第34話 お風呂上りは恋バナ?

 恥ずかしがるラティナさんを連れてウォルフォード家の浴室に行く。


 この家はひいお爺ちゃんが王家から下賜された家で、元々浴室はあったそうなんだけど、パパと、実家が温泉街を収める貴族であるママがこだわって改修したのだそうだ。


 脱衣所に入った私たちは、早速服を脱いで全裸になる。


 ラティナさんだけはタオルを身体に巻いている。


「み、みなさん、本当に恥ずかしくないのですね……」


 タオルを巻いていてもなお恥ずかしそうなラティナさんが、タオルが解けないようにしっかりと押さえながら私たちを見て真っ赤になっている。


「同性同士ならそのうち慣れるよ」

「そうなんでしょうか……」

「そうそう。それじゃ入ろっか」


 私はラティナさんの手を引いて、浴室の扉を開けた。


「わ、わあ……すごい……」


 浴室を見たラティナさんは、さっきまで恥ずかしがっていたのも忘れ、目を輝かせて歓声を上げた。


「ねー、凄いよね。私も初めて見たときおんなじ反応したもん」

「私もです」


 そういえば、デビーとレティが初めてウチのお風呂に入ったときも同じように驚いていたな。


 このお風呂はウチの自慢でもあるので、驚いて称賛してくれるのが本当に嬉しいんだよね。


 自分が作ったんじゃないけど。


「こんなに広いと寒くなりそうなのに、常に温かいし」

「お湯も出っ放しだもんね」


 そう、ウチのお風呂はお湯かけ流し。


 ずっとお湯が出っ放しなのだ。


「そうなんですね……維持費、高そう……」


 ラティナさんのその台詞も、デビーとレティの二人と一緒だったので、二人が苦笑してる。


 思うことは同じなのね。


「それは大丈夫なんですよラティナさん。主人が給湯の魔道具を改良してくれたのでこのお湯は魔道具で作られているんです。ですから、お水代も燃料代もかかっていないんですよ」


