第30話 初めての接近遭遇と警戒行動

「ああ、ひょっとして、ヨーデンからの留学生? 初めまして、シャルロットの兄のシルベスタです。皆からはシルバーって呼ばれてるよ」


 お兄ちゃんがニコヤカに挨拶をしながらラティナさんに手を伸ばす。


 そのラティナさんは……。


「えぁ!? は、はい! そうです! 留学生のラティナ=カサールと言います!」


 真っ赤な顔をして、噛み噛みな挨拶をしながら差し出したお兄ちゃんの右手を両手でしっかりと掴んだ。


 そんな緊張でガチガチなラティナさんと違ってお兄ちゃんは余裕綽々だ。


「はは、そんなに緊張しなくてもいいよ。妹の同級生なんだから、もっと気楽にね」

「は、はい!」


 そう言ってお兄ちゃんの顔を見るラティナさんの顔は………


 ああ、やば、恋する乙女の顔してる。


 そうなると、お兄ちゃんにひっついている………


「ひっ!」


 お兄ちゃんに抱きついているヴィアちゃんの顔が、お芝居で見る無表情の仮面みたいな顔になってる!!


「ヴィ、ヴィアちゃ……」

「シルバーお兄様、今日はどんなことをされましたの?」


 ヴィアちゃんを落ち着かせようと思って声をかけようとしたら、さらに体を密着させてお兄ちゃんに話しかけた。


 うわあ……めっちゃラティナさんを警戒してお兄ちゃんにアピールしてる。


 その警戒されたラティナさんはというと、思い切り目を見開いている。


 そりゃそうだ。


 お兄ちゃんの前だと「誰!?」って言いたくなるくらい、ヴィアちゃんの態度が変わるからね。


 まさか、王女様が男の人に抱きつくなんて思いもしなかっただろうし。


 そんなラティナさんは目に入っていないのか、お兄ちゃんはヴィアちゃんとの話を進めていた。


「え? ああ、今は魔法士団に出向していてね。警備隊の人たちと一緒に街の警備に当たってるんだよ」


 お兄ちゃんは高等魔法学院を卒業後、パパが代表を務めるアルティメット・マジシャンズという、市民から高難易度の依頼を受けて処理する魔法士集団に所属している。


 魔物ハンターでも処理できる依頼はハンター協会に回るようになってる。


 そのハンター協会では処理できないような依頼を処理するので、まず第一に求められるのが高い実力。


 縁故は一切通用しない。


 確かに代表はパパだけど、お兄ちゃんも厳しい入団試験を受け合格したから入団できたのだ。


 どれくらい厳しいかと言うと、受験者は世界各国の高等魔法学院から集まってくるけど、合格者は各国一人いるかいないか。


 何年も続けて合格者が出ていない学院もある。


 そんな魔法士集団に入団したお兄ちゃんだが、まだ入団数ヶ月で現場に出れるような実力は無いと判断され、実戦で活躍できるように現在研修中。


 専用に建てられた魔法練習場で先輩たちから魔法の指導を受けたりしている。


 その研修の一環なのか、今は魔法士団に出向して一緒に業務を行っているそうなのだ。


 話に聞いているだけだから、実際どんなことをしているのかは私も知らないんだけどね。


 業務上の守秘義務があるとかなんとかで。


「そういえば、今日ヴィアちゃんたちの護衛に当たってた人たちがヒヤッとしたって言ってたよ。なんか、街中でどこかの女子校等学院生に絡まれたんだって? 大丈夫?」

「ふふ、心配してくれているのですね。大丈夫です、普通の学生のようでしたし、シャルもマックスたちもいましたから」


 どうやら、レティの元同級生に絡まれたのを護衛の人たちから聞いたらしい。


 ちなみに、ヴィアちゃんの護衛は騎士団や魔法士団の人たちが合同で担っている。


 魔法士団の人が索敵、騎士団がいざというときに取り押さえる役目なんだそうだ。


「すみませんシルバーさん。絡んできたのは私の元同級生で、彼女たちの目当ては私だったので、殿下には危険はありませんでしたから」

「そう。でも、気をつけないといけないよ? ヴィアちゃんは王女様で、こんなに可愛いんだから」


 お兄ちゃんはそう言うと、ヴィアちゃんの頭を撫でた。


 ……これで付き合ってないってどういうことよ。


 頭を撫でられたヴィアちゃんの顔は………


「にゅ、にゅふふふ……」


 うわあ……王女様がしちゃいけない蕩けた顔してるよ。


 弟のノヴァ君がドン引きしてるぞ。


「……あ」


 そして、さっき恋する乙女の顔をしていたラティナさんだが、ヴィアちゃんとお兄ちゃんのやり取りを見て察したのか、ちょっと寂しそうな……残念そうな顔をしている。


