未来を想像していると、登校してきたラティナさんに声をかけられた。


「ラティナさん!!」

「は、はい?」

「ありがとう!!」

「え?」

「ラティナさんが話をしてくれたおかげで、カカオが大量に手に入ることになったよ!」


 この話をもたらしてくれたラティナさんには感謝しかない。


 ラティナさんの両手を握ってお礼を伝えると、最初は驚いていたラティナさんは話が理解できたのか、驚き顔からすぐに笑顔に変わった。


「いえ。ヨーデンとしても、皆様のお役に立てる特産品があったことは喜ばしいことですわ。私たちだけ技術を供与されるのは心苦しいと皆言っていましたので」

「ええ? でも、変成魔法を教えてくれるんだよね?」

「あんなの、皆様から与えられる技術に比べたらなんでもありませんわ。使節団の皆は与えられる恩恵に対して対価が釣り合っていないと常々悩んでいたのです」


 そう言うラティナさんの顔は、本当に申し訳なさそうな顔をしておりヨーデンの使節団が悩んでいたことが伺えた。


「まあ、そうでしたのね。ですが、このカカオの取引だけでも十分に対価として釣り合いますわ。まだ為替レートも決まっていないのに随分と融通を利かせていただいたそうで」


 ヴィアちゃんがそう言うと、ラティナさんはちょっと困った顔をした。


「そうなんですか? すみません。交易品のやり取りに関しては私たち学生には全く話が来てませんので。昨日も、兄からそんな話があったとは聞いていませんでした」


 そりゃそうか。


 交易品のやり取りなんて、国の上層部がやるような取引だよ。


 そんな話を学生にはしないか。


「そういえば、ラティナさんってお兄さんが使節団にいるんだよね。昨日も話をしたなんて仲が良いんだね」


 途中から話に参加したデビーがそう言うと、ラティナさんはちょっと視線を泳がした。


 ん? なんだろ?


「え、ええっと。そうですね。昨日は、初めて治癒魔法の訓練を行なったので、その進捗を確かめに来たんです」

「ああ、なるほど。治癒魔法の習得は、ヨーデンにとっちゃ悲願だもんね」

「ええ。兄も気になるようで、向こうから訪ねてきました。同じ使節団の宿舎にいても、普段はそんなに交流はないんですよ」

「え? そうなの?」


 同じ使節団にお兄ちゃんがいるのに?


「私だったら、遠い異国の地でお兄ちゃんがいるなら、ずっと一緒にいる気がするなあ」


 私がそう言うと、これまた途中から話に加わってきたレティが苦笑していた。


「まあ、シャルとシルバーさんならそうでしょうね。私は、ラティナさんに同意しますね。わざわざ弟とそんな交流はしないですよ」

「え、そうなの?」

「シルバーさん、優しいからなあ。付き合いの短い私たちでも分かるくらいだし、シャルとか殿下とか大分甘やかされたんじゃないですか?」


 あ、デビー、それは言っちゃ……。


「そう! そうなのです! シルバーお兄様は本当にお優しいのです! 幼い頃から、私が困っていたり寂しがっていたりすると、さりげなく手を差し伸べてくれるのです! その手の暖かさと言ったらもう!!」

「ヴィアちゃん、ヴィアちゃん、皆ドン引きしてるから、ちょっと落ち着いて」

「はっ! すみません、取り乱しましたわ」


 お兄ちゃんのことになると途端にスイッチ入るな。


 まあ、気持ちは分からんでもないけど。


「私もさ、お兄ちゃんが特別なんだってのは分かるよ。今までの同級生の中にもお兄ちゃんがいる子がいたけど、大抵優しくしてもらった記憶なんてないって。乱暴で横柄だから嫌いって子も多かったし」


