第18話 思い違い
「リ、リンねーちゃん!?」
ある日、学院に行くと、臨時で魔法実技を教えてくれる先生がいるという。
そして、紹介された人物を見て、私は思わず叫んでいた。
なぜならそこには、アルティメット・マジシャンズの初期メンバーで、パパの友人でもあるリンねーちゃんが立っていたからだ。
ちなみに、リンねーちゃん以外のアルティメット・マジシャンズの女性陣は結婚して子供がいる。
そういう人たちのことは「○○おばちゃん」と呼んでいるのだが、未婚で子供がいないリンねーちゃんのことは、昔からねーちゃんと呼んでいる。
なんか、おばちゃんと言いにくいよね。
「シャル。今の私は先生。ちゃんと先生って言う」
「あ、ごめん。リンせんせー」
「ん。よろしい」
私が「リン先生」って言うと、リンねーちゃんはご満悦な顔で頷いた。
「って、なんでリンねー「んんっ!」……リンせんせーが臨時講師なんてするの? 正直、レベルが違い過ぎない?」
リンねーちゃんは、アルティメット・マジシャンズの初期メンバー。
今は後進が育ったため、魔法学術院で魔法漬けの毎日を送っているはず。
そんなリンねーちゃんがなぜ?
そう思って聞いたら、リンねーちゃんはいつもの無表情で言った。
「今の高等魔法学院では、ウォルフォード君の作った魔道具のお陰で対人戦が行われていると聞いた。でも、教師で対人戦を経験している人は少ない。なので、私が教えに来た」
「ええ? でも、リンね……リンせんせーも対人戦の経験なんてないんじゃないの? 最近だよ、あの魔道具ができたの」
私がそう言うと、リンねーちゃんは「フッ」と鼻で笑った。
「私は魔人たちと戦った。それこそ命懸けで。これは対人戦の経験にならない?」
リンねーちゃんの言葉に、私たちは息を呑んだ。
魔人王戦役。
その言葉が私たちの脳裏を駆け巡った。
私たちが生まれる前に起こった、魔人たちによる世界への宣戦布告。
それを討伐し収めたのがパパたち、アルティメット・マジシャンズだ。
そして、リンねーちゃんは魔人王戦役において多くの魔人たちを討伐した英雄。
そして、魔人とは人が魔物化したもの。
つまり……リンねーちゃんは魔物化していたとはいえ人を殺したことがあるのだ。
私たちのように、パパの作った魔道具に守られ、安全が担保された状況という遊びみたいな戦闘じゃない。
本物の、命を賭けた戦い。
それを経験している先生。
私たちは、一斉に身震いした。
「まあ、そういうことだ。それこそウォルフォードが言ったように、対人戦用魔道具が発明されて日が浅いからな。私たちもどう指導していいか試行錯誤しているところだったんだ。そこで、学院長が戦闘経験豊富な人材をということでリン様に来て頂いたというわけだ」
そういうことか。
なるほど、確かに対人戦を教えるうえで、本物の対人戦を経験しているアルティメット・マジシャンズの人間は最適の人選だ。
でも、そうか。先生たちもそういうの試行錯誤するんだね。
そう先生の説明に納得していると、リンねーちゃんが先生の方を向いた。
「ミーニョ先生」
「は、はい!」
わ、ミーニョ先生、顔真っ赤だ。
そういえば、パパのことも凄い尊敬しているみたいだし、アルティメット・マジシャンズのメンバーは皆尊敬しているのかも。
そんな真っ赤な先生に、リンねーちゃんは淡々と言った。
「今の私は高等魔法学院の教師であなたの同僚。様付けはなしで」
「あ、わ、分かりました。えーっと……」
「リン先生でいい」
「は、はい! リン先生!」
「ん」
え、自分はファミリーネーム呼びなのに、相手にはファーストネーム呼ばせるの?
どういう距離感?
