第三十九話
◇◇◇宮地日葵
ふ〜。夕刻までには戻ってこれましたね。天狗村の周辺は、やけに似たような道が多くて戻るにも時間がかかってしまいましたが、少し離れたら順調に戻ってこれました。これならもう少し調査していても大丈夫でしたね。
朝から離れていた女人堂は大きな変化もなくお祈りを捧げる女性たちで一杯です。皆さん本当に熱心で素晴らしい信心ですね。私はそこまで宗教にのめり込めていないので、境内の入り口近くに立って眺めるだけでした。
どのくらいここで眺めていたのでしょうか。後方から足音が。この音を立てないようにする歩き方は政信さんですね。庭番の男性方は皆さんこのような歩き方をされてます。山に入って獣を捕ったり、隠れるために気配を消したり、そういう事をしていると必然と身についてしまうんですよね。
もちろん、私もよく山に行くので、そういう歩行術は身につけていますよ。
そういえば、頼方様の御付きの水野智成様も似たような歩き方をされます。不思議です。何か武術と似通った技術なのでしょうか。
「今回は私がお待たせしてしまったようですね。申し訳ありません」
「全然お気になさらなくて大丈夫です!」
「それはそれで気持ち悪いですね」
私はとびきりの笑顔で返したのに気持ち悪いとは。私のような可憐な美少女の笑顔を向けられる幸運に感謝してほしいものです。
「冗談はさておき始めましょうか」
「そうですね。冗談はやめておきましょう」
何が冗談だったかって?それは秘密です。
「高野山内はダメですね。箸にも棒にも引っかかりませんでした。日葵殿はどうですか?」
そんな困った顔しないでください。きっと自分がダメだったから私も空振りだったとお考えなのでしょう。
ふふふ、私はしっかり手がかりを掴んでますよ。
「私は面白そうな話を拾ってきましたよ!」
「それはありがたい! ここではダメかとあきらめていたのです」
ちょっと予想外に政信さんが食いついてきました。いつもの政信さんなら皮肉屋さんが顔を出すのですが。
正直、私も忍者さんという確信があるわけじゃなくて直感的に感じただけなので、あまり乗り気になられても引いてしまいます。
それに私はいつもあきれられる事はあっても、期待される事はあまりありません。こうやって真正面から認められるの少し苦手です。
「とは言っても、一応なんですけど。正直忍者にかかわりあるか確証があるわけではないわけでして……地元の方は偏屈爺が一人住んでいるだけって言ってるだけでもありまして……」
「それでも見当がついただけでも充分ですよ。どんな情報なんでしょう?」
あんまり言いたくないなぁって雰囲気だしてるんですけど、察してくれません。わざとですか?わざとですよね。
「えーと、それがですね……地元の方は天狗村という名だと言ってまして……天狗と言っても途方もない話で……私は直感的に当たりかなぁなんて思ったり思わなかったりでして……」
「ふーむ、天狗ですか……」
やっぱり天狗なんて言わなきゃ良かったです。さっきまでのウキウキしていた自分を叱ってやりたいです。話を聞いたときはコレだ! って思いましたけど、改めて人に説明していると荒唐無稽すぎて自分でも何言っているのだろうって思っちゃいます。
「やっぱりおかしいですよね! 忍者と天狗なんて似ても似つかないですし。すみません、変な事言ってしまって」
「いや、意外とそうでもないですよ」
「えっ? そうなんですか?」
どういう事でしょう。天狗さんと忍者さんは似た者同士という事でしょうか。
「天狗というのは以外と忍者と密接にかかわっている話が多いんですよ。近くでは、京の鞍馬八流は武術の流派ですが、忍術が含まれているのは周知の事実です。その鞍馬八流を学んだとされる源義経は、カラス天狗に武術や忍術を学んだと言われています。他にも忍者の前身となる事の多い修験者と天狗が関わってくる話は枚挙にいとまがありません」
「じゃあ、あながち間違いではないという事ですか!?」
「そうですね。きっと日葵殿の頑張りは無駄ではなかったですよ」
ふい~。安心しました。てっきり笑われるくらいだろうと思ってたのですが、思いがけず全肯定されちゃうと調子が崩れます。
「良かったです! じゃあ天狗村まで案内しますね!」
「今からでは、日が暮れてしまいますよ。明日にしましょう」
「そうですね! では明朝ここで待ち合わせましょう!」
「明朝ですね。それにしても道案内まで名乗り出るとは。どうしてそんなに詳しいのです? 日葵殿もここは初めての地ですよね?」
「そうですよ! 私、優秀なので既に下見してきました!」
「なんですって? もしや単独行動をしたわけではありませんよね?」
「……もちろんですよ! 単独行動なんてするわけないじゃないですか。……では明朝に!」
「逃げましたね。やる気があるのは良い事なんですが先走るのは困りものですね。当初は遊び半分になるのではと心配していましたが、それは杞憂だったようです」
逃げた云々というような言葉が聞こえましたが、ここで反論のため振り返るわけにはいきません。聞こえないフリをして、そのまま進むのが吉です。
「……源義経に鞍馬八流を指導したのは平家打倒を目的にした源氏の武士が天狗の仮面を被っていただけというのが真相なのですがね。まあ頑張っているようですし、これくらいの嘘は方便というものでしょう。それに頼方様は日葵殿の直感を信じると言っていましたしね」
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