第8話 慟哭とデレ

 続いて始まったマックスとレインの対戦だけど……。


 正直言って微妙なものになってしまった。


 その原因は……。


「ふはは。分身の術」

「それただの高速反復横跳びだから! 分身できてないから!」


 レインが、忍術と称して繰り出す技の数々、それが微妙すぎるから。


 初っ端、私たちの対戦からヒントを得たのか、マックスも魔力を高めることはせず威力の小さい風の魔法を連射した。


 レインも同じようにするのかと思いきや、急に「土遁の術!」と叫び、目の前に土壁を作ってマックスの魔法を防いだ。


 そして、土壁でレインの姿が隠れると「煙幕の術!」と叫んで、今度は地面の土を上空に巻き上げマックスの視界を奪った。


 マックスがそれに戸惑っているうちに、レインは身体強化魔法を使って高速で移動、マックスの背後を取った。


「もらった」

「うおっ!?」


 背後を取ったレインは……なぜか魔法で攻撃せずに、マックスに殴り掛かった。


 魔道具の防御魔法は魔法だけでなく物理にも効くらしく、それも防ぎダメージ判定が入った。


 ……っていうか、なんで魔法使わなかったの?


 今の、絶好のチャンスだったじゃん。


「くっ! なんだよレイン! 手え抜いてんのか!?」


 手加減されたと思ったのか、マックスがレインから飛び退きながら怒りを込めて叫ぶと、レインはフルフルと首を横に振った。


「本当は、小刀で首を切るはずだった」

「怖えよ!!」


 いつの間にか背後に迫って首を切るって……暗殺術じゃん!


 確かに、昔パパから聞いたニンジャの戦闘方法は暗殺者っぽかったけど!


 なに? その暗殺術をこの場で試してんの? マジ怖いんですけど?


 そこからは、忍術と称した変な魔法と体術でマックスを振り回すレインと、それに翻弄されつつも、自身も体術と魔法で反撃するっていう対戦になった。


 対戦としては面白いんだけどさあ、ここ高等魔法学院よ?


 魔法で対戦しようよ。


 でも、やってることは高度なんだよなあ。


 レインの奇妙な行動のせいで、全然そうは見えないけど……。


 そんな魔法と体術が入り乱れた対戦は、結局体術に勝るレインの削り勝ちになった。


「早速下克上が出たわけだが……正直言ってどう評価していいのか分からんな。マルケス、あの戦い方はなんだ? あれがお前のスタイルなのか?」

「うん。詳細は秘密」

「……いや、秘密にされると指導できないんだが……」


 先生にそう言われたレインは、ちょっと考えて。


「魔法と体術の組み合わせ」


 と答えた。


「ビーンもそうなのか?」

「違いますよ。俺はレインに付き合わされただけです。ずりいよレイン。体術勝負に持ち込まれたら勝てるわけないじゃん」

「ふふ、作戦勝ち」

「ビーン。マルケスの言う通りだぞ。自分の得意なフィールドに相手を巻き込む。立派な戦術だ」


 先生にそう諭されたマックスは、不承不承ながら頷いた。


 そして、先生からいくつかのアドバイスを貰い、魔石を取り外してこちらに来た。


「あー、くそ。負けた」

「お疲れ、マックス。惜しかったじゃん」

「惜しくても負けたら意味ねえよ」


 メッチャ悔しそうに言うマックスに慰めの言葉をかけたら、まだ不貞腐れていた。


「レインは、おばさんと剣の対人戦とかやってるから慣れてたよな。俺はこういうの初めてだったからなあ」

「魔法ありは俺も初めて。言い訳にしない」

「くそ、その通りだよ。次は負けねえからな」

「望むところ」


 そう言い合ったあと、なんかニヤッと笑い合って拳をぶつけ合い、二人でライバルごっこやってる。


 男の子だねえ。


 さて、次の対戦はアリーシャちゃんとセルジュ君だったのだが……。


 まさに瞬殺だった。


 アリーシャちゃんは、私たちやマックスたちと同じように、威力の小さい魔法を連発した。


 序盤でいきなり大きな魔力を溜める余裕はないから。


 ところが、その連発した小魔法に、セルジュ君が全て被弾。


 あっという間に魔道具のアラームが鳴った。


 魔法を放ったあと、セルジュ君からの攻撃に備えて移動していたアリーシャちゃんはもう次の魔法の準備が終わっており、アラームが鳴ったのとその魔法を放ったのは同時だった。


