第33話 魔力制御

「ラティナさん。まずはラティナさんの魔力制御を見せてもらえるかしら?」

「はい!」


 翌日、授業が終わり今日は午前中だけ治療院に顔を出していたママから早速治癒魔法の手ほどきを受けるラティナさん。


 とはいえ、治癒魔法を教える前にラティナさんがどれくらいの魔力制御ができるのか確認しておく必要があるので、今はそれを調べているところ。


 攻撃魔法を放つわけではないので家でそれを行なっている。


 いつもはレティがママから治癒魔法を教わっている間は魔法練習場である荒野に行っていることが多いのだけど、今日はラティナさんの初めてのレッスンということで、皆でその様子を見守っている。


「うん。綺麗で精密な魔力制御ね」

「あ、ありがとうございます!」

「ただ……」

「?」

「今のままだと治癒魔法を最大限に活かすには魔力量が足りないので、もう少し制御できる魔力の量を増やすところから始めましょうか」

「あ……そう、なんですね」


 ママからの指摘に、少し怯えたように顔を伏せるラティナさん。


「? どうしたの?」


 その様子が気になったのだろう、ママがラティナさんに声をかけた。


「いえ、その、魔力は制御に失敗すると暴走しますよね? 私たちは、それを引き起こさないよう最小限の魔力で変成魔法を使えるように訓練するんです。なので、魔力量の増加訓練はしたことがなくて……」

「ああ、なるほど、制御できる上限を超えて魔力が暴走することを恐れているのね」

「……はい、その通りです」

「それなら心配いりませんよ」

「え?」


 ママの言葉に、虚を突かれた顔をするラティナさん。


 あれ? パパから説明を受けてないのかな?


 ママもそう思ったのか、ラティナさんの腕に装着されている腕輪を指し示した。


「ラティナさん。あなたが今している腕輪。ヨーデンの使者で魔法が使える人全員に配られましたよね?」

「あ、はい。これですか?」


 ラティナさんは、自分の腕に装備されている腕輪をママに見せた。


「これって、魔力制御の補助をしてくれるものですよね?」


 ああ、ラティナさん、ちょっと勘違いしちゃってる。


「その魔道具は魔力制御の補助をするものではありません。さっきラティナさんが言った、魔力制御の限界を超えたときに暴走するのを抑える魔道具なのです」

「ええ!? そ、そんな魔道具だったのですか!?」

「はい。その魔道具が開発されたことで魔力暴走による事故はなくなり、魔法の訓練が受けられる年齢制限が引き下げられたのです」

「そうなんですね……あ、なら、この魔道具がある限り暴走の心配はせず魔力制御の上限が伸ばせるのですね!」

「ええ、その通りです。なので、暴走の心配はせず、存分に魔力制御の練習をしてください」

「はい!」


 そうか、ヨーデンで放出系の魔法が廃れたのはこれも原因かもしれない。


 魔力暴走を恐れるあまり、上限を引き上げることをしていないんだ。


 そして、少ない魔力量でも発動する変成魔法が主流のヨーデンではそれでも問題なかったんだ。


「では、皆と一緒に練習しましょうか。シャル、行きますよ」

「はーい」


 ママがゲートを開いてくれたので、私たちはママの後に続いてゲートを潜った。


 なんでかっていうと、ラティナさん一人の魔力制御量を調べるだけなら家でも構わないんだけど、私たちは初等学院時代から魔力制御の練習をしているので結構多く魔力を集められる。