 私たちのあとから入ってきたママがそう説明してくれているけど、三人には聞こえていないみたい。


 皆、ママの身体に釘付けだ。


「うわぁ……シシリー様、すごい……」

「きれい……」

「聖女様……いえ、これは聖母様と言うべきでは……」


 そういや、デビーとレティもママと一緒にお風呂に入るのは初めてだったっけ。


 三人ともママの裸体を見てウットリと目を蕩けさせている。


 ラティナさんは変なこと口走り始めた。


 まあ、そう言いたくなる気持ちは分かるけどね。


 ヴィアちゃんやラティナさんも女として羨ましくなるほどプロポーションがいいけど、ママはレベルが違う。


 おっぱいもお尻も大きいのにウェストはキュッて締まってるし、手足もスラっとしてる。


 ホントに二人も子供を産んだ三十代の女性なの? って、娘だけど思ってしまう。


 身内でもそう思うんだから、三人が見惚れちゃうのも無理ないよ。


「ふふ、ありがとうみなさん。ラティナさん、疑問は解消されましたか?」

「あ、はい! 魔道具だから大丈夫なんですね!」

「そういうことです。ですから、遠慮しないでジャブジャブお湯を使ってくださいね」

「はい、ありがとうございます」


 ラティナさんの返事にママは機嫌よく頷いている。


 まあ、実は一昔前ならこのお風呂は凄い贅沢なことだったんだけどね、


 なぜなら、この魔道具には魔石が使われている。


 だからずっと継続してお湯を出し続けていられるんだけど、私が生まれる前までは魔石って超貴重品でメッチャ値段が高かったらしい。


 それが、パパやオーグおじさんたちのお陰で東国クワンロンから格安で魔石を輸入することができるようになって安価になり、購入しやすくなった。


 なので、お風呂に魔石付きの魔道具を使うこともできるようになったそうだ。


 お湯が出っ放しなので浴室内はどんなに広くても常に温かいし、いつでもお風呂に入ることができるのだ。


 いつまでも話をしていてもしょうがないので身体を洗って埃を落とし湯舟に浸かると、身体のコリが解れていくような感じがした。


「んあぁぁぁ……」


 私が思わず声を漏らすと、皆がクスクスと笑った。


「ちょっとシャル、オジサンみたいだよ?」


 デビーがそう言いながら湯舟に入り、私の隣に腰かけた。


 するとデビーも「んー」と背伸びをしたあと体の力を抜いてグッタリした。


「あー、気持ちいー」

「ねー」

「あら? 今日はそんなに疲れたの?」


 私たち二人が揃ってグッタリしていると、ママが湯舟に入ってきた。


「んー、今日はいつもより集中したからかなぁ……ちょっと疲れたっぽい」

「私もです」


 今日の魔力制御の練習は、扱える魔力の量を増やすことより扱っている魔力を精密に制御することに意識を向けた。


 その結果、いつもより集中力を使ったみたいで疲れたみたい。


「あら、そうなのね。それはいいことだわ」

「なんで?」

「まだまだ貴女たちには伸びしろがあるということよ。成長する余地があるということなのだから、これからも頑張って練習しなさいね」

「はーい」


 そっか、疲れるってことはまだ習得できてないってことだから、それは成長の余地、伸びしろってことになるのか。


 上達してるんだかどうだか分かんなかったけど、やってることは無駄じゃなかったってことだね。


「だって。頑張ろうねデビー」

「え? あ、うん」


 そう言うデビーの顔はちょっと赤かった。


「? どうしたの? のぼせた?」

「え? あ、いや……」


 デビーは言葉を濁すと、私に耳打ちしてきた。


「……シシリー様の胸、赤くなってない?」

「え?」


 デビーの言葉でママの胸のあたりに赤い点のようなものがあるのに気付いた。


「あれ? ママ、ここ虫に刺された?」

「ちょっ!」

「え?」


 私が指摘したことでなんでかデビーが慌てた声をあげた。


 なんで? と思っていると、私の指摘を受けて自分の胸を確認したママの顔がどんどん赤くなっていった。


「あ! こ、これは!」

「だいじょーぶ? 痒くない?」

「だ、大丈夫ですよ! そ、それじゃあママは先に上がりますから、皆ゆっくりしてらっしゃいね!」


 真っ赤になったママは、湯舟から上がり、そのまま浴室から出て行ってしまった。


「ママ、どうしたんだろ?」


 私が首を傾げると、デビーだけじゃなくてレティとラティナさんの顔も赤くなっていた。


「え、シャル、アンタ、気付かなかったの?」

「なにが?」

「シシリー様のあれ……多分、キスマークですよ……」


 レティの言葉で、私の頭は一瞬真っ白になった。


「……は!?」

「わ、私も、多分そうだと思いました……」


 ラティナさんまで恥ずかしそうにそう言ってくる。


 え、ちょっと待って。


 と、いうことは、アレはパパとママが昨夜……。


「マ、ママーっ!?」


 娘とその友達になんてもの見せてくれてんのよおっ!!


 お陰で変な空気になっちゃったじゃない!


 いたたまれなくなった私たちは、結局すぐにお風呂から出た。


 着替えを済ませ、ママに文句を言ってやろうと勢い込んでリビングに入ると、そこには仕事から帰ってきたのかお兄ちゃんがいた。


「お、ただいまシャル」

「おかえりお兄ちゃん。ママは?」

「母さんなら、厨房の様子を見てくるって言ってたけど」

「……ママめ、逃げたな」

「なんの話?」

「……私らにはキツイ話」

「なにそれ?」

「……パパとママがいつもイチャイチャしてるって話」

「……ゴメン、聞かなかったことにして」

「おっけ」


 私と同じように、両親のイチャイチャしている姿に悩まされているお兄ちゃんはそれ以上の追求をやめてくれた。


 いやね、両親の仲がいいのは非常によろしいのですよ?