リンねーちゃんの独特な距離感に首を傾げていると「ギリッ」という、なにかが擦れる音が聞こえた。
なに? と思って音の発生源を見ると……デビーが、まるで親の仇を見るような目でリンねーちゃんを睨み、歯ぎしりしていた。
あー、ヤバイねデビー、こりゃ凄いライバルだ。
当の睨まれているリンねーちゃんは、デビーの睨みなどどこ吹く風だ。
「ちなみに、私がするのは対人戦の指導だけで魔法自体は他の先生から習って」
デビーを無視して淡々とそう説明する。すると、教室中から不満の声が上がった。
「リン先生が教えてくれるんじゃないんですか?」
デビット君が、そう訊ねるが、リンねーちゃんは首を傾げる。
「ここは高等魔法学院。あなたたちに魔法を教えるためのカリキュラムはすでに完成している。私がするのは、その使い方を教えるだけ。それ以上は越権行為」
「それは……」
「話は以上。他に質問は?」
デビット君をバッサリ切ったリンねーちゃんは、教室中を見回した。
そして、特に質問がないことを確認すると、小さく頷いた。
「それじゃあ、早速今から指導に入る。皆、魔法練習場に移動」
そう言うと、一人でスタスタと教室を出て行ってしまった。
「あ! お待ちください、リン先生!」
ミーニョ先生も慌ててあとを追う。
そして、その背中を睨み付けるデビー。
「カオス」
「あらあら」
私とヴィアちゃんがそう言うと、デビーに睨まれた。
「さて、私たちも行こっか」
先生たちを待たせるわけにはいかないからね。
魔法練習場に着くと、早速対人戦の組み合わせが発表された。
一番初めの授業でやった入試成績順だ。
「まず、一番近い実力の人と戦ってもらって、アドバイスしていく。まずは、シャルとヴィア」
「「はい!」」
そして、ヴィアちゃんと対人戦が開始された。
結果として私が勝ったが、それを見てリンねーちゃんがちょっと考える仕草をしたあとまずヴィアちゃんに向き直った。
「えー、まずはヴィア」
「はい!」
「シャルが身体強化魔法を使ってくるのは予見していた?」
「あ、はい。最近はよく使ってくるので……」
「なら、なぜヴィアも身体強化魔法を使って距離を取らない?」
「それは、その……身体強化魔法が苦手で……」
「それは言い訳にならない。苦手? なら克服すればいい。手の内が分かっているのにそれを攻略する手を取らないのは怠慢とも取れる」
「……そう、ですね。はい。確かに、苦手だからと鍛錬するのを怠っていました」
「分かればいい。ヴィアの当面の目標は身体強化魔法」
「はい!」
そして、次は私の番なのだが……。
なぜかリンねーちゃんの顔は、ちょっと怒っていた。
「シャル」
「は、はい!」
返事をした私に、リンねーちゃんは深い溜め息を吐いた。
「あの戦法は愚策もいいところ。これ以降使うな」
「……は?」
なんで?
私、勝ったじゃん。
っていうか、今まで一度も負けたことない戦法なんだよ?
それを、なに偉そうに言ってくれてんの?
かなり腹が立ったのでリンねーちゃんを睨み付けていると、まるで馬鹿にしたようにフッと鼻で笑われた。
「納得できないなら理解させてあげる。ヴィア、魔道具貸して」
「あ、はい」
「シャルも、リセット」
「……」
不機嫌になっていた私は、無言で魔道具をリセットした。
そして、開始線でリンねーちゃんと向かい合う。
「ミーニョ先生、合図」
「は、はい! それでは……始め!」
「!!」
ミーニョ先生の開始の合図と共に、私は身体強化魔法を全開にしてリンねーちゃんに迫った。
昔に魔人と戦ったことがあるかもしれないけど、魔道具を使った対人戦は初めてでしょ!?
目にもの見せてやる!!
そう決意して、リンねーちゃんに突っ込む。
視線の先では、リンねーちゃんが魔法を起動させようとしているのが分かる。
身体強化魔法全開で走っているから相手に近付くのがヴィアちゃんと戦ったときより早い。なので、リンねーちゃんが放った魔法は他の皆より魔力制御の溜めが短い。
これなら、魔道具の防御魔法で受けきれる!
そう思って突っ込み、リンねーちゃんの放った魔法が魔道具の防御魔法で防御され……。
『ピー!』
「……え?」
一撃。
皆よりも溜めの短い魔法一撃で、防御魔法が削り切られアラームが鳴った。
「うそ……」
呆然と呟く私に、リンねーちゃんはまた溜め息を吐いた。
「魔道具の防御魔法ありきの戦法。そんなの、実戦で使ったら即死する」
「……でも、これは演習で……」
「実践と同じにやれない訓練になんの意味がある? そもそも、この戦法が通じるのは学院生相手だけ。こんな戦法、やるだけ無駄。いや、変な癖が付くから害悪にしかならない。今すぐ止めなさい」
「……」
「身体強化魔法を使うこと自体は有効な戦法。だけど、魔道具の力ありきで戦っていればすぐに詰む。もうちょっと考えなさい」
「……はい」
リンねーちゃんの言う通りだ。
私は、パパの作った魔道具だから、防御魔法が優秀だから、多少ダメージを受けても耐えられると思って、防御を捨てて身体強化魔法で肉薄し、相手を焦らせて魔法を放つという戦法をよく取っていた。
それは確かに有効で、今まで防御魔法が削り切られたことはなかった。
でも……リンねーちゃんは、一撃で、それも皆よりも短い魔力の溜めで削り切った。
それだけ、リンねーちゃんの魔力制御が早くて正確なんだ。
そんな人相手に、真っすぐ突っ込んでくるだけの私なんて、それこそただの的だ。
なんで……なんでこんな思い違いをしてしまったんだろう。
魔道具をマックスに渡したあと、私はフラフラを魔法練習場の壁に凭れ掛かり、ズルズルと座り込み、膝の間に顔を埋めて塞ぎ込んでしまった。
壁際まで来る途中、ヴィアちゃんやデビーの心配そうな顔が見えたけど、顔が上げられない。
初めて負けたことが悔しいし、その原因が私の思い違いによるものであったことが恥ずかしくてしょうがない。
私は……多分思い上がっていたんだ。
連戦連勝。上級生にも負けない。学院最強。
ミーニョ先生が言っていたじゃないか。学院生なんて魔法使いの卵でしかない。
そんな中で王様気取っていい気になっていたんだ。
ヤバ……情けなくて涙が出てきた。
皆が対人戦をしている魔法が炸裂する音を聞きながら、私は授業中ずっと塞ぎ込んでいた。
すると……。
ゴチンッ!!
