第3話 拒絶
入学式は恙なく終わり、クラスごとに教室に移動する。
そこで最初のオリエンテーションが行われ、解散となる。
私たちが向かっているのは一年Sクラス。
かつてパパとママ、お兄ちゃんが通っていた教室。
昔から教室の位置は変わっていないそうなので、その教室でパパもママもお兄ちゃんも授業を受けていた。
その教室に、私たちも足を踏み入れた。
「よし、じゃあ黒板に書いてある席に座れ」
先生の言葉で黒板を見ると、そこには席順が書かれていた。
なるほど、入試順位で決めてるのね。
各々が自分の席を確認し着席すると先生が教壇に立った。
「さて、それでは改めて入学おめでとう。俺がこのクラスの担任になるアルベルト=ミーニョだ。元魔法師団所属で、この学年の主任も務めることになっている。よろしくな」
「元魔法師団ってことはマーカス学院長と一緒だ!」
「そうだな。俺は魔法師団では新人教育なんかにも携わっていたから、それでスカウトされたわけだ」
「へえー」
「魔法実技も俺が受け持つことになっている。その他の座学は別の先生になる」
「はい! 先生!」
「なんだ? ウォルフォード」
「魔法実技って、魔道具作りや治癒魔法の授業なんかもあったりするんですか?」
私がそう訊ねると、先生は首を横に振った。
「授業ではやらないな。付与魔法を授業で教えるのは高等工学院だ。治癒魔法は神学校だな。ただ、研究会には魔道具制作や治癒魔法の実践をしている研究会もあるので、興味があるならそちらに参加してみるといい」
「そうなんだ。分かりました」
「他に質問はあるか? 無ければ順番に自己紹介してもらおう。まずは、ウォルフォードから」
「はーい」
先生に指名されたので席を立つ。
「えーっと、シャルロット=ウォルフォードです。シャルって呼んでください! この学院に入るのはずっと夢だったので今凄くワクワクしています! みんな、これからよろしくね!」
私はそう言って席に着いた。
私が一番だったので、次は次席だ。
「皆さま、ごきげんよう。オクタヴィア=フォン=アールスハイドで御座います。知っての通り、私の父はこの国の王であるアウグストですが、この学院は完全実力主義の忖度無しと伺っております。皆さまが魔法で対等に語り合って頂けることを願っておりますわ」
ヴィアちゃんはそう言って微笑むと、席に着いた。
クラスメイトの半分は初対面だが、今の微笑みで男女問わずハートを撃ち抜かれたな。
男子は真っ赤で、女子もほんのり赤くなってる。
「えー、僕はマックス=ビーンです。うちはビーン工房って工房をしてます。将来は工房を継ぐ予定なので、その名に恥じないように頑張りたいと思っています。よろしくお願いします」
マックスは、さりげなく自分ちの工房の宣伝したな。
アールスハイド一大きい工房なんだから、そんな営業活動なんかしなくてもいいんじゃないの?
マックスは入試三位という成績で入学したけど、魔法を習っているのは全て工房を継ぐため。
三位になるほど魔法を頑張ったのは、工房では付与魔法も行っていて使える魔法は多ければ多いほどいいから。
ただ、それだけの理由。
最強の魔法使いになりたいとか、そういう意欲はマックスにはない。
そういえば、入学式のときの意味深な台詞の答えを聞いてないぞ。
オリエンテーションが終わったら詰問しよう。
「レイン=マルケス。よろしく」
……。
え? 終わった?
嘘でしょ!?
名前言って終わりなんて、そんな自己紹介ある!?
……コイツならありえるか。
入学式前の発言といい、本当にレインがなにを考えてるのかサッパリ分からない。
レインのお母さんも把握してないんじゃないかな?
レインのお母さんは私の剣術の師匠なんだけど、時々レインを見てため息吐いてるし。
あの超強いおばさんを困惑させるとか、ある意味凄い。
「私はアリーシャ=フォン=ワイマールですわ。他の皆さんはともかく、シャルロットさんにだけは負けたくありませんので、宜しくお願い致しますわ」
わあ、入学早々宣戦布告されちゃったよ。
アリーシャちゃんからは、初等学院の頃から常にライバル視されている。
最初に会ったときは魔法とかあんまり興味なさそうだったのに、いつの間にか高等魔法学院に入学するほど実力を身に付けてた。
それにしても、アリーシャちゃんって伯爵令嬢なんだけど、将来はどうするんだろう?
