第23話 ヨーデンの歴史
「という訳で、来週には留学生がやってくる」
パパから話を聞いた翌日、早速ミーニョ先生から留学生についての話があった。
私とヴィアちゃん以外は、突然留学生がやってくるという話にザワついている。
まあ、突然そんなこと言われたらザワつくよね。
「それから、ウォルフォード」
「はい?」
「学院長から、留学生の世話は主にお前がするようにと通達を受けているんだが……大丈夫か?」
「どういう意味!? 私もパパからそう聞いてるし、その準備もしてるから大丈夫ですよ!」
パパから留学生のお世話係を命じられてから色々と準備してきた。
ヴィアちゃんと話ができないからって、なにもしてなかった訳じゃないんだよ!
「準備……か。ちなみに、どんな準備をしてたんだ?」
「えっと、スイーツの美味しいお店とか、可愛い雑貨が売ってるお店とか、可愛い服の売ってるお店とか調べてました!」
留学生には快適に過ごして貰いたいからね、色々と調べていたのだ。
私がそう説明すると、ミーニョ先生は「はぁ」と溜め息を零した。
ヴィアちゃんも苦笑している。
あれ? なんで?
「ウォルフォード、お前……留学生が男だったらどうするつもりなんだ?」
「……はっ!!」
そういえばそうだった!
私にお世話係を任せられたから、留学生は女の子だと勝手に思い込んでた!
っていうか、パパから話があった時点で選抜者も決まってなかったじゃん!
なにしてんの! 私!
「まあ、そんなことだろうと思っていたよ。ワイマール、すまんがフォローしてやってくれるか?」
「かしこまりました」
呆れ顔の先生からお願いされたアリーシャちゃんは、苦笑しながら私のフォローを了解してくれた。
「ご、ごめんね、アリーシャちゃん」
「別に構いませんわ。むしろ、シャルロットさんに任せきりにする方が怖いですもの」
「どういう意味?」
「そのままの意味ですわ」
アリーシャちゃんはそう言うと、ツーンとそっぽを向いてしまった。
「ちなみに、留学生は女性なので他の女生徒たちも手助けしてやってくれ」
『はい』
「ちょっと待って! 女の子じゃん! 私の準備無駄じゃないじゃん!」
確かに、私に依頼してくるから女の子だと勝手に思ってたけど合ってんじゃん!
なんでそんな意地悪言うの!?
そう思って抗議すると、先生は「はぁ」と溜め息を零した。
「お前、留学生のお世話って、確かに日常の世話も大事だけどそれ以上に大事なことがあるだろ」
「それ以上?」
「学業」
「あ」
そっか、そうだった。
今度来る子は『旅行』に来るわけじゃない『留学』しに来るんだ。
遊びに来るんじゃなくて、勉強しに来るんだった。
「留学生が不自由しないようにと配慮するのは立派だがな、本質を忘れてる。留学生はこの国に勉強、特に魔法を勉強しに来る。その準備はしているのか?」
「……」
先生の質問に、私は目が泳いだ。
やば、なんもしてない。
そんな私の様子を見て、先生は再度溜め息を吐いた。
「見ての通りだ、ワイマール、ウィルキンス、フラウ。ウォルフォードの補助をしてやってくれ」
「「「はい」」」
先生からの依頼に、アリーシャちゃん、デビー、レティが返事をする。
特に先生からの依頼にデビーは目を輝かせながら返事をしていた。
分かりやす。
「あら、先生。私は?」
先生からの指名に入ってなかったヴィアちゃんがそう訊ねると、先生は苦笑していた。
「殿下にお世話係を任せられるわけがないでしょう。向こうの国は王侯貴族は存在せず、全員が平民階級とのことです。そんな国の人間が王族にお世話をされては気が休まらないと思いますが」
「それもそうですわね」
「まあ、友人として交流する程度にとどめてください」
「分かりましたわ」
先生の説得に、ヴィアちゃんは納得したようだ。
「え、先生、王侯貴族が存在しないのにどうやって国を維持しているんですか?」
先ほどの先生の発言を疑問に思ったのだろう、デビット君がそう訊ねた。
デビット君自身平民だから、平民だけでどうやって国を維持しているのか不思議なのだろう。
「ああ、そのことか。実は、今日は実技の授業を変更してヨーデンについて教えるつもりだったから、そこで説明しようか」
先生がそう言うと、レティがスッと手をあげた。
「どうしたフラウ」
「あの、どうして先生がその、ヨーデンのことについて授業できるんですか?」
それは確かにそうだ。
新しく発見され交易を始めようとしている国の名前がヨーデンということは聞いたことがあるが、内情については全く知らされていない。
私もパパから全く聞いてない。
なのになんで先生は授業できるんだろう?
