SS 頼方、暇を持て余し加茂村を訪れる

 あの日、忍者探しの依頼を済ませた俺は、忍者による情報収集関連の案件も手を離れ、政治の相談相手である政信がいないこともあって暇になってしまった。


 葛野藩主としての仕事なんてあってないようなもので、俺がいなくても藩は恙なく運営される。その事に不満はありつつも、新米のお飾り藩主の俺にどうこうできる力はない。


 というのもあって、暇を持て余した俺は、彼らが出立した翌日、海部あま郡 加茂村の代官で我が師でもある黒川甚助と養子となった黒川巳之助を尋ねる事としたのだ。同行者はいつものように水野のみだ。



 少し強くなった日差しを浴びつつ、海岸線を南下する。


 政信は高野山へ向かうと言っていた。彼らは緑の深い山の中で頑張っていてくれるのだろう。

 こちらは景色も良く海風が気持ち良い。

 海に反射する太陽の光が少し眩しいくらいだ。


 訪ねる先も気心知れた友と師のいる村。

 これは心も躍るというもの。


 前に巳之助に会ったのは、黒川家の養子に入る時だった。

 武士になれる喜びと、自分が武士になれるのか不安がないまぜになった顔をしていたっけ。


 優しくて、優秀さをひけらかさない慎ましさを持ったお前なら大丈夫だよと思ったもんだ。でも、男として独り立ちするのだからと、あえて言わずにおいた。

 その方が良いかと思って言わなかったんだよな。


 少し線の細くて肌の色の白い。繊細さもある。

 その辺りが黒川師と親子になる事でどうなるのか気にならない訳がない。

 しかし、ついつい藩主としてやりたい事ばかり手をつけてしまったので足が遠のいていた。


 やっと会えるのだな。元気にしてれば良いが。



「ご無沙汰しております。我が師」

「もそっと顔を見せに来よ。弟子よ」


 これは、しゃちほこばってやっている訳ではない。お互い冗談でやっているだけだ。

 黒川師の屋敷に入り囲炉裏越しに向かい合って座るとすぐこの挨拶をする。

 ご無沙汰だったのには違いはないのだが。


 黒川師はこんな風に師弟関係らしい事をやるのが好きという事もあるし、茶目っ気も多分に持ち合わせている。

 幼き頃に出会い師弟関係を結んだ。そういう状況もあったから、こんな風にしてくれてるのかも知れない。息子や孫との遊びのような感覚もあったんだと思う。


「中々ご挨拶に来れず、すみませんでした。巳之助は元気にやってますか?」

「おお、義息子はやっとこさ腰が入って鍬を振るえるようになってきおった」


 ん? 鍬と言ったか? 代官職とはいえ、武士なのだから刀と間違えたのではないのか。


「鍬ですか? 刀ではなくて?」

「おおさ、代官たる者、農民の事を解らずして職務を全うできぬ。だから黒川家へ養子入りしたからというもの、年がら年中、畑に出ておるよ。そろそろ中休みで戻ってくるのではないかな」


 黒川師はそういうと玄関を見る。

 俺も振り返ると、背の高い、身体付きのガッシリした男が入ってくる所だった。

 デカイな。寅ほどではないが、水野と変わらぬ体格をしている。

 その男は、まだ部屋の暗さに目が慣れていないようで、こちらを眺めている。


「これ! 挨拶をせんか! 巳之助」


 え? 巳之助だって? 俺の記憶では、あんなに背も高くなかったし、ヒョロヒョロだったぞ。


「巳之助か? 久しぶりだな。松平よりかただ」

「より方様でしたか! ご無沙汰しております」


 声は少し野太くなったが、話す感じは記憶と変わらない。少し安心した。


「元気そうで何よりだ。それよりデカくなったな」

「こっちへ来て農作業に追われる日々。それのせいか、やけに飯が美味くて少し肥えてしまいました」


 少し肥えた所ではないように思うが。まあ元気なら良いか。


「見違えたぞ。最初、寅かと思ったよ」

「寅は元気にしてますか?」


 二人は兄弟のように育ったからな。心配するのは当然だろう。それでもお互いの状況を他人に確認するのは、連絡を取り合う事ができないから。

 武士身分ではお役目を放って出かける事はないし、手紙のやり取りなんて、それなりに金を持っている人間だけしかできない。

 必然、相手の状況を知る事が出来ない事になる。


「寅も長も元気だよ。二人で川舟の船頭をしているよ」

「それなら良かった」


「こっちの生活は慣れたか?」

「ええ。最初の頃は、なんで農作業ばかりしなきゃならないのかと考えてばかりでしたが、数年やった今は村民の仲間になれた気がします。おかげで代官としてもやりやすいです」


 以前は、あんなに自信なさげな様子だったのに、しっかりと地に足着いた若き代官の姿になっていた。


「それは何よりだな。義父上に感謝せねばな」

「はい! こうして義父上に出会えたのもより方様のお陰です」

「そうじゃな。この歳になって新たな子を授かれて某も感謝しており申す」


 幸せや家族がここにいた。血も繋がっていないし生まれも育ちも違う。それでも家族だった。

 血や生まれではなく、彼らの向き合った時間が家族たらしめたのではないか。

 そんな風に思わずにはいられなかった。


 俺は家族に恵まれないと思っていたが、自分で背を向けていただけなのではないか。


 加納屋敷の義父上や最近隠居した先の藩主でもある父上とも、ちゃんと向かい合っていただろうか。自分を認めてほしいという気持ちだけしか考えていなかったように思う。


 幼さ故、仕方ないと思う反面、いかにも視野が狭かったと反省する。

 他人の態度は自分の態度の鏡。己の態度を今一度、改めなければならぬなと気を引き締める。


 久方ぶりの旧交を暖めつつ、自分に足らぬものを確認できた時間だった。

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