第6話 初授業
次の日、予定通り研究会の紹介が行われた。
当初の予想通り、研究会紹介が終わった後、英雄研究会と聖女研究会からメチャメチャ熱心な勧誘をされた。
そりゃあ、研究対象の身内だものね。なんとしてでも取り込みたいだろう。それは分かる。
けど、その研究会が研究しているのは私の曾祖父母と父母。
頑なに入会を拒否していたが、あまりにもしつこいため「身内のプライバシーは明かせない」と言ったら、ようやく引き下がってくれた。
まあ、帰るときも諦めきれないって顔しながら帰って行ってたけど……。
「うあぁ、疲れた……」
そんなこんなでひと悶着あった研究会紹介が終わったあと、私は教室の机に突っ伏していた。
「ふふ、お疲れ様ですシャル。勧誘、凄かったですね」
「もー、なんで自分の親のこと研究してる研究会に私が入るって思ってるのかな」
私が不貞腐れ気味にそう言うと、ヴィアちゃんはクスクスと笑っていた。
「シャルにとってはただの家族でも、あの方たちにとっては違いますもの。貴重な情報源とでも思っていたのではないですか?」
ヴィアちゃんのあんまりな言葉に、私はムッとしてしまった。
「なにそれ? 私のことなんにも考えてないじゃん」
「世の中とはそういうものですわ。私も、皆さまから王女として見られていますけど、人格・感情を持った人間だと思っている人がどれほどいることやら」
なにやら疲れたようにそう言うヴィアちゃんに、さっきまでの怒りはどこかに行き同情してしまった。
ヴィアちゃんは大国アールスハイド王国の王女様だ。しかも、とびきりの美少女。
皆がヴィアちゃんに憧れを持つし、中には勝手な人物像を思い描いて、それをヴィアちゃんに押し付けようとする人もいる。
実際、初等・中等学院時代にいたんだよ。
自分の理想をヴィアちゃんに押し付け、勝手に傷付いたって顔してる後輩が。
そのときのヴィアちゃんの寂しそうな顔は忘れられない。
だからこそ、私はオクタヴィア王女殿下ではなくてヴィアちゃんとして接している。
それが許される立場だったのもあるし。
そんなヴィアちゃんを前にしたら、自分の扱いがただの情報源だと言われても我慢できる。
でき……うん。
「そんなことより、今日から授業だよね! どんな授業するのかなあ?」
なんか、また気持ちがやさぐれそうだったので無理矢理話題を変えた。
そう、高等魔法学院に入学して三日目、ついに授業が始まるのだ。
午前中はさっきの研究会紹介で、午後から早速魔法実践の授業なんだけど、どんな授業なんだろう。
話題転換のために切り出した話だったけど、なんかワクワクしてきた。
「そうですわねえ。シンおじさまが年々新しい魔道具を開発するので、授業内容が毎年変わっているそうですから、どんな授業になるのか見当もつきませんわね」
ちなみに、シルバーお兄ちゃんのときは、初めての授業でジェットブーツを履いてのマジカルバレーをやったらしい。
マジカルバレーは、今やプロリーグがあり各街にプロチームが存在する。
その熱は各国にも広がり、先年、ついに各国の代表が戦うワールドカップが開催された。
そんな国民に大人気のマジカルバレーだけれど、見るのと実際にやるのは別問題。
ジェットブーツを起動しながら体制を維持し、魔法を込めてボールを打ち返すのは至難の業で、高等魔法学院に入学したばかりの学生に制御できるわけもなく最早試合にすらならなかったって言ってた。
今年もやるのかな? どうなのかな?
