第四十話

 高野山は紀州の山深い奥地にあり、その山中にぽっかりと表れた小さな盆地にすべてが収まっているそんな感じの所です。政信さんの薀蓄うんちく曰く、三千三百尺(1,000mほど)の高さの山々に囲まれた盆地だそうで、盆地とは言えかなり標高が高いとの事でした。


 まあ政信さんの薀蓄はどうでもいいんですけど、私が言いたかったのは、近隣の村も山深い山地の中にあるという事です。


 平坦な道はほとんどなくて、山間の縫うようにして道が続いています。もちろん上り下りもふんだんにありますし、木々は鬱蒼としていて見通しも良くありません。

 道のりはあまり楽しいとは言えませんね。


 教わった目印と言ったって、木しか見えませんから、どうやったって迷いやすいと思います。

 それでもできることと言えば、道に沿って歩き、向かう方向を間違わないようにするくらいしかありません。


 しかし私はできる子ですから、ちゃんと教わった通り間違わずに進めます。道案内はお任せください!


「こっちですよ!」

「はいはい。一度来ただけのわりに良く道を覚えていますね」


 この旅を通して、政信さんは素直になった気がします。高野山の神聖な空気が政信さんを浄化してくれたのでしょうか。皮肉屋さんが影を潜めて、普通に褒めてくれました。


 当たりが柔らかくなりすぎて少し調子が狂いますね。素直な政信さんには違和感しかありません。


「そうでしょう! これでも道を覚えるの得意なんです! ……でも一人じゃなくて良い道案内役のお蔭かもしれないですね!」

「それについては何も言ってませんよ」


 墓穴掘りました。やはり政信さん元に戻ってもらわねば調子が出ませんね。屋敷へ帰る頃には戻っていてくれると良いのですが。このようなお兄さんでは、さくらちゃんも大層驚く事でしょう。


 幾分距離は稼げましたが目的地までは、まだまだです。あそこは、ここと似たような道が続くんですけど、いつのまにやら方向感覚が狂うんですよね。道自体はおかしくないんですけど、なんか変なんです。


 木々もここらは人の手が入っていないので、自然に任せたままの姿です。木々の生え方に一貫性もないし、枝も落としていないので光も入りません。


 しかしあの天狗村の辺りになると、何となく木々にも人の手が入ったように感じます。

 どこがと言われると説明が難しいんですが、なんか違うんです。


「それで今回の目的地はどんなところなんですか?」

「名前は天狗村って言って、村と言っても住民は、もう一人だけしか残っていないそうです。元々、他の村とも交流しないで独自の生活をしていたらしいのですが。だからあまり情報がありません。わかっているのは、村の名前と、村民は一人を残して村を出て行ってしまったという事です」


「ふむ。そもそも天狗などを村の名前に使う村なんて多くはありません。何かしら天狗にまつわる由来があって、閉鎖的に暮らす必要があった。という事でしょう。そう聞くと何か隠れ住む理由があったと考えるのが妥当ですね。それが世を忍ぶためだったのか、祖先が後ろ暗い事をしたのかは定かではありませんがね」


 そんな事、考えてもみませんでした。さすが政信さんですね。あれだけの話でそこまで考えが及ぶのですか。私なんて何となくココかなくらいしか感じなかったのですよ。なんで同じ情報を得てこうまで違うのでしょうか。ちょっと自信無くします。


「そこまで考えが及びませんでした。なぜそこまで考えられるのですか?」

「それは個性の様なものですよ。私に出来る事、あなたに出来る事、同じでなくてもいいでありませんか。あなたのように明るく人当たりの良さは私にはありませんよ」


「そうですね。政信さんは引きこもりですから」

「ちょっと褒めるとそれですか」


 おっと、しまった。口が滑りました。まさに口は禍の元ですね。



 代り映えがしない山道。茶店もなく退屈な道のりです。あってもいいと思うんですよね、茶店。お団子も食べたいし、名物の麩饅頭も食べていませんし。


 いい加減、聞いていた天狗村の辺りになるはずですね。近づきすぎる前に一度止まって注意深く進みましょう。


「あれっ、道はこっちじゃないんですか?」


 確かに道はそっちに続いているように見えるのですけど、そっちは奥の山に向かってしまうんですよね。その道は、北に進んでいるはずなのに少しずつ東に進まされてしまうんです。


「多分、村への道はそれじゃないんです。昨日何度も試したんですが、その道では辿りつけないはずです」


「せめて道案内がいた設定は守りましょうね」


 えっ? なんか言いました?


 この道の分岐はないのでそのまま進むべきなんですが、ここで注意が必要です。

 この方向を逸らされる起点となるところに一際大きな木があるんです。大木というより巨木と言ってもいいかもしれません。


 方向的に、この木に向かって進まなきゃいけないのに立ち塞がるように聳え立ってました。

 何気なく裏を覗くと案の定、道とも言えないような細い木々の隙間を見つけたんです。

 昨日は、その道を少し進んだだけで時間切れだったので奥まで確かめられていませんが、この道が正解でしょう。


 通ってみれば不自然なほど、その道に木がありません。茂みや枝はボサボサで覆い尽くしているのですが、掻き分けて倒れるように硬い枝や木は無いんです。

 ますます確信を深めました。恐ろしいくらいに人と接触したくないんでしょう。まったく、こんな所、知らなきゃ通りませんよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る