第13話 クラス親睦会と同級生ざまあ
その後、セルジュ君が転校した影響は……。
特になかった。
昨日と同じく魔法実践の授業では対人戦が行われたけど、セルジュ君は昨日やっていたし、総当たりさせるつもりだったそうなので全員何戦かづつ対人戦を行った。
ちなみに、私はマックスとレインと当たって、どっちとも勝った。
レインは母親であるクリスおばさんから剣の指導もしてもらっているけど、私だってクリスおばさんの後継者と呼ばれている近衛騎士団のミランダさんに時々剣を教えてもらっている。
なので、レインの近接戦闘に付き合いつつ、特大の魔法をぶっ放すことでレインに大ダメージを与えることができたのだ。
戦闘が終わったあと、レインは珍しく悔しそうな顔をして「次は勝つ」って捨て台詞を吐いていた。
そのレインは男子たちのもとへと戻ったとき、皆に激励されていた。
なんか、随分仲良くなったもんだ。
あとは昨日と同じ座学だったんだけど、今日は国語の授業。
今の魔法の主流は無詠唱なんだけど、一昔前までは詠唱が主流だったんだって。
ただ、今でも詠唱魔法を使う場面はあるので、詠唱に使う言葉は正しく理解していないといけない。
という意味で、高等魔法学院において国語は重要なのだ。と先生が言っていた。
そんな座学も終わった放課後、今日は昨日とは違う親睦会をしようとしていた。
事の発端は昼休みだった。
「ねえ、男子たち随分仲良くなったと思わない?」
私がそう訊ねると、女子の皆は頷いてくれた。
「確かに、落ち込んだレインを皆で慰めてましたわね」
「え? マルケス君、あれで落ち込んでたの!?」
アリーシャちゃんの言葉に、デビーが目を見開いて驚いていた。
「レインは表情が分かりにくいだけで、ちゃんと感情はありますのよ?」
驚いているデビーに、ちょっとムッとしながらアリーシャちゃんが説明した。
その様子を、ヴィアちゃんはクスクスと笑いながら見ていた。
「そうですわね。私たちでも時々分からないことがあるのですけれど、アリーシャさんはちゃんと見分けますわね」
揶揄うようにそう言うと、アリーシャちゃんの顔がポンという音が聞こえそうなくらい真っ赤になった。
「そ、そ、そういうことを言わないで下さいまし!」
「あら、ごめんなさいね。それで? 男子がどうしました? シャル」
「え? あ、うん。女子は女子で、男子は男子で仲良くなったじゃん? なら次は、男子と女子で仲良くした方がいいかなって思って」
その言葉に、ヴィアちゃんは少し考える素振りをしたあと、ポンと手を打った。
「確かに、このままだと男子と女子でクラス内が二分されてしまうかもしれませんね」
「でしょ? だからさ、今日は男女分かれてじゃなくてクラス全体で親睦会しない?」
私がそう言うと、ヴィアちゃんとアリーシャちゃんは賛同してくれた。
ただ、デビーとレティは思案顔のままだ。
「アンタたちは半分と元から知り合いだからいいだろうけど……」
「私たちは、全員初対面ですからね……どうしようかな」
それもそうか。
男子五……もう四人か。
半分は幼馴染みだから、学院で知り合ったのはハリー君とデビット君の二人だけ。
でも、デビーとレティは全員と学院で初対面だ。
「んー、じゃあ、今日はやめとく?」
こういうのは強制してもしょうがないし、まだ入学したばっかりでゆっくり仲良くなってもいいし、無理そうならやめとこうかと提案したのだが、デビーとレティは少し考えたあと首を横に振った。
「ううん。このクラス人数少ないし、早めに親睦が深められるならその方がいいわ」
「私もです。もっと大勢いるクラスなら交流がない人がいてもいいですけど、じゅ……九人しかいないクラスで交流がない人がいるのも困りますし……」
「分かった。じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「「え?」」
デビーとレティに了承を貰ったので、私は早速男子が集まっているテーブルに向かった。
「おーい、マックス」
「んぁ? ムグムグ……なんだ? シャル」
「あのさ、昨日、男子で親睦会したんでしょ?」
「ああ」
「大分仲良くなったみたいじゃない?」
「まあな。それは女子もだろ? 朝から皆でキャッキャしてたし」
「うん。それでさ、次は男子と女子が仲良くすべきじゃない?」
「あー、つまり、今日は男女で親睦会がしたいと?」
「そそ。さすがマックス、話が早い」
「そりゃどうも。俺はいいけど……」
マックスはそう言うと、他の男子に視線を向けた。
「俺もいい」
「私もいいぞ」
「僕もいいです」
「だってさ」
「やった! じゃあ、今日は男女で親睦会ね。場所はどこでする?」
「じゃあ、爺ちゃんに聞いてみるか?」
マックスのお爺ちゃん、ということは!