「うぎゃああ!!」


 アラームが鳴ったのに、さっきよりも高威力の魔法が迫ってきて、セルジュ君は絶叫しながら尻餅をついた。


 そして、魔法が着弾。


 アラームが鳴ったあとも、一回だけ魔法を防御するという機能のおかげで、魔法は防がれ、防御魔法が消失した。


 こういう事故があるから、アラームが鳴ったあとも一回だけ防ぐようになってるんだなと、実例を見て納得したよ。


 アラームが鳴り、負けが確定したあとに高威力の魔法が迫る。


 その恐怖に、セルジュ君は尻餅をついた状態からゆっくり後ろに倒れた。


 どうやら気絶してしまったらしい。


「ミゲーレ!!」


 先生が慌ててセルジュ君に駆け寄り、状態を確認したあとホッとした顔を見せた。


 魔道具のお陰で傷は付いていないらしい。


 その様子に、ちょっと蒼褪めていたアリーシャちゃんもホッと胸をなでおろしていた。


 しかし、先生はしばらくセルジュ君の様子を見ていたが、やがて頭をガシガシと掻いたあと、なにかの魔法をかけた。


 セルジュ君の制服がちょっとはためいているから、風の魔法かな?


 しばらくそれを続けたあと、先生はセルジュ君をお姫様抱っこして練習場の隅に寝かせ、魔道具から魔石を取り出しこちらに向かってきた。


「あー、ミゲーレは気を失っているだけで怪我はないから大丈夫だ。それにしても……これはちょっと困ったな」

「ど、どういうことでしょうか?」


 困った顔をする先生に、アリーシャちゃんがまた青い顔に戻った。


「いや、お前たち五人と、ミゲーレ以降の五人の実力差がちょっと大きいと思ってな。これだと、お前たち五人が他の五人を圧倒してしまう。同じクラス内で、こうも実力差が分かれてしまうとは……」

「待ってください!!」


 先生が、今のアリーシャちゃんとセルジュ君の対戦を見て、クラス内の実力差を感じ取ったようだが、それに待ったをかける声があった。


「なんだ? ウィルキンス」


 声の主はデボラさんだった。


 デボラさんは、先生の話が納得できないと、顔を怒らせて先生に詰め寄った。


「納得できません! そりゃ、その人たちの親は凄いかもしれないけど、私たちだってアールスハイド高等魔法学院の、それもSクラスに合格した人間です! そんなあからさまに差別するようなことは止めて下さい!!」


 そんなデボラさんの抗議を受けて、先生はふーっと息を吐いたあと、また頭を掻いた。


 困ったときの癖なんだろうか?


「ウィルキンス。俺は生徒をそんな色眼鏡で見たりしない。俺はお前たちの実力を見たうえで実力に差があると判断した。これは差別ではない。純粋な評価だ」

「で、でも!」

「別に、お前たちの指導を蔑ろにすると言っているわけじゃない。ただ、今の状態でこうした対戦をさせるのは、お互いにとって訓練にならないと言っているんだ」

「……」


 デボラさんは悔し気に唇をかみながら俯いた。


「理解したか? では、次はウィルキンスとロイターだ。すぐに準備を……」

「……とやらせてください」

「ん? なんだ?」


 デボラさんは、俯いたまま小声でボソボソ言ったので私だけでなく先生も聞き取れなかった。


 先生が聞き返すと、デボラさんはガバッと顔をあげ、なぜか私を睨んできた。


「私の対戦はシャルロットさんとやらせてください!!」

「はあ?」

「ええ!?」


 デボラさんの力強い宣言に、先生と私は困惑の声をあげてしまった。


「私は! あの人たちみたいに良い家柄でも良い血筋でもない! なんにもない! けど、頑張って、努力してこの学院に入れたんです! それなのに! この学院でもそんな人たちが特別扱いを受けて私は蔑ろにされる! そんなの許せない!」


