第21話 交易交渉

 アールスハイド王都に到着した使節団一行は、王都の入口で大型魔動バスから降りた。


 王都内、というか街中は大型魔動バスの通行が許可されていない。


 この大型魔動バスは街と街の間でのみ運行されてる。


 元々人と馬車が通れるほどにしか道路が整備されていないため、街中は小型の魔道車しか通行が許可されていないので、ここから小型の魔道車に乗り換える必要があるためだ。


 バスを降りた使節団一行は、そこで待ち構えていた一段に出迎えられた。


 彼らはアールスハイド王国の外交局の職員であることを名乗り、彼らを迎えに来たのだと言う。


「わざわざのお出迎え感謝いたします」

「いえ、こちらとしても未知の国の方々との交流を心待ちにしておりましたからね、これくらいのことはなんでもありません」


 外交局の職員の言葉を信じるなら、自分たちは歓迎されているようだ。


 そして、このまま王城に向かい国王と謁見するという。


 いきなりの国王との謁見に緊張する使節団だったが、今回の謁見は小さな会議室で行われることが伝えられた。


 これは、彼らが外国人であり、この国の儀礼を知らないこと。


 謁見の間での謁見は、大勢の人間がいる中で行われるため、どうしても儀礼が必要になり、それを強制するのが憚れたための措置であった。


 そう説明を受けた使節団はホッとした。


 なにせ彼らの国に王族は存在しない。


 君主は常に民衆の中から選出され、その君主と会うときでさえ最低限の礼節さえ守っていればなにも咎められない。


 そんな国で生まれ育った彼らが儀礼的な態度を求められる謁見の間で冷静に話ができると思えなかったからである。


 そのことを知ってか知らずかこのような対応にしてくれたことに、使節団は密かに感謝していた。


 国王がいる王城までは四台の小型車に分乗して乗っていくことになった使節団一行だが、王都の景観に圧倒されてしまった。


 今まで立ち寄ったどの街よりも大きく、設置されている魔道具も多い。


 中には、なにに使うのか用途の分からないものも多くあり、特に魔道具士の男が熱心に車外を流れる景色を見ていた。


 他の者たちも興味深そうに車外を見ており、気のせいかもしれないが歩いている人たちでさえ洗練されているように見えた。


 警備局の車に先導されている車は、一度も止まることなく王城に辿り着き、使節団は車をおりた。


 そこで、彼らは外務局の職員から各自一枚のプレートを受け取った。


「それは、王城に入城するゲストに渡される入城許可証です。無くさないように首から下げておいてください」


 外務局の職員はそう言うと、自らも首から下げているプレートを、王城の入り口に設置されているゲートに翳した。


 すると、閉じられていたゲートが開き通行可能となる。


 外務局の職員がゲートを通ると、ゲートはすぐさま閉じた。


「な!? なんだこれは!?」

「不審者侵入防止用の入城ゲートです。今お渡ししたプレートをかざすと通ることができますので、同じようにやってみてください」


 そう説明された施設団員たちは、恐る恐るゲートにプレートを近付けた。


 すると、さっきと同じようにゲートが開き、通り過ぎるとゲートは閉じた。


「……!」


 ヨーデンでは考えられないほど高度な技術に、施設団員たちは呆気に取られ、皆ゲートを通ったところで固まってしまっていた。


 そんな使節団一行を横目に、外務局の職員は近くにいた警備局の警官になにか言付けをすると、使節団に声をかけた。


「それではご案内いたします。こちらへ」


 呆気に取られていた施設団員たちは、外務局の職員の言葉にハッと我に返り、先導する職員のあとを追いかける。


 王城は、ヨーデンでは見たことがないほど巨大な建造物だったが、不思議なことに案内されている道中で誰ともすれ違わなかった。


 建物の規模に反して人員が少ないのだろうか? しかし、それにしては掃除が行き届いている。


 どういうことだ? と不思議に思いつつも、大人しく外務局職員のあとに付いて行く。


 もうすでに案内なしでは一人で出口まで出られないところまで来た外務局職員は、一つの扉の前で立ち止まった。