「え? マジで? いいの?」
「それくらい大丈夫だろ。ちょっと連絡してみるわ」
マックスはそう言うと、無線通信機を取り出した。
「あ、婆ちゃん? 俺、マックス。今日さ、クラスの皆と親睦会したいんだけど、部屋ある? あ、ちょっと待って。シャル、そっち何人?」
「五人。女子全員」
「ん。全部で九人なんだけど、うん、分かった。じゃあ放課後皆で行くから。うん、じゃあね。オッケーだってさ」
「おお!」
私は思わずマックスに向かって拍手してしまった。
「マックス、どこに通信したんだ? 爺さんの家とはどこだ?」
そういえば、ハリー君は貴族の家の子だったな。
下手な店には行けないのか、ちょっと警戒してる感じがある。
「ん? ああ、石釜亭」
「「石釜亭!?」」
ハリー君だけじゃなくてデビット君まで叫んだ。
「……そうか。そういえば、マックスはアルティメット・マジシャンズのマーク様とオリビア様の息子だったな。オリビア様の実家は石釜亭……祖父母の経営ってことか」
ハリー君はマックスの家庭事情も十分ご存じなようで、すぐに納得した。
そう言う意味ではマックスも有名人だよね。
「というわけなんで、女子にはそっちから話しといて」
「わかったー」
用事は終わったので、マックスにヒラヒラと手を振って男子のテーブルを後にした。
マックスも、ちょっと気取った感じで片手をあげて返事してきた。
まあ、大人ぶっちゃって。
「ただいまー、男子もオッケーだって」
女子テーブルに戻り次第、皆に先ほどの成果報告をする。
「そう、良かったですわ。それで、どこで親睦会やりますの?」
「石釜亭だって」
「「い!?」」
会場を伝えると、デビーとレティが変な顔して固まった。
「え、ちょっと、私一回も行ったことないんですけど……」
「わ、私は……その、ここの入学祝いで行きましたけど、予約しないと凄く並ぶからって何ヶ月も前から予約したんですけど……」
まあ、あそこ超人気店だしね。
「……これも、親の七光り……」
「いや、この場合、親のっていうか祖父母の七光り? かな?」
デビーがまた変な感じになりそうだったのでフォローしようとしたけど、なんか聞いたことない言葉を発してしまった。
祖父母の七光りって。
でも、私がそう言うと二人はようやくマックスの出自を思い出したのか「「ああ」」と納得してくれた。
とりあえず、これで今日の放課後の予定は決まった。
今日は石釜亭でクラス親睦会だ!
そんなわけで放課後、私たちは教室から全員で連れ立って学院を出た。
今日は、お迎えの車はなしである。
九人全員が乗れる車がないからね。
魔道バスなら全員のれるけど……さすがにそんなの個人で持ってない。
なので、私たちにしてみれば超珍しく全員歩きである。
当然、私たちの周りには見えないところにたくさんの護衛の人がいるけどね。
なんせ、王女様、大企業の社長令嬢と令息、貴族の令嬢と令息がいる集団である。
事前に連絡してあったことで、各家の護衛たちが連携して護衛任務に当たっている。
ごめんよ、私たちの我儘で大変な思いをさせてしまって。
でも、これくらいしてもらわないと私たちには普通の青春は送れないんだよ。
内心で護衛さんたちに謝りつつも、私は久し振りの街歩きが楽しくて仕方がなかった。
「あ、ヴィアちゃんこれ見て、かわいい!」
「そうですか? こっちの方が可愛くありません?」
「こっちの方がいいよ!」
石釜亭までの道すがら、可愛らしい雑貨店を見付け、店頭のワゴンに並んでいる雑貨が可愛かったのでついフラフラと引き寄せられてしまった。
二人であれこれ見ていると、アリーシャちゃんとデビーとレティも参戦してきた。
「これ、可愛いですわね」
「え? こっちの方がよくない?」
「どれも可愛いです!」
やっぱり徒歩だと色んなお店を見付けられるね!