 私だけじゃなくて、幼馴染みたちも同様に。


 そんな私たちが何人か集まって家……というか街中で魔力制御の練習をすると、一箇所にとんでもない量の魔力が集まることになる。


 例の腕輪があるから暴走の心配はないんだけど、そんな大きな魔力が街中に出現すると王都で魔法を使える人が驚いてしまう。


 なんなら警備隊が集まってきちゃう。


 一人だったらそんなことないんだけどね。


 なので私たちの魔力制御練習は、周囲に民家も何もない荒野でするのが一番良いのだ。


 ちなみに、今日の同行者は私の他はデビーとレティだけ。


 ヴィアちゃんは王城で王女様のお勉強で、アリーシャちゃんはそのお共。


 男子はまたマックスの家に行ってる。


 さて、そんな訳でいつもの荒野に来たんだけど、ラティナさんにとってはゲートも荒野も初体験。


「す、凄い……話には聞いていましたけど、本当に転移の魔法なんですね」


 ゲートから出たラティナさんは、ゲートを潜ってすぐ荒野に出たことに驚きを隠せず、何度も荒野とゲートを見返していた。


「すごいでしょ? これ、アルティメット・マジシャンズの秘匿魔法だから、私も教えてもらってないんだ」

「そうなんですか。この前シルバーさんが使っていたので、高位の魔法使いなら皆使えるのかと思っていました」

「お兄ちゃんもアルティメット・マジシャンズの団員だよ? っていうか、教わったばっかのくせに、もう使いこなしてるとかズルいよね!」

「あはは、そこはズルいじゃなくてスゴいって言ってあげるところでは?」

「だって! お兄ちゃんばっかり先に進んでてズルいんだもん!」


 私だって魔王の称号を狙ってるのに!


 最大のライバルであるお兄ちゃんは、私の一歩も二歩も先に進んでる。


 これをズルいと言わずしてなんと言う!!


「お兄ちゃんのこと大好きなくせに、魔法のこととなると途端にライバル視するんですから」


 ママが呆れたように言うけど、こればっかりは譲れない!


「それとこれとは話が別だよ! お兄ちゃんのことは大好きだけど、魔法使いとしてはライバルなんだよ!」

「え?」

「ん?」


 私がお兄ちゃんのことを魔法使いのライバルとして再認識していると、なぜかラティナさんから疑問の声が上がった。


「え、あの、シャルさんとシルバーさんって血が繋がってないんですよね? その、大好きって……」


 ラティナさんは歯切れ悪くそんなことを言っているけど、これは私がずっと昔から言われていること。


 正直ウンザリする内容だけど、ラティナさんはそんなこと知らないので説明してあげる。


「それって、恋愛感情として好きなのか? ってこと? お兄ちゃんって、私が生まれたときから今までずっとお兄ちゃんなんだよ? お兄ちゃんはお兄ちゃんとしか見れないって」


 私がそう言うと、ラティナさんは明らかにホッとした顔をした。


「そうだったんですね。ごめんなさい、変なことを聞いてしまって」

「あー、別にいいよ。今までお兄ちゃんを狙う女どもに散々言われてきて慣れちゃったからさ」

「……重ね重ね、ごめんなさい」

「だから良いって」

「はいはい。おしゃべりはそのくらいにして、練習を始めますよ」


 いつまでも続きそうだったラティナさんの謝罪を、ママがいい感じに切ってくれて、私たちは魔法の練習を始めた。


 今日は、ここで初めて魔力制御の練習をするラティナさんのために、私たちも魔力制御の練習から始める。


 これは日課としてやることをパパたちから義務付けられているんだけど、やっぱり家じゃ周りに遠慮してしまって全力が出せないから、ここに来たときは全力でやるんだ。


「ふうぅぅぅ」

「むぅううう」

「はあぁぁぁ」


 デビーとレティも一緒に魔力制御の練習を始める。


 その集まった魔力を見て、ラティナさんが目を見開いているのが分かった。


「み、皆さん、凄いです……」


 驚いているラティナさんに、ママが微笑みながら声をかけた。


「ふふ、ラティナさんもすぐあれくらいはできるようになりますよ」

「え?」

「「「え?」」」


 ラティナさんだけじゃなくて、私たちまで驚いてしまい、折角集めた魔力が霧散してしまった。


「ちょ、ちょっとママ、どういうこと? こう見えても私、魔法の練習を始めた十歳の時から五年間魔力制御の練習をサボったことないんだよ?」


 五年かけてこれくらい集められるようになったのに、それにすぐ追いつけるなんてどういうことなのよ。


 納得がいかない私に、ママはなんてこもないように言った。


「ええ、確かにそうね。でも、それはラティナさんにも言えることよ?」

「……どういうこと?」

「ラティナさん。貴女も毎日魔力制御の練習をしていたのではありませんか?」

「あ、はい。それは当然です。魔力制御は毎日の日課でした」

「でしょうね。でなければ、あれほど精密な魔力制御はできない。雑なシャルよりよほど洗練された魔力制御でした。その土台があれば、制御魔力量の増加なんてすぐにできますよ」

