第17話 担任教師の悩み

 春の競技会で総合優勝した私は、上級生たちから引っ切り無しに対人戦の申し込みをされるようになった。


 対人戦が魔法の実力向上に一番向いていると思った私は、これを全て受諾。


 連戦連勝を続けていた。


 そして、それは授業中の対人戦でも同じだった。


「きゃああ!!」

「っしゃ!」


 デビーに魔法を喰らわせるとアラームが鳴り、私の勝利が確定した。


 負けたデビーは悔しそうな顔をしている。


「また負けた! アンタとの差が全然埋まらない!」


 そう、デビーはほぼ毎日私と行動を共にしている。


 街に遊びに行くこともあるし、家でひいお爺ちゃんたちから魔法を教えてもらうこともある。


 それに加えて、高等学院生になったことから私単独での魔物狩りもようやく許可が降りた。


 デビーも、狩った魔物はハンター協会で買い取ってもらえることから、バイト替わりに一緒に魔物狩りをしている。


 家計の足しにするんだそうだ。


 いい子過ぎて涙が出てくる。


 そんな毎日を過ごしていると、当然のようにデビーの実力も上がる。


 しかし……。


「そりゃあ、私とデビー一緒に行動してるじゃん。差が縮まらなくて当然だね」

「くそぅ、そうだった……」


 デビーは地面を叩いて悔しがっている。


 授業での対人戦に負けたからってここまで悔しがる子は中々いない。


 本当に向上心と負けず嫌いの塊だ。


 そんなデビーを見て、ヴィアちゃんが感心した顔になる。


「それにしても、デボラさん本当に強くなりましたわね。私も、気を抜くと負けそうになりますわ」

「俺は何回か負けた……」

「俺はまだ負けてない」

「くっ! まだ五分ですわよ!」


 そう、ヴィアちゃんとレインはまだデビーには負けていないけど、ちょいちょい危ない場面が出てきた。


 マックスはすでに何回か負けており、アリーシャちゃんに至ってはもう五分五分だ。


 それくらいデビーの成長が著しい。


「デビーは分かりやすいけど、私はどうなんだろ?」


 それは純粋な疑問だった。


 しかし、その疑問を聞いたヴィアちゃんは、ちょっと悲しそうな顔になった。


「シャルは間違いなく成長してますわよ。貴女にそう思わせてしまうのは、私たちが不甲斐ないせいですわね」

「え? なんで?」


 ヴィアちゃんは間違いなく強い。


 正直、上級生の誰と戦うよりヴィアちゃんとの対人戦が一番怖い。


 いつ負けてもおかしくないと思っている。


「シャルは負けたことがないから、自分より強い相手に近付いているという実感が、自分が強くなっているということが分からないのですわ」

「あー、そういうことか」


 確かに、私は入学してから授業・競技会を含めて負けたことがない。


 なので、自分より強い相手に挑みそこに近付いているという気持ちは分からない。


「でも、ヴィアちゃんとの勝負はいつもギリギリだと思ってるよ?」


 私がそう言うと、ヴィアちゃんは自嘲気味に笑った。


「そのギリギリの勝負に、私はいつも負けております。それは、私にシャルを負かせるだけの決定打がないということですわ」

「そ、そんなことないよ?」

「下手な慰めは結構ですわ。いつか追い付いてみせますから、首を洗って待っていらっしゃい」

「……なんか、私、悪役みたいじゃない?」

「悪役というか、全校生徒にとっての的ですわね」

「的!? せめて目標って言って!?」


 確かに、引っ切り無しに対人戦の申し込みは来てるけど! 的は非道いんじゃない!?


 私たちがそんなやり取りをしている間、ミーニョ先生が難しい顔をしていることに、私たちは気付かなかった。







*******************************************************





 シャルロットたちの授業が終わったあと、彼女たちの担任で魔法実技の担当教諭であるミーニョはある目的地に向かって学院内を歩いていた。


 ミーニョはその目的地に着くと、扉をノックした。


『はい?』

「お忙しいところすみません。一年Sクラス担任のミーニョです」

『ああ。入っていいぞ』

「失礼します」


 ミーニョがそう言って扉を開けたのはこの学院の学院長室。


「どうした? ウォルフォードがなにか問題を起こしたか?」


 元々、シャルロットの父母であるシンとシシリーの担任をしていたアルフレッド=マーカス学院長は、シンが学院生であったときに散々迷惑をかけられてきた。


 その記憶があまりに鮮明なため、その娘であるシャルロットの信用度もかなり低い。


 ちなみに、息子であるシルベスタは、養子でありシンの血を引いていないこと、中等学院時代は優等生であったという前情報があったため、最初こそ警戒したが、すぐにその警戒は解かれた。