と思って皆とキャイキャイいっていると……。
「おい、今は目的地に向かってるんだから寄り道すんな」
マックスに注意された。
ちぇ、ちょっとくらいいいじゃんか。
「婆ちゃんに行く時間言ってあるんだからな。それに合わせて飯作ってくれてると思うし、遅れたら冷めた飯だぞ?」
「はい。すぐ行きます」
石釜亭のご飯を冷めさせるなんて、そんなの冒涜だ。
私はすぐに雑貨店のワゴンから身を翻し、マックスのあとに続こうとした。
そのとき。
「あれえ? デビーじゃん」
雑貨屋の店内から出てきた男女のうちの女の方がデビーに声をかけてきた。
「あ、ホントだ。ウィルキンスだ。こんなとこでなにやってんの?」
男の方も気が付いたようでデビーを見た。次いで店前のワゴンを見て、ニヤッと笑った。
「あー、俺、店の人に言ってくるわ」
「あはは、そうね。デビーんちビンボーだもん、こんなの買えるわけないよね」
「だろ? だから、盗まれてないかチェックした方がいいですよって言ってこよ」
「さすが、良いこと言うよね」
女はそう言うと、男の腕にしがみついた。
は? はあっ!?
なんだ、こいつら!?
デビーを見ると、顔を赤くして俯き、唇を噛み締めている。
……こいつ等か。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
あまりにもムカつく奴らだったので、思わず二人を呼び止めた。
すると、声をかけられるとは思っていなかったのか、二人揃って胡乱気にこちらを振り向いた。
「はぁ? なに? アンタ?」
「私はデビーの友達よっ!!」
振り向いた女の顔がムカついたので、思いきり怒鳴ってしまった。
すると、男の方がニヤっと厭らしい笑いを溢した。
「へぇ? お友達? アンタ、こいつのこと知ってるの?」
「なにがよ」
私がそう訊ねると、男はニヤニヤしながらデビーに問いかけた。
「いいのかよ? ウィルキンス。言っても」
「……」
デビーは無言で睨み付けている。
それを肯定と取ったのか、睨まれてムカついたのか、男は自慢気に話をしだした。
「ソイツんチさあ、母親しかいなくて超ビンボーなのよ。だから気を付けた方がいいぜえ? コイツ盗癖あるからよ」
「私は物を盗んだことなんかない!!」
「それはアンタが上手いこと隠してるからでしょ? 素直に吐きなさいよ、この盗人!」
「はぁ……こんな盗人の母親を雇ってやってる恩も忘れてよ、よく盾つけるよな? いいんだぜ? 俺は、お前の母親がどうなってもよ」
「ぎぎぎっ!」
なんだこれ?
もしかして、デビーは中等学院まで日常的にこんな扱いを受けていたのだろうか?