 そういうデボラさんの目には、下克上というより、ちょっと憎悪が混じっているように思える。


 なんだろうな? 私に対する憎悪っていうより”私たち”っていう方がしっくりくる気がする。


「だから、蔑ろになんて……」

「私はいいですよ、先生」

「ウォルフォード? し、しかし……」

「元々、総当たり戦やるつもりだったんでしょ? だったら丁度いい機会じゃないです?」

「それはそうだが……しかし、まだ対戦していない者もいるのに……」


 先生はそう言うと、ハリー君、デビット君、マーガレットさんを見た。


 視線を向けられた三人は、お互いに顔を見合わせて頷いた。


「先生。私たちは後回しで構いません」

「なっ。いいのかロイター? コルテス、フラウも」

「僕は構いません」

「私もいいです」


 三人が了承してしまったので、先生は少し考えたあと、決断した。


「よし、ならウォルフォード、ウィルキンス、魔石を受け取って準備しろ」

「はい!」

「はーい」


 先生にそう言われて、デボラさんは気合十分な顔で魔石を受け取り、ペンダントにはめ込んだ。


 私は、これで二回目なのでデボラさんよりは落ち着いて魔道具の準備をし、さっきと同じ開始線でデボラさんと向かい合う。


 うわ、メッチャ睨んでる。


 でも、まあ……デボラさんが私たちに敵対心を持ってる理由が、さっきの発言でなんとなく分かっちゃったんだよねえ。


 どうしようかな? 初っ端にデカいの持ってくるか、それとも……。


 少し考えて、私は作戦を決めた。


「用意はいいか? それでは……始め!」

「やああっ!!」


 先生の開始の合図と共にデボラさんが魔法を放つ。


 これは先生が開始の合図をする少し前から魔力を集めてたね。


 んで、開始とともに放ったと。


 目の前にいる私には、魔力感知で分かってたからすぐに避けて対処した。


「くっ! ちょこまかと!!」


 私は、多分デボラさんが最初から小魔法の連発をしてくると予想していた。


 これまで三戦見てきて、序盤にはそれが有効だってことが分かってたからね。


 だから、私は敢えてそれに乗らず、防御魔法で受けることもせず、走って避けることにした。


 移動している私に狙いが定められないのか、デボラさんがイライラしているのが分かる。


 魔力が上手に集められていないし、放ってくる魔法もあんまり威力がない。


 これなら走って避けることも難しくない。


 そして、今は自力で走っているから、そのまま魔力を集める。


「この! このおっ!!」


 私が魔力を集めていることを、興奮してしまっているデボラさんは気付かない。


 そして、興奮して魔法を連発しているということは、それだけ集中力が乱されるということ。


 程なくして、デボラさんは息切れして魔法の連発が止まった。


 今!!


「えっ!?」


 魔法が途切れた瞬間を狙って、それまで集めていた魔力を魔法へと変換。


「いけえっ!」

「きゃあああっ!!」


 私が放った特大の炎の弾は、デボラさんを丸ごと飲み込むほど大きなものになっていた。


 ……しまった。避け続けている間ずっと魔力を溜めていたから、すんごいデカい魔法になっちゃった……。


 私の目の前には、炎に包まれるデボラさん。


 鳴り響くアラーム。


 ……。


「わ、わあああっ!!」

「ウィルキンス!! やり過ぎだウォルフォード!!」

「ご、ごめんなさい! しゅ、集中しすぎて魔力を溜めすぎちゃいました!!」

「ウィルキンス! 無事か!? ウィルキンス!!」


 先生が慌てて炎に包まれるデボラさんに声をかけるが、返事が聞こえない。


 まさか、まさか、私、人を……。


 最悪の予感に、私の膝がガクガクと震えだす。


 そんな恐ろしい想像をしているうちに、炎が収まってきた。


 そして、その中から……。


 放心したように座り込んだデボラさんの姿が現れた。


 よ、良かった!! 本当に良かったよ!!