ワクワクしながら待っていると、チャイムが鳴り担任であるミーニョ先生が入ってきた。
「よし、全員いるな。では、これから高等魔法学院に入学してから初めての授業を行う。初回は魔法実践の授業だから俺の授業だ。まず、全員に魔道具を配るからそれを首からかけろ」
そう言って先生が配った魔道具はペンダントだった。
「先生、これなに?」
私がそう聞くと、先生は意外そうな顔をした。
「なんだ? ウォルフォードは知らなかったのか? これは学院生のために魔王様が作られた魔道具でな。今から配る魔石を装着すると起動する」
「魔石? ってことは常時起動?」
「そうだ。常に起動し、周囲二メートルに防御魔法を展開する」
「防御魔道具ってことですか?」
私に続いてヴィアちゃんも質問した。
「そうです。そして、この魔道具の本体、ペンダントトップが青いでしょう?」
「ええ」
「魔法が魔道具の発生させる防御魔法に当たると青から黄色、そして赤へと色が変わっていきます。そして、赤くなるとアラームが鳴り、それが鳴った方が負けです」
魔法を受けると魔道具の色が変わって、アラームが鳴ると負け……え? ってことは、これ……。
「魔法使い用の対人訓練用魔道具!?」
思わず大きな声をあげてしまった。
周りの皆も、ハッとした顔をして手元にある魔道具に視線を落とした。
「その通り。魔法は人に向けて使うには危険だからな。だから、今まで対人の訓練は行わず固定された的に向かって行われていた。しかし、魔法を使う主な場面はどこだ?」
「……戦いの場」
魔法師団志望のハリー君がポソっといった。
「そうだ。魔物しかり、戦争……はここ数年起こっていないが、犯罪者を捕縛する際にも魔法は使うだろう。その際の標的は動いている。動かない的で練習して、効率があがるか?」
「あがらないです」
デビット君がそう答えると先生は大きく頷いた。
「それを憂慮した魔王様が作ってくださった。元は息子さんからの要望だと聞いている」
「お兄ちゃんが?」
なにそれ? 私は初耳だ。
「だからウォルフォードが知らないのが意外だったんだが、家ではそういう話はしないのか?」
先生がそう言うと、どこからか「ぷっ」と笑う声が聞こえた。
「自慢してる割には、自分の親のことなんにも知らないんじゃない」
少し馬鹿にしたような声で、デボラさんがマーガレットさんと話している。
そのことに、私はムッとした。
私は、今まで一度も自分がウォルフォードであることを、パパのことを自慢したことなどない。
それなのに、勝手な思い込みで私が自慢していると言っている。
ムカついた私は、わざと大きな声で先生に話しかけた。
「パパもお兄ちゃんも、家では仕事の話とかしないです。仕事とプライベートは分けるって言って」
「そうか、素晴らしいお考えだな。まあ、それなら知らなくても無理はないか」
そうしたら今度は「ちっ」って舌打ちが聞こえた。
なんなの?
なんでこんなに嫌われないといけないのよ。
思わずグッと拳を握ったら、隣の席のヴィアちゃんがそっと私の握り拳に手を添えてきた。
ハッとしてヴィアちゃんを見ると、怒っちゃ駄目、と微笑んで小さく顔を横に振った。
私なんかより、よっぽどこういう目に遭っているヴィアちゃんにこんな顔をされると、これ以上私が怒るのはな、とデボラさんのことは気にしないようにした。
そんな私たちのことには気づかず、先生は話を進めていた。
「まあ、そういう訳で今からの授業はこれを使う。ということはだ」
先生はそう言うとニヤッと笑った。
「お前らには、対人戦闘を行ってもらう」
先生がそう言った瞬間、教室内に衝撃が走った。
マジかあ。
魔法を人に向けて撃つなんて今まで一回もやったことないよ。
それは魔法の練習において一番やっちゃいけないことだからね。
そんな私たちなのに……さすが高等魔法学院いきなりハードだわ。
というわけで、私たちは魔法練習場にやって来た。
魔法練習場までの移動中、誰もが緊張で口を聞けなかった。
ちなみに、まだ魔石は貰ってない。
対戦を始める前に渡すって言われた。
ここで入学試験の実技試験やったんだよね。ちょっと懐かしい。
「ここにも魔王様が張り巡らされた防御魔法が仕込まれている。決して壊れることはないから存分に魔法を放てるぞ」
壊せるわけがないからかニヤニヤした顔で先生がドヤる。
……っていうか、さっきから先生、パパへのリスペクトが半端じゃないね。
自分のことじゃないのに鼻高々だ。
でも、そんなパパリスペクトの先生なのに、その娘の私には普通の対応だ。
それだけでも好感が持てるよね。
「では、組み合わせをしていくが、あまり実力差が離れても評価が難しくなるので実力の近い者で組む。まあ、入試順位だな」
げ、ということは……。
「第一回戦は、ウォルフォードと殿下だ」
やっぱり!
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