第4話 わたしはわたし

 入学式が終わったあと、私はパパたちと合流し家に帰ってきた。


 さっきデボラさんとマーガレットさんに言われたことがショック過ぎて落ち込んでいたらパパとママに心配されてしまったけど、本当のことなんて二人には言えない。


 結局、なんでもないって誤魔化して、理由を言うことができなかった。


「はぁ……」


 一緒に家まで帰ってきたヴィアちゃんと自分の部屋に入った私は、すぐに大きな溜め息を吐いてしまった。


「随分落ち込んでいますわね」


 その様子を見たヴィアちゃんがそう言うけど、あれは落ち込むでしょ。


 っていうか、見てたんだから分かってるだろうに。


「ヴィアちゃんは平気そうだね」


 私と違ってなんだか平気そうなヴィアちゃんにそう言うと、ヴィアちゃんはちょっと寂しそうな顔になった。


「私は王女ですもの。ああいう反応が普通なのですわ。昔は、皆にシャルと同じような感じで接してもらえないかと思っていたのですけど、今はもう諦めましたわ」


 あー、そっか。


 幼いころ……それこそ産まれたての赤ちゃんのときからヴィアちゃんとはずっと一緒に過ごしてきた。


 だから、私に……といか、私たちにヴィアちゃんに対する遠慮とかない。


 これが貴族の家の子なら途中で矯正とかされるだろうし、そもそもこんな風に接したりはしない。


 現に、トールおじさんのとこの子やユリウスおじさんのとこの子はヴィアちゃんの弟である王子様と同い年だけど、私たちみたいな関係じゃない。


 主と臣下っていう関係がピッタリくる。


 けど、私たちは平民だからか、そういう矯正はされなかった。


 オーグおじさんが平民であるパパと仲が良くて、子供にも立場の関係ない友人を作ってやりたかったとかで、最初はヴィアちゃんが王女様ってことも知らなかった。


 それもこれも、私が平民だから。


 だから、私は貴族じゃなくて平民なんだって、ずっとそういう意識でいた。


 それを、デボラさんとマーガレットさんに全面否定された。


「家族のこと引き合いに出されても、それは私のせいじゃないじゃん。なんでそんなことで拒絶されなきゃなんないの?」

「それだけ『ウォルフォード』の名は大きいということですわ」


 デボラさんが私に向かって言った言葉を思い返しているとムカムカしてきたので思わず愚痴ると、ヴィアちゃんがすぐに反応した。


「英雄一家ウォルフォード。ここアールスハイドにおいてこれほど重い名前はありませんのよ?」

「それは知ってるよ」


 ウチの家族が周りからどういう風に見られているかなんて今更だ。なんでそんなこと言うんだろう?


 そう思っていると、ヴィアちゃんは私を真っ直ぐ見た。


「じゃあ、シャルのことは?」

「私?」

「ええ。賢者様と導師様のひ孫で、魔王様と聖女様の娘。家に帰ればそんな英雄たちに出迎えられ、最高の環境で魔法を習うことができる貴女が周りからどう見られているか知っていますか?」

「……」


 なんか、ヴィアちゃんの言葉に棘がある気がするけど……今の言葉の流れからすると、私のことは……。


「贅沢者」


 そう思われている気がする。


「その通りですわ。むしろ、私ですらこんな恵まれた環境にいるシャルのことが羨ましいと思うことがありますのに、ましてやデボラさんやマーガレットさんたちからすれば、どう思うでしょうね?」


 そういえば、デボラさんは自己紹介のときに必死に勉強して練習して、ようやく合格したって言ってた。


 その勉強や練習は誰に見てもらったのか。


 多分、中等学院の先生だ。


 私は……。


「でも、そんなの、私がたまたまそういう環境にいただけで、別に自慢するつもりは……」

「シャルにそんなつもりがなくても、デボラさんからしてみれば面白くないでしょうね。自分はこんなに苦労したのに、シャルは最高の環境にいた。それなのに、同じ平民だから仲良くしようなんて言われてどう思ったでしょう?」