「ざ、雑……!?」


 雑……雑だったのか、私……。


「ふっ……くっ」

「っ、デビー、笑っちゃダメだよ……」


 最近、実は笑い上戸なのでは? と疑っているデビーが必死に笑いを堪えていて、それを嗜めるレティも笑いが堪えられていない。


「シャルの魔法は、言ってみれば力押し。膨大な魔力を魔法に変換させて放つので派手で強力です。近い人で言うと、アリスさんに似ていますね」

「え? アリス叔母さん?」


 アリス叔母さんは、ママのお兄さんであるロイスおじちゃんの奥さん。


 つまり、私の叔母だ。


 子爵夫人であるアリス叔母さんは、お淑やかで優しくて大好きな叔母さんなのだ。


「昔はお転婆だったって聞いてたけど、本当だったんだ……」

「まあ、それも悪いことではないのですよ? 放たれる魔法の威力は十二分にありましたから。ただ、精度はそれほどではなかったのですよ」

「……パパは?」


 アリス叔母さんのことは好きだし、似てると言われて悪い気はしないけど、どうせならパパに似てるって言って欲しかったな。


「パパはどんなタイプなの?」


 私がそう訊ねると、ママは本当に嬉しそうな顔で語り始めた。


「パパの魔力制御は凄いですよ? 私はいまだにパパの本気の魔力制御を見たことがありません。それでも、大気や地面が震えるほどの魔力を集めることができます。それでいてラティナさんのものよりも精密な制御を行うの」

「……つまり、私とラティナさんを足した感じ?」

「タイプとしてはそうですよ。それを何十倍にもした感じね」


 マジか。


「パパの本当に凄いところはそういうところです。膨大な魔力を制御しながらも、その制御は精密そのもの。だから、パパはなんでもできるのですよ?」


 そう言うママの顔は、本当にパパのことが大好きでたまらないというウットリとした顔をしていた。


 ……まあ、両親の仲が良いのは結構なことなんだけど、こうして目の前で蕩けた顔をされるのは娘としては正直キツイ。


 っていうか、よく子供が私たちだけで済んでるよね。


 もっと多くても良さそうなのに、弟のショーン以降二人の間に子供はいない。


 まだ三十半ばだし、ショーンを産んだときにママの身体になにかあったのだろうか?


 ……いや、二人の間にそういう悲壮な雰囲気はないし、いまだに所構わずイチャイチャしてることを考えると、そういう家族計画的な道具でもあるんだろうか?


 ……やめよ。両親のそういうことを考えると気分が萎えてきちゃう。


「はぁ……シン君に会いたくなってきました……ふふ……今日はいっぱい甘えよう……」


 ……。


 き、聞こえなかった!


 私はママの小声の呟きなんてきこえなかったんだから!!


 両親のアレなところ……もう普段の様子から簡単に想像できるけど、娘としては一番したくない想像を掻き消すように練習に没頭した。


 ……んだけど。


「あら? どうしたのシャル。今日はいつもより調子が悪いわね。体調でも悪いの?」


 雑念が入っているからか、いつもより魔力制御の調子が悪い私を見て、ママが近寄ってきた。


 いや、ママが原因なんだよ……。


「うーん……特に身体に異常はないわね。なにか悩みでもあるの?」


 私の身体を診察用の魔法で調べたママは、心配そうな顔をして私の顔を覗き込んだ。


 いつも私には厳しいママだけど、基本優しいんだよね。


 今も本当に心配そうな顔をして私の様子を伺っている。


「あ、いや、ほら、私の魔力制御が雑って言われたからさ、綺麗に制御してみようとしたらうまくいかなくって……」


 私がそう言うと、ママは安堵の溜め息を吐いた。


「そういうことだったのね。よかった。まあ、そういう目的意識があるのは良いことですよ」


 ママはそう言うと、サラッと私の頭を撫でてからラティナさんの方を向いた。


 すると、そこではラティナさんが目を見開いて私たちを見ていた。


 ん? なに?


