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やることが決まった私は、あきバアが家族とともに出かけたという旅行先の富良野について自宅に帰るなり片っ端から調べた。残された時間はあまりにも少なく、普段であれば惰性で流れていく一分一秒を無駄にしないように心血を注ぎ込んだ。
『富良野』『ラベンダー畑』と検索すると、広大な面積の大地に色とりどりな花畑を有する観光地が幾つもヒットした。膨大な量の中からあきバアが訪れたと思われる場所を見つける作業は、想像以上に骨が折れる作業だったが、どうにか「コレだ」と思う場所を見つけることができた。
――おじいちゃんが幼い頃に三人で出かけたとしたら、考えられるのはここしかない。
あきバアが旅行で赴いた当時、画用紙に描いていたようなラベンダー畑を栽培していたのは、中富良野にある一軒の農家だけであることがわかった。
シンプルといえばシンプル。時代遅れといえば時代遅れとも取れる簡素なホームページに掲載されていた写真には、緩やかに曲線を描く丘の向こうまで風にたなびく紫色の
目的地さえ決まってしまえば、あとは一気呵成にまとめにかった。最速で出かけるとして、交通手段からホテルに天気予報と調べ上げ、修学旅行のしおり並の計画をたて終えた頃にはとっくに日付を跨いでいた。
思ったよりもお金がかかることがわかり、コツコツと貯めていた虎の子の貯金箱を逆さまにして貯金額を確認すると、何度数えても飛行機の片道分にもならなかった。
「どうしよう……これじゃあ全然足らないじゃん」
計画は上々。あとは行動に移すのみだというのに、欲しい物があるたびにちょくちょく貯金箱から引き出していたことを悔やんだ。こうなったら母親に計画を打ち明けて、旅行費用を借りるより他ないが、それは甘すぎる見通しだった。
「あんたね、認知症のお祖母ちゃんを旅行に連れていけるわけなんてないでしょ。第一、北海道までにかかる諸々のお金をどう工面するつもりだったの」
「う……それは」
「それだけじゃないわよ。旅行の間は誰が面倒を見るつもりなの? 認知症の老人の面倒を看ることがどれほど大変なことか、わかってないでしょ」
「だから……それは私が責任を持って」
「責任を持つって軽々しく口にしないでちょうだい。子供に取れる責任なんてたかが知れてるんだから」
その日の夜、お風呂から上がった私は、キッチンで食器を洗っている母親に恐る恐る計画の内容を伝えたのだが、まともに取り合ってもらうどころか至極真っ当な反論を返され、ぐうの音も出なかった。
「隠していたつもりだろうけど、あんたがコソコソとお祖母さんのもとへ出掛けているのは知っていたわよ。お祖母さんもあんたのことを気に入っているのは知ってる。だからお母さんは頭ごなしにお祖母さんのもとへ出掛けるなとは言ってこなかったけど、勝手に北海道に旅行に出かけようとしてたなら話は別。あなたはまだ中学三年生なのよ?」
「だけど……」
あきバアは間もなく亡くなってしまう――喉元まで出かけた言葉を伝えられたらどれだけ楽だろうか。口にしたところで信じてもらえるわけもなく、余計に心象を悪くする一方なので、悔しさを飲み込んで自室に戻った。
これ以上頼みこんだところで、母親が首を縦に振ってくれるとは思えない。
「早紀、起きてるか」
「……起きてるけど、どうしたの?」
不貞腐れてベッドに寝そべっていた私に、仕事から帰ってきた姿のままの父親が扉をノックし声をかけてきた。赤く腫れた瞼を見られたくなかった私は、顔をクッションに押し当てながら返事を返した。
「いやな、母さんの機嫌が悪いもんで何があったのか聞いたら、早紀と言い合いをしたって聞かされてな。それで少し話をしようかと思ったんだ」
「……いいよ、別に」
「まあ、そういうな」
勝手にマットレスに腰掛けると、久しぶりに父親の匂いが鼻を横切った。一日中働き通しのサラリーマンの臭いだ。
「まともに会話をしなくても、子供は勝手に育つんだなあって思い知らされたよ」
「そりゃ育つよ。こったは成長期なんだから」
「いや、そういう意味じゃなくてな、早紀が誰かの為に力になろうとする優しい子に育ってくれて、父さんは嬉しいんだ。ただ、遣り方は不味かったけどた」
何が面白いのか、笑いながら立ち上がった父親は部屋からでる寸前に振り返った。
「なにが早紀をそこまで焦られるのか父さんにも母さんにもわからないが、父さんは早紀の意思を尊重するよ。母さんには上手く伝えておくから早く寝なさい」
後ろ手で扉を閉めると、間を置いて母親の怒鳴り声が聴こえた。思春期らしく父親とは距離を感じていたものの、ふと見せた一面に評価を変えざるを得ない。
「ありがと……」
独りごちて眠りに就いた。
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