第20話 使節団

「おはようシャル。ねえ、今日の新聞見た?」

「おはようデビー。新聞?」

「ほら、これよ」


 朝、挨拶をしたと思ったらすぐに新聞を見せてくるデビー。


 私はあんまり新聞とか見ないので、なんの記事なんだろうと思って覗き込む。


 するとそこには『南の海洋で新大陸発見! 独自文明の国家も!』という見出しが踊っていた。


「ああ、これか」

「これ、シン様が出資してる調査隊が発見したんでしょ? なにか詳しい話とか聞いてないの?」


 興味津々な顔してデビーが聞いてくるけど、その期待には応えられないな。


「残念だけど、あんまり詳しい話は知らないなあ。新大陸からの使節団が来週には到着するらしいから、その準備にパパも駆り出されて大忙しだって言ってたから」


 私がそう言うと、デビーは驚いた顔をしたあと、ニヤッと笑った。


「やっぱり、シャルのとこには情報が集まるわね。だって、この新聞には使節団がいつ到着するなんて書いてないもの」

「え? そうなの?」


 ヤバ。まずいこと言っちゃったかも。


「心配しなくても、明日には新聞で発表されるから大丈夫ですわよシャル」


 私の顔色を見て、安心させようと思ったのか、ヴィアちゃんが私の言ったことは明日には発表される情報だと教えてくれた。


「あ、そうなの? 良かった。言っちゃいけないこと言ったかと思った」

「えー、そうなんですか? なんだ、スクープかと思ったのに」


 ホッとする私と対象的に残念そうにするデビーに、ヴィアちゃんが窘めるように言った。


「デボラさん、あんまりシャルから聞いた話を他所でしてはいけませんよ? この子、それと知らずに機密情報を話してしまうことがあるのですから」

「あ、はい。大丈夫です。私、友達いないので、ただの自己満足ですから」

「「……」」


 あはは、と苦笑いするデビーに、私たちはなんとも言えない表情になった。


「そういえば、この前の元同級生たち、どうなったの?」


 あれも、友達ではないが知り合いではあるだろう。


 あのあとの顛末は聞いてないので、ちょっと気になっていたのだ。


「あ、男の方は、マックス君に因縁付けちゃったから、なんか報復されるんじゃないかってビクビクしてるらしいわ。女の方は、暴行未遂で補導されて、そのあと釈放されたらしいんだけど……」


 そこで一旦言葉を切ったデビーは、ちょっと憐れむような表情になった。


「知らなかったとはいえ、殿下に手をあげようとしたからね。どこからかその噂が流れて、彼女だけでなく家族まで周りから非難されてるそうよ」

「うわぁ……」


 噂? 噂ってどこから流れたの?


 まさか……と思ってヴィアちゃんを見ると、ヴィアちゃんは素知らぬ顔で首をコテンと倒した。


「知りませんわよ? 大体、あの場は衆人環視だったではないですか。誰か、彼女を知っている方が見ていたのではなくて?」

「ああ、そういえば、結構野次馬が集まってたなあ」

「そうですわ。それよりシャル? もしかして、私を疑いましたの?」

「え? いや、ヴィアちゃんならやりそうだなって……」

「……シャル」

「はい」

「そんなこと言うお口は、こうですの!」

「いひゃい! いひゃいよひあひゃん!!」

「えい、えい」


 プクッと膨れたヴィアちゃんに、両方の頬を抓られ、グニグニと伸ばされる。


 地味に痛い。


 それを見ていたデビーはひとしきり笑ったあと、今の状況について話してくれた。


「あはは。あー、まあ、そういうわけで、私には強力な後ろ盾ができたって地元で噂になって、今まで私のこと馬鹿にしてた連中が手のひらを返してきたのよ。さっきの話もそいつらに聞いた話よ。でも、今まで散々私のこと馬鹿にしてきた奴らのこと、今更友達なんて思えないわね。友達は、このクラスの人間だけでいい」

「そっか……うん。デビーがいいならいいや」

「そうそう。それで、その友達付き合いについてなんだけど。今日は放課後どうするの?」

「まあ。朝から放課後の相談ですの?」


 ヴィアちゃんの言葉で、私たちの間に笑いが零れた。


「放課後の遊びもいいけど、まずは授業。早く座る」

『はーい』


 いつの間にか教室に来ていたリンねー……リンせんせーに急かされて席に着き、今日も学院での授業が始まる。


 世間では、新大陸の発見に沸き立っているけど、学生である私たちには関係ない。


 毎日勉強して、魔法の訓練して、放課後に友達と遊びに行く。


 それでいいし、そうなるものと思っていた。




**********************************************






 それから数週間後。


 無事ヨーデンの使節団はアールスハイドにあるメッシーナ港に到着した。


 ここは、アルティメット・マジシャンズのメンバーでもあるマリア=ゼニス。旧姓マリア=フォン=メッシーナの実家の領地である。


 港町であるメッシーナの街には世界中から色んな船が来るので外国人は見慣れている……はずだったのだが、到着したヨーデン使節団を見た港の人々はその独特な容姿に目を奪われた。


