第25話 異国の魔法

 自己紹介と、交流会と銘打った雑談が終わると、折角だからということでお互いの魔法を見せ合うことになった。


 そういえば、パパたちが内緒にしているお陰でまだヨーデンの魔法ってまだ見たことないんだよね。


 どんな魔法なんだろう? 楽しみ!


 そんな訳で、魔法練習場にやってきた私たちの前に、リンせんせーが待ち構えていた。


「あれ? どうしたのリンせんせー」

「リン先生?」

「あ、うん。私たちの魔法実技の先生」


 ラティナさんは初対面なので教えてあげた。


「そう。私は魔法実技の先生のリン==ヒューズ。ミーニョ先生から留学生と魔法の見せ合いをすると聞いたので見に来た」


 堂々とそうい放ったリンせんせーに私たちは苦笑した。


「あはは、相変わらず魔法好きだねリンせんせー」

「当然。同じ大陸にあったクワンロンでさえあれだけ魔法形態が違っていた。別大陸の魔法となればどれほど違うのか……興味は尽きない」


 そう言って目を爛々と輝かせるリンせんせーにラティナさんは若干気圧されている。


「あ、あの、私どもの魔法は、こちらの魔法と比べると本当に大したことがないので……過剰に期待されると辛いと言いますか……」

「そんなことない。ウォルフォード君が素晴らしい魔法だと言っていた。教えてくれなかったけど、ウォルフォード君がそう言うからには素晴らしいものだと思う。さあ、早速見せて」


 初手からグイグイ迫ってくるリンせんせーに、ラティナさんがタジタジになっている。


 あれは新しい魔法が楽しみ過ぎて周りが見えなくなってるな。


「ちょ、ちょっとお待ちくださいリン先生。カサールも初日で緊張しているかと思いますので、まずは他の皆の魔法から見せたいのですが」

「他の皆の魔法は見飽きている。私は彼女の魔法が見たい」

「いや、あの、これはお互いの魔法の見せ合いであって、リン先生に見せるためのものではないのですが……」

「む。そういえばそうだった」


 ミーニョ先生の言葉でようやく我に返ったのか、リンせんせーがラティナさんから離れた。


「ず、随分と個性的な先生なんですね……」


 大分言葉選んだなラティナさん。


 素直に変な先生だって言えばいいのに。


「リンせんせーはパパの仲間でさ、魔法が大好きなの」

「あ、そうなんですか」

「っていうか、魔法以外に興味を示さないんだよね……」

「そう、なんですか……」


 わあ、ラティナさんのリンせんせーを見る目が可哀想な人を見る目になってるよ。


「さ、さて、それじゃあフラウから順番に魔法を見せてくれるか?」

「あ、はい!」


 名前を呼ばれたレティが私たちの前に立ち、入学試験のときと同じように的に向かって魔法を放った。


 おお、治癒魔法の方が得意とはいえ、さすが高等魔法学院Sクラスにいるだけのことはある。


 レティの放った風の砲弾は的に当たり、周りに強風をまき散らした。


 え、風魔法?