 ……一目惚れしたと思ったら、相手がすでにいました。


 ふ、不憫だ……。


「それで、父さんに確認しないといけないことって?」


 ヴィアちゃんを蕩けさせていることに気付いていないのか、お兄ちゃんは普通のトーンで話を進め出した。


 ……ヴィアちゃんも不憫だ……。


「ああ、それはね……」


 ママがお兄ちゃんに説明しようとしたとき、リビングにもう一つゲートが開いた。


「ただいまー」


 そう言いながらゲートから出てきたのはパパだ。


「おかえりなさいシン君」

「ただいまシシリー」


 ゲートから出てきたパパを真っ先に出迎えたのは当然ママで、それに応えたパパは物凄く自然な流れでママとキスした。


 それを見た私たち三兄妹はゲンナリした顔をして、それ以外は気まずそうな顔をしている。


 ラティナさんは、目を見開いて真っ赤だ。


 今日は、ラティナさんがよく赤くなる日だな。


 それより……。


「……パパ、ママ、私たち全員いるんだけど……」


 子供の前でイチャつかないでよ、本当に……。


 幼い頃はこれが普通だと思ってたけど、いまだにラブラブなのって子供的にキツイのよ!


「ん? お、なんだ皆、まだいたのか。もうとっくに日が暮れてるぞ?」

「連絡してありますから、大丈夫ですわおじさま」

「そうなの?」

「はい。なので、おばさま」

「ええ。あのねシン君、シャルが留学生の子とお友達になって家に連れてきたのだけど」

「え、そうなの?」


 ママの言葉を聞いて、パパは私たちのことを見渡した。


 結構な人数がいるから、すぐに分からなかったんだろう。


 ラティナさんを見つけると、そこで視線が止まった。


「ああ、えっと君は確か……」

「はい、ラティナ=カサールです! お久し振りですシン様」

「そうだ、カサールさんの妹さんだ。シャルと友達になってくれたんだね。ありがとう」

「いえ、こちらこそ。シャルさんには初日からお世話になってしまって」

「いやいや、そもそもシャルはラティナさんのお世話係だからね。世話を焼くのは当然だよ」


 学院で聞いていた通り、パパとラティナさんは顔見知りらしく、特に緊張せずに話をしていた。


「それでね、ラティナさんは治癒魔法を習いたいらしいのだけど、もしかしたら誰になんの魔法を教えるのか決まっているのかもしれないと思って、シン君が帰ってくるまで待ってもらっていたんです」

「そうだったのか。いいよ。使節団からは、攻撃魔法は向こうの大陸で忌避されてるから教えないでくれってことだけで、治癒魔法については何も言われてないから」

「そうなんですね。良かった。ヨーデンでは治癒魔法が失伝していると聞いたので教えてあげたかったんです」


 そういうママの顔は慈愛に満ち溢れていて、まさに『聖母』って感じの笑みを浮かべていた。


「そういうわけで、許可が出ましたのでラティナさんにも治癒魔法を教えますね」

「は、はい! ありがとうございます!!」


 切望していた治癒魔法を教えてもらえるということで、ラティナさんは深々と頭を下げてお礼を言っていた。


 一緒に聞いていたレティが「良かったね! 一緒に頑張ろうね!」とラティナさんと喜びを分かち合っていて、私たちはそれを微笑ましく見守っていた。


 すると、同じく二人を見守っていたパパが、何かに気付いたように声をあげた。


「っていうか、これくらいの内容だったら無線通信機で連絡してくれれば良かったのに」

「あ」


 そういえばそうだった。


 パパの仕事中は、よっぽどの緊急でないとかけちゃいけないっていう意識があったから、全然思い浮かばなかった。


 すると、ママが溜め息を吐いた。


「シャルが、パパを待とうって先走ってしまって……宿舎にも連絡してしまったものだから待たざるを得なかったんですよ」


 ママからの密告を受けたパパは、私を見ながら苦笑していた。


「まあ、友達のために行動できるのはいいことじゃない?」

「それはそうですけど、一度立ち止まって考えて欲しいんですよ……もう、本当にこういうところはシン君そっくりなんですから」

「はは、女の子は父親に似るって言うし? そんなもんじゃない?」

「そうだよママ」

「それは容姿の話です」

「「そうだっけ?」」

「まったくもう」


 ママの呆れた声を聞いた皆の笑い声がリビングに響いていた。


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