第15話 治癒魔法士の必修項目

 親睦会のあと、ハリー君は攻撃魔法研究会に、レティは聖女研究会に入会した。


 ハリー君は就職のため、レティは同担と盛り上がるためだ。


 レティは、私と同じクラスで、時々私の家に遊びに行くこともあると話たところ、ママのことについて知ったことがあれば教えて欲しいとお願いされたらしい。


 しかし、その内容がプライベートなことまで含まれていたので、レティはその申し出を断ったらしい。


「スパイみたいな真似はちょっと……」


 と言うと、渋々だが引き下がってくれたそうだ。


 しかし、聖女研は治癒魔法士を志望している生徒の集まり。


 こちらも元々治癒魔法士を目指していたレティは、ママから治癒魔法を教えてもらうことになっている。


 ママにお願いしたら快諾してもらえたので。


 で、ママから治癒魔法について教えてもらったことは、聖女研の皆にも教えていいという許可がママから出たので、レティがママに治癒魔法を教えてもらって聖女研に伝わる、という流れができあがった。


 今まで独自にママの治癒魔法について研究していただけの研究会だったので、ある意味公認を得たのと同じだと、聖女研は大層盛り上がったらしい。


 ただ、聖女研のメンバーが家に来ることは遠慮してもらっている。


 ママがレティに治癒魔法を教えるのは、レティが私の友達だから特別なのだ。


 じゃあ、ママの治癒魔法は誰にも教えていないのか? と言われればそうじゃない。


 ママの治癒魔法の伝導は治療院で行っている。


 つまり、家で魔法を教えるのは特別なことなので、もしママから直接治癒魔法を教えてもらいたいなら治癒魔法士になって治療院に就職してくださいってこと。


 レティは、私と友達になった特権だ。


 そして、その特権は他のクラスメイトにも適用される。


 親睦会以降、デビーは私たちと行動を共にするようになった。


 当然家にも来る。


 同性の友達だからね。


 ハリー君とデビット君は、たまに家にも来るけど、基本的にはマックスたちと一緒が多い。


 そんな中デビーは、ほぼ毎日私と行動を共にして、街に遊びに行ったり、家に来てひいお爺ちゃんたちから魔法の指導を受けたり、運よくパパが家にいるときはパパからの魔法指導を受けたりしている。


 パパの魔法指導なんて、アルティメット・マジシャンズに入団しないと絶対受けられないもの。


 ひいお爺ちゃんなんて、隠居してアルティメット・マジシャンズでも教えてないから、その指導なんて超レア。


 それが受けられたのは、娘である私と友達になったからに他ならない。


 世間からすれば……というか、今までのデビーからすればズルイと思われる状況なのだが、実際に自分がその特権を享受すると、そういうことは言わなくなった。


「今まで、特権を持ってる人たちはなんてズルいの。って思ってたけど……自分がその立場になると、とても手放せるものではないわね」


 パパが昔から使っていた荒野にある魔法訓練場にて、魔法を放ちながらデビーがそんなことを言う。


 最初、この荒野にひいお爺ちゃんのゲートで来たときは「これがアルティメット・マジシャンズの秘匿魔法ゲート!!」って大興奮してた。


 二回目からは言わなくなったけど。


「そう? それにしても、デビーの魔法、上達したねえ」

「賢者様のご指導が的確だからね。今まで自分で試行錯誤してたのがなんだったのかって思うわ」


 デビーがそう言うと、後ろから「ほっほ」という声が聞こえてきた。


「それは決して無駄なことではないぞデボラさん。デボラさんは今まで自分で試行錯誤してきておるから魔法に対する理解が深まっておる。その上でアドバイスを貰うからすぐに理解できる。デボラさんは、儂が教えてきた中でも相当優秀な部類じゃて」


 私たちの魔法指導をしてくれているひいお爺ちゃんが、嬉しそうな顔をしながらデビーのことをそう評価する。


 評価されたデビーは、照れくさそうにしながらも嬉しそうだ。


 私がデビーをこの魔法練習に誘ったのも、デビーが今まで一生懸命頑張っていたことを知ったからだ。


 あまり恵まれている家庭環境とはいえず、同級生たちから馬鹿にされいじめられても腐らず、高等魔法学院Sクラスに合格するほど頑張ってきたデビーだからこそ、私は手を差し伸べた。