「ウィルキンス! 大丈夫か!?」


 先生がデボラさんに近寄って肩に触れると、デボラさんはハッとした顔をして、ポロポロと涙を流し始めた。


「ウ、ウィルキンス? 大丈夫だぞ? どこにも怪我はしていない」


 相当怖かったのだろうと、先生が必死に慰めているけど、デボラさんの涙は一向に止まらず、徐々に嗚咽まで混じり始めた。


「なんでっ! なんでよっ!」


 デボラさんは、涙に濡れた瞳で、私を睨みつけた。


「私はっ! この学院に入るために夜も寝ないで頑張ったの! この学院に入って! 父親のいない私の家を、貧乏だって言って馬鹿にした奴らを見返したかったのに!!」


 そうだったのか……デボラさん、苦労してたんだな……頑張ったんだな。


「なのに! こんなに頑張ったのに! 地位も名誉も財産も血筋も全部持ってる人間の方が優秀なの!?」


 そう叫んだデボラさんは、ガックリと肩を落として俯いた。


「私の努力は無駄だったの……? そんなの、ずるいよ……」


 そう言ったあと、静かに涙を流すデボラさんに、私たちはなにも言えなかった。


『ずるい』


 入学式のあと、ヴィアちゃんにそう思われても仕方がないと言われていた。


 実際、デボラさんはそう思っていた。


 しかも、ちょっとご家庭のご事情があまり芳しくない様子……。


 余計に私たちのことが憎らしかったんだろうなあ……。


 スンスンと泣き続けるデボラさんに声をかけることもできず、ただ見守っていると、先生がデボラさんの肩にそっと手を置いた。


「無駄な努力なんかじゃないさ」

「……せんせぇ」

「ウィルキンスは頑張った。その結果が、高等魔法学院Sクラス所属という結果に表れているじゃないか」


 先生は、デボラさんの肩をポンポンと叩きながら、諭すようにそう言った。


「っ、で、でもっ、わたし、シャルロットさんに勝てない……」


 デボラさんがしゃくりあげながらそう言うと、また一人デボラさんの前に立つ人が現れた。


「情けないですわね。たった一回負けただけでもう諦めますの?」


 優しい言葉ではなく、厳しい言葉を投げかけたのはアリーシャちゃんだ。


 腕を組み、デボラさんを見下すように言い放った。


 ええ……もうちょっと優しい言葉をかけてあげてよう。


 ハラハラしてデボラさんを見ると、厳しい言葉を放ったアリーシャちゃんをキッと睨んだ。


「アンタになにが分かるのよ!! アンタだって貴族の令嬢なんでしょ! 苦労なんて知らないんでしょ! それなのに、偉そうなこと言わないでよ!」

「まあ、確かに。生活するうえで苦労なんてしたことありませんわね。ただ、それと魔法の実力とどう関係がありますの?」

「あるでしょ!! どうせ、高いお金で魔法の家庭教師とか雇ってるんでしょ!? 私にはそんな余裕なんてなかったのよ!!」

「雇ってませんわよ?」

「え?」


 アリーシャちゃんの言葉に、それまで憤っていたデボラさんがキョトンとした顔をした。


「シャルロットさんのことは十分ご存じでしょう? あんな方々が身内にいらっしゃって、そこらの家庭教師を雇ったくらいで敵うとお思いですの?」

「……」

「そんな無駄なことをするくらいなら、雇わない方がマシですわ。幸いにして、私はシャルロットさんと行動を共にすることが多かったので、シン様たちの御指導を受けることができましたし」

「なっ!? やっぱり、アンタもズルいじゃない!!」


 そう叫んだデボラさんに、アリーシャちゃんは悪そうな顔でフッと笑った。


「あら、シャルロットさんに噛み付くなんて随分と気概のある方かと思っていましたけど、どうやらただの不幸自慢のお子様でしたか」

「は、はぁっ!?」


 う、うおお……アリーシャちゃんが……アリーシャちゃんが、物語に出てくる意地悪な令嬢みたいだ……。


 メチャメチャ、デボラさんを煽ってる。


「私たちがズルイ? 自分でその権利を放棄しておいて、よくもそんなことが言えましたわね?」

「は? 権利? 放棄? なんのことよ!?」


 そういうデボラさんに、アリーシャちゃんは首を横に振って「やれやれ」と言わんばかりにフーッと息を吐いた。


「貴女、入学初日にシャルロットさんがマーガレットさんにお声をかけたのをお忘れですの? 仲良くしようって、そう言ってましたわよね? それを拒否したのは貴女……いえ、貴女たちですのよ?」

