第35話 余計なこと
「はぁ……」
ウォルフォード家の車で留学生宿舎に送ってもらったラティナは、自室に戻るとベッドに横たわり溜め息を吐いた。
「なんか……シャルさんの家から帰ってきたら、いっつも溜め息吐いてる気がする……」
今日で二回目だが、前回も今回も部屋に帰るなり溜め息を吐いたのは事実である。
「それにしても……やっぱりシルバーさんと殿下って付き合ってなかったのかあ」
学院でのシャルたちの会話からそうだろうとは気付いていたが、本人の口から直接聞けたのは予期せぬ収穫だった。
しかし……。
「今は誰とも付き合うつもりはない……か」
恋人がいないだけでなく、恋人を作るつもりはないとも本人の口から聞いてしまった。
「……どうしよ」
ラティナはそう言って手で顔を覆った。
今、ラティナがアールスハイド高等魔法学院にいるのは留学のため。
期間限定なのだ。
シルベスタは「今は」と言った。
つまり、いつかは恋人を作る意思があるということだ。
しかし、ラティナはシルベスタがその気になるまでここにいられるかどうか分からない。
それに、お風呂上りの女子が四人(うち一人は妹だが)いたのに、シルベスタは一切情欲を浮かべた目でラティナたちを見なかった。
つまり、今のところラティナはシルベスタにとっての恋愛対象外ということ。
ここからどう攻めて行けばいいのか、正直分からなかった。
やっぱりやめようかな?
どうせ兄妹間でだけ話していたことだし、今諦めた方が自分へのダメージも小さくて済む。
……でもなぁ。
ラティナがベッドの上でのたうち回りながら悩んでいると、前回と同じく部屋の扉がノックされた。
「はい?」
「ラティナ、俺だ。今大丈夫か?」
「お兄ちゃん? 大丈夫だよ」
これまた全開と同じく兄がラティナの部屋を訪ねてきた。
着替え中でもないし、兄の入室を拒む理由のなかったラティナは兄を部屋に迎え入れた。
「ラティナ、今日が初めての治癒魔法の練習だったんだろ? どうだった!?」
部屋に入ってくるなり、兄は若干興奮気味にラティナに詰め寄った。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん。近い!」
「ああ、悪い。それで? どうだったんだ?」
ラティナの抗議を受けて少し離れた兄だったが、その興奮は治まらず、ラティナに質問を繰り返した。
「どうもなにも、今日は治癒魔法に必要な魔力制御の練習をしただけだよ」
ラティナの言葉に、兄は首を傾げた。
「今更? ラティナの魔力制御はヨーデンの学生の中では最上位の実力じゃないか。それでもダメなのか?」
兄の率直な疑問を受けて、ラティナは今日教わったことを兄に話した。
「なんか、魔力の制御が丁寧で綺麗だとは褒められたんだけど、治癒魔法を発動するには根本的に魔力量が足りないんだって」
そう伝えられた兄は、少し眉を顰めた。
「魔力量が足りないって……それって魔力量を増やすってことか? 危ないじゃないか」
自分と同じ感想を持った兄に、ラティナは苦笑した。
兄も、ちゃんと説明を理解していなかったのだと。
なのでラティナは、自分の腕に装着されている腕輪を兄に向かって掲げて見せた。
「これ、この国に来たときに渡された腕輪。この大陸にいる魔法使いは全員着けることが義務付けられてるって言われたやつ。これってなんの腕輪か知ってる?」
「なにって、説明受けたよ。魔力制御の補助をしてくれる腕輪だろ? 凄いよな」
やっぱり兄も自分と同じ認識なんだなとラティナは納得した。
確かに、兄の言う効果でも凄い魔道具だ。
そんな魔道具、ヨーデンでは見たことも聞いたこともない。
だが、これはもっとレベルが違う。
「これってさ、魔力制御の補助じゃなくて、暴走しそうになった魔力を暴走しないように治めてしまう魔道具なんだって。だから、限界値まで魔力を集めても決して魔力暴走はしないそうよ」
ラティナがそう言うと、兄は自分の腕にも装着されている腕輪を呆然とした表情で見つめた。
「え? は? そ、そんな魔道具が存在するのか?」
「実際存在してるじゃない」
「いや、まあ、そうなんだが……え? そんな魔道具を無償でくれたのか?」
「あー、全魔法使いに装着義務があるって話だし、この国では大した魔道具じゃないのかも?」
ラティナのその認識は実は間違っていて、この腕輪はシンが試行錯誤の末に開発したものであり、他の誰にも作れなかったもの。
開発者であるシンが利権を放棄し、魔力暴走による新たな魔人の発生を抑えることを優先した結果、材料費だけの負担で済んだので国が全魔法使いに配布したのだ。
もしこれに利権が絡んでくれば、一個あたり相当な金額になり、全魔法使いへの配布はできなかっただろう。