 すごく上から目線なのは分かってるけどね。


 頑張ってる子は応援したいじゃん。報われて欲しいじゃん。


 それに、デビーもレティも一緒に強くなれば、パパたちみたいな関係性になれるかもしれないし。


 そんな将来を夢想していたらポカっと頭を叩かれた。


「ほれ、なにやってんだい、手が止まってるよシャル。そんなんじゃああっという間にあの子に追い抜かれちまうよ」


 後ろを振り向くと、ひいお婆ちゃんが腕を組んで仁王立ちしていた。


「はーい」


 ひいお婆ちゃんは、ウォルフォード家の女帝だ。


 だれもひいお婆ちゃんには逆らえない。


 なので私も素直に魔法練習を再開した。


「ふむ。二人とも大分上達してきたのう。これなら、もうすぐ行われるという競技会も大丈夫なんじゃないか?」


 ひいお爺ちゃんの言う競技会とは、対人戦闘訓練用の魔道具が本格的に授業に組み込まれるようになってから行われるようになった高等魔法学院のイベントだ。


 学年ごとに行われ、Sクラスは全員、A、B、Cクラスから選抜された各二名……今回はウチのクラスで欠員が出たからAクラスから三名、各学年計十六人でトーナメントを行う。


 そして、各学年の優勝者で総当たり戦を行い、総合優勝を決める。


 今までに無かった試みが近々行われるのだ。


 ちなみに、去年の総合優勝はお兄ちゃんだ。


「そうさねえ。それにしても、魔法の対人戦闘訓練用の魔道具なんてよく作ったもんだ。相変わらずだねえ、あの子は」

「ほっほ。まあ、誰にも迷惑はかけておらんし、むしろ子供たちの実力向上に一役買っておるんじゃし、良いことじゃろ。それにしても、それが儂の若いころにあったらのう」


 ひいお爺ちゃんが、昔を懐かしがるようにそう呟くと、ひいお婆ちゃんがメッチャ嫌そうな顔をした。


「よしとくれ。あんなもんが私らの若いころにあったら、アンタ誰にでも見境なく勝負をしかけてただろ」

「「え?」」


 ひいお婆ちゃんの言葉に、私たちは耳を疑い思わず魔法を放つ手を止めてひいお爺ちゃんを見てしまった。


 今のひいお爺ちゃんは好々爺……というか、段々仙人みたいになってきていて、好戦的なひいお爺ちゃんなど想像もできない。


 じっとひいお爺ちゃんを見ていると、ひいお爺ちゃんはふと視線を逸らした。


「まあ、誰にでも若い頃はあるということじゃ」

「そ、そうなんだ……」


 どうやら本当のことのようだ。


 ちなみに、今私たちの手元にその魔道具はない。


 対人戦闘訓練用魔道具は学院で管理し、申請した場合のみ教員立ち合いのもと使用が許可される。


 私は開発者の娘だけど、公平を期すため使わせてもらえない。


 まあ、当然だよね。


 そんなわけで、私たちはひたすら自分の魔法の強度と精度を高めるための練習をしているのだ。


「そういえば、明日はマックスたちもこっちの練習に参加したいって言ってたけど、いい?」

「おお、いいぞ。子供らが沢山集まってくれるのは嬉しいことじゃ」

「まあ、暇だしね」


 ちなみに、今日の男子たちは、ビーン工房で新作のマジコンカーができたとのことで、そっちを見に行っている。


 遊びにかまけている男子には負けられないよね。


 ヴィアちゃんは、お城で王女様のお勉強があるとのことでアリーシャちゃんと共に欠席です。


「頑張ろうねデビー」

「もちろん。あ、そういえばそろそろレティも帰ってきてるころじゃない?」

「そうかも。そろそろ帰る?」

「そうね。そうしましょうか」


 今日はレティも一緒に家に来たのだが、ちょうどママがいたので治癒魔法を教えて貰うため別行動を取っていた。


 そちらもそろそろ帰ってきてるころなので、私たちは魔法練習を切り上げ家に帰ってきた。


 ひいお爺ちゃんの作ったゲートを潜って最初に見たのは、真っ青な顔をして俯いて口を抑えているレティの姿だった。


「ど、どうしたの!? レティ!」

「だ、大丈夫なの?」


 あまりに非道い顔色だったので、私とデビーは慌ててレティに駆け寄った。


 すると、レティはゆるゆると青白い顔を上げた。


「う、うん……だいじょぶ……」

「全然大丈夫そうじゃないよ! 座ってないで横になりなよ!」

