第9話 親睦会やろうよ

 初めての実技授業が終わったあとの授業は座学だった。


 授業の内容は『魔法論』


 パパの書いた論文だ。


 これが凄くて、魔法とはなにか? 魔力とはなにか? から始まって、治癒魔法や付与魔法にまで言及した、今や魔法を扱う人々全ての必修書物になっている。


 これが発表されたとき、魔法学術院が文字通り揺れたと言われている。


 中等学院でもちょっと習ったけど、高等魔法学院では実践も含めてより深く勉強していくとのことだ。


 今日は最初ということで、触りの部分だけ。


 おさらいだね。


 で、その授業でちょっと気になったことがあった。


 それは……。


「セルジュ君、戻ってこなかったね」

「そうですわね。まだ目が覚めていないのでしょうか?」


 午前の授業が終わり、私たちは学食に女子だけで集まって昼食だ。


 男子は男子で集まってる。


 魔法実践の授業で気を失ったセルジュ君は、先生の手で治療室に連れて行かれたんだけど、次の授業が始まっても戻ってこなかった。


 まだ目が覚めていないのか、それとも目は覚めたけど実はなにかあったとか?


 その原因となったアリーシャちゃんを見ると、彼女は特段気にした様子を見せていなかった。


「どうせ、皆の前で気を失ってしまって恥ずかしいから顔を見せ辛いとかそんな理由ですわ」


 アリーシャちゃん辛辣だなあ。


「そういえば、アリーシャちゃんもセルジュ君も同じ伯爵家だよね? もしかして交流があったとか?」


 ちょっと思い付いて聞いてみると、アリーシャちゃんは嫌そうな顔をした。


 だから、辛辣……。


「まあ、高等魔法学院のSクラスに合格するくらいですから魔法の実力はあるんでしょうけど……人間的には調子に乗りやすいというか、自分が特別な人間だと思っている節があって、少し他人を見下しているところがあるんですわ」

「へえ、そうなんだ。同じクラスになったことないから知らなかった」


 まあ、初日からヴィアちゃんにアピールしてたくらいだからね。自分が優秀だと思ってないとそんなことできないだろう。


「確かに、いけ好かない奴だなって思ってた」


 さっきの授業以降、妙にアリーシャちゃんと仲良くなったデボラさんがセルジュ君のことをそう評価した。


「自分は苦労しないで高等魔法学院に入れちゃいました、みたいなこと言ってたでしょ? あれ絶対嘘よ。そんな人があんな無様を晒すわけないじゃない」

「ですわね。でも、さすがにあんな一瞬で終わるとは思っていませんでしたから、とどめの魔法で彼を殺してしまったかと焦りましたわ」

「あー、確かに。あれは焦った」


 ……あれ?


 メッチャ仲良くなってない?


