第11話 シルバーお兄ちゃんは格好いい

 扉に向かって行ったヴィアちゃんは、勢いよく部屋の扉を開けた。


 そこには、今帰ってきたのかアルティメット・マジシャンズの制服に身を包んだシルバーお兄ちゃんがいた。


「おかえりなさいませ! シルバーお兄様!」


 お兄ちゃんの顔を確認するやいなや、お兄ちゃんに飛びつくヴィアちゃん。


「おっと、ただいま、いらっしゃいヴィアちゃん」

「お邪魔してますわ!」

「はは、今日も元気だね」

「はい!」


 お兄ちゃんに向かって勢いよく返事をするヴィアちゃんに、さっきまでの王女様オーラは微塵もなかった。


 まるで大好きな飼い主が帰ってきた大型犬だ。


 ないはずの尻尾が大きく振られているのが幻視できる。


 そんなヴィアちゃんを受け止めたお兄ちゃんは、改めて部屋の中を見て私と目が合った。


「お兄ちゃん、おかえり」

「ただいまシャル。アリーシャちゃんもいらっしゃい」

「お邪魔しておりますわ」

「それよりどうしたの? 仕事から帰ってすぐ私の部屋に来るなんてしたことないのに」

「ああ、お母さんから、シャルが高等魔法学院でできた新しい友達を連れて来てるって言うから、挨拶だけでもしとこうと思って」

「ふーん。あ、じゃあ、紹介するね。この子がデボラさん。で、この子がマーガレットさん」


 私が二人を紹介すると、お兄ちゃんはフッと微笑んだ。


「初めまして、シャルの兄のシルベスタです。シルベスタでもシルバーでも、好きに呼んでくれたらいいよ。シャルと仲良くしてやってね」


 そう言ってニコッと笑うお兄ちゃん。


 うぉ……。


「あ、は、はひ……あ、あの、デ、デビョ……んんっ! デボラ=ウィルキンスです。よ、よろしくお願いします」

「マーガレット=フリャ……フラウです……」


 二人とも、顔真っ赤で自分の名前噛み噛みだ。


 それもそうだろう。


 サラッとした銀髪、高い身長、幼いころから私と同じでパパに憧れていたお兄ちゃんは、剣術や体術も嗜んでいるので身体も締まっている。


 おまけに凄く整った顔立ち。


 お兄ちゃんは、ちょっとやそっとじゃお目にかかれないくらいの美青年なのだ。


 それに加えて今着ているのはアルティメット・マジシャンズの制服。


 つまり、魔法使いの超エリートなのだ。


 一応、学院にいるときにヴィアちゃんの好きな人だって牽制はしといたけど……あれはそんなこと忘れてるな。


 あのデビーでさえ、ポーっとした顔でお兄ちゃんのこと見てる。


 まあ、魔法使いの女子で今のお兄ちゃんの姿を見て惚れない奴はいないよね。


 対してヴィアちゃんの反応は……。


 お兄ちゃんの腕にしがみ付き、デビーとレティに氷のような視線を向けている。


 今にも人を刺しそうだ。


 ……怖すぎて目を逸らしてしまった。


 ポーっとお兄ちゃんを見ていた二人だけど、お兄ちゃんを見ているということは、すぐそばにいるヴィアちゃんも見るということで……。


 あ、気付いた。


 顔色が赤から青、そして白に変わっていき、ガタガタと震えだした。


「? どうしたの? この部屋寒い? シャル、空調効かせ過ぎなんじゃないのか?」

「いや、空調のせいじゃなくて……」


 お兄ちゃんの腕にしがみ付いてる人のせいですよ!


