第5話 ヴィアちゃんは憂鬱
次の日、通常の時間に登校した。
教室にはヴィアちゃんがすでに登校し席に着いていて、なぜかセルジュ君がヴィアちゃんの席の側に立っていた。
セルジュ君はなにやら自慢げに話をしていて、ヴィアちゃんは表面上は穏やかに、しかし内面は相当嫌そうに話を聞いていた。
なんで分かるかって?
産まれたときから一緒にいるんだもの、ちょっとの表情の変化で分かるよ。
「それでですね、今我が家の庭の花たちが見ごろを迎えておりまして、それは見事なものなのです」
「は、はあ。そうですか」
「あ、そうだ! よければ見にいらっしゃいませんか? そうだ、それがいい!」
「いえ、それはご遠慮いたしますわ」
「いつにしましょ……え?」
なんで当たり前みたいにヴィアちゃんが来てくれると思ったんだろう。
王女殿下だよ?
「私が特定の貴族家、特に異性の家に出入りすると邪推する者もおりますから、おいそれとは伺えないのですよ」
「な、なら、私が特別な存在になれば……」
「特別の存在? それはどういう意味でしょう?」
「どういう意味って……」
わあ、ヴィアちゃん、あれはワザとやってるな。
セルジュの言う特別なんて、恋人か婚約者って意味しかないじゃん。
それを分かったうえであんなこと言うとは、ヴィアちゃん、困惑してるだけじゃないてちょっと怒ってるな。
「そういうわけですので、お誘い頂いて光栄ですが、ご訪問はご遠慮させていただきますわ」
「し、しかし! 殿下はウォルフォード家にしょっちゅう行っているそうではありませんか! それはいいのですか!?」
「? ウォルフォード家には父も祖父もしょっちゅう行っておりますのよ? 私が行ってはいけない理由がありまして? それに、シャルとは姉妹も同然ですもの。ね? シャル」
「え?」
セルジュ君からは後ろになっていたので私が教室に入ってきたことは気付いていなかったみたい。
大分前に私に気付いていたヴィアちゃんが私に話を振ると、ビックリした顔をして振り向いた。
「ヴィアちゃん、おはよー」
「おはようございますシャル。昨日はお邪魔しましたわ」
ヴィアちゃんの言葉に、セルジュ君が目を見開いたあと、ぐぬぬ、って顔をした。
「あはは、全然いいよー。むしろ、ヴィアちゃんが帰ったあとディスじいちゃんが来てさ、夜中までひいお爺さんとお酒呑んでベロベロになっちゃってさあ。ひいお婆ちゃんが怒っちゃって、そっちの方が大変だったよ」
「まあ、お爺様ったら」
昨日ヴィアちゃんが帰ったあとのことを教えてあげると、ヴィアちゃんは呆れた顔を見せた。
「本当に申し訳ありませんわシャル。もう、王位をお父様にお譲りになられてから、ますます羽を伸ばされるようになってしまって」
「あはは、いいよ。いつものことだもん」
私たちがそんな会話をしていると、後ろから「チッ」という舌打ちが聞こえてきた。
なに? と思って振り返ると、デボラさんが忌々しそうな顔をしてこちらを見ていた。側には困った顔をしたマーガレットさんもいる。
私、なにか彼女の気に障ること……ああ、家に前国王が遊びに来るとか、普通なら自慢に聞こえるか。
「気にしなくてよろしいわよ、シャル」
「うん。分かってる」
妬まれても、それが私の家なんだからしょうがないし、私は当事者であるヴィアちゃんに話をしただけで、デボラさんやマーガレットさんに自慢気に話したわけではない。
勝手に私たちの話を聞いて勝手に妬まれても、私にはどうしようもないのだ。
「しかし、あまり身内の話を外でするものではありませんわね。こういうお話はシャルの部屋でしましょうか」
「そうだね。今日もウチ来る?」
「今日……少しお待ちくださいまし」
ヴィアちゃんはそう言うと、異空間収納から自分の手帳を取り出した。
学院には侍女とか侍従は同伴できないからね。王女様とはいえ自分のスケジュールは自分で管理しないといけないのだ。
「ええ、今日は大丈夫ですわ」
「分かった。じゃあ、あとでウチに連絡しとくよ」
「ええ。お願いしますわ。私も連絡しておきますので」
ヴィアちゃんはそう言うと、私たちの会話から置いてけぼりにされていたセルジュ君を見た。
「まあ、そういうわけで、私たちは家族ぐるみの付き合いですの」
「そうだよ。それに、俺たちとも兄妹同然に育ったけど、俺やレインの家には気軽に来ないよ? ヴィアちゃんは」
不意に聞こえてきた声に振り返ると、私のあとに登校してきたマックスと、まだ眠そうなレインがいた。
「おはよ、マックス」
「おう。おはようシャル」
私とマックスが挨拶を交わしていると、アリーシャちゃんがレインのもとに駆け寄っていた。
「ああ、もう。また寝ぐせが付いてますわよ?」
「んむ? ああ、おはよアリーシャ」
「はい、おはようございます。髪を梳きますからジッとしていてくださいまし」
「ジッと……すぅ」
「立ったまま寝ないでください!」
「んはっ!」
「もう」
これは中等学院のころから見慣れた光景。
いつも寝ぼけ眼で寝ぐせを付けたまま登校してくるレインに業を煮やしたアリーシャちゃんが、かいがいしく寝ぐせを直してあげるのだ。
私は、その光景をニヤニヤしながら見ているのだが、いつもアリーシャちゃんに睨まれてしまう。