 姿を現した使節団は男女混合だったのだが、その全てが黒い髪と浅黒い肌をしていたからだ。


 今まで見たことがない容姿の使節団はとにかく目立った。


 港に着くや、魔道具で溢れている街並みに感激し、あっちにフラフラこっちにフラフラと動き回ったからだ。


 見慣れない容姿で街を彷徨う集団が目立たたないわけがない。


 元々、新大陸発見の情報と使節団がやってくることは周知されていたので、あれが例の使節団かと、余計に注目を集めた。


 そんな魔道具に興味津々の使節団だが、実は船旅の最中から興奮状態だったらしい。


 シンが出資して南洋調査に出ていた調査団が乗っている船は、車にも使われている魔道モーターを搭載した最新型。


 帆もいらず、しかも鉄製なので多少の波にはビクともしない。


 船といえば木製の帆船しかないヨーデンの人間にとって、そこからもう未知の世界であった。


 こんな船を所有する国はどんな国なんだろう? と期待に胸を膨らませて港に辿り着けば、そこかしこに見たこともない魔道具がある。


 興奮するなと言う方が無理だろう。


 しかも、ここはメッシーナの街。


 この街の領主の娘であるマリアは、シンの妻であるシシリーの幼馴染みにして大親友。


 そんな妻の親友の実家であるこの街は、シンからある程度優遇されている。


 他の領地に比べて、最新型の魔道具が入ってくるのが早いのだ。


 これも所謂人脈によるものである。


 そんな他の街と比べても優遇されている街であるから、使節団の期待は見事に満たされた。


 用意されたホテルに案内された使節団は、そこでも目を見張った。


 明るく隅々まで照らしている照明。


 外は暑い時期にも関わらず快適な温度に調整されている屋内。


 自動で昇降する昇降機。


 部屋に入れば、蛇口を捻ればいつでも水やお湯が出てくる。


 当然、室内も明るく快適な温度に保たれている。


 ヨーデンにも魔道具はあるが、ここまで発展した魔道具は見たことがない。


 一旦一つの室内に集合した使節団は、今後のことについて話し合った。


「この国は凄いな。この部屋もそうだが、街中ですら無造作に魔石が使われている魔道具があった。一体どれほどの魔石が使われているんだ?」


 使節団のリーダーである男がそう言うと、同じく使節団員の女が首を傾げながら口を開いた。


「よほど大きな魔石の鉱脈があるんでしょうか? ヨーデンではそんなもの夢物語でしかないと言われていましたが……」

「しかし、これだけ潤沢に魔石があるとなると、その夢物語の存在があるのかもな」

「それもそうですが、魔道具の技術そのもののレベルが違いすぎます。なんですかこの部屋? 外は暑かったのに中はこんなに涼しい。どうやっているのか理解すらできません」


 ヨーデンでは魔道具の制作を生業としている別の使節団員の男が、悔しさを滲ませながらそう言う。


「お前でも分からないか?」

「さっぱりですね。常時点灯している照明なら魔石があれば作ることは出来ますが……部屋の気温を操作するなど、理屈すら分かりません」

「それほどか……」

「それほどです。それに、この宿まで乗ってきた乗り物を見ましたか? あれ、お伽噺に出てくる自走車ですよ? つまり、この国は空想上のお伽噺だと思われていた文明が残っているんですよ!」


 魔道具師の男の言葉に、リーダーを始めとする使節団員は黙り込んだ。


 彼らの国ヨーデンは、前文明時代、破滅的な戦争から命からがら逃げだした人間の末裔だと言われている。


 あまりにも昔のことであるし、正確な記録も残っていないため前文明のことは口伝によるお伽噺だと皆が思っていた。


 しかし、この国に来て、自分たちの国より発展している街を見て確信した。


『この国には、前文明の技術が継承されている』と。


 実際は違うのだが、その情報を知らない使節団員はそう結論付けた。


「となると……この国と敵対するのは現実的ではないな。我が国より圧倒的に魔道具の技術に優れているこの国に攻め込んだとて返り討ちに遭うのが目に見えている」

「逆に攻め込んでくる可能性は?」

「……どうだろうな。どうも我が国は偶然発見されたようだし、今のところ攻め込んでくる可能性は少ないだろう。もっとも、こちらが敵対しなければの話だがな」


 リーダーがそう言うと、軍務担当の使節団員の女が手をあげた。


「そもそもの話なのですが、我が国からこの国へどうやって兵を送ればいいのでしょうか? 我が国には、ここへ連れて来てもらう際に乗ったような鉄の船はありません。木造の帆船ですよ? 辿り着ける気すらしませんが……」


