第11話

 今の感情をどう説明したら良いのだろう。高揚だろうか? それとも、恐怖だろうか?


 たしかに今日、僕は風音かざねふうと出会わなかった。風花雪月の1人であり、この攻略本に掲載されているヒロインの1人と、出会わなかった。


 そしてその出会いを逃せば、家に電話がかかってくる。出会い方が変わるだけで、僕と風音かざねさんが出会うことは確定しているのかもしれない。


 ……いや、待て。まだわからない。まだこの鳴り響いている電話のベルが風音かざねさんからの着信とは限らない。


 風音かざねさんはぼくの携帯番号を知らない。だから、家の固定電話にかけてきていた。


 固定電話への着信。それに最初に対応するのは僕の母親だ。


 電話の音がなくなる。たぶん、母親が電話に出たのだろう。


 そして、しばらくして、


「電話よ。風音かざねさん、って女の子から」


 ……やはり風音かざねさんからの電話だったようだ……いよいよ攻略本の効果を信じ始めている僕だった。


 しかし……なんだって風音かざねさんが僕に電話をかけてくるんだ? 僕と風音かざねさんは関わりなんてなかったと思うけれど……


 攻略本の内容を確認しようかとも思ったが、あんまり待たせるのも迷惑だと思ったので、とりあえず電話にでることにした。


 扉を開けて、一階に降りる。そして母親にお礼を言って、僕は受話器を取った。


 恐る恐る、僕は言う。


「……もしもし……」

『……』返答がない。電話が切れたのかと思ったが、すぐに、『えっと……久しぶり……』

「?」


 久しぶり? 久しぶりということは……僕は風音かざねさんと知り合いだったのか? それとも……また何かイタズラか?


『……いきなり電話してごめん……』


 低めの落ち着いた声だった。ちょっと緊張しているようで、なんだか歯切れが悪い。


『突然で申し訳ないんだけど……電話番号を教えてくれない?』

「番号?」


 なんで? どうして風花雪月なんて呼ばれる美少女の1人が、僕の電話番号なんて知りたがるんだ? カツアゲか?


『うん……携帯番号。いちいち固定電話にかけるのも面倒だし……』


 私の番号は――と風音かざねさんは番号を言う。おそらく風音かざねさんの携帯番号だろう。準備ができていなかったので、もう一度言ってもらう。そしてそれをメモしてから、


「えーっと……風音かざねさん?」

『何?』

「なんで僕の携帯番号を?」

『……なんでもいいでしょ……』ぶっきらぼうに言ってから、風音かざねさんは訂正する。『ごめん違うの……ちょっと……相談があって』


 相談? 相談とは? 相談って相談のことか? なんで僕に? あの風音かざねふうが、なんで僕なんかに?

 

 衝撃に僕がフリーズしていると、


『嫌ならいいの……突然電話してごめん』切られかけているのが、電話越しに伝わる。しかしすぐに、『違う……! そうじゃなくて……あの……ごめんなさい……』


 ……なんで風音かざねさんはこんなに慌てているのだろう? そこまでコミュニケーションが苦手なタイプだとは思っていなかったけれど……


『と、とにかく』ちょっと声が上ずっている。『相談があるから……もしもその相談に乗ってくれるなら、連絡して。さっき番号は教えたでしょ』

「う……うん」

『じゃあ』また切られかけてから、『……お願いね……』


 それきり、今度は完全に電話が切れた。


 ……風音かざねさんは何をそんなに慌てていたのだろう? なんで僕なんかと話すときに、そこまで慌てる必要があるのだろう。


 本来なら、こうやって悩んでも理由はわからない。実際に風音かざねさんに会って、理由を聞くしか方法はない。

 

 だけれど、今の僕には他の方法がある。あの攻略本だ。


 僕は受話器をおいて、二階の自室に戻る。そして攻略本を開いて、風音かざねふうのページを確認する。


 ◆



 風音かざねふう。主人公と同学年であり、ぶっきらぼうに見える少女。髪型はポニーテールで、図書委員をしている。

 そのぶっきらぼうな言動で後輩を怖がらせてしまい、言動を改めようと思っている。しかしどうすれば優しい言動になるのかがわからず、主人公を頼ることにした。

 風音かざねふうと主人公は、小学校2年生と5年生のときに同じクラスだった。しかもそこそこ仲良くしていたのだが、主人公はそのことを完全に忘れている。

 しかしふうから見た主人公は『穏やかで優しい人』という認識である。だから、どうしたら主人公のように優しくなれるのかを相談することにする。



 ◆


 ……小学校の時、同じクラスだった? 風音かざねふうと、僕が? そんなことがある? 全然覚えていない。


 僕の記憶力はさておき、どうして風音かざねさんがあそこまで焦っていたのかの理由は判明した。


 攻略本を信じるなら、風音かざねさんは、自身のぶっきらぼうな言動を直そうとしている。その様子が電話にも見て取れたのだろう。

 無愛想なまま電話を切りそうになって、それはぶっきらぼうだと思い直して『お願いね』と付け加えた。風音かざねさんなりに、柔らかい言動になるよう努力していたのだろう。そう思うとすごいかわいいんですけど。


 ……風音かざねさんからの相談か……どうしようか。いつかは受けるだろうけど、今はもう少しやることがある。


 この攻略本を、もっと読み込む必要がある。


 僕はもう確信していた。この攻略本は本物だと。

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