そして、デビーがこんなことを言われても反抗し切れないのは、お母さんがこの男の店か会社に雇われてるから……。
お母さんを盾にされて、デビーは言われ放題なのを我慢してるんだ……。
そして、デビーが標的にされている理由は多分……。
「はっ! なにが高等魔法学院だよ、どうせなにかインチキでもしやがったんだろ?」
「あれじゃない? 試験官に色仕掛けでもしたんじゃない?」
「ぎゃはは! そうかも! なんだよ、高等魔法学院の教師は小児性愛者ばっかかよ!」
デビーに対する劣等感だ。
高等魔法学院Sクラスに入学できるほどの実力者であるデビーには逆立ちしても勝てない。
だから、自分がデビーの親を雇用しているという立場の強みでデビーを貶めて悦に入ってるんだ。
……コイツら、クズだ。
「それより、俺店に言ってくるわ。盗まれたもんがないかってな」
「いってらー」
私は、男がそう言って店に入り、店員を連れてくるまでジッと待っていた。
なぜなら、さっきから私の隣が寒くてしょうがないからだ。
こういう場合は、大人しく任せるに限る。
程なくして、男が店員を連れて出てきた。
「あー、コイツっす。コイツ、盗癖あるんで、このワゴンの中の商品が無くなっていないか確認した方がいいッスよ」
男がそう言うと、店員はジロッとデビーを見た。
「分かった、調べるよ。教えてくれてありがとう」
店員がそう言ってワゴンを調べようとしたとき。
「お待ちなさい」
私の隣にいたヴィアちゃんが声を上げた。
「は? なんだ? アンタ?」
「私のことはどうでもよろしい。それより、まずそのワゴンになにがどれだけ入っていたのか、アナタは確認しているのですか?」
「は? そんなもん、見りゃ分かんだろ」
「私たちには分かりませんわ。それはつまり、なにも盗られていないにも関わらず、アナタが商品が足りないと言ってしまえば、窃盗が発生してしまうということです」
「な、そ、それは……」
「ですから、まず、このワゴンに、なにがどれだけ入っていたのか? それがどれだけ売れたのか、それを全て把握しているのか訊ねているのです。当然、把握していますわね?」
ヴィアちゃんがそう訊ねると、店員は少し目を泳がせたあと、バツが悪そうに言った。
「いや……これは在庫処分だから値段も一律だし、売れても金額しか帳簿には記載してねえ。だから、なにが売れたのかまでは分からねえ」
「では、盗品のチェックなど無駄ですわね」
「ああ、そうだな」
店員は男女とは関係が無かったのか、アッサリと商品のチェックを止めた。
それに男女が激高した。
「ちょっと! なんなのよアンタ! 勝手なことすんじゃないわよ!!」
「そうだよ! いいのかよ!? コイツの親がどうなっても!!」
「別にいいんじゃない?」
「「はあっ!?」」
男の殺し文句に答えたのはマックスだ。
それに、男だけでなくデビーまで声をあげた。
「デボラさん、こんな奴がいる会社で働く必要なんてないよ。俺が親父に話付けるから、お母さんウチに転職させなよ」
「え? ええ!?」
デビーがこんな扱いを受けているのは、いわば母親が人質に取られているようなものだからだ。
それさえ解消すれば、デビーがこんな扱いを受ける必要はなくなる。
「マックス、ナイス」
「だろ?」
「おいおいおい!! ちょっと待てコラッ!!」
これで万事解決かと思いきや、なぜか男の方が激高して詰め寄ってきた。
「俺んちは、ビーン工房直属の工房だぞ!? テメエんちが何やってるか知らねえけど、俺んちが圧力かけたらテメエんちなんてすぐに潰せんだからな!?」
そう吠えたのだけど……女の方は得意気な顔してるけど、私らの方はデビーまで含めて呆れ顔だ。
「へえ、なんて工房?」
「ああ!? ハサン工房だよ!! テメエんちはどこだよ!? ゼッテー潰してやっからな!?」
「ああ、うち? ビーン工房だよ」
「……は?」
よく聞こえなかったのか、男は怪訝な顔をして聞き返してきた。
「だから、ビーン工房だよ。俺はマックス=ビーン。ビーン工房の息子でね、一応跡継ぎってやつかな」
「あ……え……う、うそ、だろ……」
「そんな嘘吐いてどうすんの? それより、ウチの下請けがウチ潰すんだ? 変なこと言うな、お前」
「え、あ、いや、ちが……」