「そ、それは……」


 アリーシャちゃんの言葉に、マーガレットさんも顔を青くさせていた。


「自分のくだらないプライドのために、マーガレットさんまで巻き込んでチャンスをフイにしたのですよ。そのまま仲良くなっていれば、ウォルフォード家の方々とも懇意になれて、魔法の御指導もして頂けたかもしれませんのに」


 アリーシャちゃんがそう言うと、デボラさんは真っ青な顔になった。


「で、でも……だって……」

「まあ、マーガレットさんも自分でご辞退なさいましたし、巻き込まれたわけではないのかもしれませんが」


 アリーシャちゃんは、マーガレットさんをチラッとみてまた視線を戻した。


「自分でチャンスをフイにしておいて、よくもズルいだなんて言えたものですわね」


 そう言われたデボラさんは、俯き、気の毒なくらい落ち込んでいる。


 っていうか、アリーシャちゃん、メッチャ怒ってる。


 普段は私に文句ばっかり言ってくるしライバル視されてるけど、今言った発言は全部私を庇っての反論だ。


 まさか、アリーシャちゃんが私を庇ってくれるとは思ってなくて、思わずニヨニヨしてしまった。


「……なんですの? その不愉快な顔は?」

「えー? べっつにー?」


 なんか、アリーシャちゃんが苦々しい顔をしながら私を見てきたけど、それすら照れ隠しのような気がしてますますニヨニヨしてしまう。


「っふん! 別に、貴女のことを庇ったわけではありませんわよ!? 私のライバルである貴女が不当に糾弾されているのが不愉快だっただけですわ!」


 出た! 勘違いしないでよね発言!


 これはあれだ。パパの言ってたツンデレってやつだ!