 ただ、目の前ですんなって話で。


 そういう痕跡も見せんなって話で。


 はぁ……やっぱママに文句言うのもやめとこ。


 結局パパとの惚気話を聞かされる羽目になりそうだし。


「あれ? シャル、もうお風呂入ったの?」

「え? ああ、今日は荒野行ったからね。埃っぽくなっちゃってさ」

「はは。それですぐお風呂入るとか、シャルも女の子だね」

「お風呂入んなくても女の子だよ! もう!」

「ははは、ゴメンゴメン」


 お兄ちゃんは謝りながら私の頭を撫でてくれた。


 こういう、私が拗ねちゃったときとかは頭を撫でて慰めたりしてくれるんだよね。


 そういうとき以外では滅多に触れてこなくなったけど。


「あ、シルバーさん。お帰りなさい」

「お帰りなさい」


 お兄ちゃんに頭を撫でられていると、デビーとレティもリビングに入ってきた。


「ただいまデボラさん、マーガレットさん。シャルと一緒にお風呂入ってたの?」

「はい。もう一人いますけどね」

「もう一人?」

「はい。この間来たラティナって覚えてますか?」

「ああ、ヨーデンからの留学生だよね」

「その子と一緒に……ちょっとラティナ、なに恥ずかしがってんのよ?」


 デビーはすでにラティナさんのことを呼び捨てにしている。


 距離を詰めるのがはえーよ。


「あ、お、お邪魔してます……」


 デビーに引きずられるようにリビングに入ってきたラティナさんは、お風呂上りということもあってかほんのり上気しており非情に妖艶な雰囲気を醸し出していた。


 ……。


 え、これ、男の人に見せてもいいの?


 メッチャ、エロくない!?


 ここにはお兄ちゃんがいるんだよ!?


 そう思って恐る恐るお兄ちゃんを見ると、お兄ちゃんはいつも通りの表情だった。


「ああ、いらっしゃいラティナさん。もしかして、今日から治癒魔法の練習?」

「あ、は、はい! そうです!」

「へえ、頑張ってね」

「は、はい! ありがとうございます!」

「じゃあ、僕は着替えてくるから。三人ともゆっくりしていって」


 お兄ちゃんはそう言うと、自分の部屋に着替えに行った。


「いやあ、相変わらずシルバーさん格好いいねえ」

「本当ですね」

「ん? なにデビー。先生からお兄ちゃんに鞍替えするの?」

「は、はあっ!? にゃにゃにゃ、にゃあっ!?」


 猫か?


 なんか急に「にゃ」しか言わなくなった。


「にゃ、にゃに言ってんの!? べ、別にせせせ、先生とか!?」

「へえ、なんでもないんだ?」

「そうなんだー」


 真っ赤になって否定するデビーが可愛くて、私とレティがニヤニヤしながらからかうと、デビーは真っ赤なまま俯いた。


「なんでも……なくない……」


 そう言うデビーが可愛くて、私たちは更にニヤニヤしてしまった。


「え? え? デビーさんって、先生が好きなんですか?」

「う……あの……一応内緒にしておいてもらえると……」

「もちろん! で、どの先生なんですか?」


 おお、ラティナさんもグイグイくるね。


 やっぱり、そういう話題が好きなお年頃ですか?


「そりゃあねえ」

「担任のミーニョ先生だよねえ?」

「……」


 レティにズバリ指摘されたデビーは、真っ赤な顔を両手で覆ってしまった。


「わあ! そうなんですね! 先生と生徒……禁断の恋ですね!」


 ……禁断の恋なのに、なんでそんなに嬉しそうなんだろうか?


「うう……だから、どうしていいのか分かんないのよ……」


 涙目になって私たちに縋るような視線を送ってくるけど、残念ながら私たちはそういうことに関しては戦力外だ。


「うーん、アドバイスしてあげたいけど……」

「私たちも恋愛経験値ゼロだからねえ……」

「え? そうなんですか?」


 デビーの恋愛相談には乗ってあげたいけど、そもそも恋愛経験値がゼロな私たちでは的確なアドバイスはしてあげられない。


 するとラティナさんは、すごく不思議そうな顔をして私たちを見ていた。


「シャルさんもレティさんも可愛いのに……そういう経験はないんですか?」


 う、痛いところを突いてくるなあ……。


「まあ、中等学院時代とか、告白されたことはあるよ?」

「「そうなの!?」」

「そうなんですか!?」


 デビーとレティは心底驚いたという顔で、ラティナさんはキラキラと目を輝かせてそう叫んだ。


 っていうか、デビーとレティは非道いな!


