十
永遠に振り続ける勢いだった驟雨はいつの間にか雨脚を弱め、所々から薄日が差していて水溜りを明るく照らしていた。羽化したばかりの油蝉が、今生を必死に生きようと盛大に鳴いていた。これまで過去を思い出そうとする度に、耐え難い疼痛を訴えていた胸の奥底に沈殿していた澱が姿を消し、雲の合間から覗く青空を見上げると久方振りの爽快感が去来した。
――心の持ちようで、こうも世界の見え方とは変わるものなのかしら。
「それで、あんたが落としてしまった鍵を見つけることは出来たんかい」
ずっと隣に寄り添ってくれたのだろうか。煙蔵さんは陽光を照り返して煌めく釣り忍に触れながら、初めて耳にする柔らかな声色で尋ねてきた。
一度深く息を吸って、吐き出す。
「私は……ずっと自分が許せなかったんです。息子を見殺しにしといて、一人のうのうと新しい家庭を築こうとしている私自身を。あの子は、大樹はあの世でさぞ私のことを恨んでいるに違いないと決めつけて、自分を罰し続けて、悔恨の底なし沼に肩まで浸かっていたんです。だけどあの子は……そんな私に向かって、最期にこう言ってくれたんです」
「『また生まれてくるとしたら、お母さんの子供がいいな』って……。あの子はちっとも私を恨んでなんてなかったんです。それどころか、こんな私をもう一度母親として選んでくれたんです」
生まれ変わりを信じるかどうか――大きなお腹を擦りながら涙声で語ると、「またよろしくね」そんな声が何処からか聞こえたような気がした。
「もう大丈夫だろう。あんたは心の拠り所をしかと見つけた。これから先道に迷うこともないだろう」
静かに頷いた煙蔵さんは一人店内に戻ると、後手で引き戸に手をかけながら告げる。
「ほれ、もう晴れ間が見えたんだ。早く家に帰ってやんな」
そう。私には帰る家がある。
「はい。お世話になりました」
深々と頭を下げて、煙蔵商店を後にした私の足取りは自然と軽くなっていた。
お義母さんが
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