「うんうん。ありがとー、アリーシャちゃん」

「くっ……まあ、いいですわ。今日のこの対人戦で、貴女がそう遠くないところにいることが分かりましたもの」


 アリーシャちゃんはそう言うと、私にビシッと指をさした。


「首を洗って待ってらっしゃいシャルロットさん。近いうちに、貴女に追いついてみせますわ」


 不敵な顔でそう言うアリーシャちゃんに、私もニヤッと笑い返した。


「うん。待ってるよ」


 こうして二人でニヤッと笑いながら見つめ合っていると、割り込んで参戦してくる声があがった。


「うふふ。私も、もう少しのところまでシャルを追い詰めましたからね。もうすぐ追いつきますわよ。頑張りましょうね、アリーシャさん」

「はい! 共にシャルロットさんを追い落としましょう!」


 ヴィアちゃんとアリーシャちゃんが二人で手に手を取って励まし合っている。


 その光景を見て、先生がデボラさんに話しかけた。


「ウィルキンス。お前は優秀な生徒だ。この学院のSクラスに入れたことがそれを証明している」


 先生がそう言うと、デボラさんはピクッと反応した。


「お前たちにはまだ理解しづらいかもしれないが、高等魔法学院に入学したての人間なんて、駆け出しでさえない、魔法使いの卵だ」


 そうなんだよねえ。


 この高等魔法学院を首席で卒業し、私より数段強いお兄ちゃんが、アルティメット・マジシャンズではまだ研修生で現場に出して貰えてないのが現実だ。


「これからだよウィルキンス。これからどう努力するかで将来どんな魔法使いになれるのか決まる。その大事な時期に、そんな腐っていていいのか?」

「……せんせぃ」


 先生の言葉に、デボラさんはようやく顔をあげた。


 その顔は、涙でグショグショだ。


 そんなデボラさんを見て、先生はフッと笑い、デボラさんの頭を撫でた。


「お前には、俺が責任を持って教えてやる。だが、使えるものはなんでも使った方がいいんじゃないのか?」


 先生はそう言うと、デボラさんから視線を外した。


 そここには、ハンカチを持ったヴィアちゃんがいた。


 ヴィアちゃんは、デボラさんにハンカチを差し出しながら微笑んでいた。


「デボラさん。貴女も、私たちと一緒に打倒シャルを目指しませんか?」

「……一緒に」

「ええ。もちろん、マーガレットさんも一緒に」

「わ、私も!?」

「もちろんですわ。だって、私たちは同じ目標を持った仲間、クラスメイトですもの」


 ヴィアちゃんはそう言ってふんわりと微笑んだ。


 その微笑みに、デボラさんとマーガレットさんは、顔を赤くしてポーッとしている。


 まあ、ヴィアちゃんに微笑みかけられたら女の子でもそうなるよね。


 デボラさんは、しばらく逡巡していたようだけど、ようやく決心がついたのかヴィアちゃんの手からハンカチを受け取り、グシグシと涙を拭った。


「これから、よろしくお願いしますわね?」


 ヴィアちゃんがそう言うと、デボラさんはキリっとした顔になった。


「はい。よろしくお願いします」

「えっと……私もいいんでしょうか?」

「もちろんですわ」


 ヴィアちゃんはマーガレットさんに向かってニッコリとそう言うと、私を指をさした。


「皆様、打倒シャルですわ!」

「「おー!!」」

「お、おー」


 ヴィアちゃんの宣言に、デボラさんとアリーシャちゃんが力強く応え、マーガレットさんは戸惑い気味に同調した。


 うんうん、同じ目標に向かう同志としての結束だね。


 ……ん?


「ちょっ! なんか、私だけ仲間外れになってない!?」


 そういや、さっきも一緒に私を打倒しないかって問いかけてたな!


 なに? 同じ目標って、私を打倒すること!?


「シャル」

「なに?」

「追われる立場の者とは、孤独なものなのですよ?」

「やだよ!! 私も仲間に入れてよ!!」

「やれやれ、我がままですわねえ」

「どこがよ!!」


 しょうがない奴だと言わんばかりに首を振るヴィアちゃんにオーグおじさんの遺伝子を見た!


「「……ぶふっ」」


 そんなやり取りをしていると、デボラさんとマーガレットさんが噴き出した。


 いや、今の笑うところじゃないでしょ。


 どっちかっていうと、私に同情するところよ?


「くふっ。あー、おっかし」

「ふふ、うふふ」


 二人とも一しきり笑ったあと、私に向き直った。


「ウォルフォードさん」

「シャルでいいよ」

「じゃあ、シャル。やっぱり、私はアンタのこと好きにはなれない。どうしたって自分と比べてしまうし、色々恵まれてるアンタのことを羨ましいと思ってしまう」

「……そっかあ」


 色々と本音を曝け出してくれたけど、やっぱりそこはダメかあ。


「でも、羨ましいからって敵視するのはもう止めるわ。これから、シャルのことは越えるべき目標だと思うことにする」

「そっか。うん。まあ、それでいいよ」


 まあ、嫌われて敵視されるよりマシかな。


 そう思っていると、デボラさんは視線を外して俯いた。


「……色々言ってゴメン」


 !!


 デレた!


 デボラさんがデレたよ!!


 思わず顔がニヨニヨしちゃうよ!


「……ちょっと、そのムカつく顔やめてくんない?」

「急なツン!?」


 あれえ!? デレてくれたんじゃなかったの!?


「くふっ、ふふふ」


 折角デレてくれたデボラさんがまたツンツンしちゃったことにショックを受けていると、マーガレットさんがクスクス笑いだした。


「シャルロットさん」

「あ、うん?」

「ごめんなさい」

「え? なにが?」


 マーガレットさんが急に頭を下げてきたけど、私、彼女になにかされたっけ?


