職務質問を受けているような、居心地の悪さに手渡されたお茶の味を味わう余裕すらなかったと思う。改めて店内を見渡すと、時代が止まったような古臭い内装の割には細かな手入れが行き届いていると、少なからず感心を寄せた。気難しそうな店主らしからぬ細やかな気配りが所々に窺えるが、だからといって好印象を持つかというと別の話。


 おもむろに立ち上がった店主は陳列された花火の一つを手に取り、指先で弄びながら口を開いた。


「お嬢ちゃん。最近親しい人を亡くしたろ。例えば、曾祖母とか」

「……なんでそのことを知ってるんですか? あ、もしかして、あきバアのお知り合いとか」


 記憶力だけは人後に落ちないと自負していた私だったが、葬儀の場で店主を見かけた覚えは一切なかった。それとも人伝ひとづてに訃報を耳にしたのだろうか。


「知り合いというほどでもない。昔、彼女がこの店に一度だけ訪れたことがあったんだよ。それきり目にはしていないし、特に音沙汰もない」

「そうだったんですね……。その節はあきバアがお世話になりました」

 今は亡き、あきバアに代わって頭を下げる。

「しかし、あの日から花火の文化も廃れてしまうほど時が流れたというわけか」 

「確かに下火になってますね。どこもかしこも禁止禁止のオンパレードで、花火で遊んだことのない子供がいるってネットニュースを見て驚きました。世知辛い世の中ですよ、全く」

「ネットニュース……あれか、インターネットってやつか。ジジイには時代の流れが奔流過ぎて、ついていけんな」


 仏頂面で取っつきにくい外見だが、いざ話してみると案外棘がなく、口の滑りが円滑になってきた私は遂に例の都市伝説、街談巷説がいだんこうせつについて口火を切った。


「あの……自分でもおかしなことだと理解した上で尋ねますけど、この店が何か、たとえば現実では考えられないような不思議な体験が出来るって話、本当でしょうか」

「なんだ、まだそのような話が巷には流れてるのか」

「あ、はい。それもネットの掲示板で見つけたものですけど。でも私はあきバア、曾祖母から直接、体験談らしき話を何度も聞かされました。なんでも『過去を再現できる線香花火』だとか」


 私の話を黙って聞いていた店主は、何も答えずに店の奥へと姿を消してしまい、一人ぽつねんと取り残されてしまった。 

 しばらくして戻ってきた店主の片手には、線香花火が握られていた。


「実はな、お嬢さんに譲りたい花火があるんだ。この線香花火なんだが」

「えっと……ありがとうございます。あの、この花火って」

 おずおずと訪ねると、「お察しの通りだ」と答えた。

「その火が消えるまでの間、過去を再現する花火だよ。選ばれた客にしか譲らない大事な花火だ」

「まさか……本当にあったんですか?」


 素っ頓狂な大声を上げて、手渡された紙縒こよりに視線を落とす。

 あきバアの言っていた通り、見た目はごく普通の線香花火にしか見えない。


「お嬢さんのひいお婆さんも、戦後間もない頃に客としてやってきてたんだよ。ちょうど季節の変わり目だったか……突然降り出した半夏雨から這々の体で軒先に駆け込んできたんだ。身重の体を濡らしてね。雨宿りをしている間に手渡した線香花火に火を灯して、火球が落ちる頃には雨も止んでいた。希望に満ちた足取りで帰っていく後姿をよく覚えている」


 店主が語る話の内容は、そらんじられるほど聞かされたあきバアの昔話と全く一緒だった。

 私にしか教えてくれなかった過去をこの人は知っている――それだけで信用に値すると判断した私は、「ライターを貸してください」と空いている片手を突き出し要求した。

 

「ライターなんて野暮なもんはないが、マッチならある」


 軒先に移動した私は、手渡されたマッチで先端に火を灯す。淡い火球が少しずつ大きくなるにつれ、夜にはまだ早いというのに睡魔に襲われて意識は暗闇へと落ちていった――

 

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