「うん……ゴメン、そうするね」


 あまりにも顔色が悪いので、横になるように進言すると、儚い笑顔を見せながらソファーに横になった。


「レティがこんな状態になるなんて……一体なにが?」

「それより、ママはどこ?」


 こんな状態のレティを放置するなんて、ママの行動としてはありえない。


 そう思ってキョロキョロしていると、ママが厨房から出てきた。


 その手には氷嚢を持っている。


「あら、おかえりなさいシャル」

「ただいま。じゃなくて、レティ、なんでこんな状態になってんの?」


 放置してたんじゃなくて看病するために氷嚢を取りに行っていたのか。


 でも、ママの治癒魔法ならレティの状態も治せるんじゃないの?


 なんでわざわざ氷嚢なんか……。


 その疑問は、ママからの答えで明らかになった。


「マーガレットさん、動物の解体は初めてだったらしくて……それを見て吐いちゃったのよ」


 あー、そういうことか。


「初めてだったら、吐くよね」

「ええ。精神的なことだから治癒魔法は効かないのよ」


 ママはそう言うと、レティの額に氷嚢を乗せた。


「どう? 大丈夫?」

「は、はい……すみません、お手数をお掛けしてしまって……」

「いいんですよ。それより、ごめんなさいね。動物を解体するのが初めてだったなんて知らなくて」

「いえ……私はそういうのが苦手で逃げてただけなんで……いつかはやらないといけなかったんで……」

「そう。なら頑張って慣れましょうね。これは治癒魔法士には必要なことですから」

「……はい」


 レティの額に氷嚢を乗せ、優しく頭を撫でながらそう諭すママ。


 さっきまで具合悪そうだったのに、レティの顔色は大分良くなってきたみたい。


 良かったと思っていると、デビーに服を引っ張られた。


「ん? なに?」

「いや、なにって……治癒魔法士の訓練で動物を解体するってどういうこと?」


 怪訝な顔をしていたデビーにそう言われてやっと気付いた。


「あー、そっか。デビーは治癒魔法って習ったことある?」

「ない」

「なら知らなくても仕方ないか。あのね、治癒魔法って身体を治すじゃん? だから生物の身体の構造をしっておくと効率が段違いなんだよ」

「へえ、そうなの」

「うん。だから、治癒魔法士は動物を解体できるようになるのが必修項目なんだけど……まあ、大概最初は吐くんだよ」

「当たり前ね。私も吐く自信があるわ」

「で、レティはその初めてを体験したの」

「……そういうこと」

「でも、どうしようか? レティがその体験をしたなら、あまり間を置かずに次もやった方がいいと思うんだけど」

「そうね。でも、レティも競技会に出るんだからそっちの練習もしないと」


 折角ママから治癒魔法を教えてもらえるのだ、そっちに集中した方がいいんだろうけど、私たちは競技会のために特訓をしようと考えている。


 レティだけ除け者は可哀想だ。


「あら、じゃあしばらくはそっちに専念すれば? 競技会まであまり日にちもないでしょう?」


 どうしようかと悩んでいると、ママからそう提案されたら、レティは捨てられた子犬みたいな表情になっていた。


 そんなレティを見て微笑んだママは、レティの頭を優しく撫でた。


「焦らなくても大丈夫ですよ。治癒魔法は、時間をかけてゆっくり習得していけばいいんです。今はクラスメイトとの絆を大事にする時期ですよ」

「……はい!」


 ママの言葉に、感激した顔になるレティ。


 この先も治癒魔法を教えてもらえると約束してくれたようなもんだからね。そりゃ嬉しいだろう。


 それにしても、こういうときのママはマジ聖女って感じ。


 怒っているときのママは、マジ聖女? って感じだけど。


「じゃあ、明日は男子たちも参加するって言ってるし、レティもそっちの特訓だね」

「うん。分かった。頑張る」

「そんなこと言って、初戦で負けたりしないでよ? シャル」

「しないよ!」


 そう言ってキャイキャイ騒ぐ私たちを、ママは優しく見守ってくれているのだった。


 

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