「……だから馬鹿にしてるのかって言ったんだ」


 私が彼女たちと同じなのは『爵位の有無』だけ。


 それなのに、自分と同じとか言う私にムカついたんだ。


「じゃあ……私はどうしたら良かったの?」

「普通に、クラスメイトになったから仲良くしよう。で良かったんですわ。余計な一言が彼女たちに壁を作らせてしまったのです。お陰で私まで巻き添えですわ」

「……ごめん」

「別にいいですわよ。さっきも言いましたけど慣れてますから」


 そっかー、ヴィアちゃんも巻き込んじゃったかあ。


「ホントごめん。折角、ヴィアちゃんが私以外の友達を作るチャンスだったのに」


 私がそう言うと、ヴィアちゃんの額に血管が浮いた。


 あ、やば。


「……余計なことを言う口はこの口ですか?」

「いひゃ! いひゃいよふぃあひゃん!」


 ヴィアちゃんにほっぺたを摘ままれた。


「お友達は、シャル以外にも、います、わよ」

「うにゃ! へにゃ! むにぃ!」


 言葉を区切りならが、それに合わせて私の頬っぺたを上下左右にこねくり回すヴィアちゃん。


 お陰で変な声が出ちゃったよ。


 ようやく手を離してくれたヴィあちゃんを恨みがましく見ながら、さっきの言葉の真偽を問うた。


「うー、いたた……じゃあ、他に誰がいるのさ?」

「……アリーシャさんはお友達ではありませんの?」

「アリーシャちゃんかあ……」


 確かに、初等学院入学式からの付き合いだから、彼女との付き合いはもう今年で十年目だ。


 普通なら立派なお友達。


 むしろ、幼馴染みと言っていい付き合いだろう。


 けどなあ……。


「アリーシャちゃん、いつまで経ってもヴィアちゃんに対して敬語が抜けないからなあ。お友達ってより臣下って感じじゃない?」


 私がそう言うと、ヴィアちゃんは呆れた顔をした。


「貴族家の御令嬢としてはありえないくらい砕けてますわよ? アリーシャさん」

「あれで!?」

「ええ。以前、私に対して馴れ馴れしすぎないかと詰め寄られているのを見たことがありますわ。もちろん、私が望んでそうして貰っていると説明したら皆さん納得して頂けましたけど」


 ヴィアちゃんの説得……。


 その様子を想像して……思わずブルッと背筋が震えたのでそれ以上の想像は止めた。


 説明された人たち、トラウマになってなければいいけど……。


「それよりも、シャルはアリーシャさんのことをお友達とは思っていませんの?」

「私? 私は友達だと思ってるけど、アリーシャちゃんの方がなあ……友達というよりライバル視されてる気がする」


 私がそう言うと、ヴィアちゃんはクスクス笑った。


「ライバルもお友達ではなくて?」

「え? あ、そういえばそうかも」

「それに、マックスやレインもお友達ですわ」

「あー、そういえばそうだった。あまりにも自然と側に居るから、友達とかいう感覚がなかった」

「兄弟的な?」

「そうそう。となると、誕生日が一番早いレインがお兄ちゃんか……」


 二人揃って少し考えたあと、同じく揃って首を振った。


「ないな」

「ないですわね」


 揃って同じことを言ったので、顔を見合わせて笑ってしまった。


「あの二人のことはいいや。それより、明日からどうしよう」


 デボラさんとマーガレットさんに拒絶されてしまったからなあ、明日からどんな顔して付き合えばいいのやら。


「別にどうもしなくていいのでは? 向こうも関わらないでほしいと言っていますし、そもそもクラスメイト全てと仲良くしなければいけない道理などないでしょう?」

「それはそうなんだけどさあ」


 なんかモヤモヤするんだよ。なんでだろ?