昔は貴族令嬢として、どこかの貴族子息と交際し嫁ぐつもりだったんだろうけど、今は大分その道からズレている。
……なんか、私への対抗心だけで行動しているみたいで不安になる。
将来のこととか考えてるんだろうか?
「私はセルジュ=フォン=ミゲーレ。私は偶々魔法の素質があって、特に興味もなかったのだけど周りの推薦もあってこの学院を受けてみたら合格してしまってね。だから、あまり目標というものはないかな。まあ、それでもSクラスから落ちるようなことはないだろうけどね」
初めて会ったクラスメイトの一人目であるセルジュ君は、そう言ったあとなぜかこちらに……というかヴィアちゃんに向けてウインクしてから着席した。
……うわ、キモ。
なに? 今のウザアピール。
必死に勉強したり訓練したりした私たちに対する嫌味?
っていうか、なんか自分は魔法の才能があるから大して努力せずに合格したって自分のことアピールしようとしてるみたいだけど、その言葉、ヴィアちゃんも貶めてるのに気付いてないのかな?
チラッとヴィアちゃんを見ると、メッチャ不機嫌そうな顔してる。
ヴィアちゃん、王女様で色々忙しいのに、Sクラスで合格したいからって凄く努力してたのに。
セルジュ君は、ちょっと癖のある金髪と青い目の、いかにもお貴族様って感じの男の子だ。
多分、このクラスでヴィアちゃんと釣り合いが取れるのは自分だけだとか思って、チャンスだとか思ってるんだろうなあ。
無駄なのに。
「私はデボラ=ウィルキンス。そこのお貴族様と違って必死に机に噛り付いて勉強して、血反吐を吐く思いで訓練してようやくこの学院に入学できた凡才です。家に英雄もいませんし大きな商売もしていない、本当にごく普通の庶民です。よろしくお願いします」
……なんか、セルジュ君とは別の意味で凄い子だな。
デボラさんは、肩くらいまでの黒い髪のボブカットの女の子で、カチューシャをしている。
ちょっと気の強そうな顔の美人さんなんだけど、さっきの発言から内面も相当気が強そうだ。
当てつけのように言われたセルジュ君やマックスは顔がひくついている。
ちなみに、私もその対象だったんだけど、今みたいなことはずっと言われ続けているので慣れている。
まあ、慣れてるとはいえあんまり気持ちのいいものではないけどね。
「俺はハリー=フォン=ロイター。一応貴族の人間だが、将来は魔法師団に入りたいと思っている。このクラスには魔法師団長の息子もいるようだし、一緒に切磋琢磨していければと思っている。よろしく頼む」
おお、二人続けてどうなの? っていう自己紹介が続いたからハリー君が凄くまともに見える。
実際、ハリー君は背が高くガッシリしていて、顔付きも真面目そう。
自己紹介の内容から内面も真面目なんだろう。
これは、良いライバルが現れたかもしれない。
けど、どうもハリー君はレインのことを意識している様子。
……大丈夫かな?
レインって、かなりの変人だよ?
ハリー君、幻滅しないだろうか?
「あ、えっと、僕はデビット=コルテスです。僕は、地域の中等学院じゃあ誰にも負けたことなかったんだけど、さすが高等魔法学院ですね。僕より上位が八人もいる。鼻っ柱をへし折られました。これから慢心しないように頑張りますのでよろしくお願いします」
ああ、ここってそういう場所だってよく聞くよね。
各中等学院で魔法実技トップの人間が合格できる学院だって。
それを考えると、アールスハイド王立学院は私たちと、セルジュ君とハリー君を含めた七人をSクラスに送り込んでいるんだから、相当優秀な学院だよね。
そう、セルジュ君もハリー君も、中等学院までに学院で見たことはあったんだ。
話したこともないし、名前も知らなかったけどね。
デビット君もデボラさんと同じ平民だね。
彼はデボラさんほどトゲトゲしてなくて、自分で鼻っ柱を折られたって言うくらいだから多分いい人。
髪は柔らかい茶色で優しそうな顔してるし、魔法実技トップだったなら中等学院で相当モテたんだろうなって想像できる人だ。
「あ、えっと、私はマーガレット=フラウです。私の家も、特に特徴のない庶民です。なので、皆さんの邪魔にならないようにしますのでよろしくお願いします」
最後に自己紹介したマーガレットさんの挨拶にちょっと「ん?」ってなった。
家が庶民だからってどういうこと?
この学院は実力主義で、王族だとか貴族だとか庶民だとかあんまり関係ない。
あくまで学院内の成績とかの話だから、あんまり無礼な態度は窘められることはあるけど、そんなの普通の学院生活を送っていれば気になるようなことじゃない。
どういう意図での発言なんだろう?
