第5話

「……ハト……?」


 音に対する、最初の感想はそれだった。ベランダにハトが来て、それが原因で音がなったのかと思った。


 それからちょっとだけふざける余裕が出てきて、

 

「……」


 美少女でもいればいいのに、と思った。


 よくある展開だ。家のベランダに美少女が落ちてきて、行動をともにしているうちに恋に落ちる。人生の危険度が跳ね上がって、しかしその出会いは人生を変える。


 ……なんて出会いは現実にはありえない。つまらない世の中だ。だから心の中でくらい、こんな妄想をしてもいいだろう。誰も聞いていないのだから。


 とにかく、音の正体を確かめるために、僕はベランダのカーテンを開ける。


 すると、


「……本?」


 ベランダに、一冊の本が落ちていた。


「……真っ白……」


 ガラス越しに眺める本の表紙には、何も書かれていなかった、絵もなければ文字もない。真っ白で無機質な表紙だった。


 ベランダに出て、周りを見渡してみる。しかしそこは2階のベランダだ。誰かがいるはずもない。


「風で飛んできた?」


 言ってみるが、無理があると断言しよう。今日は無風と言っても良いくらいである。この薄くはない本を飛ばすには力不足だ。


 誰かが投げ入れた、にしてはキレイすぎる。本には汚れ1つないし、投げ入れられた衝撃でヘコんだ様子もない。新品同然の状態だった。


 変なこともあるものだ。とりあえず、このまま雨にさらしておくのも気がひけるので、室内に入れることにした。そして少しだけ付いている水を払って、


「読んだら死ぬわけでもない」


 そう言ってから、僕はその本を開いた。見たらいけないものだったら、そっと本を閉じればいいのだ。それに、もしかしたら名前とかが書いてあるかもしれない。


「……」


 本を開いて1ページ目。そこには、


「……人生の……攻略本?」


 人生の攻略本。そう無機質な字で書かれていた。


 ……怪しげな自己啓発本かなにかだろうか……? ツボでも売りつけられるのだろうか。


 なんとなく周りの視線を気にする。しかしそこは僕の自室。今日は莉杏りあんもいないので、僕一人しかいない。


 ヒマなので、ページを進めてみる。イラストがあって目についたところの文字を読んでみた。


『同じクラスの学級委員長、雪海ゆきみゆきが話しかけてくる』


 ……雪海ゆきみゆき? それは偶然にも僕のクラスの学級委員長と同じ名前だった。

 そこからは、脚本形式で雪海ゆきみゆきのセリフが続いた。


 ◆



ゆき:ねぇ……ちょっといいかな。消しゴムを拾ったんだけど、これはキミの?

主:え? いや、違うと思うよ。

雪:そっか……ごめん。こっちのほうから転がってきたように見えたんだけど……誰のなんだろう……



 ◆


 ……なんだこれ……雪海ゆきみゆきという名前の人物が登場しているだけで気持ち悪いのに、この内容はなんだ?

 

 この『主』とはなんだろうか……主人公、のことか?


 ◆



選択肢

A 「一緒に持ち主を探そうか?」

B 「前の席にいる神谷が持ってるやつだよ」

C 特に何も言わない



 ◆


 なんだ選択肢って……まるでゲームみたいだな。僕の得意なギャルゲーみたいだ。ギャルゲーの攻略本みたいだ。


 ちょっとだけ興味が湧いて、続きを読んでみる。


 ◆



 ここでの選択肢はBが正解。ゆきは主人公の記憶力に驚き、好感度が上がるでしょう。



 ◆


 好感度か……そりゃいいや。そんな数値が明確に存在するのなら、現実の女性だって攻略できるかもしれない。この世界がギャルゲーなら、僕はハーレムを作れる自信がある。


 それから少しだけページを進めて、


「バカバカしい」


 そう言って、僕は本を机に投げ捨てた。


 どうせ、うちの学校の男子がふざけて書いた攻略本なのだろう。ヒロインは学校の美少女。そして主人公は自分。そんな妄想本なのだろう。


 問題はどうしてその本がうちのベランダにあるかということだが……誰かのイタズラだろうか? この妄想本を童貞の家に投げ込んで、反応を見て楽しんでいるのだろうか?


 莉杏りあんはそんなイタズラするやつじゃないし……いったい誰がこんなもの寄越したんだ。僕は友達なんていないというのに……


 まぁ、あんなくだらない妄想本でも、3分くらいは楽しめた。傘を子猫にあげて、濡れて帰ったことくらいは水に流せる。それくらいは楽しめた。別に傘なんてまた買えばいいし、雨に濡れたことも気にしてないけれど。


「あーあ……この世界が本当にゲームの世界だったらいいのに」


 明日も学校だ。現実の学校が、始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る