 理由が分からなくて首を傾げていると、ヴィアちゃんがなにか思い付いたようだ。


「もしかして、お父様やおじさまたちがクラス全員仲が良かったから、シャルもそうしたいと思ってたんじゃないですか?」


 そう言われて、ピンと来た。


「あ、それだよ! 高等魔法学院でパパたちのクラスは全員仲が良かったから、私もそうなりたいって思ってた!」


 私はパパみたいになりたいと常々思っている。


 だから、パパが辿った足跡を私も辿りたいとも考えていた。


 学院への首席入学もそうだし、首席で卒業するという目標もそのためだ。


 そんなパパのしたことの中に、クラスメイト全員でアルティメット・マジシャンズを結成したというのがある。


 私は、それを真似したかったのか。


「そっかあ、それは意識になかったなあ」

「よほどおじさまのことを尊敬しているのね。でも、シャルはシャル。おじさまの真似をする必要はないのではないですか?」


 ヴィアちゃんの言葉は、私の胸にストンと落ちてきた。そして、さっきまであったモヤモヤが晴れた気がした。


「それもそっか。私は私。パパの真似をする必要はない」

「そうですわ」

「あー、でもなあ。クラスメイトと仲が悪いのは、パパの真似云々を置いておいてもそのままにはしておきたくないよねえ」

「それもそのうちでいいのでは? 初対面で打ち解けなくても、時間をかけて徐々にお互い理解を深めればいいのですよ」


 そういうヴィアちゃんに、私は感心してしまった。


「そうだね、ヴィアちゃんの言う通りだ」

「ところでシャル」

「なに?」

「女子の方は少しずつ距離を縮めるとして、男子の方はどうするのです?」

「男子?」


 そう言われて気が付いた。


「男子のこと、放置して帰ってきちゃったね」


 そのことに気付いた私たちは、また顔を見合わせ、苦笑し合ったのだった。






*********************************************************






 シャルロットとオクタヴィアが連れ立って教室を出て行ったあと、残された者たちはお互いに顔を見合わせていた。


「王女殿下に関わるなと言い放つなど、なんという不遜な物言い! 許せない!」


 シャルロットたちよりも先に出て行ったデボラの言い放った言葉に憤慨するセルジュをマックスが宥める。


「まあまあ、ここは高等魔法学院だよ? 王族や貴族が平民に無理強いすることは禁じられてる。デボラさんが関わりたくないって言うなら、それを拒否しちゃいけないんじゃない? それに、平民が王族に馴れ馴れしくするよりいいんじゃない?」


 マックスがそう言うと、ハリーがジト目を向けてきた。


「お前がそれを言うのか……」


 ハリーにそう言われたマックスは、苦笑を浮かべた。


「あー、ゴメンねハリー君。ヴィアちゃんとは赤ん坊のときから一緒にいたから、なんか兄妹みたいでさ。そこはお目こぼししてもらえないかな?」


 マックスがそう言うと、セルジュが詰め寄ってきた。


「ということは、お前が殿下に抱いている感情は兄妹としての感情なんだな!? 恋愛感情ではないのだな!?」


 そのあまりにも必死な形相に、マックスは思わず後退りしてしまった。


「あ、ああ、うん。僕はそうだね。レインもそうだと思うよ」


 話しを振られたレインは、キョトンとした顔をしながら答えた。


「ヴィアは妹。それ以上でもそれ以下でもない」


 四人の中では一番誕生日が早いレインは、他の三人のことを弟妹だと思っている。


 まさかシャルたちが、家でレインが兄なのはありえないと言っていることなど想像もしていない。


 レインがオクタヴィアを呼び捨てにしたことで、セルジュたちの顔が強張った。


「お、お前、オクタヴィア王女殿下を愛称で呼び捨てにするとは……」


 セルジュの顔には驚愕と、若干の嫌悪が見られた。


 すると、レインの横にいたアリーシャが小さく息を吐いた。


「初めてだと驚きますわよね。私も初めてレインが殿下のことを呼び捨てにしたときは驚きましたけど……長年側で見てきた私から見ても、この四人は幼馴染みというより兄妹という方がしっくりきますわね。特にシャルロットさんはお父様同士が親友ということもあって特に仲がよろしいですわ。それこそ、姉妹と言ってさしつかえないほど」