 風魔法を魔法練習場という閉鎖された空間内で使うと当然……。


「のわっ!」

「「「キャア!」」」

「うわっ! ちょ! レティ! なんで私らのスカート捲り上げてんのよ!!」

「はわわ! ご、ごめーん!!」


 練習場内に吹き荒れた強風によって私たちのスカートが捲りあがりそうになった。


 慌ててスカートの端を抑え男子たちを睨むと、男子たちは先生も含めてサッと顔を背けた。


 くっ……この反応は、見られたか……。


 不慮の事故だっただけに文句も言い辛いし、原因となった魔法を放ったレティを非難もしにくい。


 というのも、レティの得意魔法は治癒魔法。


 攻撃魔法はあんまり得意じゃない。


 彼女が唯一強力な威力を発揮できるのが風の魔法なのだ。


 むしろ、そんなレティのことを知っていたのに備えていなかった私たちの方が迂闊だった。


「ご、ごめんね……あの、わざとじゃなくて……」

「分かってるよ……」


 うん、分かってるけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。


 ラティナさんも、見てわかるくらい真っ赤になってるのでレティの魔法に対してなんの反応も示さない。


 分かる。


 それどころじゃないよね。


「さ、さて、気を取り直して次、コルテス」

「あ、はい」

「……風の魔法以外でな」

「あ、あはは、了解です」


 先生に指名されたデビット君が苦笑しながら前に出る。


 そして放った魔法は火の魔法。


 それを高速で打ち出すことで、的に着弾したあと派手に燃え上がった。


 それを見たラティナさんは、ようやく私たちの魔法に対して反応を示した。


「す、すごい……」


 デビット君の放った魔法を見て呆然と呟くラティナさん。


 ただ、今の二人はSクラスの順位で言うと十位と九位。


 ここからまだ順位は上がっていく。


「次、ロイター」

「はい」


 デビット君の次はハリー君、その後もデビー、アリーシャちゃん、レイン、マックスと続き、ラティナさんは呆けたような顔をして皆の魔法を見ていた。


 そして、ヴィアちゃんが雷の魔法を的に放った。


「きゃっ!」


 雷の魔法は着弾した際の音が一際大きいので、ラティナさんが悲鳴をあげて耳を手で覆った。


「あ、すみませんラティナさん。大丈夫ですか?」

「え、ええ。ちょっと耳がキーンってなってますけど……」

「事前に注意しておけばよかったですね……申し訳ありません」

「い、いえ、お気になさらず……」


 魔法を放った張本人であるヴィアちゃんがラティナさんに声を掛けたのだが、ラティナさんは落雷の音で耳鳴りがしてしまっているらしい。


 ヴィアちゃんには気にするなと言っているが、ちょっと辛そうだ。


「あ、じゃあ、私が治しますよ」


 そう言って声をあげたのはレティだ。


「じっとしていてくださいね」


 レティはそういうとラティナさんの両耳に手を翳し治癒魔法を発動させた。


「……え、うそ」


 レティの治癒魔法で耳鳴りが直ったのだろう、ラティナさんが驚きで目を見開いた。


 レティは、私の家に遊びに来るときは、ひいお爺ちゃんたちの魔法訓練とママとの治癒魔法訓練を交互に受けている。


 それぞれ受けられる時間が半分ずつだから、攻撃魔法なんかは私たちの中では成績がちょっと遅れ始めている。


 けど、それ以上に治癒魔法のレベルが上がっているので攻撃魔法も使えて治癒魔法も使える、ママと同じ稀有な魔法使いとして成長しているのだ。


「どうですか?」

「すごい……耳が痛くない……」

「ふふ、良かった」


 そう言って笑うレティは、ママが治癒魔法を患者さんに使ったあとに見せるような微笑みをラティナさんに見せた。


「あ、今のママみたい」

「え? 本当ですか?」


 私が素直な感想を口にすると、レティは微笑みではなく心底嬉しそうに顔を輝かせた。


「なんでそんなに嬉しそうなのよ?」

「え? ああ、実はシシリー様から、治癒が終わったあとは患者さんを安心させるために『もう大丈夫ですよ』って気持ちを込めて笑いかけなさいって教わっているんです。それが出来ていたと思うと嬉しくて」

「へえ。そうなんだ」


 私は、治癒魔法に関しては専門的には習っていない。


 だから、他人に治癒魔法を施したあとの心得なんて聞いたことはないのだ。


 それでも、基礎知識はあるからある程度はできる……っていうか、半強制的にママに仕込まれた。


『シャルはいつどこで怪我をするか分からないから治癒魔法は覚えておきなさい』って言われて。


 実際治癒魔法を教えておいてもらってよかったって場面は沢山あったから、ぐぅの音も出ない。


 さて、そんな治癒魔法だけど、魔法形態が違うと言っていたラティナさんにとっては衝撃的だったようで、何度も自分の耳を触ったり叩いたりしていた。


「す、凄いですね……治癒魔法なんて伝説の魔法だと思っていました」


 呆然といった感じでラティナさんは呟いていた。


 そんなラティナさんを見て、レティはまた「フフ」と笑った。


「私なんてまだまだですよ」

「そうなんですか……」


 そう言ったラティナさんは、レティをジッと見たあとなにか考えるような素振りを見せた。


 っていうか……。


「あの、私まだなんだけど、やっていい?」

「あ! ご、ごめんなさい! どうぞ!」


 私の前のヴィアちゃんのときにトラブルが起こったもんだから、最後に残った私がまだ魔法を見せてなかった。


 私で最後だから、何かを考え込むのは終わってからにしてよ。


「さて、じゃあ、最後だし、派手にいくわよ!!」

「!! ラティナさん!! 耳を塞いでしゃがんでくださいまし!!」

「え!? は、はい!!」


 後ろでヴィアちゃんがなんか叫んでたけど、私は魔力の制御に集中していたのでなにを言ったのかは分からなかった。


 とにかく、最後の私は一年首席。


 恥ずかしい魔法は見せられない!


