第26話 魔法にも歴史がある
お互いの魔法の見せ合いが終わったあと、リンせんせーは満足したのか教員室に戻り、私たちは教室に戻った。
その教室で、私はラティナさんにさっきの話でちょっと気になったことを聞いてみた。
「そういえばラティナさん。さっき、治癒魔法は伝説の魔法だって言ってたけど、ヨーデンには治癒魔法ってないの?」
「え? あ、はい。治癒魔法は失伝してしまっています。ヨーデンでは、治療は主に投薬と外科手術ですね」
「ああ、外科手術……あれ、エグイよね……」
アールスハイドにも外科手術は存在している。
治癒魔法士の練度によっては魔法だけで治癒し切れないケースや、そもそも治癒魔法だけでは根治しないケースがあるからだ。
妊婦の緊急帝王切開手術とか。
そういった場合、手術が終わったあとに治癒魔法をかけて傷口を治すんだけど、その傷口がグロイのだ……。
私も何度か経験させてもらったけど、何回か吐きそうになったことがある。
……外科手術を見学させてもらったときは、吐いた。
そのときのことを思い出して遠い目をしていると、ラティナさんがレティに向かって話しかけていた。
「私は、できればこの留学期間中に、ヨーデンでは失伝してしまった治癒魔法を教わりたいと思っていたのです」
「へえ、そうなんだ。でも、さっきの魔法を使うときは凄く精密な魔力制御をしていたから、すぐに覚えられると思うけど……」
レティはそう言うと、不思議そうにラティナさんを見た。
ヴィアちゃんもレティの言わんとしていることが分かったのか首を傾げた。
「確かに、あれだけの魔力制御ができているのに、攻撃魔法も治癒魔法も使えないのは不思議ですわね」
その言葉に、ラティナさんは苦笑を浮かべた。
「皆さんから見たら不思議に思いますよね。でも、ヨーデンでは不思議なことではないんです」
「どういうこと?」
ラティナさんの言葉にはなにか事情がありそうなので、続きを促した。
「言い伝えによる忌避感……とでも言うんですかね、私たちの国の成り立ちはご存じですか?」
「ああ、ミーニョ先生から聞いたよ。大昔、この大陸で起きた大戦争から逃れて脱出した人たちが創った国なんでしょ?」
「そうです。そういった経験があるからか、特に大きな破壊をもたらす放出系の魔法は忌避される傾向があるんです」
ああ、そうか。パパの話では、前文明時代に起こった戦争は人類を滅亡一歩手前まで追い込んだらしい。
ヨーデンの祖先たちには、その時の記憶があって大きな破壊をもたらす魔法を恐れたのか。
でも、確かに理由としては納得できるけど……。
「でも、そちらの大陸にも魔物はいるでしょう? 攻撃魔法なしで対処できるの?」
デビーも同じ疑問を持ったようで、今までどうやってきたのか聞いた。
「過去、何度か攻撃魔法を復活させようとする動きはあったそうなんですが、その都度色んなところからの妨害が入ったそうで、そうこうしているうちに攻撃魔法を使うことは最大の悪みたいな風潮になってしまって……」
「攻撃魔法が悪って……」
それで言うと、パパ、悪の親玉じゃん。
「攻撃魔法……いわゆる放出系の魔法が失伝してしまって、他者に干渉する治癒魔法も一緒に失伝していってしまったんです」
「ああ、確かに、治癒魔法も放出系っちゃそうか」
ラティナさんは「はい」と返事をすると、続きを話し始めた。
「それでも魔物には対処しないといけない。けど、攻撃魔法は使いたくない。そこで考え付いたのが、さきほどの変成魔法です」
「変成魔法!」
確かに、さっきは鉄が変成した。
変成魔法という名前が相応しい魔法だった。
「変成魔法を使って落とし穴を作ったり、足元の土から槍を作って投擲したりしながら魔物を狩るんです」
「武器を変成しながら……無限武器……」
レインが、なんか感動しながら呟いてる。
ちょ、また変なこと考えてない?