 アリーシャがそう言うと、ハリーが唸った。


「魔王シン=ウォルフォード様とアウグスト陛下か……最早生ける伝説と言っていいお二人の息女だ。そうであっても無理はないか」


 ハリーがそう言うと、デビットが頭をポリポリ掻きながら口を開いた。


「いやあ、俺はマーガレットさんの気持ちが分かるよ。そんなお二人とクラスメイトになっただけでも恐縮なのに、仲良くしようなんて……畏れ多くてできないよ」


 そう言うデビットに、マックスは苦笑を浮かべた。


「凄いのはお父さんたちであって、二人は本当に普通の女の子なんだけどね」

「それは分かるんだがな。如何せんそのお父上たちが凄すぎる。正直言って、マックスとこうして対等に喋っているのも不思議なくらいだ」


 ハリーにそう言われ、マックスは照れ臭いのか頬を掻いた。


「それこそ凄いのは両親であって俺じゃないし、俺は工房を継ぐことを望まれてるからね。俺自身もそのつもりだし、だから普通に接してくれると嬉しいかな」


 マックスの言葉に、ハリーとデビットはフッと笑みを浮かべた。


「分かった。これからよろしく、マックス」

「よろしく、マックス! レインもな!」


 デビットがそう言うと、レインも無表情で頷いた。


「よろしく」

「私も、宜しくお願いしますわ」

「ああ!」

「よろしく」


 レインに続いてアリーシャも声をかけるとデビットとハリーは了承した。


「ちょ、ちょっと! 僕を除け者にしないでくれ!」


 目の前でクラスメイトが仲良くなっていく様を見せつけられていたセルジュが慌てて声をかけるが、皆驚いた様子で見つめてきた。


「な、なんだよ?」

「いや、片手間で入学したとか言ってたから、俺たちと仲良くする気なんかないと思ってた」


 戸惑いながらマックスがそう言うと、セルジュは真っ赤になって怒り出した。


「ああそうさ! お前たちなんか眼中にないね! 殿下と仲良くなれればそれでいいんだ! じゃあな! 僕に馴れ馴れしくしないでくれたまえ!」


 セルジュはそう言うと、肩を怒らせて教室を出て行ってしまった。


 その様子を呆然と見送っていたマックスたちだったが、セルジュの言葉を思い返し、その目的に気が付いた。


「あいつ……殿下を狙っているのか?」


 ハリーが思わず呟いてしまったことを、皆も感じていた。


「確かに、自己紹介のときも露骨にヴィアちゃんのこと見てたな」

「見てた。ヴィア、ちょっと怒ってた」

「ですわねえ」


 マックスたちの言葉に、デビットが驚いた。


「え!? 殿下、怒ってたんですか!?」

「それはそうだよ。皆、それこそシャルやヴィアちゃんだって相当努力してこの学院に入学したんだ。それを、なんとなく受けて合格しましたとか、俺たちを馬鹿にしてんのかと思ったし」

「下手なアピールして失敗してた」


 セルジュがオクタヴィアへのアピールに失敗して怒らせていたのを思い出したのか、レインがクックと笑い出した。


「……レインって、笑うんだ」

「そりゃ笑いますわよ。貴方、レインをなんだと思ってらっしゃるの?」


 無表情から突如笑い出したレインを見て、デビットが驚いたように呟くと、長年の友人であるアリーシャがちょっとムッとしながら問い質した。


「あ、いや。今まで表情が全然変わらないし、淡々としてたからさ。あんまり感情の起伏がないタイプかと思って」

「まあ、確かにあんまり表情が変わらないから誤解されやすいけど、ちゃんと喜怒哀楽は感じてるよ。ただ、マイペースなだけで」

「へえ、そっか。ごめんなレイン。変なこと言って」

「別にいい」


 謝るデビットに、淡々と応えるレイン。


 その返答は無表情だったので、やっぱりなにを考えているのかは分からないデビットだった。


「そういえば、レインはジークフリード魔法師団長の息子だよな? やはり、お前も魔法師団に入るのか?」


 ハリーにそう訊ねられたレインは、首を横に振った。


「俺は、諜報部に入る」

「は? 諜報部?」

「え? なんで?」


 レインの言葉に、ハリーとデビットは怪訝な顔になる。


 現魔法師団長の息子で、高等魔法学院に入学し、Sクラスに在籍しているレインが諜報部志望とどういうことなのか。


 意味が分からなかった二人に、レインはドヤ顔を見せながら言った。


「俺は、ニンジャになるから」

「「??」」

「はは……」

「はぁ……」


 ドヤ顔のままハリーとデビットに告げたレインを見て、マックスは苦笑し、アリーシャは溜め息を吐くのだった。


 その後、男子四人は一緒に帰り親睦を深めることに。


 アリーシャは、伯爵令嬢であるため送迎があり、また年ごろの男たちの中に一人で居させるわけにはいかないということで、一人で帰って行った。


 自家用車に乗り込んだアリーシャは、車が出発しても仲良く街に繰り出そうとしている男子四人を恨みがましく睨んでいたのだった。

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