「シ、シシリー様! 今のが治癒魔法なのですか!?」

「いえ、今のは身体に異常がないかどうかを調べただけですよ」

「そ、そうなのですか」


 ラティナさんはそう言うと、難しい顔をして俯いてしまった。


 その顔が落ち込んでいるように見えたので、私は慌てて声を掛けた。


「どうしたの? ラティナさん」

「いえ……治癒魔法でない魔法でもあれだけの魔力量がいるとなると……治癒魔法に必要な魔力量は一体どれくらいになるんだろうって思って……はぁ、道は長そうですね」


 ラティナさんがそう言ったので、私とママは思わず顔を見合わせてしまった。


 あー、ラティナさんは知らなくて当然か。


 誤解で暗くなっているラティナさんに、私は真実を教えてあげた。


「さっきのママの魔法ってさ、実はあんまり使える人がいないんだよ」

「? でも、身体を調べるんですよね? そうしないと治癒魔法が使えないのでは?」

「そんなことありませんよ。私がこの魔法をシン君から教わったのはある程度治癒魔法が使えるようになってからですし」


 ママの言葉で、ラティナさんはちょっと混乱したようだ。


「え、でも、治療するときって身体を調べてから治療しますよね?」

「当然そうです。この魔法を覚える前は、触診や問診で診察していたんです。これはヨーデンでも一緒では?」

「はい」

「その診察が、先ほどの魔法を使うことで短時間で正確にできるようになった。そんな魔法が簡単であるはずがありません」

「それは……はい」

「正直、この国の治癒魔法士でも、この魔法が使える人はまだ多くはありません。それほど難しい魔法なのです」

「私も、治癒魔法は使えるけどこの魔法は使えないよ」

「シャルは先ほどの精密な魔力制御の練習を続けなさい。そうすればいずれ使えるようになりますよ」

「ホント!?」


 マジか!? いくら練習しても使えないから才能がないのかと思ってたよ。


「ええ。ですからラティナさん。先ほどの魔法は治癒魔法ではないけれど高度な魔法です。そう難しく考える必要はないんですよ」

「そうなんですね。分かりました、教えてくれてありがとうございます」

「では、引き続き魔力制御の練習を続けましょう」

「はい!」


 こうして、今日はずっと魔力制御の練習に没頭した。


 私も、ラティナさんみたいに精密な魔力制御ができればさっきの魔法が使えるかもしれないと分かったので、真剣に練習した。


 ……上手くなってるんだろうか?


 イマイチ実感がわかないまま日が落ちてきたので今日の練習は終了になった。


「はい、今日はここまでにしましょう」


 ママの合図で今日の練習は終了。


 家に帰ってきた。


「ふぅ、やっぱりあそこにいくと埃っぽくなりますね。皆さん、お風呂に行って埃を落としましょうか」

「「「はーい」」」


 私たちは返事をするとママの後についてお風呂場に向かう。


「え? み、皆さん一緒にですか?」


 ラティナさんだけは戸惑ってついてこない。


「ウチのお風呂広いから大丈夫だよ? ほら、ラティナさんも一緒に行こ」


 そう言ってラティナさんの手を引いてお風呂場に向かう。


「え? え? ちょ、ちょっと待ってください!」


 ラティナさんが必死に叫ぶので、私は足を止めた。


「? どうしたの?」

「ど、どうしたのって……皆さんは平気なんですか? お風呂って、は、裸になりますよね?」

「そりゃそうだよ」

「その……恥ずかしくないんですか?」

「え? 女同士だし別に」

「そ、そうなんですか……」


 これがお兄ちゃんとかショーンとかと一緒にってなると全力で拒否するけど、女同士じゃん。


 なんでラティナさんが抵抗しているのか分からず首を傾げていると、ママがなにかに気付いた。


「ああ、もしかしてヨーデンには入浴の文化はありませんでしたか?」

「はい。こちらの宿舎に来てビックリしました。温かいお湯が出る魔道具なんてヨーデンにはありませんから」

「え? じゃあ、お風呂はどうしてたの?」

「お湯を沸かして、タオルで身体を拭いていました」

「へえ、そうなんだ」

「はい。なので、女性同士とはいえ裸を見せ合うのはちょっと……」


 そういう文化じゃないと、同性同士でも裸を見せる、見られるっていうのは抵抗があるもんなんだなあ。


 じゃあしょうがないか、と思っていたのだが、ママはニコヤカに言った。


「そうなんですね。でも、今日は一緒に入りましょう」

「え、ええ!?」

「ママ? ラティナさん恥ずかしがってるんだから、別々に入った方がいいんじゃない?」

「でも、ウチのお風呂と宿舎のお風呂では設備が違うから、最初は教えないといけないの。シャルも、ウチのお風呂とママの実家の温泉とで設備が違ってるの知ってるでしょ?」

「あー、そっか。それは確かに教えてあげないとダメかも」


 ママの実家であるクロード子爵家が治める街は温泉街だ。


 当然領主館であるママの実家にも温泉が引いてあって、ウチより大きい大浴場がある。


 初めて行ったときはママに色々教わりながら入ったっけ。


「ええ。なのでラティナさん。恥ずかしいでしょうけど、今日だけは一緒に入ってもらえないかしら? タオルで身体を隠せばいいから。ね?」

「は、はい……分かりました」


 ママの説得で、ラティナさんは非常に恥ずかしそうにしながらもうなずいてくれた。


 よし、じゃあ、皆でお風呂だ!


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