「なんだ、そんなことか。それはもちろん、使節団の人に教えて貰ったからさ」
先生のその言葉に私たちは騒めいた。
「え? なんで?」
思わず疑問をそのまま口に出してしまったが、先生は特に気にせず話し続けた。
「留学生を受け入れるからに決まっているだろう。俺だけじゃない、留学生の受け入れ先の学院や担当する教師たちも一緒に教えて貰った。いや、中々楽しかったぞ」
ミーニョ先生は、授業のことを思い出しているのか楽しそうにそう言った。
「さて、その教わってきたヨーデンについて早速授業していこうか。その前にお前たち、ダーム事変のことは知っているか?」
先生が訪ねてきたのは、私たちが中等学院で習った歴史の話だった。
「もちろんです。私たちの幼少期、ダーム王国が政治形態を変えダーム共和国と名乗るも失敗し、イース神聖国を筆頭とする世界連合の介入によって元の王政に戻された事件ですよね」
ハリー君がそう答えると、先生は満足そうに頷いた。
「そうだ。あのときダームは、国の統治者を王族による世襲制ではなく民間からの選挙で選出し、国を運営しようとして失敗した。で、ヨーデンの政治形態だが……」
先生はそこで一旦言葉を区切り、私たちの顔を見渡した。
あ、なんか先生の顔がパパの話をしてるときみたいなドヤ顔になってる。
「その民衆から統治者を選出する方法で成功している国家らしい」
私たちは、その言葉に衝撃を覚えた。
「そんなバカな! あれは今の時代には早すぎたと、父も、シンおじ様ですらそう言っていましたわ!」
統治者の娘として信じられなかったのだろう、ヴィアちゃんが立ち上がってそう叫んだ。
まあ、無理もない。
私たちは、パパたちがそのダーム事変の当事者なので詳しく話を聞いたことがある。
事の顛末を話し終えたあと、パパたちは「あれも一つの政治形態だけど、それを実現するにはまだ早すぎたんだ」と言っていた。
それを、ヨーデンでは成功させていたなんて……。
「まあ、殿下がそう仰るのも無理はありません。私とて同じ疑問を抱きました。しかし、これはダーム事変とは前提が違うのです」
「前提?」
先生がその理由を教えてくれると察したのか、ヴィアちゃんは首を傾げながらも席に着いた。
「ええ、前提です。ダーム事変は、長らく王制にあった国を民が主導する政治形態……シン様は民主制と言っていましたが、それに無理矢理変更しようとして軋轢が生まれ、破綻してしまったのです」
「ええ、そう聞いています」
ヴィアちゃんの返事を受けた先生は、再度私たちを見渡した。
「さて、そこでヨーデンだが、これはまず国の起こりから話さないといけない。前文明についても中等学院で習ったな?」
先生の言葉に、全員が頷く。
前文明は、私たちが生まれる前まではお伽噺や都市伝説だと思われていたそうだが、パパたちが東の大砂漠を超えた先にあるクワンロンに辿り着いたとき、そこで前文明があったことの証拠である遺跡が発見されたのだ。
……っていうか、パパ、歴史の教科書に出すぎ。
「これはまだ推測の域を出ないが、前文明はその高すぎる文明の力で破滅的な戦争を行った。その戦争から逃げ出し、争いのない新大陸を目指した一団がヨーデンの祖先だと言われているそうだ」
「え? 先生、ヨーデンの人から聞いたんですよね? なんで推測なんです?」
マックスがそう訊ねる。
そういえば、魔道具も扱う工房の御曹司として、前文明の魔道具に興味を示してたな。
もしかしたら、前文明の詳しい話が聞けるかもしれないと期待したのかも。
それが推測の話だったから気になったんだろうな。
「そりゃ、ヨーデンでもその話は口伝によるお伽噺として伝わっているそうだからだ。書面による記録は残っていないらしい」
先生がそう言うと、マックスは明らかにガッカリしていた。
「まあ、ほぼほぼ真実だとは思うがな。なにせ、その前文明の戦争は一部の権力者……王侯貴族によって引き起こされ、人類は壊滅的な被害を受けた。そこから逃げ出した人たちが王侯貴族に嫌悪感を持っても不思議じゃない」
その言葉に、王族であるヴィアちゃんや、貴族であるアリーシャちゃん、ハリー君は苦い顔をした。
「一部の人間だけに権力が集中する政治形態は、またこのような悲劇を引き起こすかもしれない。それなら、民の代表者が順繰りで統治した方がいいんじゃないか? そう結論付けて今の政治形態になった。つまり、最初は王制だったのに無理やり民主制に変えたダームは失敗したが、王政から逃げ出し一から国を作ろうとしたヨーデンは最初から民主制を取り入れた。だから、民衆にも受け入れられた。前提が違うとはそういうことだ」
は~、なるほどね。
途中で変えたか、最初からそれにしたかの違いか。
ん? あれ? おかしくない?
