第18話

 月影つきかげつき。バスケットボールが大好きで、スタイルが良い女の子。言っちゃ悪いがアホで、テストはいつも赤点ギリギリらしい。


 そんなこんなで、月影つきかげさんの好感度を上げるためのイベントとして、勉強会なんてものもある。好感度が上げやすいイベントなので、それは逃せないな。まぁ、とうぶん未来の話だけれど。


 さて、現在地点は学校。時刻は放課後。

 うちのバスケットボール部は県内ではそこそこ強いらしく、結構長時間練習をしている。運動音痴の僕が参加なんてしたら、途中で嘔吐して脱落するだろう。


 暗くなってきて、少し冷たい風を感じ始める。そのくらいの時間になって、バスケットボール部の練習は終わったようだった。


 月影つきかげさんとの出会いは、僕にバスケットボールがぶつかったこと、である。

 そのルートの選択肢として、お詫びの品選びというものがある。主人公は練習時間を奪ってしまったことのお詫び。そして月影つきかげさんは主人公にボールをぶつけてしまったことへのお詫び。これらを交換するイベントだ。


 お詫びの品の内容は以下の通り。


 ◆



選択肢A ぬいぐるみ

選択肢B スポーツドリンク

選択肢C お菓子

選択肢D 土下座



 ◆


 なんで土下座しなきゃいけないんだ。


 いや……まぁバスケ大好き女子のバスケ練習時間を奪ったのだから、それは大罪なのかもしれない。土下座にふさわしい罪なのかもしれない。

 だけれど、その選択肢は好感度が上がらないので選ばない。月影つきかげさんの選択肢の中では珍しく好感度が上がらない選択肢なので、おそらくドン引きされるのだろう。


 ちなみに、ここで一番好感度が上がる選択肢は『Aのぬいぐるみ』である。しかし、どのぬいぐるみを選べばいいのかがわからなかったので、今回は違う選択肢を選ぶことにした。


 Bの選択肢。つまりスポーツドリンクだ。彼女にスポーツドリンクのこだわりがないのなら、スポーツドリンクが無難だろう。運動後の水分補給にもうってつけだし……たぶんこれで大丈夫。


 もちろん選択肢にないものを差し上げることも可能だ。だけれど、そんなこと怖くてできない。


 ……大丈夫……攻略本の通りにやるだけだ。難しい話じゃない、はず。僕ならできるはず。ゲームだと思えばできるはず。


「あ……」僕が覚悟を決めていると、知った声が聞こえた。「キミは……」


 話しかけてきたのは、当然月影つきかげさん。最初に出会ったときは大パニックであったため、僕がバスケットボールをぶつけてしまった相手かどうか、確証がないという状況である。


 ちなみに、ここでも選択肢がある。


 ◆



選択肢A 「今日は当たらなかったよ」

選択肢B 「この前はごめん……」

選択肢C 「キミの彼女だけど?」

選択肢D 「お詫びがもらえるって聞いたんだけどなぁ……」

 


 ◆


 ゴミみたいな選択肢が用意されている。当然選ぶわけもない。そしてキザすぎる、というより気持ち悪い選択肢Cも選ばない。こういう感じの選択肢を選ばなければならない相手は存在するので、そのときは選ばないとな……


 なんにせよ、この選択肢の正解は――


「今日は当たらなかったよ」


 である。僕としては選択肢Bで謝りたいのだが、月影つきかげさんとしては、あまり謝られるのは本意ではないらしい。もちろん、選択肢Bでも好感度は上がるけれど。Aほどは上がらないのだ。


「……」月影つきかげさんは僕の冗談にクスリと笑って、「元気そうだね。安心した」


 それから彼女は僕に近づいてきて、


「昨日はごめんなさい……」

「いや、いいよ。僕の不注意だったから」

「……」


 月影つきかげさんは黙り込む。こうしてお互いが謝り合っていても無意味なことは自覚しているのだろう。


 ということで、僕から話しかける。あくまで攻略本に忠実に、話しかける。


「そうだ、これどうぞ」僕はスポーツドリンクを取り出して、「練習を中断させてしまったお詫び」

「え……そんな……」


 完全に恐縮しきっている月影つきかげさんだった。僕にバスケットボールをぶつけてしまった負い目が、まだあるのだろう。というか、攻略本にそう書いてあった。


 ◆



 バスケットボールに当たるルートの場合、月影つきかげさんは完全に恐縮しています。理由は主人公にボールをぶつけてしまった負い目があるから。

 そんな時は、ちょっと男らしさを見せつつ、小粋なジョークで和ませてあげましょう。


選択肢A 「俺のスポーツドリンクが飲めないってのかい?」と冗談めかして言う。

選択肢B 「ちょっとはカッコつけさせてよ。情けないところを見せたからさ」と爽やかに言う。

選択肢C 「毒なんて入ってないよ」と笑う。

 


 ◆


 珍しくまともな選択肢が並んでいた……って、言うほどまともか? もはやわからなくなってきた。


 とにかく、攻略本に忠実に行こう。ここでの選択肢はBが正解。問題はである。コミュ症の僕が爽やかに冗談なんて言えるのかどうか、が最大の問題だ。


 しかし言わなければならない。この程度で恥ずかしがっていては、自殺を止めることなんてできない。


「ちょ……」声が裏返りかけた。「ちょっとはカッコつけさせてよ……情けないところを見せたから……さ……」


 最後のほうに関しては、消え入りそうな声で言ってしまった。しかしこれでも全力で言ったつもりだ。悔いはない。いや、悔いはある。


「……」月影つきかげさんは一瞬ポカンとした表情を見せたが、すぐに笑顔になってくれた。「ありがとう。じゃあ、ありがたくいただくよ。今飲んでもいい?」

「どうぞどうぞ」

「ありがとう」


 言って、月影つきかげさんはペットボトルのキャップを開ける。そしてそのまま中身を飲み始めた。

 月影つきかげさんがスポーツドリンクを飲む音を聞きながら、思う。思ってしまった。というか、思うだろう。


 激しい運動のあとだから、頬は赤くなっている。健康的な汗が流れていて、髪の毛が肌に張り付いている。ちょっと息切れしていて、それが彼女の爽やかな魅力として伝わってくる。


「ぷはっ」ある程度のスポーツドリンクを飲み終わった月影つきかげさんが、こちらに笑みを向ける。「ありがとう。生き返ったよ」


 わかっていた。わかっていたことだった。この人が校内でも有数の美少女であることくらい、承知の上だった。

 

 それでも、思った。


 めっちゃかわいいなこの人。今すぐ理性が消えてなくなってしまいそうなくらいかわいい。


 急に心臓がうるさくなってきた。彼女の呼吸音や動作の一つ一つが僕の理性を奪いそうになっていた。


 緊張しすぎて、最初の頃は気づいていなかった。この人が美少女であることを忘れていた。だけど会話が続いてある程度リラックスしてきたことで、思い出してしまった。


 この人は……とんでもない美少女だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る