全員の自己紹介が終わった時点で、ちょっとモヤモヤしてしまった。
「よし、これで全員終わったな。じゃあ、今日はこれで終了だ。明日から通常の時間に登校するように」
先生はそう言うとさっさと教室を出て行ってしまった。
「行きましょうか、シャル」
先生が出て行ったあと、ヴィアちゃんが話しかけてきてくれたけど、その前に私は気になることがあった。
「あ、うん。ちょっと待ってもらっていい?」
「ええ、いいですわよ」
ヴィアちゃんの了承を貰い、私は席を立ってマーガレットさんの席に向かった。
「や。初めまして」
私が声をかけると、マーガレットさんはビクッとして顔をあげた。
その目には、なんだか怯えが入っているように見えた。
「えっと……なんでしょうか?」
マーガレットさんは、本当に怯えているようで、恐る恐るといった感じの上目遣いで訊ねてきた。
え、なんで?
私、マーガレットさんに怯えられるようなこと、なにかしたかな?
「あ、えっと、せっかくクラスメイトになったんだからさ、友達になりたいと思って……ほら、私も同じ平民だから……」
私がそう言ったとき、後ろから「ハッ」っという鼻で笑う声が聞こえてきた。
その声がした方を見ると、デボラさんが私を睨むように見てた。
「同じ平民? アンタ、なに言ってんの?」
「え?」
なにって……私の家は爵位を持っていない。だから平民で間違いない。
なのに、デボラさんは私のことを睨んだまま近付いてきてマーガレットさんの隣に立った。
「アンタの家は、確かに爵位は持ってないかもしれない。けどね、ひいお爺さんが賢者で? ひいお婆さんが導師で? お父さんが魔王様で? お母さんが聖女様? それに加えて王女様の幼馴染? それなのに同じ平民だから仲良くしよう? ハッ! アタシらを馬鹿にするのも大概にしなさいよ!」
「え!? そ、そんな、馬鹿にしてなんか……」
あまりにも強く言われたので、頭が混乱してそんなことしか言えなかった。
「してるわよ! アンタ、自分の家がどんな家か理解してないの!? 爵位は持ってなくても大きな商会持ってて資産も莫大で! そこらの貴族なんかよりよっぽど力持ってんじゃないのよ! それなのにアタシらと同じ平民だから仲よくしよう? アンタが言うと、施しを受けてる気分になんのよ! それくらい分かりなさいよ!」
「……」
私はショックを受けた。
自分が恵まれているのは知ってた。理解してた。
でも、初等・中等学院時代にも普通に話してくれる平民の子はいたから、ここでも同じようにしてくれると思っていた。
デボラさんの言葉になにも言い返せなくて黙っていると、マーガレットさんが口を開いた。
「あ、あの……お誘いは嬉しいんですけど……シャルロットさんはウォルフォード家の人ですし、シャルロットさんとお友達になるということは王女殿下とも接しないといけないんですよね?」
マーガレットさんは恐る恐るヴィアちゃんを見ながらそう訊ねた。
「そうですわね。シャルは姉妹同然に育った私の親友。シャルと友人になるということは、必然的に私とも交流を持つことになりますわね」
ヴィアちゃんがそう言うと、マーガレットさんは青くなって俯いた。
「む、無理です! 私みたいな庶民が王族の方とこうしてお話することすら考えたこともないのに……」
青くなってカタカタ震えるマーガレットさんの肩をデボラさんが抱いた。
「そういうわけですので、殿下も、私たちとは関わらないで頂きたいと思っています。不敬なのは重々承知なのですが……」
さすがにヴィアちゃんには敬語で話すデボラさんだけど、自分たちに関わるなという気配は凄く感じる。
ヴィアちゃんは、小さく息を吐いたあと気にした様子もなく話し始めた。
「こういうことは無理強いするものではありませんし、承りましたわ。ただ、クラスメイトですので多少の交流があることはご承知くださいませ」
「はい。それは分かってます。それで十分です、ありがとうございます」
デボラさんはそう言うと、マーガレットさんと二人揃ってこちらに頭を下げ、教室を出て行ってしまった。
その後ろ姿を私は呆然と見送ることしかできなかった。
ヴィアちゃんは、小さく溜息を吐いたあと私を促して特別室に連れて行ってくれた。
その間、なにもしていないのに交流を拒否された二人のことが頭から離れなかった。
放置された男子たちのことは、全く頭になかった。
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