「その……あんまり関わらないでほしいって言っってしまって……」

「あー、そうだっけ。でも、それってしょうがなくない? いきなり王族と仲よくしようなんて普通無理でしょ」


 私たちは生まれたときからずっと一緒にいるから、そんなの気にしたことなかったけど、一般の人が急に王族と対面したらどうなるかなんて流石に分かるよ。


「態度が変わったってことは、ヴィアちゃんに大分慣れた?」


 さっき、ヴィアちゃんと一緒に私を打倒しようって誓いあってたからね。大分慣れたんだと思う。


 その切っ掛けが打倒私なのがモヤっとするけど……。


「そうですね……慣れたというか、意外な一面を見たというか……」

「あー、アレか……」


 私を追い詰めながら恍惚の表情をしてたやつか……。


 王女様の素顔としては以外すぎだよなあ。


「あはは……ちょっとヤバイよね?」

「ふふ、ですね。でも、そういう意外な一面も含めて、殿下も私たちと同じ人間なんだなってようやく理解できましたから」

「そっかあ」

「はい。あの、一度断ってしまったのに、こんなこと言うのは図々しいと思うかもしれませんけど……改めて仲良くしてもらえませんか?」

「もちろん!」

「ありがとうございます、シャルロットさん!」


 マーガレットさんはとても嬉しそうにそう言った。


 そんなマーガレットさんに近付く人が。


「ふふ、私ともよろしくお願いしますわね? マーガレットさん」

「はぅ! よ、よろしくお願いします、殿下!」


 クラスメイトとして関わっていくと決めたマーガレットさんだったが、急にヴィアちゃんに話しかけられるとやっぱり緊張してしまうようでガチガチに緊張していた。


 まあ、おいおい慣れるでしょ。


 そんな二人を眺めていると咳払いが聞こえてきた。


 そちらを向くと、頭を掻きながら困った顔をした先生がいた。


「あ、すみません。授業中でした」


 なんか、怒涛の展開で忘れてたけど、今授業中だった。


「ああ、いや、教室内の蟠りを解くのも必要だからな。それはいいんだが……」


 先生がチラッと視線をやると、そこには所在なさげな男子たちがいた。


「女子の方は目標が高くて結構なことだ。だが、男子の方はどうなんだ? さっき殿下が目標を掲げたときも同意していなかったようだが?」


 そう言われた男子たちは、お互いに顔を見合わせた。


「俺は別に、そこまで高い目標を持ってるわけじゃないですから。打倒シャルとか別にいいかな」

「……まあ、ビーンがそれでいいならいいが……」


 消極的意見のマックスに、先生はちょっと残念そうにそう言った。


 まあ、マックスは魔法を極めるより鍛冶仕事とか極めたいって方が強いしなあ。


「私は、正直そこまで考えていなかった。ただ学院に入り、卒業して魔法師団に入れればと……」


 あれ、意外。


 ハリー君は、見た目がちょっと大人っぽいから、将来設計とかできてると思ってた。


「まあ、大半の生徒がそうだな。だが、折角向上心の高い生徒たちが同じ教室内にいるんだ。乗っかるのも手だと思うが?」

「……そう、ですね。考えてみます」


 ハリー君はそう言うと考え込んでしまった。


 そういえば、次ハリー君の番だったんだよな。


 対人戦はいいの?


「僕もハリーと同じです。目標なんて、今まで意識したことなかったです」

「そうか。ならコルテスも考えてみるといい。そうやって色々考え悩むのも学生には必要なことだぞ?」

「はい!」


 こうして一人一人アドバイスをしていく先生。


 凄くいい先生だなあ。


 先生は、最後の男子であるレインを見た。


「マルケスは? どうだ?」

「俺はニンジャになる」


 ……確かに、レインはずっとそれが目標だって言ってたね。


 でもね、いきなりそんな意味不明なこと言われて、はいそうですかって言える人はいないんだよ?


「……すまん。聞いた俺が悪かった」


 先生!? 諦めないで先生!!


 レインはやればできる子なんです! 先生!


 そんなことをしていると、授業の終了を告げる鐘が鳴った。


「あ、もうこんな時間か! すまないロイター、コルテス、フラウ、お前たちの対人戦の時間がなくなってしまった」


 まあ、ちょっとトラブルがあったもんね。


 しょうがない。


「次の授業はお前たちの対人戦から始めよう。とりあえず全員の実力を見せてもらわないことには始まらんからな」

「「「はい」」」

「それじゃあ、この授業はこれまでだ」

『ありがとうございました』


 私たちは整列し、先生に向かって頭を下げる。


 それを見届けて先生は、気を失ったセルジュ君をまたお姫様抱っこして魔法練習場から去って行った。なんで背負わなかったんだろう?


 さっきも思ったけど、いい先生に当たったな。


 そう思って去って行く先生の背中を見ていたのだが、見送っている生徒たちの中でも一際熱心に見送っている人に気付いた。


「……なによその顔。ムカつくんだけど?」

「え? べつに?」


 あれ? またニヨニヨしてた?


 まあ、しょうがないじゃん。だってデボラさん、ほんのり頬を赤らめて潤んだ目でミーニョ先生のこと見送ってるんだもん。


 ニヨニヨしちゃうでしょ。


「っ! やっぱアンタ嫌い!」

「ええ!? なんで!?」


 そんな感じで、私たちの初授業は波乱がありつつも終わりを迎えたのだった。


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