 とは言えないので、お兄ちゃんは首を傾げるだけだ。


「大丈夫? 体調が悪いんじゃ……」

「い、いえ! 大丈夫です!」

「げ、元気ですから! お構いなく!」

「そう? あんまり無理しないでね。じゃあ、僕はそろそろ失礼するよ」

「ええ? もう行ってしまわれるのですか?」


 デビーとレティの体調を心配していたお兄ちゃんだが、二人が問題ないことをアピールすると、すぐに部屋を出て行こうとした。


 それを、ヴィアちゃんが上目遣いで引き留めようとする。


 うわ、あざと……。


 ヴィアちゃんにあんなことされて断れる男なんていないだろう。


 ところが、お兄ちゃんはヴィアちゃんの頭に手をポンと置くと、ふんわりと微笑んだ。


「はは。女の子たちの集まりの中に入る勇気は僕にはないよ。僕のことはいいから、ヴィアちゃんはお友達と楽しんでね」

「むぅ、はぁい」

「うん。じゃあ、皆、ゆっくりしていってね」


 お兄ちゃんはそう言うと、部屋を出て行ってしまった。


 ヴィアちゃんは、さっきお兄ちゃんが手を置いていた頭を触りながら切なげな表情で閉まった扉を見ていた。


「はぁ……」


 そして、小さく溜め息を溢すとこちらを振り向き、怪訝な顔をした。


「デボラさん、マーガレットさん、どうしましたの?」


 ヴィアちゃんの言葉で二人を見ると、二人とも真っ赤な顔をしていた。


 あれ? さっきまで青白い顔してなかったっけ。


「ど、どうしたのって……」

「はふぁ……素敵……王子様とお姫様みたい……」

「ヴィアちゃんはお姫様だよ?」

「そうでした!」


 ああ、二人ともお兄ちゃんとヴィアちゃんのやり取りにてられたのか。


 一見すると、恋人同士のやり取りみたいだもんねえ。


 でも、ちょっと違うんだよな……。


 二人の反応を受けて、ヴィアちゃんはフッと寂しそうに笑った。


「残念ながら、まだそういう関係ではありませんわ」

「え? あれで?」

「うそ……」


 ねえ、嘘みたいでしょ? あれで付き合ってないんだよ。


「シルバーお兄様にとって私は妹の友達……もしくは妹としか見られていませんの」


 そうなんだよねえ。さっきの頭ポンもそうだし、十五歳にしては大人な身体つきになっているヴィアちゃんがあれだけ接触しても顔を赤らめる様子もない。


 お兄ちゃんの中で、ヴィアちゃんは完全に妹枠だ。


 ヴィアちゃんは好意を微塵も隠していないが、それだって妹が兄に向ける感情だと思っている。


 と、思う。


「あまりに近すぎるのですわ。なにせ幼いころから……それこそ赤ん坊のころから私たちの面倒も見ていたのですもの。今更異性として見て欲しいと言っても難しいのかもしれませんわ……」


 そう言ってしょんぼりするヴィアちゃん。


 そんなヴィアちゃんを見て、デビーが首を傾げる。


「え、でも、殿下はシルバーさんのことお好きなんですよね? 幼いころからずっと一緒にいるのに。兄ではなく男性として」

「いつ頃恋心を自覚なさったのですか?」


 デビーの疑問を受けて、レティも質問した。


「いつ……と言われましても。物心付いたころにはすでに好きでしたわ。お母様が仰るには、赤ん坊のころの私は、お母様にあやされても泣き止まなかったのに、シルバーお兄様に会うと途端に泣き止んでいたそうですから。赤ん坊のころから好きだったのかもしれませんわね」

「あ、赤ん坊……」

「すご……」

「そうですわ。殿下は、シルベスタさんの外見やスペックしか見ていない有象無象とは違いますのよ」


 ヴィアちゃんの筋金入りのお兄ちゃん好きエピソードに驚いている二人を見て、なぜかアリーシャちゃんがドヤ顔している。


 っていうか、ちょっと怒ってる。


「なに? なんでアリーが怒んの? え? まさか、アリーもシルバーさんのこと……」

「……アリーシャさん?」

「ち、違います! 違います殿下!!」


 デビーの迂闊な一言で、ヴィアちゃんの瞳から光が消えた。


 こわ……。


「あ、あの! シルベスタさんは初等学院のころからおモテになっていて! でも、直接声を掛ける勇気もない女どもから、取り次ぎをよく頼まれたのです!」

「……なぜアリーシャさんに?」

「それは、シャルロットさんはウォルフォードですし、殿下は殿下でしょう? そちらには話しかけられなかったらしくて、丁度良い私にそういう話がよく来ていたのです」


 アリーシャさんがそう言うと、ヴィアちゃんの瞳に光が戻った。


 よかった……。


「本当に、あの女どもは次から次へと! 直接話しかける勇気もないくせに取り次いだからといってどうなるというのですの!? ですから私、全部断ってやりましたわ!!」


 鼻息も荒くそう言うアリーシャちゃん。


 これは、相当迷惑かけてたな……。


「ご、ごめん、アリーシャちゃん。お兄ちゃんに変わって私が謝っとくね」


 私がそう言うと、アリーシャちゃんはプイッと顔を逸らしてしまった。


 ええ……。


「べ、別に、シャルロットさんに謝ってもらうことではありませんわ。謝るのは、私に押し寄せてきた女どもです。ですから、謝罪は必要ありません」

「そうですか……そんなことが……」


 ヴィアちゃんから聞こえてきた低い声に、私とアリーシャちゃんはビクッとしてそっちを向いた。


 ヤバイ、また病んだ?


 そう思っていると、ヴィアちゃんはアリーシャちゃんの手を取った。


「ひっ!」

「ありがとうございますアリーシャさん。やはり貴女は得難い友人ですわ」

「お、お役に立てたなら光栄です、殿下」

「ええ、素晴らしいです。ありがとうございます」


 良かった……病んでなかった。


 そんなやり取りをしていると、デビーがすごく気まずそうな顔でヴィアちゃんに話しかけた。


「殿下、これはあくまで一般論です。私の意見ではなく、客観的な意見です。いいですか?」


 なんでそんな念押しすんの? 一体、なにを話すつもりなの?


「ええ。なんでしょう?」

「アリーの話を聞くに、シルバーさん、相当おモテになるんですよね?」

「……ええ、そうですわね」

「そして、今のシルバーさんは超優良物件です」

「……ええ」


 ちょ、段々ヴィアちゃんの声が低くなってる!


