第6話


 さて翌日。昨日の雨はすっかりあがって、また春の陽気。

 

 僕はと言うと、いつも通り。ただなんとなく授業に出て、なんとなく授業を終える。そしてなんとなく家に帰って、なんとなく明日を迎える。そんなくだらない人生。


 教室の喧騒は好きでも嫌いでもない。どうせ僕が彼ら彼女らに何かを与えることはないし、彼ら彼女らが僕に何かを与えるわけでもない。そう思えば、別に彼ら彼女らが何を話していても関係ない。


 そんなこんなで、昼休みに突入。


 さっさと午後の授業も終わればいいのに、と思っているときだった。


「あ、あの……」気弱そうで可愛らしい声が、僕の耳に入った。「ねぇ……ちょっといいかな。消しゴムを拾ったんだけど、これはキミの?」


 声のほうを見て、僕は言葉をつまらせた。


 知っている顔。しかしここまで至近距離で顔を注視するのは初めてだった。

 優しそうで気弱そうな顔。高校2年生にしては幼く見える顔立ち。細い体つきにキレイなロングヘアー。

 このクラスでは……いや、この学校でもトップクラスの美少女。彼女を狙う男子は数しれない。そんな人物。


 雪海ゆきみゆき。このクラスの学級委員長だった。


 いきなり美少女に声をかけられてビックリしつつ、質問に答える。たしか『この消しゴムはキミの?』という質問だったな。


「え? いや、違うと思うよ」


 自分の言葉を聞いて、ゾッとした。

 今、僕が発した言葉を、僕は知っている。

 この会話を、僕は知っている。


 攻略本。人生の、攻略本。

 

 僕の混乱をよそに、雪海ゆきみさんは言う。


「そっか……ごめん。こっちのほうから転がってきたように見えたんだけど……誰のなんだろう……」


 その言葉も聞いたことがある。というより、見たことがある。あの攻略本に書いてあった言葉だ。


 ……あの攻略本……まさか本物なのか? それとも雪海ゆきみさんがイタズラの首謀者? いや、そんなはずはない。彼女は堅物というか……そういうイタズラに加担する人物ではない。たぶん。


 じゃあ、あの攻略本は……なんなんだ? 未来予知を成功させた、予言書だとでも?


 恐怖の感情をいだきつつ、僕は言う。


「前の席にいる神谷が持ってるやつだよ」


 選択肢B。

 

「ホント? ありがとう」


 雪海ゆきみさんは顔を明るくして、前のほうにいた神谷に接近した。そしてなにやら神谷と一言二言話して、こちらに戻ってくる。その時、神谷がニヤニヤした顔で雪海ゆきみさんを目で追っていた。それは見なかったことにしよう。


「ありがとう。助かった。よく見てるんだね」


 攻略本を……じゃないよな。クラスメイトが使っている消しゴムをよく記憶してた、ということだろう。


 ……このあとのセリフはなんて言えばいいのだろう……その時点で攻略本を読む気をなくして、放り投げてしまった。もっと読み込んでおけばよかった。


 なんて答えればいいんだろう……どうしたらいいのだろう……困ることしかできない。


「え……ああ……その……うん……」


 要領を得ない返答になってしまった。それもそのはず、僕は他人と会話なんてほとんどしたことがない。美少女との会話なんて、指で数えられる回数しかしたことがない。


「あ……その……」しかも今回は相手も人見知りだ。雪海ゆきみさんは気恥ずかしそうに目をそらして、「きゅ……急に話しかけてごめん……とにかく、ありがとう」


 そういって、雪海ゆきみさんは深々と頭を下げる。明らかに同級生へのお礼としては行き過ぎている頭の下げ方に見えた。


 そしてそのまま、雪海ゆきみさんは自分の席に戻ってしまった。


 僕はと言うと、呆然とした気持ちでその場に存在していた。


 ……あの攻略本は……いったいなんだ? 


 今回の会話は、あの攻略本に書いてあることがそのまま起こった形なのだ。雪海ゆきみさんに消しゴムに関する話題で話しかけられる、というのは攻略本が予言していた形だ。

 

 ……なんだろう……まさか本物の予言書だとでも? この世界がゲームの世界で、そのゲームの攻略本だとでも?


 ……


 ……

 

 待てよ?


 じゃあ、主人公って僕のことか?


 攻略本によると今回の会話は『主人公』と『雪海ゆきみゆき』によって繰り広げられるものである。

 つまり……そういうことか? 雪海ゆきみさんが話しかけてきた僕が、主人公?

 

 ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る