 軍務担当の女がそう言うと、リーダーは乾いた笑いを零した。


「まったくその通りだな。では、結論として敵対ではなく友好を目的として交流するということでいいか?」


 その言葉に、使節団員は全員が頷いた。


「うむ。さて、そうと決まれば友好関係を築いていきたいのだが、これだけ発展している国だ、我が国が得られる恩恵は計り知れないが、我が国からこの国へ与えられるメリットはなんだ?」


 リーダーのその言葉に、使節団員は頭を悩ませあれやこれやと議論を交わし始めるが、結局結論は出ず、結局まずはこの国のことをもっと知ってからにしようということになった。



 到着した翌日は長旅の疲れを取るために完全休養日とし、使節団員はその間に街へと繰り出しあれこれと見て回った。


 幸い言葉は通じるので左程不便はなく、また一目見て使節団だと分かるので街の人間も色々と教えてくれた。


 その結果、魔道具の恩恵なのか政策のお陰なのか、街の人間は庶民だがかなり高い生活水準を維持できていることが分かった。


 この国は王政の国と聞いていたので使節団員たちの驚愕は大きかった。


 彼らは、あくまでお伽噺としてだが、前文明時代の戦争が一部特権階級の人間によって引き起こされたことを口伝として伝承して来ている。


 なのでヨーデンでは世襲制の王政を取らず、定期的に君主が変わる民主制を昔から導入していた。


 ヨーデンの人間にとって王政とは悪政であり民衆を苦しめる政治形態だと信じていたのである。


 それが覆された。


 魔道具だけでなく、王政でありながら民衆に高い生活水準を取らせているこの国の政治形態にも驚かされたのである。


 しかし、もしかしたらこの街だけかもしれない。


 使節団員たちはそう思い、明日以降訪れる街も見てから判断しようという結論になった。


 翌日、次の街に向けて使節団員は出発した。


 その際、アールスハイド王国側から移動手段として提供されたのは、大型の魔動バスであった。


 使節団員は総勢十四名いたのだが、その全てが一度に乗ることができ、移動速度も速く、その割には揺れず、室温も一定に保たれているので車内は驚くほど快適だった。


 街中を移動した際は、街中ということもあり小型の魔動車だったのだが、これほど大型でしかも快適な魔動車に一同は感動を通り越して畏れすら抱きつつあった。


 そうして朝出発して昼過ぎには次の街に到着した。この移動距離をこれだけ短時間で移動できることにも戦慄した。


 その戦慄を隠しつつ着いた街を散策したのだが……この街もメッシーナの街と同じく庶民が高いレベルの生活水準を保っていることを確認した。


 この国は、庶民にまで魔石を使用する魔道具が浸透している。


 それほど国力が高いのだと。


 こんな国と対等に交易をするにはこちらがなにを提出すべきなのか、増々分からなくなってしまっていた。


 この日も宿の一室に集まり、使節団員たちは話し合いを始めた。


「どうする? この国はあまりにも技術レベルが高い。我々がメリットを示すことができないぞ?」


 リーダーの言葉に黙り込んでしまう使節団員たち。


 それを見てリーダーは溜め息を吐くが、その中の一人が手をあげているのが見えた。


「どうした? なにか思い付いたのか?」


 藁にもすがる思いでそう訊ねると、その手をあげた一人、魔法使いの男はおずおずと話し始めた。


「あの、実は今日、街の工房を見学させてもらったのですが……」

「工房? 魔道具のか? 見学できたのか?」


 魔道具師の男は、魔道具の工房の見学を申し出たのだが、付与魔法については機密事項にあたるので教えられないと断られていた。


 それなのに魔法使いの男は工房を見学してきたと言う。


「あ、いえ。私が見学してきたのは魔道具の工房ではなく、鍛冶工房です」

「なんだ……」


 魔法使いの男の言葉に、魔道具師の男は落胆し、肩を落とした。


 その姿を見て少し眉を顰めつつも魔法使いの男は言葉を続けた。


「実は、そこで見たのですが……」


 その魔法使いの男の言葉に、リーダーと魔道具師の男は目を見開いた。


「え? それは本当のことなのか?」

「はい。間違いありません」


 まさに驚いた、という顔で訊ねてくるリーダーに、魔法使いの男は断言した。


 すると、魔道具師の男が顎に手を当て思案し始めた。


「しかし……そんな基本的なこと……」

「もしかしたら、歩んできた歴史の違いかもしれないですね。我々はこれが当たり前だと思っていた。しかし、この国では特に必要なかった」


 魔法使いの男の言葉に、リーダーは頷いた。


「そうかもしれないな。しかし、これなら十分我々が提供する技術としては王国側にメリットがあるのではないか?」


 そのリーダーの言葉に、皆が深く頷いた。


 それを見たリーダーは、決意の籠った表情になる。


「よし。それではその方向で話を進めよう。異論はないな?」

『はい』


 こうして意見のまとまった使節団は、またいくつかの街を通り、ようやくアールスハイド王都に到着したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る