 その扉の前には二人の人間が立っており、その人間は今までの外務局職員や警備局の警官と違い、武装していた。


 明らかに、この扉の前だけ厳戒態勢である。


 それを見た施設団員たちは、ここが国王のいる部屋であることに気付き、緊張が高まった。


 外務局職員が兵士であろう警備の人間といくつか言葉を交わしたあと、兵士が扉をノックした。


「陛下。使節団の皆さまがご到着されました」

『通してくれ』


 扉の向こうから聞こえてきた声に、使節団の緊張は更に高まる。


 今、警備兵は間違いなく『陛下』と言った。


 ならば、今返事をしたのは国王だ。


 いよいよヨーデンの人間として初めて王族と相対することになる。


 特にリーダーは緊張でガチガチになっていた。


「それでは、失礼のないようにな」

「は、はは!」


 今まで会ってきた人たちとは違う、軍人の剣呑な声色に、リーダーは思わず臣下のような返事をしてしまった。


 警備兵がそのことに苦笑すると、おもむろに扉を開いた。


 その先にいたのは……。


「ようこそお出で下さったヨーデンの使者たちよ。私はアールスハイド王国の王、アウグストだ」


 キラキラと輝く金の髪に、透けるような青い瞳、そして陶磁器のように白く艶やかで恐ろしいほど整った顔立ちの国王アウグストがヨーデン使節団を出迎えた。


 国王に会いに来たので覚悟は出来ていたが予想以上に強い王族のオーラに、施設団員たちはあっという間に呑まれてしまった。


「あ、は、初めまして……この度は、我々を迎え入れて下さって、ありがとうございます」


 リーダーはそう言って深々と頭を下げた。


 周りの使節団員たちもそれに倣って頭を下げる。


 それを見て、アウグストは一つ頷いた。


「頭を上げて楽にしてくれ。さて、全員分が座れる場所はないから、代表者だけで構わないかな?」

「あ、は、はい! 大丈夫です!」

「よかった。ではそちらに」

「し、失礼します!」


 優雅な仕草でソファーに座るアウグストとは対照的に、ガチガチな動きでソファーに座るリーダー。


 それは傍から見れば滑稽な光景に見えるのだが、こちらもガチガチに緊張している使節団員たちは笑う余裕さえない。


 そんな緊張で固まってしまっている使節団員たちに、アウグストはフッと微笑むと柔らかい口調で語り掛けた。


「そう緊張しなくてもいい。なにも取って食おうというわけではないからな」

「は、はあ」

「それで、我が国はそちら、ヨーデンから見てどうであった?」

「は、はは! それはもう、この国の魔道具の技術の高さには驚かされてばかりでございます」


 リーダーの言葉を聞いて、アウグストはピクリと眉を動かした。


「ほう。それは意外だな。我々の予想では、そなたらは前文明時代にこの大陸から戦争を逃れるために避難した民たちだと思っていたのだが」


 アウグストの推察に、リーダーは目を見開いた。


「あ、あの、それをどこでお聞きになられたのですか?」

「いや。我々が外洋からやってきたにも関わらず驚いていなかったこと、それと言葉が通じたことから推測したにすぎん。もしかして、本当のことなのか?」

「そう言われています。ただ、あまりにも昔のことで記録が残っておらず、我々もお伽噺であると思っておりました。ですので、調査団が現れたときには言い伝えが本当であったことの驚きの方が強かったです」

「そうなのか。なら、前文明の技術は……」

「なに一つ残っておりません。我が国にある技術は、祖先が一から作り上げたものです」


 リーダーがそう言うと、アウグストは「フム」と言って少し思案した。


「そうか、それは残念だ。我々としては、そなたらが前文明の技術を継承しており、その技術力を取り入れることが出来ればと考えていたのだが」


 アウグストの言葉に、またしてもリーダーは目を見開いた。


「え? し、しかし、我々は今日まで自走する車にのって移動してきました。これは、それこそお伽噺でしか語られていない前文明の技術です。こちらにこそ前文明の技術が残っていると思っていたのですが……」


