第14話

『やぁやぁ我が幼馴染くん。キミから連絡とは珍しいねぇ』いつも通り余裕そうな、幼馴染の声が電話から聞こえて、少しホッとする。『ご要件は?』

「えっと……10円玉2枚なんだけど……」


 10円玉2枚。それを言っただけで、僕の幼馴染は察してくれる。


『おや……今から行くよ。ちょっと待ってて』

「……ありがとう……」


 そんな会話をして、幼馴染との電話を切る。しばらく待てば、その幼馴染が僕の家まで来てくれるはずだ。


 10円玉2枚というのは、僕たちだけの間で通じる暗号の1つだ。幼馴染という関係上、そんな暗号は多少存在する。


 10円玉2枚は『相談があるから家まで来てほしい』の略語である。

 かつて僕が反抗期真っ只中で、素直に『相談に乗って欲しい』と言えなかった。その時の代わりの言葉として『10円玉2枚』という言葉が生まれたのだ。

 結局助けを求めていることに変わりはないのだけれど、なんだか暗号っぽくてかっこ良いと思っていた。だから、僕はその言葉で幼馴染に悩みを相談することができたのだ。


 ちなみに、暗号には他にも種類がある。10円玉1枚は『今日は1人にして欲しい』という意味。そして10円玉3枚は『SOS』である。それは緊急事態を意味し、何があってもお互いを助けに行くという約束がなされている。


 この僕たちだけの暗号は、僕のお守りのようなものになっている。どうしても僕が困ったときの、おまじないのような言葉だ。

 だから僕はポケットに、いつでも10円玉を3枚入れている。言葉が出せないような状況でも、それを見せれば彼女は僕の意思を読み取ってくれるから。


 さて……僕が攻略本を見つからない場所に隠していると、インターホンが鳴った。今は母が留守なので、僕が出るしかない。

 一階に降りて、インターホンを確認する。画面に写っている人物を確認して、僕は扉を開けた。彼女相手にインターホンで対応する意味は無いだろう。


「やっほー」ヒラヒラと手をふるのは、僕の幼馴染の梨奈りな莉杏りあんである。「なにかお悩みかい?」

 

 こんな状況でも、やはり莉杏りあんの顔を見ると落ち着く。彼女はいつでも彼女なのだ。何があっても、いつも余裕そうである。だから、僕は安心して彼女に相談することができる。


「まぁ……とりあえず上がって」


 僕は莉杏りあんを自室に招き入れる。もはや仲の良い兄弟みたいな関係なので、自室に入られても嫌悪感はまったくない。


 唯一、あの攻略本が見つからないようにだけは注意している。まぁ、隠したから見つからないとは思うけれど。


「キミから呼んでくれるのは久しぶりだねぇ……もっと呼んでくれてもいいのよーん」


 いつにも増して、適当な口調の莉杏りあんだった。それはたぶん、僕が悩んでいることを察しての行動だろう。あえて軽口を叩くことで、僕が悩みを吐き出しやすい状況にしてくれているのだ。


「なぁ……莉杏りあん

「何?」

「……」


 何を相談すればいいのか、それすらもわからない。わからないまま、莉杏りあんを呼んでしまった。彼女ならそれすらも受け入れてくれるから。


「……まぁとりあえず話してみなよ。まとまらなくてもいいからさ」

「うん……」しばらく考えてから、「莉杏りあんは……雪月風花って知ってる?」

「雪月風花……四字熟語かな? それとも、私たちの学校で美少女4人を表す言葉?」

「美少女のほう」

「なるほど……」言うと、莉杏りあんは目を輝かせて、「惚れちゃった?」

「へ……?」

「雪月風花の4人のうち、誰かを好きになった?」

「……あ……」


 しまった……この語り出しだと、そうなるよな。そして間違いではないのかもしれない。だけれど、現在の相談はそうではない。


「そうじゃなくて……」

「なんだ。残念」何が残念なんだ。「それで、雪月風花の4人がどうかした?」

「えーっと……夢を見たんだ」

「夢……」

「そう。雪月風花の4人のうち、誰か1人が自殺してしまう夢」


 攻略本の内容を、夢として話すことにした。


「自殺……」その単語を聞いて、莉杏りあんの顔が真剣な表情になる。「……雪月風花の誰が?」

「それがわからないんだ……ただ、その4人のうち誰かだと思う」

「なるほどね……つまり『雪月風花の誰かが自殺するのを止めたい』ということだね」


 その言葉は、僕が求めていた答えだった気がする。わかっていた答えで、言葉にするのが難しかっただけの答え。


 そうだ。僕は、助けたいんだ。誰かが自殺してしまうと知って、それを止めたいんだ。


 雪月風花の4人は、ほぼ他人だ。だから関係がないと言ってしまえばそれまで。だけれど、やはり見過ごすことはできない。


 覚悟は決まった。やはり莉杏りあんに相談してよかった。僕の夢の話を、真剣に考えてくれる人が幼馴染みで良かった。


 目標は『誰も自殺させない』


 そのために、何ができるのか。

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