「でもさあ、名前も知らない、顔も見たことない人から「好きです」って言われてもさ、誰? ってなるじゃん」

「「「うんうん」」」

「翻って向こうはこっちのことどれだけ知ってんの? って感じでさ。そうなると、私のどこを好きになったの? って聞きたいのよ」


 私がそう言うと、デビーは「あー」って顔をした。


「そういえば、殿下がシャルは中等学院のころから問題ばっか起こしてたって言ってたわね」

「そんな問題ばっか起こしてねーわ! ……まあ、それはともかく、そんな私によ?  どういう想いで告白してきたの? って考えると、やっぱ私じゃなくて周りが好きなんじゃないの? って思う訳よ」

「……そうね。ウォルフォード家のお嬢さんで、殿下の幼馴染みで親友。シャルとお付き合いができれば、そういうのも全部手に入りますからね」


 私が言いたいことをレティが察してくれた。


「結局さあ、私のことなんか好きじゃないんだよ。実際断ったら「なんで断るんだ!」ってキレて襲ってきた奴いたし」

「はあっ!? そんな奴いんの!?」

「許せませんね!」


 デビーとレティは怒ってくれるけど、ラティナさんは冷静だった。


「シャルさんに襲い掛かるなんて……その人は無事だったんですか?」

「「……あ」」

「思いっきりぶっ飛ばしてやった。あと、パパにも告げ口して、ソイツの家との取引材料にしてもらった」

「「「うわ……」」」


 私が通ってたのは貴族と裕福な平民が通う中等学院だからね。


 生徒の親は貴族だったり大きな商会の子供とかだったから、パパに頼んで制裁をしてもらった。


 例え返り討ちにあったとしても、女に手をあげる奴なんて許せないから!


「まあ、そんなわけで、ウォルフォード家令嬢のシャルロットさんは何回か告白はされたことがあるのでした」


 私がそう言って締めくくると、三人は微妙な顔をしていた。


「私よりレティは?」

「はぇっ!?」


 この微妙な空気をなんとかしようと、もう一人の恋愛経験値ゼロ女に話題を振ったら、素っ頓狂な声をあげた。


「わ、私は、一回も告白なんてされたことないです……」

「えー? 嘘だあ。レティ、こんなに可愛いのに?」

「これはあれね。大人しい男子にモテてた口ね。大人しいから告白なんてできなかったのよ」

「ふえ!?」


 デビーの指摘に、また素っ頓狂な声をあげるレティ。


 もしかして、今までモテてたかもしれないの気付いてなかったな?


「あ、もしかしたら、この前絡んできた人たちも、レティさんがモテるのを知っていたから嫉妬してたんじゃないでしょうか?」

「「ああ! それはあるかも!!」」

「そうなの!?」


 でないと、あんなに敵意むき出しにはしないよねえ。


 もしかしたら、あの子たちの好きな男の子がレティのこと好きだったのかも。


 そんな話をしてキャッキャッしてると、着替えを終えたお兄ちゃんがリビングに入ってきた。


「あれ? なんの話をしてるの?」

「えー、恋バナ」

「え?」


 うーん、自分で言っといてなんだけど、これ恋バナか?


 ……まあ、いいか。


「シャルが恋バナって……え、ホントに?」


 お兄ちゃんの顔は、驚いているというより懐疑的な顔だった。


「なんで疑ってんのよ? 違うけど」

「あ、やっぱり?」

「私じゃなくてレティのよ」

「ちょっ!? なに言ってんのシャル!?」


 レティが抗議の声を上げるが、お兄ちゃんは妙に納得した顔だった。


「あー、マーガレットさんなら納得だね。モテたでしょ?」

「じぇ、じぇんじぇんでしゅ!!」

「ちょっとレティ。舌どうなんてんの?」


 噛み過ぎでしょ。


「え? そうなの? 意外だね」

「えっと、その……シルバーさんは、私がモテないことが意外、なんでしょうか?」


 おっと、その上目遣いはどうなのよレティ。


 あざとくない?