「せんせー、さっき口伝でしか昔のこと分かんないって言ってたよね? なのに、なんで国の起こりは分かってるの?」
私がそう聞くと、先生はまたいつものドヤ顔になった。
あ、これパパの話するぞ。
「いや、これも別に書面で残っていた訳ではない。しかし、ヨーデンでは王とは邪悪な者で存在を許してはいけないと伝わっているらしい」
それを聞いたヴィアちゃんが、苦虫を嚙み潰したような顔をした。
まあ、現役の王族としては、そんな話を聞かされたなこんな顔になるよね。
「その話を聞いたシン様がな、なんでそんな口伝が残ってるのか疑問に思ったそうで、ヨーデンの使者たちからさらに聞き取りをし、今話した結論を導き出したそうだ。歴史の流れ的にも齟齬はないし、俺はこれが真実だと思っている」
そう話す先生は、まるで自分のことのように自慢げに話す。
マジで、先生パパのこと好きすぎでしょ。
「まあ、そういう歴史的背景からヨーデンでは昔から民衆によって国が運営されてきた。当然その間には色んな困難があっただろうが、長い年月をかけて安定させてきたのだろう。なのでヨーデンには王侯貴族は存在しないのさ」
その説明でデビット君は納得したらしい。
感心した顔をしている。
「あ、あの、先生」
「どうしました? 殿下」
「その、ヨーデンでは王族は悪だと思われていたのですよね? ですが、使節団からそんな感情を向けられたとは父から聞いていません。どういうことなのでしょう?」
ああ、そっか、王族を悪だと思っている国の人間と相対したのはオーグおじさんだ。
そんな感情を持っている国の人間がお父さんに近付いているのが不安なのだろう。
しかし、先生はヴィアちゃんの質問を笑い飛ばした。
「大丈夫ですよ殿下。使節団と初めて謁見した際、彼らは緊張でガチガチになってたそうです。あとからこの話を聞いた陛下が、なら私のことを悪の親玉と思っていたのか? と問われた際、使節団の方々はお伽噺の通りなら取って食われるかもと恐れていたそうです。ですが、実際はそうでなかったのでお伽噺はお伽噺だなと納得したそうです」
そういえば、前文明ってこの大陸の記録にも残ってないくらい昔の話なんだよな。
なら、ヨーデンも同じくらい長い歴史があって、その間に最初に逃げてきた人たちの記憶も思いも薄れていったんだろうな。
だって、今のヨーデンの人たちに前文明の王侯貴族と会ったことのある人なんていないもの。
先生の話を聞いて、ヴィアちゃんはようやくホッとしたようだ。
その国の留学生がクラスに来るんだもんね。
王族だからって理由で憎まれたらどうしようかとか思ってたのかな?
「さて、今話したのは国の起こりの話だ。本番はここからだぞ」
こうして、ヨーデンの歩んできた歴史や、その中でどういう風に統治体制が変わっていったのかの授業が始まった。
普段、座学はあんまり好きじゃないんだけど、今まで見たことがない未知の国のことを知れるのは、思いのほか楽しかった。
こうして、私たちはヨーデンに対する基礎知識を頭に入れ、留学生の受け入れ準備を整えた。
そして、とうとうその留学生がやってきた。
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