 その雰囲気に気圧されながらも、デビーは一つ息を呑んだあと、意を決したように言った。


「このままだと、シルバーさん誰かと付き合っちゃうんじゃ……」

「そんなの、分かってますわ!!」

「「ひっ!!」」

「!」


 デビーが核心を突くと、ヴィアちゃんは大きな声を出して立ち上がった。


 今までヴィアちゃんが大きな声を出したところなんて見たことないデビーとレティは怯えているし、付き合いが長いアリーシャちゃんもビクッてなってた。


 まあ……滅多に見ないよね、ヴィアちゃんのこんな姿。


「シルバーお兄様がおモテになることなんて重々承知ですわ! ですから、私は一生懸命アピールしているのです! なのに! なのに全然靡かない! もう、これ以上どうすればいいのですか!?」

「「「……」」」


 立ち上がって大きな声を出したあと、ヴィアちゃんは溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すように叫んだあと、泣き顔を隠すように両手で顔を覆ってしまった。


 あまりに突然の出来事に、私以外の三人は硬直してしまっている。


 私は……。


「よしよし。辛いねえヴィアちゃん。頑張ってるよねえ」

「うぅ、シャルゥ」


 私は、ヴィアちゃんが泊まりに来るたびに、この手の相談を受けている。


 なので、私にとっては今のヴィアちゃんは珍しい姿ではないのだ。


「私は……私はどうすればいいのですか? このままでは……このままではシルバーお兄様が誰かに取られてしまいます……」


 残念なことに、私はそう嘆くヴィアちゃんの背中を撫でてやることしかできない。


 なんせ、恋愛経験値ゼロなもんで。


「全くねえ、本当にお兄ちゃんには困ったもんだよ。こんなにヴィアちゃんが好き好きアピールしてるのに全然気付いてないんだから」

「もう、手詰まりですわ」

「どうしようかねえ」


 本当に幼いころからヴィアちゃんはお兄ちゃんにアピールしてきているのだ。


 それで靡かないとなると、もうどうしていいか分からない。


 結局、ヴィアちゃんと二人で、どうしようって困るだけになるんだよ。


 そりゃ、私だって自分が好きだから相手も好きにならないとおかしい、なんて馬鹿なことを言うつもりはない。


 でも、ヴィアちゃんには報われて欲しいんだよなあ。


 本当にどうしよう。


 ヴィアちゃんを抱き締めて慰めながら途方に暮れていると、デビーがなにか神妙な顔をしていた。


「どうしたの? デビー」

「ん? んー……あの殿下」

「……なんですの?」

「殿下はシルバーさんから妹扱いを受けているんですよね?」

「……ですわ」

「ちなみに、殿下はシルバーさんのことずっとシルバーお兄様とお呼びに?」

「ええ、それ以外の呼び名で読んだことはございません」

「あー……」


 ヴィアちゃんの答えに、デビーは腕を組みながら天井を見上げた。


「え? なに? なんか思い付いたの?」

「! デボラさん!!」

「は、はい!!」


 私から離れ、デビーに急接近したヴィアちゃんは、デビーの手を握り自分の顔をデビーに近付けた。


「なにを思い付いたのですか!? 教えて下さいまし!!」


 必死な表情のヴィアちゃんに、デビーは顔を仰け反らせながら自分の考えを話し始めた。


「えっと、殿下は赤ん坊のときからシルバーさんにお世話になってるんですよね?」

「ええ」

「そして、ずっとお兄様呼び」

「ええ」

「……だからじゃないですか? 妹扱い」

「「……はっ!!」」


 な、なんてこと!


 今まで普通にそう呼び過ぎて全然気付かなかった!


 そうか! ヴィアちゃんがずっと『お兄様』って呼んでるから、お兄ちゃんもヴィアちゃんを妹としてしか見ないんだ。


 ヴィアちゃんが、お兄ちゃんのことを兄として見ていると思って!


「なので、呼び方を変えてみるのは……」

「それ! いいアイデアですわっ!!」


 ヴィアちゃんはそう言うと、デビーの両手を持ってピョンピョン跳ねだした。


「私は、自分で妹だとアピールしてしまっていたのですね! なら、もうそうではないとアピールすれば……いけますわ!」

「やりましたわね殿下!」


 そういうヴィアちゃんは興奮状態だ。


 そうか、そんな単純なことだったんだ。


 これでなんとかなるかも!


「あ、あの!」


 そうやって四人でワイワイ言っていると、レティが声をかけてきた。


「ん? どうしたの? レティ」

「えと、その、もしかしたら余計なお世話かもしれないんですけど……」

「いいですわ。仰ってください」


 ヴィアちゃんに促されたのでレティは大きく息を吸って気持ちを整えてから言った。


「い、今までお兄様と呼んでいたのに急に呼ばなくなったら、余所余所しくなったと思われませんか?」


 レティの指摘に、私たち四人は驚愕した。


 そして『それもあるかも!』と納得してしまった。


 結局、不毛な話し合いはふりだしに戻ったのだった。


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