 私、かれこれ十年くらいアリーシャちゃんと付き合いあるけど、こんな気軽に話したことないし、デボラさんには嫌い発言されてるんですけど……。


「怪我は無かったようですし、明日になれば出席するのでは?」

「まあ、私はどっちでもいいけど」


 あんまり興味なさそうなアリーシャちゃんと、どうでもよさげなデボラさん。


 不憫だな、セルジュ君……。


 こうしてワイワイ言いながらご飯を食べていたんだけど、ふと横を見ると、ヴィアちゃんがニコニコしながら皆を見ていた。


「ふふ、こうして皆さんと他愛もない話をしながら食事ができるなんて、楽しいですわね」


 そう言うヴィアちゃんは本当に楽しそうだ。


 まあ、王族だからねえ。


 中等学院までは身分差のある学院だったから、私たち以外とご飯なんて食べたことなかったもんな。


 ずっとニコニコしながらご飯食べてる。


 そんなヴィアちゃんだったが、ふとなにかを思い付いたようで、皆に向かって話しかけた。


「そうですわ。折角こうして打ち解け合ったのですから、放課後親睦会をしませんこと」

「親睦会……ですか?」


 ヴィアちゃんの提案に、デボラさんがちょっと困惑しながら訊ねる。


「ええ。Sクラス女子がこうして団結できた記念の日ですもの。お祝いしませんと」


 そう言われたデボラさんとマーガレットさんは二人で顔を見合わせたあと頷いた。


「そうですね。やりましょう、親睦会」

「あら? 随分素直になりましたわね」


 了承の返事をするデボラさんを見て、アリーシャちゃんはニヤニヤしてる。


 そんなアリーシャちゃんに、一瞬顔がピキッてなったデボラさんだけど、すぐに顔をフイっと逸らした。


「もう変な意地を張るのは止めたの。私は苦しい時期を乗り越えて恵まれた環境に身を置くことができた。その状況を最大限利用してやろうって思ったのよ」


 そういうデボラさんの顔には僻みなど一切なく、キリッとした決意に満ちた顔をしていた。


 そんなデボラさんを見て、アリーシャちゃんは増々ニヤニヤしだした。


「先生にもそう言われましたものねえ」

「なっ!?」


 あー、やっぱアリーシャちゃんも気付いてたか。


 分かりやすかったもんなあ。


「ふふ、これは楽しい親睦会になりそうですわね」


 ヴィアちゃんは、根掘り葉掘り聞き出す気満々だ。


 笑顔が怖い。


 マーガレットさんは、そんなヴィアちゃんを見て感激すんな。


「で、女子だけでいい? 男子は?」


 いつの間にか女子会する流れになってたけど、親睦会と言うならクラス全体でしないと意味ないのでは? と思って聞いてみた。


「男子ですか? どうでしょう?」


 ヴィアちゃんも考えてなかったようで、首を傾げた。


「じゃあ、聞いてみるか。マックスー」

「なに?」


 隣のテーブルで集まってた男子に声をかける。


 男子は男子で盛り上がってたんだよ。


「今日さ、私んちで親睦会するんだけど、アンタたちどうする?」


 私がそう聞くと、マックスたちは「あ!」という顔をした。


「悪い。俺たちも親睦会しようってことになってて、放課後俺んちに集まることになったんだよ」

「あ、そうなんだ。じゃあ、今日は男女で別々だね」

「そうだな。お前らのことすっかり忘れてた」

「ちょ、非道くない? 私ら忘れるとかどんな話してたのよ?」

「ウチで作ってるもので盛り上がってな、だったら見に来るか? って話になってさ」

「あー、アンタんち、男子が好きそうなもの一杯あるもんねえ」

「まあ、そういうことだ。悪いな」

「いいよ。じゃあ、今度全員の親睦会やろうね」

「おう」


 マックスとの会話を終えて皆に視線を戻すと、デボラさんとマーガレットさんが目を見開いていた。


「ん? どうしたの?」

「え、いや……親睦会ってアンタんちでやるの?」

「ウ、ウォルフォード家で……」

「え? うん。だって、元々今日ヴィアちゃんが家に来る予定になってたし、もうそう連絡しちゃったし。あ! そういえば親睦会ならオヤツとかいるよね?」

「ですわね」

「ちょっと、もう一回連絡しとくわ」


 私はそう言うと、異空間収納から無線通信機を取り出した。


「……あ、ママ? 私、シャル。うん、今お昼休みでご飯食べてた。うん。でね? 今日ヴィアちゃんが遊びに来るって話したでしょ? それさ、今日クラスの女子たちで親睦会することになったから、あと三人追加になったんだ。だから、オヤツとか多めに用意しといて欲しいの。うん。いい? やった。じゃあお願いね。うん。分かってるよ。じゃあね」


 ママとの通信を終えるとヴィアちゃんが話しかけてきた。


「おばさま、なにか仰っていたのですか?」

「ちゃんと用意しておくから勉強に集中しなさいってさ。分かってるつーの」

「ふふ、おばさまらしいですわね」

「ってことで、家での準備もお願いしたから、今日はウチで……ってどうしたの?」


 デボラさんとマーガレットさんに視線を移すと、二人とも無言でこちらを見ていた。


 マーガレットさんは驚いた顔で、デボラさんは……また苦々しい顔してる。


「それ、無線通信機?」

「え? あ、うん」

「凄いですね……高等学院生でもう無線通信機を持たせてもらえてるんですか……」

「私も持ってませんわよ? お父様が私にはまだ早いと仰って……」


 二人だけでなく、アリーシャちゃんまで妬ましそうな顔をしてこちらを見ている。


 あー、これは下手な言い訳をすると、また拗れちゃう感じのやつだ。


 しょうがない、正直に話すか。


「えっと、ヴィアちゃんが自分用の無線通信機持ってるから羨ましくてさ、私も欲しいってお願いしたの。そしたら、私もママにまだ早いって反対されて」


 そう言うと、アリーシャちゃんが不思議そうな顔をした。


「シシリー様に反対されたのに、持っているのはどういうことですの?」

「え? どういう意味?」


 アリーシャちゃんの言葉の意味が分からなかった様子のデボラさんに、アリーシャちゃんが説明した。


「シシリー様って私たちにはまさに聖女……いえ聖母様と呼べるほどお優しい御方なのですけど、シャルロットさんにはちょっと厳しい方なのですわ」

「へえ、なんか意外。シャルって家で甘やかされてると思ってた」


 デボラさんのその評価に、私はガックリと肩を落とした。


「ママって怒ると超怖いんだよ……」

「そ、そうなんだ……」


 デボラさんの顔がちょっと引きつってる。


 世間では聖女とか聖母とか言われてるから、イメージ壊しちゃったかな?