 でも、まあ……他の男たちならイチコロでやられそうな庇護欲を掻き立てるレティの上目遣いも、お兄ちゃんには効かないんだけどね……。


「そうだね。マーガレットさん可愛らしいから、モテてたと思うんだけどな」

「きゃ、きゃわ……」


 逆にカウンター喰らってるわ。


「あ、そうか。男の子たち、照れちゃって告白できなかったのかな?」

「あ、それ、私たちも同じ結論になったんですよ」


 お兄ちゃんはごく自然に私たちの会話に加わり、その後もデビーの恋愛相談とか私にはいつ彼氏ができるのか? そもそもそんな男がいるのか? などの余計なお世話だと言いたくなる話をしていたのだけど、あるときラティナさんがお兄ちゃんに踏み込んだ質問をした。


「あ、あの。シルバーさんは、その、こ、恋人とかいらっしゃらないのでしょうか?」


 その質問に、リビングに静寂が訪れた。


 私たちは妙な緊張感を抱いていたのだが、お兄ちゃんはラティナさんの質問に笑みを浮かべて答えた。


「今は仕事に慣れることで精一杯だからね。未熟者の自分が恋愛なんてしている暇はないかな」


 私は、お兄ちゃんの本心が聞けてちょっと安心した。


 もう誰かと付き合っているとか、誰とも付き合うつもりはないとか言われたらどうしようかと思っていたから。


 踏み込んだ質問にお兄ちゃんが答えてくれたからか、デビーがさらに追加の質問をした。


「じゃあ、学生時代とかどうだったんですか? シルバーさん、モテたでしょう?」

「はは。そんなことないよ? 実際、学生時代にも恋人はいなかった。だから、年齢イコール恋人いない歴継続中さ」


 私は知っていたけど、デビーたち三人には衝撃だったようで驚いて目を見開いている。


「一人も!? 一人もいなかったんですか!?」

「そうだよ。はは、恥ずかしいね」

「うそ……絶対告白とか一杯されてると思ったのに……」


 レティの言葉に、お兄ちゃんは恥ずかしそうに頭を掻いた。


「あー、一応言い訳しておくと、僕は学生時代いつも三人で行動していたんだけど、僕以外の二人が幼いころからの恋人同士でね。二人とも貴族だったから、そんな人たちと一緒にいた僕には近寄りがたかったんだと信じてるよ」


 お兄ちゃんは「たはは」といった感じで頭を掻いた。


 その二人なら知ってる、初等学院時代からのお兄ちゃんの親友で侯爵令息のアレンお兄さんと、伯爵令嬢のクレスタお姉さんだ。


 二人はいつも一緒でラブラブだった。


 そんな二人が一緒にいることを許していた……というか二人が懐いていたのがお兄ちゃんだ。


 そんな二人も高等魔法学院を卒業すると同時に結婚した。


 私たち家族も招待された結婚式は、ほんの数ヶ月前のことなので鮮明に覚えている。


 クレスタお姉さん、幸せそうだったなあ……。


「そ、それじゃあ……」

「あ、もうこんな時間だね。皆、そろそろ帰った方がいいよ。遅くなると親御さんや宿舎の責任者が心配するからね」


 なおも質問をしようとしたラティナさんの言葉に被るように、お兄ちゃんが皆に帰宅するように促した。


「あ、ホントだ。もうこんな時間!」

「わわ! 早く帰らないと!」

「そ、そうですね!」


 お兄ちゃんに言われてようやく時計を確認したのか、三人が慌てて帰り支度を始めた。


「それじゃあ気を付けて。遅くまで引き留めてしまってゴメンね」

「じゃあ、また明日ね!」


 私たちはそう言って、ウチの車で送られていく三人を見送った。


「はぁ、私もゲートの魔法を覚えられたら三人とも送っていくのに」

「シャルにゲートの魔法か……今は恐くて教えられないな」

「どういう意味!?」

「そういう意味。シャルがそんなの覚えたらどこに行くか分かんないでしょ?」

「……そんなことは……」

「言い淀んでる時点で駄目だよ」

「むぅ! じゃあお兄ちゃんが送ってあげればいいじゃない!」

「男の僕が年頃のお嬢さんを? 変な噂が立つよ」


 それもそうか。


 ある日突然、超イケメンに送られてきたと保護者が知ったら変な誤解をしそうだ。


「ママは……」

「向こうが卒倒するよ」


 ある日突然聖女様が娘を送ってきた……親御さんがひれ伏すな。


「面倒だけど、車で送るのが一番無難だね」

「ぶー」

「あはは。ゲートを覚えるならアルティメット・マジシャンズに入らないとね」


 お兄ちゃんは、私の頭を撫でながらリビングに戻っていった。


「すぐに入るよ!」

「学院卒業してからね」

「ぶーー!!」


 もー、お兄ちゃんめ!!


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