 リーダーの言葉に、アウグストは苦笑を漏らす。


「残念ながら、我が国……というかこの大陸でも前文明の技術は失伝されている。だが、一人天才がいてな」

「ま、まさか……その方が前文明の技術を再現なさったのですか!?」


 アウグストの言葉に、リーダーではなく後ろに控えていた魔道具士の男が声を上げた。


「お、おい!」

「あ! す、すみません!!」


 驚いたリーダーが魔道具士の男に声をかけると、ハッとした顔をして深々と頭を下げた。


「ああ、いや。そなたらは使節団なのだ。皆も発言をして構わないぞ。それで、そちらの質問だが、答えは『その通り』だな」


 アウグストの返答に、魔道具士の男は呆気に取られた顔をしてしまった。


「まさか……そんなことが……」


 呆然とする魔道具士の男を見て、アウグストはまた思案する。


 どうやら、こちらが望んでいた前文明の技術は期待できそうにない。


 逆に、向こうがこちらの技術を学びたいと言って来ている。


 このままではこちらが享受するメリットが少ない。


 かと言って、ここで無碍に扱ってしまったらもしかしたら存在するかもしれないメリットを逃す可能性もある。


 どうすべきか? と思案しているアウグストを見て、明らかにこちらが受け取るメリットが大きくてアールスハイド側が受け取るメリットが少ないことを気にしていると判断したリーダーは、思案中のアウグストに声をかけた。


「あの、私たちもタダで魔道具の技術を学ばさせてもらおうという訳ではありません。少しの時間でしたが、こちらの国に滞在させて頂き、見学等をさせてもらいました。その結果、我々からもそちらへ提供できる技術があります」