これは、シンがお金には困っておらず、むしろ社会に還元したいと思っていたからこそ実現したことなのだが、そういった経緯を知らないラティナには、この魔道具はアールスハイドではありふれたものなのだと認識してしまったのだった。
「そうか……このレベルの魔道具がありふれたものだなんて、やはりアールスハイドの技術力は凄いな。こんな国と友好的な関係が築けそうだなんて、我が国は幸運だ」
「友好的な関係か……ねえお兄ちゃん、やっぱりシルバーさんを籠絡してヨーデンに来てもらうって話、やっぱりやめにしない?」
今日の一件ですっかり自信をなくしていたラティナは、先日兄と話していたことについて、やっぱり止めようと持ちかけたのだが、兄は気まずそうな顔をして視線を逸らしてしまった。
「え? なに?」
兄の態度が気になったが、すぐに視線を戻して話し出したので気に留めなかった。
「実は、本国に救世主様とシルバー様の関係を話した」
「そうなんだ。でも、裏付けも確証もないのに大丈夫?」
「それは本国も理解している。憶測だけでもずいぶん興奮していた」
「へえ」
「それでな……」
「ん?」
また視線を逸らした。
そして、今度は視線を逸らしたまま、気まずそうに話し出した。
「……お前がシルバー様と恋仲になればヨーデンへ連れて帰れるかもしれないって話してしまった」
「……は?」
「スマン! 絶対成功しろとは言わない。だが、もう止めることはできなくなってしまった」
「……」
さっきまでは『もしそうなったらいいよね』くらいの話だったはずである。
やってみて、難しそうなのでやめよう、で済んだ話だった。はずだ。
それが、国に話してしまい、国が乗り気になってしまったら、それは兄妹間での話ではなく、国家戦略になってしまう。
つまり、成功すればいいが失敗すれば失望と共に無能の烙印を押されてしまうということに他ならない。
なぜ、自分から追い込まれるようなことをするのか。
怒りが頂点に達したラティナは、ついに叫んでしまった。
「なんてことしてくれてんのよ!? シルバーさんに全く脈がないからやっぱりやめようって思ってたのに!!」
ラティナの叫びを聞いた兄は、驚いて目を見開いていた。
「ラティナに全く靡かない!? え? だって、お前、ヨーデンじゃモテモテだったじゃないか!」
「シルバーさんは、本国にいた低俗な男どもとは違うのよ! お美しい聖女様に育てられて、誰が見ても超美少女な王女様から熱烈アプローチを受けてるのよ!? 私なんて歯牙にもかけられてないのよ!!」
兄は、ラティナが妹ながらに同年代の男子からよくモテているのを知っていた。
今まで何人もの男子から言い寄られているラティナが自分からアプローチをすればシルバーもすぐにラティナに好意を持つだろうと思っていた。
それが、歯牙にもかけられていない。
その事実をすぐには受け入れられなかった。
「え? まさか、そんな……」
信じられないと言った顔をしている兄を見て溜め息を吐いたラティナは、ガックリと肩を落としながら話し出した。
「本当よ。どんなに話しかけても、シルバーさんから向けられる視線は、あくまで妹の友達に対するものだったわ。視線も、一度も胸やお尻には向かなかった」
「……え? シルバー様って男の方が……?」
「多分違うと思う。それ、すごく失礼だから他では絶対言わないでよ」
「あ、ああ」
「もうやめようって思ってたのに……」
「……スマン。どうしよう? 本国には、シルバー様にはすでにお相手がいたってことにしようか?」
兄からの提案に、ラティナは少し考えた。
シルベスタが現在フリーなのは間違いない。
恋人を作らないのは事情があるようだった。
なら、今なら、まだチャンスはあるのではないだろうか?
「待って。本国には、シルバーさんは今のところ恋人を作るつもりがなくて難しい作戦になるってだけ伝えておいて。そうすれば、成功すれば御の字、失敗して当然の作戦になるから」
「そ、そうだな。明日にでもそう伝えるよ」
「一応……もう少し頑張ってみるよ」
諦めようかと思ったけど、シルベスタに恋人がいるから無理ですという報告をしようかと兄に言われたとき、ラティナの胸は締め付けられた。
こんなに好きになってしまっていたのかと、自分で驚いた。
そして、諦めてしまうことの方が辛いことに思えた。
駄目かもしれない。
でも、駄目じゃないかもしれない。
なら、最後まで足掻いてみよう。
そう考え直したラティナは、萎えかけていた心に再度鞭を入れ、奮い立たせた。
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