「でも、どうしても欲しかったからパパにお願いしたの。そしたら、条件付きで了承してくれた」

「条件?」


 マーガレットさんが首を傾げたので、私は自分の無線通信機を見せた。


「これ、パパが作った最新型なの」

「……へえ、そう」


 ああ、またデボラさんが不機嫌になった。


 違うんだよ、優遇されるわけじゃないんだよ。


「まだ試作機で発売前なんだ。で、これのモニターをするってことで許可してもらったの」

「っていう建前なんでしょ?」


 まだ不機嫌なデボラさんに、私は首を横に振る。


「本当なんだよ。これ本当に試作機だからよく動作不良起こすしさ。そういう不具合が起こったら報告して修正しないといけないし、使い心地のレポートも提出させられるんだよ。しかもママも目を通すから適当なこと書けないし」


 メッチャ面倒臭いけど、その苦労で無線通信機が手に入るなら我慢できる。


 と、そこで私は閃いた。


「ねえ、三人もモニターしてみない?」

「「「え?」」」

「毎週レポート出さないといけないんだけどさ、タダで無線通信機が手に入るよ? やってみない?」


 皆が持っていないものを持っていることで妬まれるなら、皆も持てばいいじゃない。


 我ながらナイスアイデアじゃない?


 そう自画自賛していると、ヴィアちゃんがペチッと私の頭を叩いた。


「あぅ」

「なにを言っているのですか貴女は。アリーシャさんは親御さんから「まだ早い」と言われているのですよ? それを無視するおつもりですか?」

「あ」


 そうだった……あー、ナイスアイデアだと思ったのに!


「あ、あの、私、一度お父様にお話してみますわ」

「また反対されるのではなくて?」


 ヴィアちゃんがそう言うと、アリーシャちゃんは苦笑した。


「お父様、シン様を尊敬しているので。シン様のお作りになられた製品のモニターを頼まれたと言えば多分了承してもらえますわ」

「あら、そうなのですか? お二人は?」

「私も一度お母さんと相談してみないと……そんな高価なもの、壊したらと思うと……」

「あ、それは大丈夫だよ。不具合の洗い出しもあるって言ったでしょ? その度に修理してるようなもんだから、壊しても大丈夫」

「そ、そうなんだ……それでも、一回相談させて」

「うん、分かった。マーガレットさんは?」

「わ、私も、両親と相談させてください」

「うん。あ、モニターだから無料なのと、壊しても大丈夫ってのはちゃんと言っておいてね」

「「分かった」」


 ふふ、これで妬みの目で見られることもなくなるし、これが切っ掛けでもっと仲良くなれるかもしれない。


 パパも、もっとモニターを増やしたいって言ってたから、私にはメリットしかないね。


「そういえば、最新型と言っていましたけど、どういった機能が追加されましたの?」


 自分も無線通信機を持っているヴィアちゃんも、やはり最新型は気になるようでそう聞いてきた。


「ああ、今度のから文字が送れるようになるんだよ」

「……え?」

「文字が送れるようになったら、通信に出れないときでも文字を送っておけるし、色々便利になるよねー」


 そう、私が持っている最新型は文章が送れるようになっている。


 不具合というのも、その文章の送信のときがほとんどで、まだまだ世に出るには時間がかかる。


 なので、モニターは多いに越したことはないのだ。


「シャル」

「なに?」

「それ、シルバーお兄様は持っていらっしゃるの?」

「え? ああ、最初のモニターはアルティメット・マジシャンズの皆にお願いしたって言ってたから、持ってる「私もモニターしますわ!!」よ……え? いいの?」

「もちろんですわ! シンおじさまの魔道具は世の中を発展させる素晴らしいものばかり! その開発の一助になるのでしたら喜んで!!」


 ……これはあれだな。


 お兄ちゃんと文章のやり取りがしたいんだな。


 欲望に忠実だなあ。


「えっと……シルバーさん? って誰?」


 その名前が出た途端、ヴィアちゃんの態度が激変したから気になったんだろう。デボラさんにそう訊ねられた。


「私のお兄ちゃん」

「へえ」

「でね……」


 私はテーブルに身を乗り出し、二人を手招きし耳を貸すようにジェスチャーした。


「ヴィアちゃんの好きな人」


 そう言ったとたん、デボラさんとマーガレットさんの目が大きく見開かれた。


「「ええええっ!!??」」

「内緒だよ?」


 そう言うと二人ともコクコクと頷いてくれた。


 いやあ、女子トーク、楽しいねえ。


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