「……ほう? それはどのような技術なのだ? 魔法か? 魔道具か?」

「魔法です。おい」

「はい」


 リーダーが声をかけたのは魔法使いの男。


 前へと出てきた魔法使いの男は、アウグストに声をかけた。


「あの、こちらで魔法を使ってもよろしいでしょうか?」


 アウグストと、側に控えている護衛騎士を見ながら魔法使用の許可を願うと、アウグストは護衛騎士をチラリと見た。


 護衛騎士は小さく頷くと、魔法使いの側までやってきた。


「その魔法は危険な魔法ではないか?」

「あ、はい。それは大丈夫です。それから、これを使ってもいいですか?」


 魔法使いの男がそう言って懐から取り出したのは、先日言った鍛冶工房から貰ってきた鉄の塊だ。


「? それをどうするのだ?」


 自身もアルティメット・マジシャンズの次席として、世界二位の魔法使いと言われているアウグストである。


 魔法についてはこの城にいる誰よりも造形が深いと自負している。


 だが、そのアウグストをもってしても、今からヨーデンの魔法使いが行おうとしていることに見当がつかなかった。


「はい。それは……」


 魔法使いの男は、そう言って魔法を行使した。


 それを見たアウグストは、驚愕に目を見開いた。


「な、なんだ、これは……?」

「これが、我々が示せる技術です。この技術は、この国の魔道具産業と相性が良いと思うのですが……如何でしょうか?」


 探るようにそう言うリーダーの言葉が届いているのかいないのか分からないが、アウグストはワナワナと震えだした。


 そして。


「シンを! シンを呼べ!!」


 部屋にいた側近に、すぐさまシンを呼びに行かせたのだった。



 そして、側近がシンを呼びに行って数分後、扉がノックされた。


「はい」

『陛下。シン殿が到着されました』

「来たか。通してくれ」

『はっ!』


 外から護衛兵の声が聞こえてすぐ、扉が開かれた。


「ん? お、もしかしてヨーデンの使節団の人ですか?」

「え、ええ。あの、あなたは?」


 何気ない感じで部屋に入ってきた人物に、使節団員たちは驚愕した。


 なにせ、この部屋には国王がいる。


 そんな気軽に入ってこれる部屋ではないはずなのだ。


 なのにこの人物は、まるで友達の部屋に入るかのように気軽に入ってきた。


「ああ、自己紹介が遅くなってすみません。私はシン。シン=ウォルフォードと言います。初めまして」


 シンはそう言うと、にこやかに笑いながら手を差し伸べてきた。


 リーダーは戸惑いつつもその手を握り返し、お互いに挨拶を交わす。


「急に呼び立ててスマンな、シン」

「別にいいよ。それより、俺を呼んだってことは、なにか問題でも発生した?」


 明らかにこの王族オーラバリバリの国王に対してする態度ではない口調で話すシンに、使節団員たちの方がハラハラした。


 しかし、当のアウグストは全く気にした様子を見せない。


「トラブルというか、私では全く理解できないことが起こったのでな、シンなら分かるかと思ったのだ」

「オーグが理解できない? そんなのあるのか?」

「ああ。すまないが、もう一度先ほどの魔法を見せてもらえないか?」

「あ、はい。分かりました」


 魔法使いの男は、先ほど魔法を使った鉄塊に、もう一度魔法をかけた。


 すると。


「こ、これは!?」


 魔法使いの男が使った魔法を見たシンは、驚愕したあと頭を抱えて膝をついた。


「お、おい。どうした? シン」


 シンのあまりにオーバーなリアクションに、アウグストは慌ててシンに声をかけた。


 すると、膝をついているシンは、悔しそうな顔になって呟いた。


「こ、この魔法を見落としていたなんて……俺は、なんて間抜けなんだ……」

「は? ということは、お前、この魔法の正体が分かったのか?」

「ああ」


 シンの言葉に驚いたのはアウグストだけでなく使節団員たちもだ。


 突然やってきて一目魔法を見ただけで全て理解したという。


 そのことが衝撃すぎた。


「そ、それで、この魔法はなんなのだ?」

「これは……この魔法は」


 シンは魔法使いの男に視線を向けながら、この魔法の正体について説明した。


 その説明に、またしても使節団員たちは驚愕し目を見開くのだった。


「くそお! これに思い至っていれば、今まで以上に魔道具作りが捗っていたのに!!」


 しかも、この魔法が魔道具の制作に非常に有用なことまで見抜いている。


 一体、このシンという人物はなにものなのか?


 そう思ったが、先ほどの言葉に魔道具士の男が引っ掛かった。


『魔道具の制作が捗っていた』


 シンはそう言った。


 それは、つまり……。


「もしや、陛下の仰っていた天才とは……」


 魔道具士の男がアウグストを見ながらそう訊ねると、小さく首肯された。


「その通り。前文明の技術を独自に開発してしまった天才が、このシン=ウォルフォードだ」


 そうやって紹介されたシンは、使節団の前だったということを想いだし、膝をついた態勢から立ち上がった。


「そうですか、あなたが」


 そういう魔道具士の男の目には、シンに対する畏敬の念が込められていた。


 その視線を向けられたシンは、全く意味が分かっていない。


(この人、なんでこんな目で見てくんの?)

(お前を認めたんだろう)


 小声で話しかけてきたシンに、アウグストも小声で返す。


 その認められる要素に心当たりがないシンは首を傾げる。


 そんなシンに、アウグストは話の本題を切り出した。


「シン、お前の目からみて我が国の魔道具の技術とこの魔法、対等な対価になるか?」


 そう訊ねられたシンは、自信を持って答えた。


「ああ。もちろん。素晴らしい技術だよ」


 シンのこの言葉で、交易の内容は決定した。


 アールスハイド側からは魔道具の技術を。


 ヨーデン側からは、アールスハイド……いや、シンでさえ知らなかった魔法技術の提供。


 この対等な条件により、アールスハイドとヨーデンは国交を結ぶことになったのだった。


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