「なにが違うのか分からないけど、まあいいや。デボラさんのお母さんはウチに再就職させるから、変な妨害すんなよ?」
「わ、わかり、ました……」
母親という人質が奪われたからか、男は非常に苦々しく返答した。
それにしても、親会社の御曹司に喧嘩売るとか、運がないね、この男。
まあ、マックスも名乗ってないけど、誰彼構わず喧嘩うるからそういうことになるんだよ。
それと、もう一人喧嘩売っちゃいけない相手に喧嘩売ってたよね。
「ちょっと待ちなさいよ!! そんなことより、デビーが盗み働いてたのは事実でしょ! それなのに、なんでアタシらが責められてんのよ!?」
「事実? 貴女、今事実と仰いましたか?」
「言ったわよ! それがなに!?」
「事実ということは、デボラさんが誰かの物を盗んで、それを持っていることを確認したのですね?」
「ソイツはしらばっくれるのが上手いんだよ! 教室でものが無くなったときの犯人はビンボーなコイツしかいないのに!」
「はぁ……」
なんか滅茶苦茶なこと言ってる女に、ヴィアちゃんはそれはそれは深い溜め息をお吐きになられました。
ゆるゆると首を横に振る動作付きです。
メチャメチャ煽ってます。
女、激おこです。
「なによ! その態度は!!」
「こういう態度を取りたくもなりますよ。いいですか? 貴女は、デボラさんをどうにかして貶めたいがために、証拠もないのに犯人に仕立てようとしている。自分でもおかしいと思っているんでしょう? 言ってることが無茶苦茶ですもの」
「ア、アタシは間違ってなんかない!」
「デボラさんに勝てない。勝てる方法がない。なら境遇を馬鹿にして貶めてやろう。この境遇ならこういうことをしていてもおかしくないよね? いや、そうでないとおかしい……と、こんなところかしら? 貴女がそんな変な思い込みに走った理由は」
「ア、アタシは……アタシは悪くない!!」
「いえ。名誉棄損でしょう。それもかなり重度ですわね。冤罪をでっち上げて擦り付けようとしているのですもの。訴えて勝ちますわよ」
淡々とヴィアちゃんがそう言うと、女の方は怒りが頂点に達したのか、暴挙に出た。
「いちいち煩いのよ! アンタっ!!」
ヴィアちゃんに向かって襲い掛かってきた。
それを、涼しい顔で見ているヴィアちゃん。
ちょ、マジ?
「ぐうっ!!」
ヴィアちゃんが一歩も動こうとしないので、私が慌てて襲い掛かってきた女を抑えつけた。
「ちょっと、自分で対処できたでしょ?」
「ですわね。でも、私が対処すると、もう取り返しがつきませんよ?」
「あー、そっか」
今ならまだ未遂で済むってことか。
「うがああっ!! はなせえっ!!」
「離すわけないじゃん」
まだ喚く女を抑えつけていると、血相を変えた護衛さんが走り寄ってきた。
「殿下! ご無事ですか!?」
「ええ。大丈夫よ。シャルが護ってくれました」
「すまないシャルロット嬢! 恩に着る」
「ああ、いいですよ。ヴィアちゃんが目の前で煽りまくった結果なんで、自業自得です」
私はそう言いながら女を護衛さんに引き渡すと、女は驚愕に目を見開いていた。
「で、でん、か……?」
「あら、そういえば名乗っていませんでしたわね」
ヴィアちゃんはそう言うと、制服のスカートの端を持って見惚れるようなカーテシーを披露した。
「私、アールスハイド王国第一王女、オクタヴィア=フォン=アールスハイドと申します。以後、お見知りおきを」
ヴィアちゃんはそう言って、それだけで人が殺せそうなほど冷たい視線を女に向けた。
お見知りおきを……ってことは、もう覚えたからな、ってことだ。
王女に襲い掛かったうえ、目を付けられた。
その恐怖からだろうか、女は青を通り越して白い顔色になり、ガクガクと震え始め、足元には水たまりができていた。
あー、今この子の脳裏には処刑エンドが渦巻いてるんだろうなあ。
男の方も、腰を抜かしてガクガクしてる。
さっき親会社の御曹司に喧嘩売ったと思ったら、今度は彼女が王女様に喧嘩うるんだもんな。
まあ、どっちも名乗ってないから、詐欺みたいなもんだけど。
店員さんの方は、特に疚しいこともないから膝をついて首を垂れているだけで、震えてはいない。
護衛の人たちは、そんな震えている男女だけを取り押さえ、連行しようとするが、そこにヴィアちゃんが声をかけた。