 とにかく、そんな問題児の娘がいるクラスの担任が態々学院長室を訪ねてきたのだ。つい身構えてしまうのも無理からぬことである。


 ミーニョは苦笑しつつ学院長の質問に答えた。


「ウォルフォードの件ではありますが、特に問題を起こしたわけではありません」

「問題は起こしていない。が、相談があると。一体なんだ?」


 ミーニョが訪ねてきた意図が分からず、マーカス学院長は姿勢を正し聞く体制になった。


「ウォルフォードが先日の競技会以降、上級生たちから頻繁に対人戦を申し込まれているのはご存じでしょうか?」

「そうなのか? そこまでは把握していなかったな」

「そうですか。今現在、ウォルフォードはほぼ毎日上級生から対人戦を申し込まれております。そして、その全てに勝利しております」


 ミーニョの報告を受けたマーカスは、フッと笑って椅子の背もたれに体重をかけた。


「天才の娘は天才だったか」

「そう思いますが、それによって問題が起きそうです」

「起きそう? なんだそれは。まだ起きていないのか?」

「はい。ウォルフォードは、学内で敵なしの状態です。それは確かに素晴らしいことですが……」


 ミーニョはそこで言葉を切ったが、マーカスはそれに続く言葉とまだ起きていない問題というものにようやく思い至った。


「勝ち過ぎると増長するか……」

「すでにその兆候が見られています。どうも、他の生徒のことを意識的にか無意識にか下に見ている様子が見られました」

「むぅ……」


 シャルロットの実力を見れば、確かにそれは間違っていない。


 対人戦で学内負けなし。


 誰であってもシャルロットより下であるのは事実だろう。


 だが、それを意識してしまうとシャルロットは増長する。傲慢になり、他の生徒を高圧的に支配するかもしれない。


 教師として、生徒がそんなことにならないように誘導しなければならない。


 しかし、現状学内に敵がいないのも事実。


「ウォルフォードを増長させないために、負かさなければいけないが、その相手がいない……教師に相手をさせるしかないか……」


 マーカスが苦渋の決断をしようとしたが、ミーニョがそれに待ったをかけた。


「今はまだ大丈夫でしょうが、近い将来追い抜かれる可能性が高いです。そうなると、もうこの方法も使えません」

「……Sクラス担任で魔法実技担当教諭のお前でもか」

「はい。それほど、ウォルフォードの力はこの学院では抜きん出ています」


 担当教諭の講評に、マーカスは頭を抱える。


「マジで増長一歩手前じゃねえか……」

「魔王様のときはどうだったんですか?」


 魔王の元担任。あれほどの魔法の使い手を担任していたマーカスならなにかいい案が出るのではないかと期待してミーニョはマーカスのもとを訪ねたのだ。


 だが、マーカスはフッと息を吐くと、遠い目をした。


「アイツは……入学した当初から人類の枠を大きくはみ出していたよ。そもそも学院で習うことなど最初からなかったんだ」

「そ、そうなんですか?」

「アイツが学院に通ってた理由、知ってるか?」

「いえ、そこまでは……」

「友達作りと常識を学ぶため、だよ」

「……」


 魔法、一切関係ない。


「やること成すこと全部が常識外でな……周りからは常に自重しろと怒られていたよ」


 マーカスはそう言うと、ハハと乾いた笑い声をあげた。


「話を聞く限り、シャルロット=ウォルフォードはそうじゃないんだろ?」

「そうですね。皆より頭一つか二つ抜きん出ている状態です」

「そういう状態が一番危ないんだ。ちょっと余裕を持って勝っている。その状態が続くと、やがて増長し、傲慢になる。シンほど飛び抜けていればそんなことにはならないんだろうが……」

「……どうしましょう?」

「どうしましょうって言われてもな……」


 シャルロットを増長させないためには、自分より上位の人間がいることを思い知らせなければいけない。


 しかし、教師の中で最強に近いミーニョですら近い将来追い抜かれるかもしれないとなると、もう思い当たる人間がいない。


 散々悩んだ挙句、マーカスは異空間収納から無線通信機を取り出した。


「できれば、この手段は取りたくなかったんだがな……」


 マーカスはそう呟くと、どこかへ通信をかけた。


 コールして少し経った後、相手が出た。


「忙しいところすまない。マーカスだ。ああ、久しぶりだな。実は、ちょっと相談があってな……」


 こうして、マーカスは通信相手に相談し、解決策を提示してもらった。


 その解決策とは、学院の教師よりもっと強い魔法使いを派遣するというものだった。


 話の流れを聞いていたミーニョは(それができれば苦労しない)と内心で思っていたが、通話を切る直前にマーカスが言った言葉に目を見開いた。


「ああ。すまん、恩に着る。それじゃあ、学院に来るように言っておいてくれ。ありがとう。助かったよ、シン」


 マーカスは通話を切ると、目を見開き、ポカンと口を開けているミーニョに向き直った。


「シンが、学院に魔法使いを派遣してくれるそうだ。これでウォルフォード……ややこしいな、シャルロットが増長することはなくなるだろう」

「が、学院長……」

「ん?」


 話をプルプルしながら聞いていたミーニョは、感動した面持ちでマーカスのことを呼んだ。


 部下の悩みを、できれば取りたくない手段だったとはいえ解決してみせた自分に感動しているのだろう、とマーカスは思っていた。


 だが。


「シ、シン様の個人的番号を知っているのですか!?」

「感動するとこそこか!?」


 全く予想外のことで感動していたことを知り、マーカスはガックリと項垂れるのであった。


 そして、連絡をしてから数日後、その魔法使いは一年Sクラスに現れた。


「今日から、この学院の魔法実技の臨時講師になったリン=ヒューズと言う。よろしく」


 アルティメット・マジシャンズの初期メンバー。


 英雄の一人。


 リン=ヒューズが教壇に立っていた。



 

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