第32話 変化の兆し?
「う、ふふ、うふふふふ」
「気持ち悪いよヴィアちゃん」
朝、教室に行くと、気持ち悪い笑い方をしているヴィアちゃんと、それを見て呆れた顔をしているアリーシャちゃんがいた。
「おはよアリーシャちゃん。ヴィアちゃん、どうしたの?」
「おはようございますシャルロットさん。どうしたもこうしたも……昨夜の余韻を引き摺っているだけですわ」
「あぁ……」
昨夜、レティの元同級生に絡まれたことを心配したお兄ちゃんが、ヴィアちゃんの頭を撫でながら「こんなに可愛いんだから」と抜かしやがった。
これは! ついにお兄ちゃんがヴィアちゃんへの愛情アピールを始めたのか!? と私たちはザワついたのだが……。
結局、そのあとのお兄ちゃんはいつもの対応で、ドギマギしたりも顔を赤らめたりすることもせず淡々とした態度を崩さなかった。
あぁ……これは、ただ客観的事実を述べただけだな、と私たちは気付いたのだが、ヴィアちゃんはあれからずっと夢の国へ行っており、お兄ちゃんのそういった態度は目に入っていない様子だった。
「うふふふふ」
「……あー、アリーシャちゃん、折角夢見心地でいるんだし、そっとしておいてあげよう」
「……よろしいんですの?」
王女様が、あんな気持ち悪い状態になっているのにいいのか? という視線をアリーシャちゃんが向けてくるけど、いいじゃないか。
「少しくらい、夢を見させてあげてもいいと思うんだ……」
私は、完全な善意からそう言ったのだけど、アリーシャちゃんは溜め息を吐きながら首を横に振った。
「後から進展していないことを知るより、早めに現実を見せてあげた方がよろしいと思いますけどね」
うーん、確かに……?
え? あれ? ちょっと待って?
「ねえ、アリーシャちゃん」
私は内緒話をするためにアリーシャちゃんに顔を近付けた。
アリーシャちゃんも私の行動に付き合って顔を近付けてくる。
「なんですか?」
「昨日のアレ、お兄ちゃん、今まであんなことしなかったよね?」
「……そうですか? 割と日常的にやってらっしゃった記憶があるのですけど?」
「あー、子供の時は置いといて。中等学院……っていうか、私たちの身体が大きくなってきてからあんまり接触して来なくなったと思わない?」
「そう言われてみれば……確かに」
中等学院に入る頃くらいから私たち女子の身体は成長期に入り、身長だけでなく色んなところが成長し始めた。
すると、お兄ちゃんは私たち女子に接触するのを避けるようになった。
こちらから接触する分には拒絶されたりすることはなかったけど、自分からは不用意に私たちに触れようとして来なくなった。
……ということに、私とアリーシャちゃんは今更気が付いた。
「思い込みって怖いね。今まで全然気付かなかったよ」
「ですわね……というか、殿下がずっと変わらずにシルバーさんに抱き付いていたから全く疑問に思いませんでしたわ」
「そうだね。で、お兄ちゃんからってのは無かった……なのに、昨日の一件」
私がそこまで言うと、アリーシャちゃんはハッと目を見開いた。
「ま、まさか。本当に、殿下の努力が報われだしている?」
「かもしれないよね?」
私とアリーシャちゃんは、幸せそうに昨日のことを思い出してトリップしているヴィアちゃんを見た。
……まあ、うん。
王女様がしちゃいけない顔してる気がするけど、幸せそうだから良しとしよう。
「このまま、上手くいくといいね……」
「ですわね……」
今までのヴィアちゃんの努力をずっと側で見て、時には泣きながら相談されていた身としては、是非ともヴィアちゃんとお兄ちゃんにはうまくいってほしい。
そう思いながらヴィアちゃんを見ていた。
「なんの話ですか?」
「「わあっ!」」
私とアリーシャちゃんは、ヴィアちゃんの方に意識を向けていたから、背後から近付いてきていたラティナさんに気付かなかった。
「す、すみません、驚かせてしまって……」
「あ、ああ、いや! 大丈夫、大丈夫!」
「え、ええ、気になさらないでくださいませ」
驚かせてしまった私たちに対し、申し訳なさそうな顔をするラティナさん。
これは、ヴィアちゃんを見て物思いに耽っていた私たちが悪いんだから、ラティナさんが謝る必要なんてない。
「改めて、おはようラティナさん」
「おはようございます」
「はい、おはようございます。それで、あの……」