「ああ、私、その方たちに名乗っていませんでしたので、私のことを正しく認識しておりませんでしたわ。ですので、そのことを考慮に入れてあげてくださいませ」
「はっ! かしこまりました!」
「十分肝も冷えたでしょう。寛大な処分をお願いしますわ」
「ははっ!」
護衛の人たちは、自分を襲ってきた者に対して恩赦を与えようとする慈悲深いヴィアちゃんに感激している。
いやいや。
男女を連行していく護衛さんたちを見送ったあと、私はヴィアちゃんにこそっと聞いた。
「自分で煽りに煽った挙句、反逆罪で処刑はやり過ぎだと思ったから焦ったでしょ?」
「な、なにを言っているのか分かりませんわ」
ヴィアちゃんはそう言ってプイッと横を向いた。
「マックスは、いいのあれで?」
「ああ、ハサン工房? あそこの工房から仕入れる部品、最近粗悪品が多くてさあ、何回言っても改善されないから、次の契約期間満了で契約打ち切ることが決まってんの」
「ああ……そういうこと」
「まだ社長にも言ってないから息子に言う訳にはいかなくてね。それにしても、息子があれだと親も相当だろうな。切って正解だったわ」
マックスはそう言うと、デビーの方を向いた。
「ってわけで、今日帰ったらお母さんに言っといてくれる? 明日はハサン工房じゃなくてビーン工房に行ってくれって」
「え、あの……いいの?」
今の怒涛の展開に付いていけていないのか、デビーがあたふたしながらマックスに問い返した。
「もちろん。ウチ、シンおじさんのお陰でいっつも人手不足だからさ、工房での勤務経験があるならありがたいんだよ」
デビーはマックスの言葉に涙が滲んできていた。
それを悟られたくないのか、涙を見せないように俯いた。
「……ずずっ。うちのお母さん、経理なんだけどいい?」
「経理!? マジで!? そりゃありがたい!! 是非来てください!! お願いします!」
デビーの言葉に、マックスは大袈裟に驚いて懇願するように頭を下げた。
その様子を見て、デビーはようやく笑った。
「ふ、ふふ。うん、分かった。お母さんに言っとく。ありがと……」
「こちらこそ」
そう言って二人は握手した。
デビー、ホントに嬉しそうだ。
私まで涙が出そう。
「殿下も、ありがとうございました」
「いえ。私は、目の前でとても許容できない理不尽が起こっていたので見過ごせなかっただけですわ」
「それでもです。ありがとうございました」
「お止めください。私たち、お友達ではありませんか」
「でんか……」
ニッコリ笑うヴィアちゃんに、デビーの涙腺がついに決壊し、ヴィアちゃんの胸に飛び込んだ。
「わあああっ!!」
「よしよし、もう大丈夫ですからね」
「う、うえええ!」
「見たところ、あれがデボラさんを貶めていた主犯格なのでしょう? これでもう、デボラさんが貶められることはありませんよ」
「うん、うん」
「今まで、よく頑張りましたわ」
「ふぅうっ! はいぃ」
泣きじゃくるデビーをヴィアちゃんが優しく宥める。
良い光景だなあ……。
「ホント、女子は仲良くなったよな」
「だね」
「じゃあ、そろそろ行かないか? マジでもう時間過ぎてる」
『あっ!!』
マックスの言葉で、ようやく私たちが親睦会の会場に向かっていることを想いだした。
「や、やばっ! もう! 早く言ってよ!」
「言えねえだろ。あの状況じゃ」
「おのれえっ! 名も知らぬいじめっ子どもめえ!!」
あいつ等のせいでこんなに走る羽目になったじゃないかあ!
「……やはり、厳罰に処すように言うべきかしら?」
「さすがにやめてあげてくださいまし。あの状況での厳罰は極刑になる可能性もあるので」
「「きょ、極刑!?」」
ポソっと恐ろしいことを言うヴィアちゃんをアリーシャちゃんが窘める。
まさかそこまでとは思っていなかったのか、デビーとレティが驚愕の声をあげた。
なるんだよ。王族へ危害を加えようとしたから。
「いいから走れ!」
『ああ、もう!!』
マックスの叱責されて、私たちは必死に走るのだった。
そんな私たちの後方では……。
「俺たち」
「完全に」
「空気だ」
全く出番のなかったレインたちがそう呟いていたそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます