第28話 レティの憂い

『卑怯者レティ』


 目の前にいるこの女は、レティのことをそう呼んだ。


 言っとくけど、レティは卑怯者などでは断じてない。


 それは、まだ数ヶ月の付き合いである私にだって凄く良くわかる。


 それなのに、レティのことをそう呼ぶってことは……。


(レティ。もしかして、この子らがレティと一緒に受験したって子?)


 私が小声でそう聞くと、レティは小さく頷いた。


 あー、こいつらかあ。


 レティだけ高等魔法学院に合格したから、それを妬んで周囲にレティを貶めるような噂を広げてる奴は。


 その三人は、私たちを見るとニヤッとイヤラシイ笑みを浮かべた。


「アンタたち、この子の友達? 気をつけたほうがいいわよ? この子、人を裏切るのが得意だから」


 ニヤニヤしながらそう言うリーダー格の女。


 その言葉に対して、レティは俯いて唇を噛み締めている。


 言ってることはただの誹謗中傷なのに、高等魔法学院で授業を受けているレティナらこんな奴らに負けないのに、なんで言い返さないの?


 そう、ちょっと不満に思ってしまったけど……レティはあまり気の強い子ではないし、強く言われたら萎縮してしまうし、人と争うことが苦手なんだろう。


 なら、ここは私がレティを守ってやらないと!


 と前に出ようとすると、三人がさらにレティを貶めてきた。


「自分は神学校に行きたいなんて言って私たちを油断させておいて、自分はちゃっかり他の魔法の勉強もしてたりねえ」

「ねえ、すっかり騙されちゃった」

「卑怯よねえ」


 そう言ってレティのことを貶めようとしている三人だけど……正直、私はコイツらがなにを言っているのかサッパリ分からない。


「ねえ」


 私が三人に声をかけると、女たちはこちらを見た。


「アンタたち、なに言ってんの?」


 心底不思議そうな顔をしてそう言ってやると、三人は顔を歪めた。


 うわ、凄いブサイク。


「はあ!? アタシらはアンタらに忠告してやってんでしょうが!」

「なによ! 生意気ね!」

「高等魔法学院生だからって偉そうにすんじゃないわよ!」


 三人は口々にそう言うけど……ええ? 偉そうに言ったかな? 私。


 っていうか……。


「今のどの辺が忠告になってるのか分かんないんだけど?」


 私がそう言うと、今度は馬鹿にしたような顔になった。


「なによ。高等魔法学院生って言っても、頭の悪い子もいるのね」

「あれじゃない? 魔力ゴリ押しの脳筋タイプ」

「キャハハ! 魔法使いなのに脳筋て!」


 よくもまあ、次から次へと悪口が出てくるもんだな。


「頭の良し悪しについては、アンタたちに言われたくないわね」


 あ、また顔が歪んだ。


 煽り耐性低いな、コイツら。


「そもそもさ、レティが神学校以外の勉強をしてて、それをアンタたちが知らなかったとして……それがアンタたちの受験の合否になんか関係あんの?」

「「「!!」」」


 おお、今度は苦虫を噛み潰したような顔に歪んだぞ。


 顔を歪めるレパートリー、多いな。


「アンタたちが落ちたのは、アンタたちの努力不足であって、レティには一ミリも関係ないじゃない」


 ますます顔が歪んでいく三人。


 こっちは皆関心がないような顔をしているけど、デビーだけは笑わないように奥歯を噛み締めてプルプルしている。


 そういや、デビーも地元の人間に虐げられてたんだっけ。


 そして、とうとう我慢の限界に達したのか、思いっきり「ブハッ!」っと吹き出した。


「あー、ダッサ!! 自分の実力不足を棚にあげた、ただの八つ当たりじゃん!! アンタたち、ダサすぎ!!」


 そう言って爆笑するデビー。


 そういえば、レティが一緒に受験した同級生に、あることないこと吹聴されてるって聞かされたとき、そいつらぶっ飛ばしてやる! って息巻いてたっけ。


 あーあー、デビー、完全に煽りにきてるわこれ。


 煽られた三人は今にも激昂しそうで……。


「うるさいっ!! アンタたちに! アンタたちみたいな恵まれたエリートに! 私たちのなにが分かるっていうのよ!!」


 ……爆発しちゃったよ。


 どうするのかとデビーを見ていると、デビーは突っかかってきた女のことを鼻で笑った。


「はっ。恵まれたエリート? なに言ってんの? 言っとくけど、私は平民で経済状況も良くない家の人間だけど?」

「う……」


 デビーの一言で、女たちはなにも言えなくなって黙り込んだ。


 こういうとき、デビーの言葉には説得力があるよね。


 私たちが言うと、嫌味に聞こえるもん。


「アンタらは、ただの努力不足だよ! それを棚に上げて、他人を非難してんじゃないわよ!」


 デビーは、本当に努力家だからなあ。


 今までもそうだったし、私んちで魔法の練習をするのも一番真面目に取り組んでる。


 そんなデビーからしたら、コイツらのことが生温くてしょうがないんだろう。


 恵まれない境遇にも負けず、高等魔法学院入りをしているデビーの言葉に、三人はなにも言えずに俯いてしまった。


 さて、ここからどう収めるのかと思っていると、リーダー格の女が睨みながら顔をあげた。


「ざ、残念だったわねマーガレット! 私たち、今の学院の実習で治療院の手伝いをしているのよ!」

「そ、そこで聖女様に会ったんだからね!」

「高等魔法学院にはそんなカリキュラムはないんでしょ!? ザマアミロ!!」


 そう叫んだ三人は、自分たちの形勢が悪いのが分かったのだろう。そのまま走り去っていった。


 そんな三人を見送って、デビーがお腹を抑えて跪いた。


「くっ、ヤバイ、最後にやられた……」

「ああ、レティさん!? しっかりしてください! か、彼女たちに何かされたんですか!?」


 お腹を抑えて蹲るデビーを、真剣な顔で心配するラティナさん。


 違うよ?


 笑い過ぎて、腹筋がダメージを負ってるだけだよ?


 よく見て? 周りの皆も、笑いを堪えてプルプルしてるから。


 そんなデビーとラティナさんを見て、レティは「ふ、ふふふ」と笑い出した。


「シャル、デビー、ありがと。おかげでスッキリしちゃった」


 レティは、おかしくて仕方がないといった表情で、私たちにお礼を言ってくれた。


「まあ、レティは誰かと言い合いをするのとか苦手そうだしね」


 魔法の実力では、完全にあの三人より上だけど、街中で魔法をぶっ放すわけにもいかないし、こういう言い合いは強気な方が向いてるしね。


 レティには向かない。だから言いたい放題言われちゃんだけどね。


 ようやく笑いの発作が収まったのか、デビーがよろよろと立ち上がってきた。


「ふ、ふふ、あー、笑ったわ。まあ、私は前から一言言ってやりたかったしね! こんだけ言い負かしてやったら、もう絡んでこないでしょ!」


 まあ、本当にそうなるかは分からないけどね。


 それにしても、今日はデビーの腹筋がよく狙い撃ちされる日だな。


 心配そうにしていたラティナさんは、どうしてデビーが爆笑していたのか分からず、首を傾げている。


「えっと、なにがそんなに可笑しかったんでしょうか?」


 この中で、ただ一人ラティナさんだけ事情を知らないので困惑している。


 そりゃ自分の知らないことで周りが爆笑してたら、気になるよね。


「先ほど、あの方たちが治療院で聖女様にお会いしたと言っていたでしょう?」

「ええ、言っていましたね。聖女様と呼ばれる方がいらっしゃるのですか?」

「はい。治療魔法に長け、慈愛に満ち、そのお姿を見るだけで癒されると噂されるほどのお方ですわ」

「まあ! そんな方がいらっしゃるのですね! そんな方にお会いできるなんて、少し彼女たちが羨ましいです」

「まあ、お会いしたというか、お見かけしただけだとは思いますが。その聖女様ですが」

「はい」

「シャルのお母様ですの」

「……え?」


 ヴィアちゃんの言葉に、固まるラティナさん。


「え? えっと、シャルさんのお母様って、確かレティさんに治癒魔法を教えてるって……」

「ええ。そして、私たちが今から会おうとしているお方ですわね」

「……ぷっ!」


 ああ、ラティナさんも理解したね。


 あの三人が見かけたとレティに自慢した相手は、直接レティに治癒魔法を教えてくれている先生でした。


 娘もここにいます。


 そりゃ、笑うよね。


「さて、それじゃあ、今度こそその聖女様のいる家に行こうよ」


 私がそう言うと、レティもラティナさんもクスクス笑っていた。


「そうね。シシリー様をお待たせしちゃダメよね」

「わあ、シャルさんのお母様は聖女様なんですね! お会いするのが凄く楽しみになりました!」


 変な子たちに絡まれて変な雰囲気になったけど、もう大丈夫だろう。


 私たちは、またワイワイとはしゃぎながら家路についた。


 ちなみに、レティの元同級生たちが絡んできた際、デビーの元同級生の時のこともあって、護衛さんたちの間にメッチャ緊張感が走ったらしい。


 ……ゴメンね?



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