気を取り直して挨拶をやり直すと、ラティナさんの視線は、絶賛トリップ中のヴィアちゃんに向けられた。
「殿下、どうされたんですか?」
「え? ああ、大丈夫。よくある病気だから」
私が冗談めかしてそう言うと、ラティナさんは驚愕に目を見開いた。
「で、殿下、ご病気なんですか!?」
わお、冗談が通じないよ。
「あはは、違う違う、癖? って言うか性癖? のこと。だから大丈夫だよ」
「ああ。そうだったんですか」
そう言って、改めてヴィアちゃんを見るラティナさん。
「……殿下、ああなる癖があるんですね……」
ヴィアちゃんを見るラティナさんの顔は、非常に残念なものを見る目をしている。
王族がいない社会からきて、物語でしか見たことがない王女様が、実際はあんなだったら、そりゃ幻滅するよねえ。
ということで、とりあえずその元凶を現実世界に呼び戻そう。
「てい」
「あいた」
テコテコとヴィアちゃんに近付いた私は、ヴィアちゃんの頭にチョップをかました。
そんなに強くないけど、ヴィアちゃんを現実に引き戻すには十分だったようだ。
「折角良い思い出に浸っておりましたのに、なにするんですの? シャル」
「そりゃゴメン。でも、皆教室に揃ってきてるから、そろそろトリップするのはやめた方がいいんじゃない?」
私がそう言うと、ヴィアちゃんは周りを見渡した。
するとそこには、呆れ顔で見ているマックスと、眠いのかフラフラしているレイン。
見てはいけないものを見てしまったと、顔を赤くして視線を外すハリー君とデビット君。
興味津々で見ているデビーとレティがいた。
そういったクラスメイトを認識したヴィアちゃんは「ポッ」と頬を赤らめた。
「まあ、オホホ。はしたないところをお見せしてしまいましたわ」
おぅ、こんな皆の前で醜態を晒していたのに、ちょっと照れるだけで何事も無かったかのように振る舞うとは……さすが王族、凄い面の皮が厚い。
おっと、そんなことより重要な案件があったんだった。
「あ、ラティナさん」
「はい?」
「例の治癒魔法の練習さ、明日からで大丈夫? 今日はママ、治療院に行く日なんだ」
「はい、シシリー先生のご都合にお任せします。私は学生ですから、基本的に時間は空いてますし」
「そう? 良かった。じゃあ明日から練習開始なんで心の準備しといてね」
「分かりました! ありがとうございます!」
ラティナさんは治癒魔法のレッスンが受けられるのが相当嬉しいのか、満面の笑みで答えてくれた。
うーん、可愛いなあ。
だからこそ、さっきの私とアリーシャちゃんの会話の内容は教えられない。
ラティナさんがお兄ちゃんに心を奪われていたのは、手に取るように分かった。
なんせ、お兄ちゃんに恋しちゃう女の子、今までたくさん見てきたもんで。
なので、ヴィアちゃんとお兄ちゃんがまだ恋人同士ではないということは伏せておかないと、ラティナさんがお兄ちゃんにアプローチをかけちゃうかもしれない。
幸い、昨日の様子では二人は恋人同士なんだと思ってくれているようなので、あえてその誤解を解かないようにしないと。
……うーん、嘘ついて騙しているのは正直心苦しいけど、姉妹同然に育ったヴィアちゃんだから、私はヴィアちゃんに味方する。
だから、私はラティナさんの治癒魔法習得に、全力で力を貸すよ。
そうすれば、罪悪感も減るだろうから。
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自分の席に座り授業を受け始めたラティナだったが、正直少し授業に身が入っていなかった。
なぜなら、先ほどのシャルロットとアリーシャの会話が、実は聞こえていたから。
その言葉を信じるのなら、オクタヴィアとシルベスタは恋人同士ではないということになってしまう。
あんなにイチャイチャしていたのに? と思うが、二人に一番近しい人物であるシャルロットが言うのである。間違いないのだろう。
「もしかして……もしかして、私にもチャンスがある?」
昨晩は、あまりに困難なミッションに心が折れかけたが、二人が恋人同士でないなら希望はある。
もしかしたら、シルベスタと共にヨーデンで生きていく道があるのかもしれないと、思わず将来の甘い夢に浸ってしまうラティナであった。
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