 というわけで……。


「いっけえええっ!!!!」


 派手で威力も大きい爆発魔法を的に向かって放った。


「ばっ! 馬鹿!! こんな場所でなんて魔法を……うおお!!」


 私が魔法を放った瞬間、ミーニョ先生がなにかを叫びながらなにかの魔法を使った。


 え?


 なんで先生が魔法を? と疑問を感じるのと同時に、魔法が的に着弾し、大爆発を起こした。


 巻き起こった爆風は、狭い魔法練習場の中で反響し、こっちに向かって……。


 こっちに向かって!?


「にょわああっ!!」

『きゃあああっ!!』

『うおおおおっ!!」


 自分で放った魔法の爆風が魔法練習場の壁に跳ね返り、私を吹き飛ばした。


「ぎゃふっ!」


 練習場の床をゴロゴロと転がって行った私は、壁にぶつかってようやく止まった。


 っていうか……背中を思いっきり打った……痛ったあ……。


 しばらく痛みに悶絶していたけど、その痛みがようやく治まってきたとき、ハッと気が付いた。


「わ! み、みんなは!?」


 慌てて皆を見ると、無傷で立っていた。


「あ、み、みんな無事だった。良かった……」


 私がそう言うと、他のクラスメイトや先生がギロッと睨んできた。


「ヒッ!」

「なにが『無事だった』よ!! アンタが馬鹿なことしようとしてるから、全力で防御魔法を使って防いだのよ!!」


 そう言うデビーの前には、防御魔法が展開された跡が残っていた。


 他の皆を見ると、他も同じような跡が残っている。


 ラティナさんは、ヴィアちゃんの後ろにいたので無事だったようだ。


「ご、ごめん……」


 私がそう言って謝罪すると、ミーニョ先生は溜め息を吐きながらこっちに向かってきた。


「通常、あんな威力の爆発魔法なんか使ったら練習場が破壊されてしまうものだが……この魔法練習場にはシン様の魔法防御が付与されている。その結果、魔法は威力が外に逃げず、この練習場内に跳ね返った。結果は……今お前が身を持って体験した通りだ」

「……」

「強力な魔法も、使う場所と種類を間違えれば諸刃の刃となる。これに懲りたら、少しは考えて魔法を撃て」

「……はい」


 私は、いつもだだっ広い荒野で魔法の練習をしてた。


 あそこは、威力が外に逃げるからなあ。


 荒野ではこっちに向かってくる爆風にだけ気を付けていればよかったけど、今回は前や横に向かった爆風がまとめてこっちに跳ね返ったから、もう少しで大惨事になるところだったよ……。


「ん? 前? 横?」


 あれ? それって、パパが言ってた、指向性……。


「こら」

「あたっ!」


 もうちょっとパパの得意魔法の極意が掴めそうだったのに、リンせんせーからの頭チョップで思考が中断された。


「さっき言われたばかり。ちょっとは自重しなさい」

「はーい」


 今回の魔法は選択を失敗してしまったけど、それのお陰であの魔法のヒントが見えた。


 今日、帰ったら早速試してみよう!


 そんなことを考えていると、リンせんせーがフッと小さく息を吐いた。


「練習場の床がボロボロになっているから、放課後直しておくように」

「ええ!? そんなあ!」

「馬鹿なことした罰。文句言わない」

「ちぇ、はぁい」


 うう、爆風で土でできた魔法練習場の地面が結構抉れている。


 はぁ……罰だって言っていたし、誰も手伝ってくれないだろう。


 放課後はラティナさんに街を紹介しようと思ってたんだけどなあ……。


 今日は無理かも、と思っていると、ラティナさんがスッと手をあげた。


「あの、今度は私が魔法を見せる番なんですけど……よろしいですか?」

「ん? ああ、もちろんだ。今日はそのための授業なんだからな」

「はい。では……」


 ラティナさんはそう言うと、制服のポケットから何かを取り出した。


「えっと……それは?」


 私には、ただの握りこめる程度の大きさの鉄に見えるんだけど、もしかしてなんか付与されてる?