 私がそう言うと、ラティナさんが深く頷いた。


「ウチも大体そんな感じですね。特別好きとか感じたことないです」

「そんなもんかあ」

「逆に、なんでシルバーさんってあんなに優しいの?」


 デビーの質問に、私とヴィアちゃんは顔を見合わせた。


「そりゃ、面倒見ないといけない弟と妹が多かったからじゃない?」

「ですわねえ。正直、幼少期のことを思い出すと、嬉しく思うことも多いですが申し訳ないと思うこともまた多いですわ」


 私たちがそう言うと、ラティナさんたち三人は首を傾げた。


「確かに、シャルさんたち四人の面倒を見ていたのは多いと思いますけど……」


 ラティナさんが、男子と話しているマックスとレインを見ながらそう言うと、二人も視線に気付きこちらにやってきた。


「ん? なんの話?」

「お兄ちゃんが優しいのは、昔から私らの子守をしてたからじゃないかって話」


 こっちに寄ってきたマックスにそう話すと、マックスは「ああ」と納得した顔をした。


「確かに、シルバー兄は昔から面倒見が良かったよな。あんなに人数いたのに」

「「「え?」」」


 マックスの言葉に、ますます首を傾げる三人。


 まあ、知らないよね。教えてないもの。


「シルバー兄が面倒見てたのは俺らだけじゃない。俺らの三つ下にあと八人チビがいた」

「「「八人!?」」」


 レインの言葉に、三人は言葉を揃えて驚愕していた。


 そう、私の弟に従兄弟、ヴィアちゃんの弟にマックスの妹。他にパパたちの仲間の子供を入れたらそんなにいるのだ。


「そうそう、よく面倒見てたよねお兄ちゃん」

「しかも、全員がシルバーお兄様大好きですもの。毎回お兄様の取り合いになっていましたわ」

「……改めて考えたら、シルバー兄よく俺らに付き合ってくれたよな。俺だったら絶対嫌だわ」

「俺も」


 改めて思い返すと、私らお兄ちゃんに迷惑しかかけてない気がする。


 そんな状況で、よくあんな優しいお兄ちゃんが出来上がったもんだ。


「つまり、シルバーお兄様は人間的に素晴らしいということですわ!!」


 ……なんかヴィアちゃんがまとめちゃったけど、結局はそういうことなんだろうな。


「はぁ、それってつまり、シン様とシシリー様の育て方が良かったってこと?」


 デビーの言葉に、私は首を傾げる。


「んー、どうなんだろ? ママが言うにはお兄ちゃんを育てる上で苦労をかけられた記憶がないって言ってたよ」

「むしろ苦労はシャルがかけていましたわね」


 ヴィアちゃんが苦笑しながらそう言うと、デビーが「ああ!」と凄く納得した顔をした。


「面倒ばっかり起こすシャルがいたから、シルバーさんは面倒を見ないといけなかったんだ! だから優しくなったんじゃない!?」

「はあっ!? なによそれ!?」


 そんなわけないじゃん!


 お兄ちゃんが優しいのはそういう人だから!


 私が原因なんかじゃない!


 そう思っていたのに、周りは皆私を見て深く頷いていた。


「「「「「確かに」」」」」


 幼なじみズに加えてレティに、いつの間にかいたアリーシャちゃんまで肯いている。


「あ、あはは……」


 付き合いの短いラティナさんだけは苦笑していたけど、否定しないってことは内心では思ってるってことか……。


「まあ、本当かどうか分かりませんから、直接本人に聞いてみましょう。シャル、今日はお家に伺いますわね」

「別に良いけど、夜までいんの?」

「シルバーお兄様にお話を伺わなければいけませんので当然ですわ!!」


 ヴィアちゃんは力強くそう言うけど、それってただお兄ちゃんに会いたいからってだけじゃね?


 ジト目でヴィアちゃんを見ていると、ヴィアちゃんはニッコリと微笑んで言った。


「昨日は私のいないところで交流を図ったようですので……今日は私の番ですわ」


 ニッコリ笑っているはずなのに、ヴィアちゃんの笑顔がとても黒かった。


 王族の黒い笑み。


 超怖いです。

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