なんだよう。こんな公衆の面前でそんなことしてるのが悪いんじゃんかよう。
「あ、えっと、マックス……だったか」
「そう。おはようセルジュ」
マックスにそう挨拶をされ、一瞬顔を顰めたセルジュ君だったが、ここが高等魔法学院であることを思い出したのか、すぐに気を取り直した。
「殿下たちがお前たちの家に行ったことがないというのは本当か?」
「いや? 別に来たことがないわけじゃないよ」
「は? 今お前がそう言ったんだろうが」
「『気軽に』来ないだけで、来ることはあるさ」
「な、なら、私の家にも……」
「生まれたときから兄妹のように育った俺たち幼馴染の家でも、異性の家だから相当気を遣ってるんだぜ、ヴィアちゃんは」
それ以上言わなかったけど、そこから先は言わなくても分かるよな? という目付きになった。
マックスは、ビーン工房の跡継ぎになるために毎日槌を振るっている。
そのせいか、同年代の男子に比べて体つきが逞しい。
背も高いし、精悍な印象を受ける。
そんなマックスからそんな視線を向けられたセルジュ君は「う……」と言ったあと、すごすごと引き下がって行った。
ちょっと可哀想な気もするけど、セルジュ君は明らかにヴィアちゃんを異性として狙っているから、間違いを起こさせないためにもちょっと強めに釘を刺しておくのもいいかもしれない。
「ありがとうございます、マックス」
ヴィアちゃんがそう言うと、マックスはヒラヒラと手を振った。
「別に、大したことはしてないよ。大変だな、相変わらず」
苦笑しながらそう言うマックスの言葉に、ヴィアちゃんは小さく溜め息を吐いた。
「本当に……どうしてこう次から次へと……」
いかにもこういう状況に辟易しているという態度のヴィアちゃんに、私たち二人は苦笑するしかない。
「そりゃ、王女様でこんだけ可愛けりゃねえ」
「お相手が決まったって公表でもしない限り、今後も後を絶たないんじゃないの?」
マックスはそう言ったあと、私たち以外には聞こえない小さな声で言った。
「その予定はまだないの? 進展は?」
聞かれたヴィアちゃんは、分かりやすく落ち込んだ。
「昨日は会えなかったんだよねえ」
「そうなんだ。忙しいんだな、シルバー兄」
「うぅ……」
そう、セルジュ君がどんなに頑張っても無駄だというのは、ヴィアちゃんには既に好きな人がいるから
その相手とは、私の兄、シルベスタ=ウォルフォード。シルバーお兄ちゃんだ。
サラサラの銀髪に端正な顔と青い瞳、背はスラっと高く、身体も引き締まっている。
今年、この高等魔法学院を首席で卒業してアルティメット・マジシャンズに入団するほどの実力者でもある。
それに加えて、性格は穏やかで誰にでも優しく、勇敢で敵に向かっていく気概も持っている。
まさに完璧超人。
それが、私も大好きなシルバーお兄ちゃんなのだ。
ヴィアちゃんはお兄ちゃんのことが大好きで、どうにかして恋人になりたいと願っているのだが……お兄ちゃんからは妹扱いしかされていない。
まあ、それもしょうがないのかもしれない。
なんせ私たちが赤ん坊のときから面倒を見てくれていたのだ。
一人の女の子として見て欲しいと言われても、難しいのかもしれない。
なのでヴィアちゃんは、暇さえあればウチに来て、お兄ちゃんに女の子アピールをしているのだが、昨日はお兄ちゃんが仕事で帰りが遅く、会えないまま帰ったのだった。
今日も少ししかいられないらしいし、会うことはできないとヴィアちゃんも分かっているだろう。
「はぁ……」
だからだろう、机に突っ伏してアンニュイな溜め息を吐くヴィアちゃんに、思わず苦笑してしまった。
「まあ、週末は家にいるだろうから、そのとき会えるよ」
私がそう言うと、ヴィアちゃんはガバッと跳ね起きた。
「シャル! 週末は朝からお邪魔致しますわ! そして、そのままお泊り致しますわよ!」
「あ、はい」
「っしゃ!」
ヴィアちゃん、その掛け声と握り拳は王女様に相応しくないんじゃございませんかね?
突然落ち込んだ様子からご機嫌になったヴィアちゃんを、皆不思議なものを見る目で見ていたけど、王女様になにか言えるわけもなく、放置している間に先生が来てホームルームが始まった。
その後、先生の案内で学院を見て回って、研究会がある棟も見学した。
詳しい研究会の内容は明日研究会の説明会があるのでそちらで行うとのことだったが有名な研究会として、一番所属人数が多い『攻撃魔法研究会』ひいお婆ちゃんが設立し優秀な魔道具士を輩出している『生活向上研究会』パパが、魔法使いの在り方としてそれはどうなんだ? って言ってた『肉体言語研究会』は今もあるとのことだった。
それより驚いたのは、聖女と呼ばれ世界最高位の治癒魔法士としても有名なママの使う治癒魔法や、その言動を研究する『聖女研究会』が出来ていた。
……ママ、いつの間にか研究対象になっちゃってるよ……。
その他、ひいお爺ちゃんやひいお婆ちゃん、あとパパを筆頭とするアルティメット・マジシャンズの軌跡を研究する『英雄研究会』もまだ健在とのことだった。
絶対、スカウトされる前に逃げよう。
そう、心に誓った。
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