 そう思いながら見ていると、鍛冶屋の息子であるマックスがジッとそれを見たあとに言った。


「……普通の鉄の塊、だよね? 特に魔法とか付与されてないやつ」

「はい」


 マックスの見立てが正解であると返答するラティナさん。


 そんな鉄を取り出して、一体なにをするつもりなんだろう?


 そう思っていると、ラティナさんは魔法を使う準備を始めた。


「スゥ……いきます」


 目を閉じて軽く息を吸い、集中した後魔力を集め始めた。


 その集めた魔力を見た私たちは……。


「……随分少ないね」

「ですわね……」


 私とヴィアちゃんは、集まっている魔力の少なさに困惑する。


 だが、リンせんせーはちゃんと本質を見ていた。


「量は少ないけど、かなり精密な魔力制御。ウォルフォード君にも匹敵する」

「パパに!?」

「静かに。集中が乱れる」

「むぐ」


 リンせんせーの言葉が衝撃すぎて声を出してしまったら、無理矢理口を閉じさせられた。


 文句を言ったらまた注意されてしまうので、私はリンせんせーに口を押さえられたままラティナさんに注目する。


 しばらく魔力を制御していたラティナさんだったが、フッと目を開けたかと思うと、手にしている鉄の塊に視線を集中させた。


 と、次の瞬間、私たちは目を見開いた。


「はっ!?」

「て、鉄が!?」


 鍛冶屋の息子であるマックスは余程衝撃的だったのだろう。


 なにせ、ラティナさんの手の中にある鉄の塊が、グネグネとその形を変えていっているのだから。


「な、なんだこれ……」


 呆然と呟くマックスの言葉も耳に入っていないラティナさんは、さらに集中して鉄の塊に魔力を注ぐ。


 形を変えていた鉄の塊は、やがて細長く装飾の付いた杖のような形になり、ようやくその動きが止まった。


「……ふぅ。あ、えっと……これが、こちらには無くてヨーデンで使われている魔法……なんですけど……あはは、皆さんの魔法に比べて凄く地味なんですけど……」

「そんなことない!!」

「わひゃっ!?」


 唖然とする私たちを見て、どう勘違いしたのかラティナさんは自分たちの国の魔法が地味だと卑下し始めたのだが、マックスがラティナさんの手を握って大きな声で否定した。


 うぉい!


 女の子の手をいきなり掴むんじゃない!


 ラティナさん、変な声出てたじゃないか!


「これは凄い魔法だよ! この魔法があれば、この国の魔道具はもっと発展する! いや、魔道具だけじゃない、全ての文化が一気に成長するよ!!」

「あ、そ、そうですか……あの、その……」

「ん?」

「て、手を……」

「あ! ご、ごめん!! つい興奮してしまって……」

「い、いえ……」


 思いきり掴んでいたラティナさんの手を、マックスは慌てて離した。


 ったく、なにやってんだコイツ!


 あまりにも衝動的に動いたマックスに向かって、思わずジト目を向けてしまった。


「な、なんだよ?」

「……どさくさ紛れに手とか繋いでんじゃないわよ」

「は、はあっ!? ま、魔法に興奮しただけで、別に変な意味とかねえよ!」

「どうだか」

「本当だって! 製造に携わってる人間なら誰だって……そういえば、シンおじさん、この魔法もう覚えたって言ってたよな?」

「そういえば、ラティナさんが言ってたね」


 なんか話題を逸らされた気がするけど、私も気になったのでラティナさんを見た。


「あ、はい。凄いですよねシン様。私たちよりも上手でしたよ」

「「……」」


 マジか。


 っていうか……。


「パパがあれだけ熱中してた理由が分かったわ……」

「ああ……これは気を引き締めておかないと、またとんでもないもの作り出すぞ……」


 詳細はわかんないけど、こんな鉄を自在に変形させてしまう魔法なんてパパが覚えたら……。


 ひいお婆ちゃんの怒声が家に響く未来が、手に取るように見えてしまった。


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