「でも、そんな方法だと魔物の素材が駄目になるんじゃない? うちのひいお婆ちゃんが言ってたけど、魔物は討伐することも大事だけどその素材を売り買いすることも大事だって言ってたけど」
ひいお婆ちゃんが若かりし頃の苦労話として、ひいお爺ちゃんが魔物を跡形もなく吹っ飛ばすので魔物の素材を売れなくて苦労したという話を聞いたことがある。
するとその話も想定内だったのか、ラティナさんがスラスラと話し出した。
「ええ。もちろんその通りです。さっき言った手段は、あまり戦う力がない人でも魔物を倒す方法ですね。魔物狩りを専門にしている人は、変成魔法による武器の生成以外に身体強化の魔法を駆使して討伐するんです。強いですよ、その人たちは」
「へえ」
なるほど、攻撃魔法は忌避感が強くで使わないけどその他の魔法は普通に使えるんだ。
ヨーデンの事情を聞いて感心していると、マックスがちょっと難しい顔をしながら言った。
「それにしても、なんでも武器にできるなら偉い人は大変だな」
「え? どういう意味?」
「だって、なんでも武器に変成できるんだろ? ボディチェックのときに武器を持ってなくても、目の前で変成されたら防ぎようがないじゃん」
「ああ、なるほど」
確かにそうだ。
そこんとこどうしてるんだろうとラティナさんを見ると、特に困惑した様子はなく堂々と教えてくれた。
「そういう要人とかと会う場合、金属類は持ち込まないのがルールですね。なので、金属の代用品として木製のものを身に付けるんです」
まあ、なにが武器にしやすいかって言えば、まず第一に金属だ。
ただ、身に付けているもので意外と金属製のものは多い。
指輪とかネックレスとかの装飾品とかね。
貴『金属』っていうくらいだから、金属が使われてる。
かくいう私のヘアピンも金属製だし、男子だとベルトのバックルなんかもそう。
大人の人で言うなら、鞄の留め金とかもそうじゃない?
「え、もしかして、そういうのも全部木製なの?」
「そうですね。なので、ヨーデンは木工の技術が凄く高いです」
「へえ。でも、木製はいいんだ。木も変成できるんじゃないの?」
私がそう言うと、ラティナさんはここでちょっと苦笑した。
「金属や石類と違って、木は変成が難しいんです。どんな熟練者でも時間をかけて集中をしないといけないので、もし暗殺に使おうとした場合すぐバレます」
「へえ、そうなんだ。なんで木って変成が難しいの?」
「え? な、なんでって言われても……」
私が純粋な疑問を口にすると、ラティナさんは口籠った。
「えっと……昔からそう言われているし、実際難しいから……」
「理由は分からない?」
「……はい」
「そっかー」
変成魔法の使い手であるラティナさんが分からないんじゃしょうがないか。
でも……パパならもう知ってそうな気がするなあ……。
変成魔法、覚えたって言ってたし。
「えっと、まあ、そういう具合で、ヨーデンでは変成魔法と身体強化魔法が発展しているですが、攻撃魔法と治癒魔法は失伝してしまっています。攻撃魔法に関しては、覚えて帰ると迫害されそうなので覚えるつもりはありませんが、治癒魔法は覚えたいんです。レティさん、治癒魔法はどなたに教えて頂いたのですか?」
「私? 私は、最初は治療院で教えてもらって、今はシャルのお母さんに教えてもらってるよ」
「シャルさんのお母様!?」
「うわっ!」
レティが、ママから治癒魔法を教わっているという話を聞いたラティナさんは、凄い勢いで私に近付いてきて、私の両手を握りしめた。
「あの! お、お願いします! 私にも、治癒魔法を教えてもらえるようにお母様に頼んでもらえませんか!?」
まさに必死という形相で私に懇願してくるラティナさん。
ヨーデンで失伝している治癒魔法の使い手がこんな近くにいたら、そりゃあ縋りたくなるよね。
なので、私はラティナさんに別の提案をしてみた。
「それなら、自分で直接お願いしてみれば? その方が早いでしょ?」
「え?」
「今日、一緒に帰ろうよ。それでママに直接お願いすればいいよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
私がラティナさんを家に招待すると、ラティナさんは感極まった顔をして私に近付いてきた。
顔! 顔が近い! そんで胸の圧が強い!!
まあ、元々放課後はラティナさんを連れて街を案内しようかと思っていたので、行き先が私の家になっても問題はない。
学院から家までの間も紹介できるしね。
そう考えていると、ヴィアちゃんがヤレヤレという顔をしていた。
え、なに?
「シャル、あなたもう忘れたのですか?」
「忘れた? なにを?」
なに? なんかあったっけ?
そう思って首を傾げると、ヴィアちゃんは深い溜め息を吐いた。
「今日の放課後、あなたが壊した魔法練習場を直しておくようにと、ミーニョ先生に言われていたではありませんか」
「……あ」
そうだった。
今日の放課後は、魔法練習場の修復作業をしないといけないんだった。
「あー、ごめんラティナさん。ママに会うのは次の機会でもいい?」
こちらから誘っておいて申し訳ないけど、待たせるのも悪いし、次の機会にしないかと言ったら、ラティナさんは握っている私の手に力を込めた。
「わ、私もお手伝いしますから! それならすぐに終わると思いますので!」
お、マジで?
「いいの!? やった! じゃあ、修復が終わったら家に行こう」
「はい!」
こうして、今日の放課後の予定は決定したのだった。
はあ、ラティナさん、マジ女神。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます