●コンパイ・セグンド (00/12/5・渋谷公会堂)

日本でも大ヒットとなったヴィム・ヴェンダース監督の音楽ドキュメンタリー映画、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」。


それに出演した、キューバのベテラン・ミュージシャンたちの中でも最高齢のギタリスト兼歌手、コンパイ・セグンドがついに来日した。


その夜の渋谷公会堂ほど、老若男女、文化人ふうの熟年からミーハーOLまでバラエティーゆたかな観客層を飲み込んだコンサート会場はかつてなかったに違いない。


ちょっとリッチそうな30才前後のカップルを中心に(S席で7500円、たしかにお高めの料金設定である)、さまざまな世代、ファッションの観客が集まった。


定刻7時を少し過ぎて、コンサートは始まった。おん年93才という高齢のため、果たして日本まで無事来れるのか、という危惧は誰しもあったであろう。


が、現実にソフト帽を小粋にかぶったコンパイが、バックメンバーが登場した後、ゆっくりとすり足で踊るようにステージ中央に歩みよるのを観たとき、そんな不安はいっぺんに吹き飛んだ。


観客席から、何ともいえないどよめきが湧き起こった。


早速、メンバーから「アルモニコ」という彼自身が発明したという小ぶりの7弦ギター(遠目には8弦に見えるが、普通の6弦ギターにG弦のみダブルになっているそうだ)を手渡されると、「1980年の曲からはじめます」と言って、演奏が始まった


バックの編成はいたってオーソドックスかつアコースティック。テナー歌手1名、ウッドベース、パーカッション2名、6弦ギター、そして途中からクラリネット2名とバリトン・サックスが加わった。


いまふうのサウンドを奏でる電気楽器、電子楽器はひとつもない。


それでも、最新のポップ・ミュージックにまったくひけを取らない、みずみずしいサウンドだ。


歌のうまさ、アンサンブルのよさ、達者なソロ・プレイ、そしてクラリネット吹きたちの陽気なダンスに、すぐに会場はこのノスタルジックな音楽の虜となった。


正直なところ、私も(たぶんその会場にいた観客の大半もそうであったろうが)、彼の音楽は「ブエナ・ビスタ~」のサウンドトラックを聴いたきりで、その足跡を詳しく知る者ではない。


「チャン・チャン」のような代表曲をのぞけば、知らない曲がほとんどであり、おまけにスペイン語にはまるで不案内ときている。これ以上、聴く資格不足の観客はないといえるだろう。


しかし、彼とそのバック・バンドの奏でる音楽は、それでも十二分に私を楽しませてくれた。MCは同時通訳がついており、大体のニュアンスはスペイン語音痴の私にもわかるしくみだ。


レパートリーは恋の歌が中心だ。あのお年でも(失礼)、艶っぽさを失うことなく、「この歌はわたしの最初の恋人に捧げます」などと粋な前振りで歌いはじめる。ギターのプレイにもよどみがない。


歌はおもにテナー歌手がリードをとり、コンパイはその名(セグンドとは英語のセカンド、二声のハーモニーのうちの下のパートを意味する)のとおり、バリトンでリードに絡んでいく。


たまに自分もリードをとると、これがまたシブい味わいがある。


そして、特筆すべきことだが、コンパイは他のメンバーと同様、ずっと立ちづめでの演奏であった。


誰もが、途中で休憩したり、椅子に座ったりするだろうと予想していたが、彼はまったく座ることなく、1時間半のステージをしっかりとつとめたのである。これには、驚きを禁じ得なかった。


次々と繰り出す、陽気でしかもどこか悲哀をも含んだメロディーとリズムに、観客席は次第に熱気をはらんでいくのが、よく判った。


ラストは勿論、場内総立ちの「チャン・チャン」。演奏者側があおることなどまったくなしに、自然と皆の腰が上がった。


アンコールは一曲。さらりと演奏し終えて、老ミュージシャンは舞台のそでへ消えていった。


観客たちはみな、まるで今世紀最後の「奇跡」を見たかのように、興奮を隠し切れず、声高に語らいつつ帰路についた。


コンパイ、あなたを今ここで観ることができたことは、おそらく神の恵みなのでしょうと。

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