「あいたあっ!!」
頭を思いっきり叩かれた。
な、なに!?
痛む頭を押さえて顔を上げると、腕を組んで仁王立ちしたリンねーちゃんがメッチャ睨んでいた。
「今は授業中。他の人の戦闘を見るのも勉強。シャルは、それすらも放棄するの?」
「あ……」
「これ以上成長するつもりがないならそれでいい」
「そんなつもりない!!」
リンねーちゃんの言葉に、私は叫びながら立ち上がった。
すると、それを見たリンねーちゃんはニヤッと笑った。
「そう。なら、こんなところで時間を無駄にしている暇はない。授業に戻る」
そう言われた私は、零れていた涙を拭いてリンねーちゃんを睨み付けた。
「……分かった。その内、リンねーちゃ「リン先生」……リンせんせーにも勝つ」
「ふ。そんな日がくればいいね?」
くそう、格好よく宣戦布告したかったのに、リンねーちゃんは憎らしいくらい余裕綽々だ。
今に見てろよ……。
背を向けて皆のもとへ戻っているリンねーちゃんを睨んでいると、デビーが側に寄ってきた。
「シャル」
「なに? デビー」
「私も、リン先生に勝つ」
あー、うん。そうね。デビーはそうだろうね。
「だね。お互い頑張ろう」
「ええ!」
こうして、凹まされた私と、想い人を取られそうなデビーは、打倒リンねーちゃんを掲げるのだった。
「……遠い道のりですわねえ」
「うるさい」
ヴィアちゃんは、そんな私たちを見て呆れた顔をしていた。
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リンがシャルロットたちの指導のため、学院で授業をした放課後、それを手配したシンはリンから報告を受けていた。
「そうか。悪いなリン、嫌な役目を押し付けて。ああ、これからもよろしく頼むよ」
そう言って無線通信を切ると、アルティメット・マジシャンズの事務所にある自分の席で、シンは椅子の背もたれに体重をかけた。
「ふぅ……」
元担任であるマーカスから連絡を受けて、シャルロットの教育についてどうしようかと悩んだシンだったが、リンが上手く鼻っ柱を折ってくれたおかげで、なんとかシャルロトは増長せずに済みそうだ。
そう思って安堵の溜め息を吐くと、アルティメット・マジシャンズ事務長であるカタリナが話しかけてきた。
「溜め息なんか吐いて、どうしました?」
「ああ、いや。子供を教育するのは難しいなあって思ってね」
「ふふ。なんでもこなせる魔王様も、お子さんには苦労させられるのですね」
「苦労しっぱなしだよ。特にシャルには」
「あら、そんなことシャルちゃんが聞いたら拗ねちゃいますよ?」
「はは。それもそうだな……」
そんな他愛もない話をしていると、シンの無線通式に着信が入った。
「はい、シンです。ああ、お疲れ様です。また新しい報告ですか? ……え? はあ!?」
シンが突然大声を出して立ち上がったので、事務所内にいる全員の視線が集まる。
「ええ。ええ、はい」
シンは、通信相手からの報告を受けながら必死にメモを取る。
しばらくそうして通信をしていたシンは、通信が終わるとメモを見て眉を顰めた。
「すまないカタリナさん。ちょっとオーグに報告しないといけない案件ができた」
「あ、は、はい。もしかして、超重要機密……ですか?」
「ああ。なので、別室でオーグに報告してくる。すなないがしばらく立ち入らないようにしてくれ」
「は、はい! かしこまりました!」
シンはカタリナにそう告げると、人気のない個室に入り防音の魔道具を起動させた。
「ふう、これは……久々の厄介ごとだなあ」
これから起こる面倒ごとを考え、シンは溜め息を吐きながら王城へと通信をかけ始めた。
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